どういうつもりよ?

「どういうつもりよ?」


 ボイルは不機嫌さを隠さない口調で呟いた。瞳を細め、睨むようにしている。


「ごめんなさい。あの時はそれが最善手だと思って」


 トモエはボイルの態度に謝罪する。確かにボイルの気持ちを全く考えない発言と行動だった。


KBケビISHIイシ』の制止を受けて、企業間同士の圧力を受けたボイルに対し、トモエは勝手に『ボイルは新企業所属の人』と言ってのけたのだ。あくまでその場の誤魔化し。煙に巻くための発言だ。


「そうね。貴方の一言はいろんな意味で規格外の一手だったわ。おかげでこうして検問を突破して中に入ることができた。このまま進めば目標までたどり着くことができるわ。下手に暴れて企業間の関係性をこじらせることともなかった。

 そういう意味では、最善手ね。いろいろ言いたいことはあるけど、今はその件じゃないの」


 ボイルの言うとおり、あの場で『ジョカ』と『イザナミ』の関係がこじれるということは回避された。知らないところで色々な誤解を生んでいるが、それはボイルの知るところではない。そして結果として『KBケビISHIイシ』の検問を突破できたのだ。


 ただ、突破の代償はけして軽くはないものであった。


「聞きたいのはアンタの方よ。どういうつもり?」


 ボイルは視線を同行してきたクローンに向けて、再度同じ質問をする。


「どうと言われましても! ほら、女性型二人では危険かと思って護衛役を買って出たわけですよ。こう見えてもこのゴッド様は『KBケビISHIイシ』のエリートになるはずだった男。頼りにしていいと思いますぜ。へっへっへ。

 ああ、今は新企業『トモエ』の警備隊長ですね。これはまた失礼を!」


 嫌悪感を含んだ視線をそのクローン――寒いゴッドは笑顔で受け流した。トモエの『新企業』の言葉を受けて、『KBケビISHIイシ』の検問任務を放り出してトモエ側についたのだ。トモエとボイルを内部に引き入れ、『案内役』として同行している。


 おかげで検問を突破できたのだが、ゴッドが同行することになったのである。正確に言えば、ゴッドが『よし、俺が責任を取って同行する』と言う形で『KBケビISHIイシ』をやりこめたのだ。そして検問突破してしばらくして、『KBケビISHIイシ』裏切りを告げたのである。


「同行も護衛も裏切りも頼んだ覚えはないけど」

「そんなこと言わずに! いえいえ、ボイル様の強さはよく理解していますよ。超能力の凄さも何もかも。そんなお方に護衛されているトモエ様もまた素晴らしいお方に違いありません。何せ新しい企業を創ると豪語されるのですから。

 これは『ジョカ』にいると噂された第6の人間に違いない! 並のクローンなら一笑に伏す噂ですが、このゴッドの目は誤魔化せないのです!」


 冷たく突き放すボイルに、腰を低くして叫ぶゴッド。確かに『ジョカ』にはフッキと言う非公式の存在がいるし、ボイルが護衛しているという事は相応の重要人物だということも納得できる。その二つを組み合わせれば、トモエが人間であるという推理は成り立つ。まったくの的外れだが、結論だけは正解であった。


「うーん。まあ、案内してくれるっていうんだし。好きにさせていいんじゃない?」


 トモエはそんなゴッドに対して、ボイルよりは好意的だ。勝手についてくる分に関しては止めないという程度の好意だが。少し前までは体を使った商売女と見られたこともあって、欠片も信用はしていない。


「なんでそんなに甘い対応なのよ? もしかして、こういうのがタイプなの?」

「絶対違う。むしろノリの悪い男子みたいで大嫌い」

「やだなぁ、トモエ様。このゴッド様は知れば知るほど魅力が増すクローン。もう少しお時間を頂きたいです」


 怪訝な表情で問うボイルに、それだけはないと断言するトモエ。マイナス感情をぶつけられたゴッドは、どうにか警備隊長の地位を繋ごうと必死になっていた。もっともその地位もゴッドが自称しているだけなのだが。


「でもまあ……。いきなり殴ってきたり騙したりしようとしないだけ、まだマシかなぁって思って」

「その通り! こう見えてもこの寒いゴッド様は力ずくだけは致しません! なにせその手のサイバー機器はありませんからね。優しくヤラしくするのに特化したこのゴッドフィンガーでお二人を――」

「それ以上喋らないで」

「あ、はい」


 調子よく喋るゴッドに、冷めた口調で言い放つトモエ。ゴッドはその本気度を察し口をつぐんだ。


「マシってだけで要らない相手なのは違いないでしょう。武装サイバー機器がないから、せいぜい肉の盾にしかならないし。

 そもそもこの地域は避難がすんでるんだから、誰が襲い掛かってくるっていうのよ。むしろコイツの方が危険なんじゃないの?」

「おおっと、ソイツは心外ですぞ。こう見えても紳士で通っているこのゴッド様が女性型に襲い掛かるだなんてことはありません。賄賂と財力で相手に同意させたうえでヤるのが紳士のルール。脅迫や拘束の類をやれるほど力はないのさ!」

「自慢げに言う事、それ?」


 ボイルの疑いの目を親指立て弁明するゴッド。『KBケビISHIイシ』の装備らしいものはあったが、二人についていく時に置いてきたのだ。その方が信用されるという目論見だが、マイナスがちょっとプラスになった程度で相変わらず信用はマイナスである。


「ゴッド様が身に着けてるのは防弾ジャケットとサイバーレッグ一本とサイバーアイぐらいだから。左足の『カラカサ』なんて跳躍力あるだけのレッグだし、アイの方も分析用の『オカメハチモク』。こんなので誰かを襲うだなんて無理無理無理!」

「女性のスリーサイズを当てることはできるわね」

「それは紳士の嗜みってやつで。誓って『オカメハチモク』は使ってませんぜ」

「その方がよっぽど失礼なんだけど」


 危険性の無さを訴えるゴッド。武装もサイバー機器も非戦闘用だが、口を開けば開くほどトモエは後悔してきた。ボイルの言うように帰ってもらった方がいいのかもしれない。役に立たないどころか、単純にウザったい。


「で、そろそろ質問に答えてほしんだけど」

「あいあい。この寒いゴッド様、女性型の質問にはなんでも答えますよ。得意な体位は――あ、何でしょうか?」


 ストレスがたまってきたボイルの態度を見て、ゴッドはこれ以上は死に直結すると判断して態度を改める。


「どういうつもりなのよ?」

「流石に抽象的すぎて答えに困りますなぁ。どうと言われると、お二人は素晴らしい美女で興味がわいたとしか」

「新企業なんてあやしい言葉を信じてるわけじゃないんでしょ? なのになんで『KBケビISHIイシ』を裏切るような形で私達を中に案内したのよ。

 都合の良い所に案内して待ち伏せさせてる『KBケビISHIイシ』に襲撃させるつもり?」


 ボイルは周囲を警戒しながらゴッドに問いかけた。


 新企業。天蓋において五大企業は絶対だ。4でもなく、6でもない。企業と呼ばれる存在の数は5が当たり前なのだ。太陽が1つであるように、S極とN極の二極があるように、1日が23時間56分4秒であるように。不変の数字は存在する。


 新企業と言う言葉は、それを破壊する。新しい企業。6つ目の企業。絶対の数字を破る存在。二つ目の太陽などありえないし、二極が三極になるわけがない。普通は気が狂ったか、ありえないと一笑に付す。


 だが、ゴッドはそれを信じた。信じてトモエとボイルに媚びへつらっているのだ。それが在り得ないとボイルは言っているのである。新企業などと言う言葉を何の事情説明もなく受け入れるのはおかしい。


 むしろ媚びへつらっているフリをして、罠に嵌めようとしていると考えるのが妥当である。避難している区域には人気もなく、記録用カメラの類は謎のノイズで使用できない状態だ。犯罪をするにはうってつけである。


「信用がありませんなぁ。これまでの態度を見て少しは信用していただけるとありがたいのですが」

「何処を見て信用すればいいのよ」

「むしろこれまでの態度を見て信用がないんだけど」

「たはぁ、コイツは厳しいご意見! ああ、悲しいなぁ」


 トモエとボイルのダブルな厳しい意見を受けて、ゴッドは額を叩いて応じた。


「長い物には巻かれろ! 強い者には媚びへつらえ! 時勢を見て勝てそうな方につけ! これがこのゴッド様の人生論! そうして生きてきたこのゴッド様のゴッドなセンスがピピーンと反応したんです! ああ、こちらにつく方がいいと!

 けっして『KBケビISHIイシ』の上司がウザったかったとか、今回貧乏くじ引いてばかりでやだなぁ、とかそんな思いがなかったわけでもありませんが些末事! ゴッド様のゴッド感覚がゴッドな具合にあなた様方について行けと告げているのです! これは運命、ゴッドディスティニー!」


 矮小さを隠さないゴッドの言葉。調子のいい言葉を聞きながらトモエとボイルは冷たい目で寒いゴッドを見て、呆れたように呟いた。


「なにこの媚びキャラ。要するにこっちにつくと得だから従います、ってこと?」

「嘘を言ってるようには見えない分、余計にどうしようもないわね」

「うーん。こういうキャラって強い相手が出てきたらあっさり掌ひっくり消すのよね。手のひらドリルな感じで」

「はっはっは。ゴッド様を理解していただきありがたい限りです、トモエ様!」


 皮肉を聞こえないふりをしたのか、ゴッドはトモエとボイルの辛らつな言葉を笑って誤魔化した。それを見てトモエは信用できないな、と改めて頷く。


「ここまで清々しいと、本当に裏がないんじゃないの」

「こっちを油断させるための演技ならも少し『普通』を演じるでしょうしね」

「信じていただき感謝の極み。ここいらで仲間の縁を深めるためにあちらのホテルでご休憩などするのもよろしいかと具申しますが」

「ここまで露骨だと、サイバーレッグ蒸発させて放置しても罪悪感はないわね」

「そうね。たぶん悪運高そうだし何とか生きて帰れるんじゃない? 試してみようか、ボイルさん」

「ノー! すみませんでした! 急いで向かいましょう!」


 こうして一定の信用(?)を得たゴッドはトモエとボイルに同行するのであった。利害関係の一致ですらない奇妙な関係。勝手に目的地への案内を買って出た相手と、それを相手するのも面倒とばかりに放置している。


「その意見には賛成ね。とっとと終わらせて帰りましょう」


 ボイルはため息をついて歩を進めた。トモエを無事に謎エネルギーの元に送って、そこで何かをして戻ればそれで終わりだ。


「行って帰ってそれで終わりよ。これ以上のトラブルなんてありえないわ」

「ボイルさん、そのフレーズは――」


 ボイルの言葉に『フラグなんだけど』とトモエが言いかけた瞬間、


<『KBケビISHIイシ』だ! そこを動くなフリーズ!>


 サーチライトがトモエ達を照らし、銃を持った治安維持部隊がスピーカーで警告を下した。レーザーサイトの光がトモエの心臓と頭部に当てられ、少しでも動けば撃つとばかりに殺意を感じる。


「フラグ回収、はっや」


 呆れるように、トモエは半笑いの状態でそう告げた。

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