新企業か

 バーゲストとの戦いで破壊された地域の復興を自ら請け負った(ということになっている)『イザナミ』は額調査などを含めて上から下まで大騒動だった。


 先ず被害範囲を割り出し、その破壊レベルを調べる。そこから修理にどれぐらいかかるかを試算して予算を確保し……などという事を確認しながらやるのではとても間に合わない。被害範囲を確認後、技師などが総出で現場に向かい並行作業で復興を大なう計画だ。


 だがその初手で躓きが乗じた。バーゲストのエネルギー残留による機械類の不具合だ。ドローンによる空中からの測量は全てノイズが走り、飛行車両もオートバランサーやカメラ類に不具合が走る。地上からの目視もサイバーレッグが正体不明の緊急停止で満足に歩けない。


 原因が正体不明のエネルギーであることを突き止め、作業は一旦停止。そのエネルギーを散らすためのチームが結成されることになる。避雷針のようなものを複数設置し、そこからエネルギーを散らす作戦だ。生産ラインをフル活動し、5時間後には作戦開始になる。


「IZ-00115862、現場入りする」


 その生産ラインにIZ-00115862こと『働きバチ』が入る。2時間前まではコジローと戦い半壊状態だったサイバーレッグとサイバーアームは予備の四肢に換装されていた。武装ランクは大きく落ちるが、戦闘行為をしなければ問題はない。


「状況は?」

「トラブルなし。完成は予定通り4時間34分後。そこから38ポイントに配置」

「輸送用の地上車両は手配完了。周辺ビルの買い占めも完了」

「了解。エネルギーの消滅を確認後、各チームの出動連絡。復興機材の確保を開始しろ」


『働きバチ』はエネルギー拡散チームと復興チームの世話役を命じられる。チームがうまく動けるように資材を供給し、各チーム間の不安を受けてその解決策を促す役割だ。技師たちの摩擦を緩和する潤滑剤的な役割である。


「復興チームから連絡。活動開始時間を正確に教えてほしいとのことです」

「6……いや、5時間後だ。それまではスリープモードで待機」

「5時間は無理じゃないですか? 機械完成して設置、そこから拡散するまでの時間を考えればもう1時間の余裕はあったほうが――」

「問題ない」


 心配する同僚を一言で黙らせる『働きバチ』。無茶なスケジュールだが、これまでそれを何度もなしてきた『働きバチ』の実績が説得力を持っていた。もっともそれだけではなく――


(トラブルが起きて責任を取るのはIZ-00115862だ。止めたというログを残せば、手柄は俺の者になるしな)


 そんな打算めいたものもある。企業戦士ビジネスの同僚は同じ目標に向かう仲間であると同時に、実績を奪い合うライバル同士でもあるのだ。


 無茶なスケジュールだが、『働きバチ』には勝算があった。


(カシハラトモエがバーゲストのエネルギーを持ち去ってくれればすぐに復興に迎える。エネルギー拡散用の機械は兵器課に渡して兵装転用してもらうか。

 拡散チームは解体チームと合流。手配した地上車両を用いての機材運搬に勤しんでもらおう)


『働きバチ』はバーゲストのエネルギーの事を知っており、更にトモエがそれを新しい企業のために使用することも知っている。もしそれが上手く行けば、エネルギー拡散チームはすぐに解体することになる。


 自分だけが知る情報でズルをしているが、企業で生きるという事はそういう事だ。情報を得るための代償も安くはない。結果として企業の得になればそれでいいのだ。


「新企業か」


 ぼそりと口にする『働きバチ』。五大企業が当たり前の天蓋において、企業が新しく生まれることなど想像の外だ。どんな動きが生まれ、どんなもうけが生まれ、どんな破滅が生まれ、どんなビジネスが生まれるのか。誰も予測はできない。


(全く。異世界転生者とは恐ろしいものだ。存在するだけで様々なチャンスとピンチを産み出していくのだからな)


『働きバチ』とトモエの関係は、企業の命令一つで変わる。今はエストロゲンの計画凍結ということで襲う事はないが、ひとたび命令されれば敵同士となる。単純にトモエだけを見れば、『働きバチ』にとって誘拐も殺害も容易なことだ。


「厄介なのは、あの誰とでも関係性を結べる性格か。Ne-00339546だけではなくIZー00210634や人間様までもコネクションをもっているのだからな」

「なんの話だ?」

企業戦士ビジネスとして、広いコネを持つ者は羨ましいという事だ」

「お前も大概だがな。『イザナミ』内の技師チームをまとめられるだけのはお前ぐらいだ」


 肩をすくめる同僚に笑みを浮かべる『働きバチ』。彼の武装は企業内の広いコネを駆使して様々な兵装を作ってもらったモノだ。今後も世話になる相手だから、今回も技師たちにストレスがかからないように立ち回らなければ、


「IZ-00115862、トラブルだ。現場に『ジョカ』の超能力者エスパーが現れたらしい。現場を守る『KBケビISHIイシ』からの連絡だ」


 連絡を受けた『働きバチ』は、それがトモエとボイルであることを察した。形式上は他企業の干渉だが、事情を知る『働きバチ』からすれば放置してもいい案件だ。


「慎重に対応しろ。最悪、撤退も許可すると伝えておけ」


 とはいえ『そいつらは放置して大丈夫だから』というわけにもいかない。形式上は他企業が最大戦力を現場に送り込んだのだ。対応を誤れば企業の上同士で抗争が起き、末端がそのあおりを食らって大打撃を受ける。下手に手を出さないように命令し、『働きバチ』は任務に戻――


「現場にいる『KBケビISHIイシ』から追加情報だ。……なんだそれ?」

「どうした?」

「いや、ええと、なんでも新しい企業を名乗っている者がいるらしい。名称は『トモエ』。詳細は不明だが、報告を素直に伝えるとそういう事だ」

「――なんだと」


 事情を知らなければ意味不明な報告である。実際、報告を受けた同僚は検索しても出ない単語に困惑気味だ。『働きバチ』は脳内でやるべきことをまとめ、ビジネススーツを羽織って動き出す。


「こちらで対応しよう。まずは情報規制だ。この情報を他に漏らすな。俺は直接現場に向かって対応する」

「了解だ」

「あと『KBケビISHIイシ』の潜入捜査課に連絡。休暇中のIZ-00404775を治療ポットからたたき出して緊急出動させろ」


 IZ-00404775――トモエと仲がいいナナコを現場に向かわせながら、『働きバチ』は地上車両を用いて現場に向かう。


 ……………………。


 …………。


 ……。


 そして同時刻、『ジョカ』管理下のビル内で――


「Joー00101066が『イザナミ』管理下で超能力を使ったらしい」

「現状、Joー00101066とJoー00318011はお前達の管理下にあるよな。どういうことだ?」


 ゴクウとギュウマオウはそんな報告を受けて苦笑いしていた。Joー00101066――『ジョカ』の超能力者エスパーであるボイルが他企業の管理するエリアで力を行使したのだ。その件に関する報告を求めているのである。


 トモエのナンパ作戦。その為に呼び寄せたボイルとペッパーX。二人の超能力者エスパーはゴクウたちの営業所に出向しているという形になっている。バーゲストの件を聞いている二人は、そこを『KBケビISHIイシ』が守護していると聞いて事情を察した。


「ああ、任務継続中です。子猫キティは対象とナイトデート中でして。男よりも女の方に興味があったようで」

「全くあのネコ娘はワガママだぜ。このオレサマのマシンよりも女の上に乗りたいっていうんだからな」


 ゴクウが口火を切り、ギュウマオウがそれを補強するように言葉を足す。女性型同士の恋愛は天蓋でも珍しくない。とりあえずボイルとトモエが同行している理由に関してはでっち上げた。


「同行している理由はわかったが、『KBケビISHIイシ』に超能力を使ったっていうのはどういうことだ?」

「知りませんよ。女性同士だともったいないって感じで『KBケビISHIイシ』の奴らがナンパしたんじゃないですか? で、それを守るために実力行使したとか」

「『ジョカ』が誇るボイル様だぜ。判断を誤るとは思えねぇ。むしろそうせざるを得ない状況に追い込まれたんじゃねぇか?」


 薄皮一枚つながった状況を口八丁手八丁で維持するゴクウとギュウマオウ。言いながらどういうことだと『NNチップ』で連絡を取ろうとするが、上手くつながらない。そう言えば付近のエネルギーでノイズが出るとか言ってたか?


「そもそもなんでそんなところでデートしているんだ? バーゲストが暴れて破壊された跡地だぞ?」

「野外でないと燃えないとか濡れないとか、そんな理由じゃないですかね? あの辺りなら監視カメラも破壊されてますし」

「どっちの性癖かはわからねぇがな。同意しているってことは両方ともか?」

「……成程な」


 どんどんトモエとボイルが変態になっていくが、些末事だよなと脳内で謝罪するゴクウ。最悪、そういう嗜好を持たせればいいやと考えてしまうのが色事系企業戦士ジゴロビジネスである。


「とはいえ、放置はできん。こちらから手を出したのなら、侘びを入れる必要がある。詳細を調べて報告してくれ」


 よし、どうにかなった。心の中で胸をなでおろすゴクウ。稼いだ時間を利用して後付けで正当性を作らなくては、とはいえ事情を知らない事には何もできない。連絡が取れない以上はそちらに向かうしかないのか?


「急ぎますか?」

「いや、『イザナミ』もそこまでせっついては来てない。いろいろ問題ある部隊らしいので、虚偽報告の可能性を疑っているみたいだな」

「じゃあちょっと仮眠してからでいいな。人騒がせな奴らだぜ」

「――いや待て。追加情報が入った。……なんだと?」


 言ってギュウマオウは仮眠用のカプセルが置いてある部屋に足を向ける。その瞬間に状況が変化する。


「どういうことだ? クソ、ノイズが入って情報が分からん! なんだよ新企業って! トモエとか検索しても出てこないぞ!」

「新企業」

「トモエ」


 荒れる上司の言葉。その中に含まれる単語を反芻するゴクウとギュウマオウ。


「ちょいと現場に行ってきます。まったく、女のワガママってのは予測不能で困るね」

「全くだ。だからこそ楽しいんだけどな」

「は? 仮眠はいいのか?」


 いきなり動き出す色事系企業戦士ジゴロビジネス二人に疑問の言葉を投げかける上司。その言葉を背中で受けながら、軽く手を振って出動するゴクウとギュウマオウ。


「寝るなら女と一緒がいいに決まってるからね」

「複数の男を侍らす系のネコじゃなさそうだけどな」


 トモエといういい女の為に、見返りなど求めることなくゴクウとギュウマオウも動き出す。


 こうしてトモエの意図せぬ場所で『イザナミ』と『ジョカ』の企業戦士ビジネスが動き出すのであった。


 

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