それなら問題ないわ!

 サイバーアームとサイバーレッグ。これらの発明はクローン達の活動を大きく高めた。


 単純な物理的強度の強化と、パワーの増幅。内蔵された銃器が暴力を産み、医療系などのツールは医者を大いに助ける。コジローのような変わり者を除けば、天蓋のクローンはほぼサイバー四肢を装着していると言ってもいい。


 それらサイバー機器はクローン脳内に埋められている『NNチップ』により統御される。脳内の思考をチップが察し、そこから機器に命令の電波を飛ばして動かす。生身の神経接続では不可能な反応速度で動き、コンマ1ミリのズレもない動作を300万回繰り返すこともできる。


 サイバー四肢を暴走させることは、事実上不可能とされている。『NNチップ』のID認証を外部から誤魔化すことは困難だ。一部のハッカーはそれを為したという伝説もあるが、そう言ったハッカーが暴走事件を起こしたという記録はない。


 何が言いたいかというと、サイバー四肢の暴走はかなりのレアケースということだ。しかも数十体ものクローンが一斉に不具合を起こすなどありえない。違法電子ドラッグによる脳の錯乱と言われる方がまだ信用できる。


 逆に言えば、違法電子ドラッグによる『自称:サイバーアームが暴走した!』と叫ぶ事件はそれなりに存在する。そう言った事件に慣れたボイルは暴力的な状況に混乱することなく的確に動いていた。


「これで終わりよ。次は腕と足ごと蒸発させるわ」


金 属 沸 騰ジンシュウ・フェイトン――極 小 回 路 熱 切 断ウェイ ディアンルー フェン シン シュー】!


 ボイルは脳内に各企業のバッテリー付近の回路をイメージし、その一欠けらを高温で焼き切るイメージをする。イメージは力となり、華氏250度121.1℃で回路に熱を加えて動力を切断する。


「……は? 止まった……?」

「これ、どういうことだ……。まさ、か」

「あんたが、あの」


 自分達に起きたことを察し、そしてボイルに向けて恐怖のまなざしを向ける『KBケビISHIイシ』職員達。超能力者エスパー。天蓋に10人もいない企業の奥の手。その中でもあらゆる金属を蒸発させる無敵の存在。


「『金属融解ボイル……!』」


 その声には、濃厚な恐怖と怯えが混じっていた。声だけではない。視線も、態度も、何もかもがボイルに対する警戒であふれていた。サイバー機器を装備していないクローンはいない。巨額を投じて手術した手足が一瞬でオシャカになる。いいや、それだけではない。その気になればサイバー機器を超高温で燃やされて命を失いかねないのだ。


「『ジョカ』がなんでこんなところに……!?」

「くそ、俺ここで死ぬのか? だったら昨日のうちにクレジット使ってればよかった!」

「ははは。この仕事が終わったらネズミバイオノイドのミチューちゃんを購入しようと思ったのになぁ……」

「よし、クラウドと脳内のフォルダは全消去した。覚悟完了だ!」


 こんなところにいるはずのない怪物。末端の装備では逆立ちしても勝てない理不尽。隙もなく油断もない無慈悲な死神。それを前に死を覚悟した『KBケビISHIイシ』クローン達は自棄になる。逃げる、という選択はない。してもボイルには意味がないのを知っているからだ。


(一気に吹き飛ばして、動けなくしたさせたほうがよかったわね……)


 想像外の自暴自棄に心の中でため息をつくボイル。トモエに感化されたのか、出来るだけダメージを少なくして解決しようとしたのが裏目に出た。ついでに言えば、この手の無力化は脳に直接感覚を共有させるペッパーXの仕事だ。無傷の無力化を行うのが久しい事もあって、対応にミスがあった。


 膨れ上がる殺気。サイバー機器が動かずとも、最後の抵抗とばかりに生身の肉体を動かす『KBケビISHIイシ』達に対し、ボイルはポケットに手をいれて円形の金属片を摑み――


「そうよ! ボイルさんはすごいんだから!」


 渦巻く戦意がいざ爆発、となる寸前でトモエが胸を張って叫ぶ。場違いともいえる明るい声に破裂寸前の風船のような空気は毒気を抜かれるようにしぼんでいく。


「わたしは直接見ていないけど、通信疎外の金属片の煙の中で機転を利かせてその金属片を用いて攻撃し、金属片を投擲して大きな爆発を起こす。時速500キロのデ地下シャトルを止め、堕ちている鉄柱をロケットの様に飛ばして足場を作ったり!

 ピンポイントな小爆発から大規模な火力まで自由自在。それをコントロールできるクールな熱使いとか、創作の中にしかいないわ!」

「……地下通路の存在は市民ランク2以上の情報規制がかかっているから、それをホイホイ言わないでほしいんだけど」


 唐突な戦歴語り。トモエからすればボイルの凄い所を紹介しただけだ。自分の友人(と、トモエは思っている。恋バナしたし)の凄い所を聞いて頂戴とばかりのドヤ顔語りである。ボイルは言うべきことを失い、とりあえず秘匿情報の奇声だけを告げた。


「ああ、そうなの? とにかくそんなボイルさんだけど、お茶を淹れるのも美味いし気遣いもできるスーパーガールなんだから! そりゃ近寄りがたい雰囲気はあるけど、話してみると結構気さくでいい人なのよ!」

「お、おう……」

「オチャってなんだ?」

「よくわからないけど、高ランク市民の嗜好なんじゃないか?」

「ってことは、あのバイオノイドも実はめちゃくちゃ高ランクな御方なのでは……?」


 戦いの空気は完全に弛緩し、『KBケビISHIイシ』の銃も下を向く。破れかぶれの尖った殺意は鳴りを潜め、目の前にいる謎の存在に注目が集まる。クローンIDがない生身の存在なのでどう見てもバイオノイドでしかないが――


「そういえば『ジョカ』には6人目の人間様がいると聞いたことがあるぞ……?」

「は? あのバイオノイドがそうなのか?」

「そんな与太話……。まだあの超能力者エスパー情婦イロって方が納得できるぞ」

「バイオノイドがネコ。高ランク市民がタチ。ありか!?」

「あえての逆転モードの方が燃えるぜ!」

「ないから。そっち方面はないから」


 逸れていく与太話とボイルとトモエの関係性。勝手に妄想するのは勝手だけど、誤解は解いておこうとトモエは制止をかけた。エロ大好きな男子か。いや、そうだったわ。天蓋のクローンに倫理とか恥じらいとかないわ。これまでの事を思い出しながら、トモエはため息をつく。


(あの状況を一変したの……?)


 ボイルはポケットの中で金属片を握りながら、霧散した『KBケビISHIイシ』たちの戦意を感じていた。ゆっくりと、力を込めて、金属片を握っている指を開く。その倍の時間を使ってポケットから手を出した。その間も攻撃される空気はない。


「大したものね」

「そうよ。なんでそこまであけすけにエッチな話ができるんだか。乙女二人を前に恥ずかしいとか思いなさいよ」

「それもそうだけど、アナタもよ」


 クローンのエロトークに憤慨するトモエに、ボイルは呆れるように告げる。一触即発の状況を声をかけることで止めたのだ。空気を読まない一言だったということもあるが、戦闘とは全く関係のない話題をあのタイミングで出せる胆力がそれを為したのだ。


(まあ、当人は心の底からそう思って叫んだだけだろうけど。戦わない気持ちもここまで極まれば大したものだわ)


 殺意を抱くなど全く考えない思考。どこまでも平和に、話し合いで物事を解決しようする転移者。目指す企業の形がランクによる支配ではなく平等なモノであることもトモエの性格を示していた。


「ふ。この寒いゴッド様が出張る必要はなかったようだな」


 騒動が収まったのを目視し、ゴッドがポーズを決めて歩いてくる。トモエとボイルは見ていた。隊員が暴走する寸前にサイバーレッグの力で言葉通り跳んで、物陰に隠れていったのを。


「そうね。今更出張っても意味ないし、そのまま隠れてたら?」

「なにをいうか。『KBケビISHIイシ』の178分隊長として場を治める義務がある。ついでに言えば、明日の8時までここを封鎖しなくてはな」

「真っ先に逃げてたくせに」

「指揮を執る者が危険に身を晒すわけにはいかないのだ。学のないバイオノイドにはわからないだろうがな。まあそれはベッドの上でしっかりしっぽり教えてあげようか」


 言ってトモエの腰に手を回そうとするゴッド。その手をパシンと払うトモエ。視線と態度と口調の全身全霊をもって、ゴッドを拒絶した。然もありなん。


「封鎖と言ったけど、この状況で封鎖できると思ってるの?」


 ゴッドに対する侮蔑の感情をこめて、ボイルは質問する。部下達のダメージは軽微だが、サイバー四肢は修理しなければ使えない状況だ。そもそもその気になればボイルを止められるクローンはそういない。このままトモエを連れて通過することは容易である。


「う……。いや待ってくださいランク2市民様! 治安維持部隊への反逆は企業への反逆も同意。貴方様のランクと超能力者エスパーの立場を考慮すれば『ジョカ』が『イザナミ』に妨害行為を加えたと捕えることもできますぞ。ますぞますぞ!」


 勢いのままにゴッドが舌を動かす。実力で止めることができないのなら、社会的立場を使う。虎の威を借る狐そのままだが、言っていることは筋が通っている。本来なら筋を通すだけのロビー活動を事前に行うのだが、今回はそんな余裕はなかった。


(知らないわ、と突っぱねて口封じするのが最良ね)


 ボイルは瞬時にゴッドの殺害に思考をシフトする。この状況での暴力は悪手ではあるが、時間をかけて妙手を行う時間はない。あと普通にゴッドがウザかった。コイツ殺してぇ。


「それなら問題ないわ!」


 ボイルはゴッドのサイバーアイに華氏752度400℃の高熱を加えようとしたところで、トモエの声に遮られる。声だけではない。物理的に後ろから抱き着かれるような形で止められる。


「ボイルさんはもう『ジョカ』じゃないわ。新企業『トモエ』に移籍するの!」

「………………は?」


 ナニイッテルノ、コノ娘。ボイルの頭は真っ白になった。反論の言葉を思いつくこともできず、ただトモエの言葉を聞いていた。


「だから『ジョカ』は関係ないわ。ボイルさんの行動に文句があるなら、私が責任取ってやるから!」


 シンキギョウ? トモエ? この場にいるクローン達は検索しても出てこない単語に困惑していた。事情を知るボイルですら、意に反して移籍させられたことに何を言えばいいのか迷っていた。


「だからこの喧嘩はこれで終わり! 悪いけど『トモエ』の名の元にここを通させてもらうわ!」


 ただわかるのは、自分達の想像を超えた何かが起きているという事である。困惑したクローン達からイニシアティブを奪取し、その勢いのままトモエは宣言するのであった。

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