82・53・83か
IZ-00361510。二つ名は『寒いゴッド』。
宗教の価値が西暦時代より薄まった天蓋において、ゴッドの意味合いは『凄い』の類語程度でしかない。食事環境が常温保存のモノばかりで気候が自動調整される天蓋内において『寒い』も『クール』といった意味合いが強い。
つまり本人は『俺って超クールだぜ!』という意味合いでこの二つ名を名乗っているのである。だが、
「うううううううう! 『
などと言いながら単独で警備をしている姿はとてもクールとは言い難い。ついでに言えばこの状況に至る経緯も凄いとは言い難いものだった。
原因は先のバーゲスト戦。その総攻撃の際に他の部隊よりも攻勢に出るのが少し遅れたのだ。理由は各種機器点検を行って万全を期したかったという事だが、IZ-00404775ことナナコの
時間にすれば20秒ほど。上司から目を付けられず、しかしナナコの取引を守った絶妙な時間。しかしこの20秒の遅れは、2分近くで終了したバーゲスト戦において大きな遅れと上司に見えたのだ。――まさかトモエが乱入して精神世界から決着をつけたなど知りようもない。
加えて言えば、この超能力事件(ということになっている)の後始末も要因の一つとなっていた。この事件の復興は『イザナミ』が主に行うということになったのだ。はるか上の人間同士が決めた取り決めなので不満を言う事すら許されない。
「この地域なんだが、ちょっと機械の不具合が出るらしい。調査グループを結成しているところだ。
グループ結成まで、お前の部隊がそこを警護しろ。この前サボった埋め合わせだ」
『イザナミ』の治安維持部隊である『
「クソ上司の命令がなければ今頃ナナコちゃんの報酬を受け取ってるところなのにー。たまった有給全部消化してこれまでの貸しも全部返してもらうつもりだったのにぃ。横暴だー。パワハラだー。ちょっと俺より仕事ができるからってやっていい事と悪い事があるぞー」
かくしてバーゲストが消えた区画を中心に『
「隊長。通信にノイズが走ります」
「隊長。機器にエラーが出ます」
「隊長。サイバーレッグが緊急停止します」
「うるせー。わかってるよ。『NNチップ』には謎のノイズが走るし、ナナコちゃんに連絡取ろうとしたら何故か切れちゃうし。なんなんだよ、ここは」
そしてその士気はお世辞にも高いとは言えなかった。いるだけで不調を引き起こす場所に無理やり立たされている。そんな
――とはいえ。
「カーリーのウソツキ! 警備いるじゃん!」
トモエからすれば予想外の障害だ。たどり着いてバーゲストとお話して終わりと思っていたけど、その直前で足を止められたのである。
「警備っていうにはあまりにお粗末だけどね。簡単に無力化できるけど」
対してボイルはさほど焦ってはいない。『ジョカ』の任務でも予想外の事はよくあることだ。今なら相手に気づかれていないので、主要機器の回路を燃やすなりすれば混乱を埋める。何なら装備やサイバー四肢を溶かしてもいい。
「無力化って華氏何千度とかで燃やしたりするの? あまりそういうのはやだなぁ」
「血を見るのがイヤなら、銃弾だけをを溶かしてもいいわ。どの程度目立たずに済ますかを決めてくれればオーダーに沿うようにするけど」
派手な潜入から無音の無力化まで。歴戦の
「オーダー……。命令って意味ならそういうのもちょっと。ボイルさんとはいい友達でいたいし」
「企業を立ち上げようとする人間様が何を言ってるのよ。今後は命令していく立場なのよ」
「様って言わないで。そういう上下関係をできるだけなくしたい、っていうのが私の
持ち上げられることに慣れていないトモエが少しうんざりした声で告げる。天蓋に来てからさんざん人間扱いされてなかったこともあるけど、尊称で呼ばれることには慣れていない。
「それをしての許される地位と権限があるのに」
「地位や権限あることと、それが好きか嫌いかは別なのよ」
「理解に苦しむわね。少なくとも私が相手してきたランク上位市民は、地位と権限を振りかざして命令してきたわ」
企業の尖兵として様々な任務に身を投じてきたボイル。
「だからそういうのは大嫌いなの」
「おかしな話よね。バーゲストとの戦いの時には各企業の
それを『友達の助け』で済ますなんて、常識的に考えてあり得ないわ」
手伝った自分が言うのもなんだけど、と肩をすくめるボイル。企業のトップはその企業傘下のクローンにしか命令できない。コネを使って他企業の手伝いを得ることもできるが、トモエほど多岐にわたっての『コネ』があるのは天蓋でも前例がない。
「そんなものなの? みんな仲良くすればいいのに」
「それができないのが企業なのよ。しがらみ、昔からの約束事、そして染みついた思考。貴方にとっては不思議な事でも、私達からすれば常識的。逃れられない関係なのよ」
「大人って色々大変よね」
がんじがらめの社会で生きる苦労をトモエは知らない。口にできるのもそんな言葉だ。
「話を戻すけど、具体的にあの警護をどうしたいの?」
「うーん……。一回話し合ってみる」
「ちょ!? 不意打ちできるチャンスを逃すのは――」
問いかけるボイルに眉を顰めるトモエ。力技で突破というのは好みではない。いったん離して見ようという結論になった。まさかそうくるとは予想できなかったのか、ボイルが止める間もなくトモエはゴッドの所に歩いていく。
「すみませーん。ちょっといいですか?」
「ノイズうぜー。保存しているムフフファイル再生したら画面に乱れが混ざってうぜー。音声にノイズ走るし。画像ファイルで我慢して……ああ?」
『NNチップ』内に保存してあるファイルを再生していたゴッドは、トモエに話しかけられて初めてその存在に気づいたようだ。治安維持部隊としての目がトモエを捕える。IDなし。武装は懐の拳銃のみ。そして――
「82・53・83か。ネコ型バイオノイドとしちゃ普通だよな。あー、でもたまにはデフォルトもいいか。胸が大きすぎるのもちょっと飽きてきたし」
近づいて話しかけてきたトモエを『春売り目的のバイオノイド』として見定める。クレジットの残高を考え、まあ悪くないかと頷いた。
「いきなり人の胸の評価するとか何考えてるのよ!」
「悪い悪い。大事なのはアナの方だよな。クレジットはどれだけ欲しい? 何なら現物支給でもいいよ。『
「要らないわよ! って言うか自然にアナとか言うな!」
下ネタ全開発言に顔を赤らめて叫ぶトモエ。他の隊員もそれに気づいて目を向ける。組織の物を勝手に渡すのは横領だが、誰もそれを指摘しないあたりがこの部隊の特色を示していた。
「隊長。仕事サボらないでくださいよね」
「買うのはいいけど連絡は届くようにしてくださいね」
「終わったらでいいんで、俺もいい? クレジット上乗せするから、罵倒しながらのプレイをお願いしていいかな?」
やる気のないゴッドの部下たちは止めることもしない。むしろいつものことみたいな扱いである。うわー、駄目だこいつら。特に最後のヤツは。カメハメハや『働きバチ』やゴクウやギュウマオウとは雲泥の差である。
「現物要らないの? 売らないにしても、そういう仕事してるんだから身を守る手段は持ってた方がいいよ。この寒いゴッドみたいに紳士的なクローンばかりじゃないんだから。ほら、これなんかどう? 距離が離れると爆発する電子首輪」
「めちゃくちゃ嫌な思いでしかないわよ、それ! そうじゃなくて!」
どこが紳士的かを問い詰めたいが、天蓋では紳士的なのだろう。トモエは強引に話を打ち切り、交渉に移ろうとする。
「この奥に用事があるの。通してほしんだけど」
「このブロックに住んでたバイオノイドなの? 悪いけどダメ。この辺り一帯は『イザナミ』が買い占めたから。避難所はここから3ブロック先にあるイザヨイホテルって所。そこまで送るからそこでヤる?
ああ、でも自室で楽しみたいっていうのはわかるよ。そういう事なら内部調査ってことにできるから。ゴッド様もネコちゃんの内部を調査したいしねぇ……ぐふふ」
「おぞましいぐらいに寒いセクハラ発言やめろ! 私はここの奥にあるバーゲ……むごむご!」
「はい、そこまで。余計なことを言わない」
ゴッドの寒いセクハラ発言に叫ぼうとするトモエの口を塞いだのは、ボイルだ。ゴッドは突然現れた性別不明の全身断熱コートを前に目を細める。顔もミラーサングラスとマスクで見えない。あからさまな不審者を前にして――
「88・56・85か。ナイスだね! え、市民ランク2? あ、倒錯プレイですか? たまにいるんですよね、下位市民にめちゃくちゃにされたい性癖。ゴッド様は理解が深いから――」
「侮蔑発言の記録完了。下位市民ランクに対する制裁権限を発動させるわ」
「ノー! 『
3サイズを口にしたゴッドに対し、ボイルはゴミムシを見るような口調で告げる。問答無用で焼きそうになったが、理性のブレーキはかろうじて発動した。超能力を察したわけではないだろうが、即座に謝罪するゴッド。
「はちじゅう、はち……!? 嘘、マジでっか!? っていうか何で全身コートの人の3サイズが分かるの……!?」
「寒いゴッド様の慧眼だぜ! ゴッド的な超能力的感覚?」
「3サイズを当てるとかヤな超能力……」
体格も素顔も見えないボイルの胸と腰つきを当てた(ボイルの反応的に当たっているのだろう)ゴッドに驚きの声を上げるトモエ。実際慧眼だが、役に立つのか立たないのかわからない感覚である。少なくともこんな性格の奴に3サイズを知られるのは、女性として嫌悪する。
「迷惑かけたわね。帰るわよ」
これ以上の交渉は無意味だと悟り、ボイルはトモエを連れて去ろうとする。実際、ゴッドに会話のイニシアティブを取られっぱなしだった。ゴッドの警備が企業任務であることも含め、交渉で中に入れてもらうのは無理だろう。ハニートラップに弱い相手なのはわかるが、トモエとボイルにはそれをする気はなかった。
(帰るって……どうするのよ?)
(時間を空けてから超能力を使って騒動を起こすわ。話し合いで通るのは無理よ)
(ううう。まあ仕方ないか……)
小声で会話するトモエとボイル。中に入れてとお願いするのは無理だ。いったん撤退し、仕切り直すのが最善手である。多少力技になるが、致し方ない。
(失礼なことを言われた腹いせに、あのゴッドは念入りに熱を加えてあげてもいいわよ)
(……まあ、お灸をすえる程度なら)
寒すぎるゴッドに対する乙女の恨みもあるし。少しぐらい痛い目を見るのも仕方ないかな。同情の余地なしとハンコを押すトモエであった。
そんなトモエの耳に、言葉が届く。
『異世界より来た者よ。異なる時間帯から来た者よ。語り合おう』
カーリーから聞いた言葉。姿こそ見えないが、トモエにはただの言葉でしかない。
「ぎゃあああああ!? ノイズが! ノイズが走る!」
「またエラーが! バックアップが全部消えた!」
だが、声と同時に電子機器に不具合が発生する。機械類が明滅して停止し、通信などにも影響が出ているようだ。
「落ち、落ち着け俺の左腕! 暴れるな!」
「足が勝手に……!」
そしてサイバー機器が暴走するように動き出す。何も知らなければ中二病の発言だが、銃器を内蔵してあるサイバーアームや蹴りだけで車を浮かせるパワーを持つサイバーレッグが意思に反して暴れだすとなれば静観できるものではない。
「おい、お前らどうしたんだ!?」
「強制終了命令……拒否された! ダメです、エラーとりません!」
『
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