バレバレ、なの?

 Joー00101066。二つ名は『ボイル』。


 天蓋に10体もいない超能力者エスパーの中で、唯一超能力の内容が公開されている。その超能力の名前は『金属蒸発』。ありとあらゆる金属の温度を瞬時に上昇させ、溶解及び蒸発させることができる。


 天蓋において金属を使わない場所はない。建築物や機械は言うに及ばず、エネルギーを伝達したりネットワークに使う電線も金属だ。クローンによってはサイバー機器の割合も増え、頭部以外の8割以上が金属のクローンもいる。全身機械化フルボーグクローンは言うに及ばずだ。


 その気になれば建物すべての金属を融解させて崩壊させることもできるし、ピンポイントに基板の回路一つだけを焼き切ることもできる。銃弾を加熱するだけで銃器は全て使い物にならず、回路を焼かれた機械類は機能停止。その気になればクローンの脳内にある『NNチップ』すら焼くこともできるとまで言われている。


『ジョカ』がこの情報を公開しているのは、示威行為が主な理由だ。『ジョカ』に逆らう者にはボイルが差し向けられる。そんな無言の圧力は『ジョカ』の内外へのプレッシャーになる。企業に逆らうものを抑止する意味では十分に効果を発揮していた。


『力がある』という事はそれだけで抑止力になる。超能力の内容以外が分からないという事もあり、ボイルという超能力者エスパーの強さは独り歩きしていく。『国』の暴徒を鎮圧し、タワーにいる自民ランク1のクローンを外から焼き殺した。ギャングの一団を姿すら見せずにビルごと崩壊させた。顔も姿もわからない熱の死神、それがボイル――


「ああああああああああああ………」


 少なくとも、飛行タクシーの中で胃を痛めて蹲るような病人まがいのクローンではないはずだ。


「あの、ボイルさん大丈夫?」

「大丈夫よ。ええ、大丈夫。さっき自律神経安定薬を投与したし『NNチップ』からの信号もまだ警告どまりだから」

「その、色々、ごめん」


 隣に座るトモエの言葉に、胃を押さえて答えるボイル。全身断熱コートに耐熱マスクという性別すらわからない格好でその顔色すらわからないが、どう見ても大丈夫には見えない。


「別にアナタは悪くないわよ。こっちが勝手にストレスで苦しんでいるだけだから」


 ボイルがストレスを感じている理由は、ひとえにその立場にある。『ジョカ』の超能力者エスパー、企業内において市民ランク2相当の地位を得ているボイルは立場相応の責任が発生する。ざっくり言えば『ジョカ』の利益のために動くことだ。


 トモエとの同行はそれに抵触する『』『』という状況だ。


『ジョカ』から受けた最新の命令は『トモエをジョカ本社にナンパして連れていく』事だ。バーゲストの登場で色々有耶無耶になっているが、少なくともその命令が撤回されたという連絡は来ていない。


 そういう意味では、護衛自体は何ら問題ない。実際『Z&Y』ビルではトモエの救出に向かったし、バーゲスト戦ではその手助けもした。


 だがトモエは言った。『新しい企業を作る!』と。そして企業設立のために必要なエネルギーを手に入れに行くと。つまり、『ジョカ』に対立する可能性がある存在を産み出す手助けをするかもしれないのだ。


(そういう意味では止めるべきなんだろうけど……)


 先ほど投与した自律神経安定薬が効いてきたのか、胃痛が少しずつ収まってくる。重い痛みから解放されて気が楽になりながら、それでも問題は何も解決していない事を自覚するボイル。


「そう。勝手に苦しんでいるだけ。新しい企業ができた時の影響なんて、誰にも予測できないからどう扱っていいかわからないだけよ……。あぐ」


 トモエの企業ができればどうなるか?


 誰もそれを予測できないのだ。そもそも天蓋において企業は常に5つだった。『ネメシス』『イザナミ』『ペレ』『ジョカ』『カーリ―』。その5つは互いに争いながらも拮抗し、潰れることはなかった。5大企業は永遠だと、誰もが疑わなかった。


 その均衡が、崩れる。それを崩そうとしているのだ。その結果がどうなるかなど、前例がないので想像もできない。『ジョカ』が飲み込まれてしまうかもしれない。利用して力をつけるかもしれない。奇跡的なバランスで6大企業として天蓋は更に栄えるかもしれない。バランスを崩した天蓋が、消えてなくなるかもしれない。


「『ジョカ』にとって損か得かがわからないんだから、どうしたらいいかわからない。こんなこと始めてよ」


 トモエの行動の結果、どうなるか判断がつかない。突き詰めれば不明瞭な未来がストレスの原因だ。ボイルは常にデータと実績をもとに行動していた。そして予想外のことが起きると動揺し、しかし持ち前の超能力と経験で乗り越えてきた。


(ここでこの子を焼いた方が、後顧の憂いも含めて楽なんだろうけど)


 乱暴だが、トモエの殺害を考えてしまうボイル。任務において、不安要素は可能な限り打ち消すべし。その例に従えば、トモエの命をここで奪うのも間違ってはいない。作戦において邪魔者を消すことなどよくあることだ。ボイルも何度か行っているし、それを独断で決めていい権限もある。


(……それができるぐらいなら苦労してないわよ)


 だが自分を心配そうに見るトモエを見て、その気力は失せる。『ミルメコレオ』では想像外の展開で共闘し、コジローと共闘してペッパーXと一緒に救出し、利害関係の一致でバーゲスト戦でも共闘した。


『だって、ボイルさんの淹れてくれたウーロン茶は美味しかったもん』

『ボイルさんはいつも考えて、すごく努力している人なんだって伝わってくる一杯だったよ』


 誘拐した相手にそう言いきるだけの胆力。そして優しさ。甘いと自分でも分かってはいるが、ボイルはトモエに情が移っていることを自覚していた。とりあえずこの件は保留だ。胃が痛いぐらいなら我慢しよう。


「あの?」

「気にしないで。貴方をナンパ? 守らないといけない任務を受けているのは確かだし」

「そう言えばゴクウさんと協力しているんでしたっけ? 『クールな女性』枠?」

「顔見知りを当てておこう、っていう数打て戦略だけどね」


 コジローとの関係が改まった以上、無意味になったナンパ戦略。その事をジョカに報告しないといけないが、色々あってそのタイミングを逸していた。とりあえず『NNチップ』内にその情報をまとめるボイル。


「あ、ナンパ云々で思い出したんだけど」


 そう言えば聞こうと思ってたんだ、とばかりに手を叩くトモエ。その顔は――どこかニヤニヤしていた。年齢相応の女子高生がコイバナするような顔で、


「ペッパーさんとはどこまで進展しているんですか?」


 ボイルにとってクリティカルな弱点を貫く。『NNチップ』内の報告ファイルにランダムな文字列が走って、慌てて修正する。


「……っ、ぺ、ペッパーが、な、な、なんだっていうのよ」

「えー。だってボイルさんペッパーさんにべたべたじゃないですか。あそこまで好き好きオーラ出しておいて、知らないとかただの相棒とかはナイわよ」

「オーラ? はわからないけど……!」


 精神論が衰退した天蓋において、オーラという単語自体も死語だ。だが自分の好意がトモエにバレているのは事実である。ボイルは報告ファイルをいったん閉じ、『NNチップ』に命じて精神を安定させるようにしながら、誤魔化そうと口を開く。


「勘違いしているようだけど、同じ企業の超能力者エスパーとして和を乱さないだけの関係性を保っているだけで――」

「ふんふん」

「距離が近いように見えるのは作戦上必要なことで、そもそもどれだけ近づいてもあの馬鹿はあんまり関係ないって言うか気にしないって言うか気づかないって言うか」

「あー。ペッパーさんそういうところあるよね。ボイルさんのアピールを素で受け流す鈍感主人公タイプ」

「べべべべべ、別にアピールとかはしてないけど……!」


 ミラーサングラスと断熱マスクで顔の表情はわからないが、ボイルが赤面して動揺しているのは透視能力を持たないトモエでもわかる。ニコニコとこちらを見ているトモエに、ボイルは一縷の望みをかけて、慎重に問いかける。


「ば……」

「ば?」

「バレバレ、なの?」

「何でバレてないって思ったんです?」

「ああああああ……!」


 顔を覆うように手を当てて、飛行タクシーの中で羞恥の悲鳴を上げるボイル。運転ドローンは突然の奇声に警告プログラムが走らせるが、事件性は低いとみてすぐに運転に戻った。


「その……ペッパーさんには気づかれてないみたいだし、そういう意味では大事故には至らなかったんじゃないかな?」

「むしろあの馬鹿が気付いてくれないからこんなことになってるのよ……!」

「その……ご愁傷さまです」


 乙女の叫びに申し訳ない気分になるトモエ。まさかここまで禍根が激しいとは思わなかったのである。いい雰囲気だからそれなりには恋バナできるのかなぁ、って思ってたけど結構致命的だったようだ。


「私としては天蓋のカップルがどんな生活してるのかとか聞きたかっただけで。あと結婚式とかそういうのってどうなっているのかなぁ、とか」

「ケッコンシキ? 今の流れで血の跡がどう関係するのよ。そういうプレイでもするの?」

「その血痕じゃなく……ええと」


 あ、これはもしかしていつものパターンか。トモエは西暦文化と天蓋文化の違いを感じ取っていた。その違いを明確にするために、質問をする。


「天蓋だと好きな男女が一緒になったら、その後どうするんです?」

「? 男女に限らず一緒に住むけど」

「それから? 式とか挙げて籍を入れるとかして夫婦になるとかは?」

「シキ? セキ? フウフ?」

「……あー。結婚そのものがないのか」


 単語のいくつかに疑問を抱くボイルに、トモエはうんざりした顔で納得していた。そう言えばブライダル関係の建物とかは見たことがない。


「そう言えば性行為ごにょごにょ自体はあるけど、クローンに子供はできないんだっけか。そう考えると家庭を持つとかそういう価値観もないのね。

 ……うわー、本当に結婚の意味がないじゃない。好きになって一緒になるだけの同棲でおわりなの?」

「何をごちゃごちゃ言ってるのよ?」

「気にしないで。愛の行く先についてちょっとカルチャーショックを受けてるのよ」


 額に手を当て、天蓋の在り方にため息をつくトモエ。コジローと恋仲になって嬉しいと思う反面、そこから先が何もないと知り暗澹な気分になった。本当に一緒に居るだけとか、まあそれも愛なんだろうけどさあ!


「何だろう。ちょっとモチベーション下がったかも」


 ため息と同時に、飛行タクシーは下降を始めて目的地近くに降り立った。トモエとボイルはヴィークルから降り、カーリーに教えられた場所に移動する。話によると『イザナミ』の作業員は一時撤退しており、警備ドローンもまともに作動しないので誰もいないはずだ。


「うううううううう! 『KBケビISHIイシ』の超エリート隊長であるこの『寒いゴッド』様が、なんでこんな場所の警備なんかしなくちゃいけないんだよ! そりゃちょっとナナコちゃんのあはんでいやんな声につられて不正しちゃったけどさあ!」

 

 だがトモエとボイルの視線の先には、明らかにそこに陣取る治安維持部隊の姿が見えるのであった。

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