不良物件の押しつけだな

「バーゲストをエネルギー……ドラゴンにする?」


 トモエの言葉にカーリーは頷き、言葉を続ける。


「バーゲスト――異世界から召喚された精神存在。そいつは食らうことでエネルギーと知識と経験を得る存在だ。今どれだけのエネルギーを食らっているのかは知らないが、それを活用すれば五大企業のドラゴンに比肩できるほどのエネルギーにはなるだろう。曲がりなしにも、治安維持部隊が総出で足止めしなければならないほどだったしな」


 カーリーが企業の看板ともいえるエネルギー源として紹介したのは、先日天蓋で暴れた怪物だった。時空に穴をあけ、咆哮と共に光の矢を放つ。五大企業の治安維持部隊と複数の超能力者エスパーが総出になってようやく止まった存在だ。トモエが精神接触しなければ消滅させることはできず、まだ暴れていた可能性もある。


「待ってよ。アイツは自分の世界に帰ったんじゃないの?」


 否、消滅はさせていない。正確に言えば自分の世界に帰っただけだ。この世界に対するこだわりを切り裂いて消去させ、バーゲストと呼ばれる存在は自力で自分の世界に帰って行ったのだ。高次現存在の時空移動など誰も三次元の生命体には知覚できない現象だが、トモエはバーゲストが帰ったのをなんとなく理解していた。


「帰ったとも。本体と言うか意識体はな。ああ、ババアにわかりやすく説明すれば霊体とか精神とかがあの存在の正体で、犬のような体躯や内蔵していたエネルギーは言ってしまえばガワだ。RPGで言う所の装備品。SNSで言う所のスキンと言った感じだな」

「口悪いけど分かりやすい説明どうも! つまり帰ったのは本体だけで、スキンというか装備は残っているってこと?」

「理解が早くて助かるな。いや、この説明で理解できなかったらバカすぎて話にならないという事か。そこまで知性がないババアじゃなくてよかったよかった」

「……アンタ、ワタシをバカにしないといけない病気にでもかかってるの?」


 カーリーの説明にトモエは状況を理解し、そして彼女の口の悪さにうんざりしていた。そして周りのクローン達は自分達の上位存在である『人間』同士の口論に少し慄いている。クローンからすれば、台風と火山が口論しているようなモノだ。


「お互いの立場を考えればどこに仲良くする要素があるというのだ? ましてや企業を立ち上げるというのならなおのことだ」

「あっそ。わかりやすくて助かるわ。アンタとは一生相いれないわね。そのバーゲストの話も裏があるんじゃないの?」

「そういう事だ。ぶっちゃければ、不良物件の押しつけだな」


 トモエがかけた疑惑をあっさり認めるカーリー。元々隠すつもりはなかったのか、トモエのスマホにメッセージでアドレスを送る。トモエがそのアドレスを確認すると、天蓋の地図と複数の映像ファイルが展開された。


「バーゲストが消滅……ではないが公的には『消滅』という扱いなのでそう言わせてもらおう。ともあれアヤツが消えた場所には無形のエネルギーが滞留している。さっきの例えで言えば、キャラの装備がそのまま残っているわけだ。

 周囲に破壊をもたらすわけではないが、該当地区内は電波が乱れて機械類が様々な不調を示す。サイバー機器に関しては高負荷がかかり停止する有様だ。はっきり言って作業にならない状態になっている。

 なのでこのエネルギーを除去する必要があるわけだ」

「不良物件ていうか……災害の後始末じゃない」

「天候を完全制御できる天蓋において『災害』など人為的なことしかないがな。今回の件も、様々な要素が絡んだとはいえ元々は人の悪意だ。

 ともあれそう言った経緯でエネルギー除去のために様々な計画が為されているが、ババアが利用するのならその経費は浮くし復興も早くなる。ウィンウィンだと思わないか?」

「まあ誰もケガしないのなら、それにこしたことはないけど」


 新企業のエネルギー問題よりも、作業するクローンが安全無事であることを第一にして答えるトモエ。無意識なのだろうが、その返答にカーリーは好意的な笑みを浮かべた。ババアのこういう所は嫌いじゃないんだよなぁ。


「でも問題があるわよ。そんな危険なものを、私がどうにかできるとは思えないわ。バーゲストの精神内に接触できたのも、みんなの助けがあったからだし」


 トモエの疑問はもっともなことだ。膨大なエネルギーを制御する手段など見当もつかない。理系は得意ではなく、ボルトとアンペアの違いもあやふやである。あとワットだけ?


「逆だな。現状はババア以外がどうにかできるものではない。レポートを聞く限り、ババアにしか心を開かないだろうよ」

「心を開く? 会話できるの? ただのエネルギーでしょ? アバターのスキンが意思を持ってるの?」

「知るか。元の人格みたいなものが残留しているとかそんな所だろう。反応自体は自動返信みたいなものだ。プログラムに魂の有無を問うのは鉄板ネタだが、答えは作品様々だな。個人的にはナシだとおもっているが。

 現場で作業していたクローン達は『NNチップ』を通して脳内にノイズを流されたらしい。その内容は『異世界より来た者よ。異なる時間帯から来た者よ。語り合おう』……という事だ」


 言って肩をすくめるカーリー。異世界より来た者。異なる時間帯から来た者。それに合致するのはトモエしかいない。むしろ他にいるなら会ってみたい。


「……まあそういう事なら納得するわ。あのホームシックワンコ本人じゃないけど、その人格に似たAIチャット? それと会話して除去出来たら無事に作業できるんだよね」

「そういう事だ。『イザナミ』が主だって復旧作業を行っているから、除去して貸しを作っておけ。アイツは腹黒だが、受けた恩や義理はきっちり守るタイプだ。今後を考えれば有利になるからな」

「イザナミちゃんは可愛いロリババアなんだから腹黒とか言うな」

「……本気で言っているのか。恐ろしいババアだ」


 イザナミの暗躍と心の中を知らないトモエは、善意100%でイザナミを擁護した。カーリーは額に手を当てて、トモエの甘さを嘆く。正直、この祖母が騙されようが利用されようが知ったことではない。


(むしろイザナミに徹底的に騙されて裏切られてボロボロになってしまえば……Ne-00339546がそれを慰める、か。それはクソムカつく展開だな。作家としては書きたいシチュエーションだが!)


 脳内でトモエの悲劇をシミュレーションし、そこからの展開を創作者として展開する。恋愛ラノベとしては上出来だが、それが自分の推しコジローが対象となるのならムカついてくる。推しには幸せにになってほしいが、リアル恋愛となると別だ。


「まあいいさ。ともあれバーゲストをババアが確保してあの場からいなくなるならすべてウィンウィンだ。いまは工事も一時停止しているから行くなら今すぐだな。12時間後には危険地域ということで、物理的に封鎖されているだろうよ」

「うん。そうするわ。情報ありがと、カーリー!」

「繰り返すが不良物件の押しつけだ。手に入れたけど扱いきれない、なんてことになってもカーリーは責任を取らんぞ」

「その時はそのときよ。正直、当てがなかったもんね。ないよりはある方がいいわ」


 これで会話は終わり、とばかりにカーリーは手を振って一歩下がる。トモエはカーリーに笑みを浮かべて感謝の言葉を返した。個人的には嫌いな人間の類だが、こういう所は律儀で好感が持てる。コジローは渡さないけどね!


「よし、じゃあ早速そこに行ってくるわ。ここからすぐみたいだし」

「待て待て。お前ひとりで行くつもりか?」


 張り切っていこうとするトモエに、コジローが制止の言葉をかける。天蓋の危険性は今更語るまでもない。ボディガードなしでの一人歩きなど、狙ってくれと言わんがばかりだ。ましてやトモエは出自も特殊で噂が独り歩きしていることもあって誰が狙ってくるか分かったものではない。護衛を連れていくのが一番だ。


「そんなつもりはないけど……」


 実際、コジローに護衛してもらいたいという想いはあった。あったのだが……。


「コジロー、立てるの?」


 トモエは幾多の『戦闘訓練』で体中ボロボロになったコジローを見ながら問いかける。医療は素人同然のトモエだが、とても立って歩けるような状態には見えない。


「サムライは弱音を吐かないって古典ラノベで言ってたからな。問題ないぜ」

「それって問題ありって言ってるようなものじゃない。まったく、死にかけるまでバトるとかどれだけ楽しんでたのよ」


 どう見ても大丈夫じゃないという状態のムサシを見て、トモエは(多分一番戦闘イチャイチャしただろう)ムサシをジト目で見た。ムサシはヘラっと笑みを浮かべ、たはーと頭を下げる。


「いやあ、思わず興が乗り過ぎちゃてね。旦那が予想以上に強くなってたもんで、つい。まさかトモエちゃんがそんなこと言うなんて思いもしなかったもんねぇ。うっかりうっかり……借りはいつか返します」


 そのムサシもボロボロで半身起こすのが限界のようだ。一番元気そうなのはどうにか立っているネネネだが、それもまっすぐ歩くのは難しそうである。護衛としては満足に動けないだろう。


「皆が回復するまで待つしかないか」

「そうなるとエネルギーの回収難易度は一気に跳ね上がるぞ。

 はっきり言うか、不可能だ。完全封鎖された警護を掻い潜ってバーゲストに接触するのは容易ではない。接触できたとしても、監視網をバレずに戻るのは不可能だ。手に入れたバーゲストのエネルギーを使って力技で警護のクローン達を物理的に口封じするぐらいだな」

「いやよ、そんな蛮族みたいな解決策」


 カーリーの忠告にため息をつくトモエ。暴力で突破とか、一番やりたくない事だ。とはいえ言いたいことは理解できる。厳重な警備を突破するだけのスキルはトモエにはない。


 警戒度が低いうちに行動するのが吉なのだ。今なら大きな騒動になる前にバーゲストの残したエネルギーに接触できる。


 問題はそこに行くまでの護衛がいないことだ。


 トモエを一人で歩かせるわけにはいかない。不良警官に絡まれたり、電子酒で酔っ払った酔漢に捕まったり、サイバー機器の試しという理由で暴力を振るわれたり、バイオノイドがあるけない道で回り道をされたり……発生しそうなトラブルなど、例を挙げればきりがない。


「……ああ、もう! 非常識な奴らの尻ぬぐいをするとか、ホント嫌なんだから!」


 頭をガシガシと掻いて、椅子から立ち上がるボイル。唯一戦闘訓練に参加していないので、元気そのものである。


「その場所に言って帰るだけなんでしょ? それぐらいなら護衛してあげるわよ」

「わ。ありがとう、ボイルさん! すごく頼りになるわ!」


 ボイルの護衛を喜んで受け入れるトモエ。実際、ボイルの超能力は頼りになる。天蓋において金属を使わない武装はない。ムサシのような特殊合金でもなければ、サイバー機器もほぼ無力化できる。


(企業立ち上げの手伝いとか、これって『ジョカ』の背信行為になるんじゃないの!? でもカシハラトモエに対する命令は現状『ナンパして連れて帰れ』だし、危険な目に遭わせないというのは一応命令の範囲内だし……大丈夫、と思いたい……!

 そもそも企業立ち上げなんて前例はないから、判断もできないわけなんだけど!)


 トモエの好意を受けたボイルは、心の中で大きなため息をついていた。

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