馬鹿だからよくわからないんだけど

「――というわけで、企業を立ち上げることにしたわ!」


 トレーニングルームでトモエが宣言すると、そこにいたクローン達は皆愕然とした。


 ちなみにトモエが宣言する前は『戦闘訓練』――フォトンブレード等を振るって一歩間違えれば死んでいただろうけど当人達の言い分は『訓練』――で心身ともにボロボロになってぐったりしていた。コジロー、ムサシ、ネネネ、ペッパーX、カメハメハ、『働きバチ』が横たわり、ゴクウとギュウマオウは『あんなのについていけねー』とばかりに離れたところで息絶え絶えに壁に設置されたベンチに座っていた。


「…………は?」


 唯一『戦闘訓練』に参加していなかったボイルは、何言ってるのこの子? と言いたげな表情を浮かべていた。青天の霹靂――ドームに包まれた天蓋に青空などないが――とはまさにこういう事なのだろう。


「ごめん。どういうこと? 私は企業を立ち上げるって聞こえたんだけど? そんなわけが――」

「聞き違いじゃないよ。企業を立ち上げるの。企業名は『トモエ』!」

「――――」


『ないわよね』と言いかけたボイルは声を発することなく唇だけを動かしていた。脳内で何度もトモエの言葉を反芻し、ようやく理解したのか額に指をあてて次にいうべきセリフを考えている。


 とはいえ、あっけに取られているのはボイルだけではない。他のクローン達も『何を言っているんだ?』という顔をしていた。これまでトモエの発想と行動に付き合ってきたコジローさえも二の句が継げずにいた。


 とはいえ、これは無理らしからぬ事だ。クローンからすれば『企業』は絶対。天蓋の歴史において、企業は不変にして不可侵。企業無くしてクローンは生まれず、生きることもできない。


 たとえるなら、空気。或いは大地。或いは惑星そのものだ。空気がなければ死んでしまうように、大地がなければ落ちてしまうように、物は上から下に重力に従い落ちるように。企業は天蓋に存在しているのだ。


 つまりトモエが言う『企業を立ち上げる』というのは新たな世界観ルールを作るのに等しい。ファンタジーな戦争に宇宙戦艦を持ってきたり、推理小説を突如目覚めた魔法で解決したり、悪役令嬢が追放された瞬間に薩摩示現流に目覚めてその場で王子をチェストするようなモノだ。


「どう、驚いた? ここまでしないと天蓋に平等は訪れないもんね」


 もっとも当のトモエは『ちょっと皆をびっくりさせた』という認識でしかない。失敗するかもしれないけど、その時はどうにかなるという向こう見ずなポジティブ精神であった。


「……マジか」

「マジよ」


 ようやく口を開いたコジローに、迷うことなく答えるトモエ。そもそもこうでもしないとコジローと一緒になれないという流れもあったのだ。そしてその声色から、本気であることを悟るコジロー。


「待って待って待って。トモエちゃんが言い間違いでも洗脳されてるわけでも電子酒で酔っ払ってるわけでもないことはわかったけど、何がどうなってその結論に至ったのか説明してくれないかな? お姉さん、あまりの展開に酔いがさめたんだけど」

「そうね。実は――」


 ムサシに言われて事の経緯を説明するトモエ。ネメシスの華麗な土下座は省いて、自分の身を守るために、そしてコジローと一緒に居るためにタワー入りを拒否して企業を立ち上げることにしたことを告げる。


「企業を立ち上げる理由が旦那と一緒に居たいから、っていうのはどーなのよ?」

「いーじゃない。ちょっと勢いで言ったかも知れないけど、でも市民ランクとかバイオノイドの扱いとかに怒ってるのは本気なんだから」


 呆れたように言うムサシに、トモエはちょっと顔を赤らめながら答える。他のクローン達の反応を見て、企業を立ち上げることの異様さを薄々察してきたトモエ。とはいえ今更後には引けない。引くつもりはない。


「アタイ、馬鹿だからよくわからないんだけど」


 質問するのはネネネだ。『戦闘訓練』で寝転がっていたのに、ぴょんと跳ね上がって……ダメージでよろけながら手を上げて言葉を放つ。


「企業って簡単に立ち上げられるのか?」

「……電子ファイルはもらったわ。色々大変だけどこれに全部記入すれば――」

「ファイルに記入すればそれで終わりなのか?」

「その後は資金とか企業規定とか……そう言った準備があって」

「それからどうするんだ?」


 純粋な興味で聞いてくるネネネだが、実はクリティカルに今のトモエの甘さを突いている。つまり、最終目的に到達する過程をどうするかだ。


『市民ランクを排し、企業の名の元にクローンとバイオノイドの平等を目指す』……これを為すために必要なことは膨大だ。物理的な住居スペースや、他企業との差別によって生まれる軋轢。平等という概念の定着。そして何よりもそれを維持するためのランニングコスト。


 そう言った膨大な改革を為そうとするのだ。しかもそれは他の五大企業とは相いれない。連携も協力もできない。参考文献もない。先達もない。何もない暗闇の道を進んでいくようなモノなのだ。


「立ち上げた企業で何をするか……」


『TOMOE』の時みたいに西暦の味データを使えばそれなりにクレジットは稼げるだろう。手を広げれば当然利益も増える。オリジナリティという意味では他に類を見ないのだ。


 だが、それで無限の富が得られるわけでもない。


 トモエの味データはすぐに他企業に対策されるだろう。内容を吟味され、似たような味データを作り出される。異世界転生知識チートが通用するのは、それが模倣されない事が前提だ。天蓋の技術者はすでに動いており、いずれ追いつかれて圧倒的なもうけは消えるだろう。


「企業には暴徒を押さえるための治安維持組織も必要である。吾輩のような優秀な完全機械化フルボーグとかだな!」

「企業を運営するために働く企業戦士ビジネスも必要だな。企業の歯車として動かす者がいなければ、企業は回らない」


 追い打ちをかけるようにカメハメハと『働きバチ』が言葉を重ねる。天蓋のクローンは隙あらば暴れる連中だ。それを押さえるための武力は必要である。そして膨大な業務を回すためのマンパワーも必要になる。


「まあそういうのもあるが……一番は『ドラゴン』だな」


 ようやく落ち着きをと戻したコジローが、ふうとため息をつき答える。


「ドラゴン」

「そうだ。企業が持つエネルギー。天蓋を運営するために使われるパワーだ。ドラゴンの特色が企業そのものとなる。天蓋をそのエネルギーで回しているから、企業は絶対存在なんだ」


 企業創始者だけが扱えるエネルギー。天蓋を300年近く維持してきたパワー。天蓋のサイバー技術を維持するためのエネルギーはドラゴンのエネルギーから得られている。


「うむッ! うぉれ達の超能力もッ! クローン内にあるドラゴンの因子がッ! 強く発現したものと言われているッ!」


 腕を組んで一言ごとに頷きながら答えるペッパーX。天蓋でも10名に満たない超能力者エスパー。その力の根幹がドラゴンなのだ。


「……改めて聞くが、マジか?」

「マ! ジ! でもちょっと考えさせて!」


 再度問いかけるコジローに、ちょっと自信を失って答えるトモエ。問題が山積み……どころか何の準備もできていないという現実を突きつけられる。時空転移した高校生がやるべき事じゃないのは事実だが、それでも今ここで足を止めるつもりはない。


「そもそもドラゴンとか誰に聞けばいいのよ……。どこかのダンジョンに潜って倒して持って来いっていうの?」

「ドラゴンを倒すとか、何言ってるんだよ?」

「むしろラノベ大好きなコジローがドラゴンを知らないことが不思議なんだけど!」


 コジローの言葉にバンバンと太ももを叩いて叫ぶトモエ。古典ラノベを見てサムライになったのに、なんでラノベにほぼ出てくるドラゴンの事を知らないよ。唇を突き出し、不満を口にする。


「無理もあるまい。天蓋に流布するデータで、そのあたりは徹底的に検閲削除したからな。過去のドラゴンの情報は市民ランク1でも検索できない」


 少し離れた壁に背を預けていたカーリーが告げる。さっきまで着ていたボディスーツではなく、高級感あふれるビジネススーツだ。トモエの目から見れば『できるOL』と言った感じである――実際はCEOなのだが。


「なんでよ?」

「畏怖してもらうには情報はできるだけ秘するのは常識だ。人間にせよクローンにせよ、わからないということで恐怖を感じるモノだよ。正体不明のゴーストと思わせれば、枯れ尾花でも怖がられるということだ」

「何で怖れさせるのよ?」

「それが企業の統括方法ということだ。未知の力を持つ不老不死の存在。人類はそれを神に見出した。それと同じようなものだ」


 雷霆を持つゼウスを最高神として崇め、荒れ狂う大海にリヴァイアサンを見て恐れ慄いた。だが雷や大波がただの自然現象だと分かれば、そこに脅威も信仰も生まれない。


「ふん。恐怖政治大好きな孫で残念だわ。私はそういうのはしないって決めたから」

「カーリーとしては運営のビジョンも持たない夢見がちなババアがどうなろうが知ったことじゃないが」

「口悪いな、相変わらず!」


 突然始まった『人間』同士の言い争いに、周りのクローンは浮足立つ。あれ、これどっちの味方すればいいんだ? 心情的にはトモエの味方をしたいが、相手は『カーリー』の企業創始者だ。逆らうには二の足を踏んでしまう。


「エネルギーに関しては宛てがある」

「へ?」

「バーゲスト。アイツをババアのドラゴンにすればいい」


 意外ともいえるカーリーの助言に、トモエは『へ?』という表情で固まった。


 

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