企業名は『トモエ』!
タワー。
天蓋における高ランク市民が住むことを許された住居区域である。市民ランク3で特別な働きをしたクローンから、市民ランク2から1までのクローンがそこにいる。その内部は天蓋の技術を集結させており、キューブ以外の食べ物――本物の穀物や香辛料やお酒などもある。
基本的に低ランク市民は入ることができない――ということになっている。
「市民ランク6のNe-00339546をタワー内に入れるわけにはいきません。バイオノイドもです」
ネメシスはこう言うが、実際はあまり守られていないルールだ。高ランク市民の『
だが企業『ネメシス』が管理するタワーでは、そう言った不正を犯したクローンはことごとくタワー住居権を剥奪していた。他の企業はそこまで厳しく管理していないが、『ネメシス』だけはルールを徹底している。
これは企業創始者のネメシスの生真面目さもあるが、『ネメシス』の象徴ともいえるエネルギーリソース『ソロン』の特性もある。決められた法に従う者には恩恵を与える。逆に法を犯した者は厳罰を与える。そう言った制約が『ネメシス』の企業形態を形付けていた。
「じゃあ住まないわよ。お店も忙しいんだし」
「そうもいきません。今回は様々な要因もあって情報流布は少なかったですが、グランマの存在はいずれ露見します。そうでなくてもクローンIDのないグランマは天蓋ではモノ扱いです。気まぐれで撃たれても仕方がない状態です。
未だに子宮の噂は消えずグランマに子供を産まそうとする集団もいますし、バイオノイド関係で尿からエストロゲンを採取しようと暗躍する研究所もあります。IDを持たないバイオノイドを生きたまま(規制用語)する動画配信者は一定の需要があり、人間という存在を崇めて神格化する宗教団体に捕まれば細胞の一欠けらまですりつぶされて聖遺物にされるシミュレート結果が出ています」
タワー入りを拒否するトモエだが、ネメシスはその危険性を告げた。実際、トモエは何度も命を失いかけた。一歩間違えれば誰にも気づかれないまま、全てを奪われていたかもしれないのだ。肉体も、尊厳も、細胞の一つ一つまで汚されて。
「何でそんなひどい事ができるのよ!? 天蓋の人って倫理ないの?」
「西暦時代に人類が動物に対して行っていた行動と同じですよ。家畜、実験動物、ペット、娯楽のネタ。IDのない存在はそう言った扱いと同じです」
「人権のないSF世界って本当に酷過ぎない!?」
そんなことを言われましても。ネメシスはそう言いかけて、口をつぐんだ。天蓋の倫理観に関してはいま議論する事ではない。大事なのはこの事実を受けてどうするかである。正確に言えば、どうトモエを説得するかだが。
「ともあれこれまではNe-00339546などの働きもあり無事だったわけですが、今後も安全であるとは言えません。これまで通りの生活をすれば、いずれそうなることは目に見えています」
「天蓋が危険なのはイヤになるぐらい身に染みて分かってるわ。だからコジローとは離れたくないのよ」
「ボディガードなら『ネメシス』が誇る『
「あまりその名前にはいい覚えがないんだけどなぁ……」
『
「権力に従う悪徳警官以上のイメージがないのよね」
「? ならば都合がいいのではありませんか? グランマは最高権力を持つのですから、けして逆らいはしませんよ」
「そうかもしれないけど、そうじゃないのよ。何ていうか、信じられないっていうか!」
疑問に思うネメシスに叫んで返すトモエ。権力に従うのだから、最高権力になったトモエには逆らないだろう。その理屈は理解できるが、そんな相手を信用できるかというとトモエには無理だった。
「信じる、ですか?」
「そうよ。何ていうか人として信じられない! 権力に従うってことは、権力がなくなったら裏切るってことでしょ!?」
「クローンからすれば人間は絶対不変の権力ですが……そういう事ではなく、心情的に信用ができないという事ですか?」
「そう! コジローは人間とか関係なく私を守ってくれたわ! そういうのがないと信用できない!」
信用。損得なしで自分を守ってくれたコジローと、利益だけで動く『
「その人選はグランマの個人的思慕があるのでしょうが」
「し、思慕とか……! その、そういう気持ちもあるかもだけど!」
「人の心こそ、すぐにひっくり返って裏切るのではありませんか? 感情ほど制御できないものはないと思いますが」
ネメシスの指摘に、トモエは言葉を詰まらせた。違う、と否定しようとするけど冷静な部分がそうかもしれないと認めてしまう。好き、嫌い、愛してる、別れたい。恋愛感情はコロコロ変わる。永遠に変わらない愛なんて、誰もが求めるほどに希少なのだ。
「グランマの気持ちを疑うつもりはありませんが、10年20年後には気持ちも変化します。Ne-00339546の気持ちも同様でしょう。
御存じとは思いますが、Ne-00339546には複数の女性型クローンがアプローチしているみたいです。そちらに気持ちが揺らぐ可能性もあるでしょうね」
「……うぐ……!」
うめき声を上げるトモエ。複数の女性型クローンの容姿と性格、そしてそれを拒否しないコジローの態度を思い出す。動物並みの距離感でスキンシップするネネネを受け入れ、なんだかんだで乙女なムサシをラノベ主人公感覚で相手する。あのサムライ、以外とハーレム気質なんじゃないのとちょっと疑問に思ってきた。
「ち、違うもん! コジローはきちんと私に告白してくれたから! それを疑ったりはしないもん!」
脳裏に浮かんだハーレムエンド(トモエからすればちょっぴり
「言いたいことは恋愛に関する価値観ではなく、権力に従う『
逸れてきた話を修正するネメシス。トモエの幸せに理解がないわけではないが、本筋はトモエの保護だ。タワーに入れて護衛をつける。それをどう納得してもらうか。
「言いたいことはわかるわよ。でもダメ。コジローやあの子達と一緒になれないならヤダ」
「低ランク市民やバイオノイドのタワー入りを認めるわけにはいきません。例外を認めてしまえば、秩序は崩壊します」
「じゃあ結論は出てるわ。そんな所にはいられないわよ」
「それは危険すぎて容認できません」
堂々巡りだ。トモエはコジローや『TOMOE』にいるバイオノイドから離れることを望まず、ネメシスはそう言った者達をタワーに入れることを認めない。ならばタワーに入らなければいいということになるが、それは危険すぎる。
どちらかが折れれば解決する話だが、恋する乙女も規則重視の企業主も折れるつもりはない。互いの大事なモノだけは、どうあっても譲れないのであった。
(想像していましたが、説得は難しいですね。最悪、説得を諦めて閉じ込めるしかありませんか……)
とはいえ、状況はネメシスが圧倒的に有利だった。この部屋のセキュリティを操作すればトモエを閉じ込めることはたやすい。物理的に封鎖してしまえば何の力のないJKを外の危険から守れるのだ。
それをしないのはネメシスの罪悪感からだ。270年近く自分達の安寧の為に召喚プログラム内に拘束してきた罪。そこから解放されて、また閉じ込めるのは本末転倒だ。だがその罪悪感から、トモエの命を守るためには自由を奪い事もやむなしという考えに傾きつつある。
「――分かったわ」
トモエはため息をつき、そう告げた。納得してくれたのか、と顔を上げたネメシスはトモエの顔を見て『あ、これは納得していない』と察した。こちらを見る視線は鋭く、挑戦的だ。こちらの言葉に従うような意思は欠片も見られない。
「要は私が安全ならタワーとかに入らなくても納得するってことよね?」
「は? ええと、それは確かにそういう事ですが」
困惑したネメシスは虚を突かれたように言葉を返す。確かにトモエにタワー入りしてほしいのは危険だからだ。トモエの安全が確保されるのなら、確かにタワーに閉じ込めなくてもいい。
「ついでに言えば、クローンは人間を尊敬する。神のように崇めてくれるってことでOK?」
「ええ……。それは間違いありませ――まさかグランマ!?」
ネメシスはトモエのやろうとしていることを察して、顔を青ざめる。そう言えば、追い詰められたトモエはとんでもない奇策を繰り出すのだという報告を思い出す。『国』でのテロ組織への啖呵、地下シャトル事件で時速500キロを超えるヴィークルを止め、そしてバーゲストの精神に接触して事件を解決したのだ。
「じゃあ私が人間だってことを公開して、天蓋の企業創始者と同じ立場になれば安全てことよね!」
「そそそそそそ、それはそうなんですけど!? ええと、安全? 待って待って待って! 前例がなさ過ぎてシミュレートできないんですけど!?」
慌てて制止するネメシスが、トモエの心はすでに決まっていた。こうなったらトモエは止まらない。ついでに天蓋の不満をぶちまけるように宣言する。
「そうよ! 市民ランクとかバイオノイド差別も撤廃して、私の企業を作ってやるわ! 立場による差別なんてない! そんな企業を作って、天蓋をひっくり返してやるんだから!」
これが天蓋第六の企業である企業『トモエ』の誕生宣言であり――
「企業名は『トモエ』! クローンもバイオノイドも差別なく平等にIDをあげるわ!」
五名の女神と並ぶJK。その歴史の始まりであった。
――――――
PhotonSamurai KOZIRO
~Five Goddesses and JK~
THE END!
Go to NEXT TROUBLE!
World Revolution ……49.7%!
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