これが一番効率的ですので

 ありのまま、あったことを話すなら――


<突然乱入してきた女性型がバーゲストに触れたと思ったらバーゲストが溶解して、中から100名近いクローンとカーリー様が発見されました!>

<バーゲストを倒した女性型のIDは不明! 記録機器にもその痕跡らしいものを見つけることはできませんでした!>


 上がってきた報告を聞いたイザナミは、口を丸くして言葉を失っていた。


 場所は企業創始者たちが会議をしていたビルの一室。いきなり何者かがバーゲストに触れたかと思ったら、その瞬間バーゲストは氷が解けるようにドロドロになったのだ。


 精神世界での戦闘は現実世界では1秒にも満たない時間で行われたのか、現実で見た人の視点から見ればそうとしか言いようのない出来事だったのだ。しかも――


「な、な、な、何が起きたというのじゃ!? 乱入した女は何者で、その協力者はどうなった!?」

<それが……その件に関して誰も記憶にないようです>

「『NNチップ』の記録にもないというのか!?」

<はい。現場にいた『KBケビISHIイシ』すべて……いいえ、他企業の治安維持部隊全てがそう証言しています!>

「そんなことが……どういう事なんじゃ!?」


 信じられない。イザナミがそう思うのも無理はないだろう。現場にいる総勢700体近いクローン全てが何も見ていないというのは怪奇現象以外の何物でもない。


「報告ご苦労。……こちらも似たような報告だな」


 隣にいたジョカもイザナミと似た報告を受け取ったのか、そう呟いた。見ればペレもネメシスも同じような報告を受けたようだ。


 もっとも、ネメシスは驚きの表情を浮かべない。元々淡々と事を進める性格で周囲もそう思っているから不思議ではないのだが、ネメシスは事情を理解していた。


(アーテーが記憶を消したのですね……)


 誰もいなければ額に指をあてて苦悶していただろう。命令にない超能力の使用。事、アーテーの超能力は制御が難しいのでどんな悪影響が起きるかわからない。治安維持部隊に精神的障害が起きるかもしれない。監視するシステムを作らないと心の中でため息をついた。


「経緯はどうあれ、ワンコが消えてよかったじゃん。ステータス的にちょっとヤババだったけど、この程度の被害で済んで良き良き」


 バーゲストの完全消滅を確認し、ペレは明るく声を上げる。とはいえ内心は冷や汗ものだった。カーリーの戦闘力と、それに比肩するだけの剣術使い。レーザー兵装や時空の孔。それが本気で天蓋を滅ぼすつもりだったら、10秒で治安維持部隊は壊滅しただろう。


(目的が天蓋の破壊、とかだったらお手上げだったわ。ま、そうじゃなくてもお祖母ちゃんがいなかったら8割壊滅してたかもかも。うん、あざっす!)


 脳内で被害状況を確認しながら。ペレはそんなことを思う。あそこで乱入してきたのはペレのお祖母ちゃんことトモエだ。アーテーにより記憶を消されたクローンはトモエを覚えることができなかったが、ペレはそれを見ていたかのように脳内に記憶していた。


(ま、これは隠そうそしているカメちゃん達に免じて黙っておくか)


 ペレはカメハメハのカメラアイを通して現場を見ていた。企業『ペレ』のトップであるペレは『NNチップ』を通して自社クローンの事を監視できる。見たもの聞いたもの感じたものを情報として知れるのだ。


 もっともペレはクローンの行動を監視するつもりはない。『推しキャラに何か面白そうなことがあったら知りたい!』というゲームのイベント閲覧感覚でこの機構を楽しんでいた。


「ナミちゃんは超能力者エスパー情報が得られなくて残念無念。ついでに言うと疑似超能力者だっけ? そのデータもあの惨状だとサルベージできないんじゃないかな?」

「なぁ!?」

「ついでに言えば、首謀者のクローンは『KBケビISHIイシ』だったわけだし、企業責任を考えれば復興資金の割合が一番高いのはナミちゃんだよ」

「いや、それは……!」


 ペレの追及に悲鳴を上げるイザナミ。バーゲストの破壊は深く、『Z&Y』のあったビルは完全に崩壊している。電子データもおそらく消失しているだろう。それは覚悟していた。首謀者の遺体から『NNチップ』を回収し、そこからデータを得られればそれでよかったのだが……。


「IZー00111826の『NNチップ』反応は消失しているからな。データは完全に消えたとみていいだろう」

「『Z&Y』の信者がされたことからデータを回収できるかもしれないけど、まあ望み薄よね。クリムゾンも死んだっぽいし」

「被害資産額算出終了。企業規定に従い、イザナミが支払う額はこれだけになるわ」

「あがががが……! これだけの目に遭って、得るもの何も無しじゃと……!」


 ネメシスから転送された支払クレジット額を見て、机に突っ伏すイザナミ。数年かけた計画で得たものは、多大なる支払額だけ。そう思うと落胆する気持ちもわかるが、そもそも今回の騒動はイザナミが暗躍して自社クローンを扇動したことなのだ。


 はっきり言って自業自得。妥当な痛みである。イザナミもそれが分かっているから、泣きながらこの痛みを受け止めていた。


「この場で話すことはこれ以上なさそうですね。事後処理もありますし、先に失礼します」

「あー、オモロかった! ナミちゃん頑張ってねー!」

「天網恢恢疎にして漏らさずか。お兄ちゃんにいい報告ができそうだ」

「ぐぬぬぅ!」


 ――こうして、企業創始者4名が集まる記録に残らない会合は終わりを告げる。この件に関してはもう話し合うことはない。ペレは会合室から先に出たネメシスに話をしようとして、


「およ? もういなくなってる?」


 部屋の外にいたはずのネメシスがいないことに首をかしげた。


 ……………………。

 …………。

 ……。


「眩しっ……!」


 精神世界から現実世界に戻ったトモエは、網膜刺激に思わず目を細める。何のことはない照明の光度だがそれまで感知していなかった感覚に脳が防御反応を撮る。暗闇から突然明るい所に出たようなものだ。


「戻ってこれたか。やれやれ、ひどい目に遭ったものだ」


 その隣で眩しそうにしているのはカーリーだ。他のクローン達も似たような感じで天蓋の明かりに手をかざし、戻ってきたという事実を受け止めている。


「そうか? 俺は割と楽だったぜ。どちらかというと人間様の相手の方が疲れたがな」

「ふん。嫌味を言えるだけの余裕があるとはな。もう少し絞るべきだったか」

「コジロー!」


 カーリーの言葉に答えるコジロー。そのコジローに向かって声をかけるトモエ。カーリーは空気を読んだのか、コジローから一歩離れた。見つめ合うコジローとトモエ。互いの足が一歩相手の方に向かって進み――


「コジロオオオオオオオオ! アタイを受け止めろ!」

「あっはっは! 本当にあの獣の中にいたとはね。旦那! ここで一杯どうだい? それともおっぱい揉む?」


 上から降ってきたネネネとムサシ――ネネネはビルを蹴って降下し、ムサシは飛行ドローンを乗り捨てて飛び降りてきた――を受け止め損ねたコジローがそのまま地面に押し倒される。カーリーは気を利かせたのではなく、巻き込まれるのを避けたのだとトモエは気づいた。


「ネネ姉さん! 酔っ払いねーちゃん! 何してんだよアンタら!」

「おおっと、吾輩もいるぞ! 『カプ・クイアルア』としてこの場を治めさせてもらおう。他の治安維持部隊が絡むと厄介なことになりそうだからな」

「裏工作はすでに済ませてある。カシハラトモエの情報流出はなさそうだ」

「カメハメハの旦那に……『働きバチ』!?」


 腕を組みながらゆっくりと着地するカメハメハと虫の羽根を生やして滑空してきた『働きバチ』。事情を理解していないコジローは何が何だかわからない。


<助かったのね、コジローちゃん! トモエちゃんも無事ね! よかったわあああああああああ!>

「ニコサン!? その、お金一杯使わせてゴメン」

<いいのよトモエちゃん! そ・れ・に、損した分はすぐに取り返せるわ。宣伝はたっぷりしたしね」

「あはは……抜かりないわ」


 スマホから聞こえてきたニコサンの通信に答えるトモエ。ウィンクでもしそうなニコサンのセリフに、トモエは苦笑いをした。脳培養槽 タンクのニコサンにウィンクする瞳はないのだが。


「全く、非常識にもほどがあるわ。もうこんなことは懲り懲りよ」

「だが勝ったッ! うぉれ達のッ! 勝利だッ!」


 少し離れた場所でボイルとペッパーXがコジローとトモエの様子を見ていた。治安維持部隊が何かの動きを見せれば対処しようと思ったが、どうやらその様子はない。


「どうやら記憶を操作する超能力者エスパーが上手くやったみたいね。カシハラトモエが行動を開始した数秒間を忘れるように命令したとかそんな感じ? まったく脳に命令できるとか恐ろしいわね」

「うぉれと似た超能力かッ!? 新たなる強敵の登場だなッ!」

「違うけどまあいいわ。対応策はわかったし」

「うむッ! 辛味スコヴィルは全てを解決するッ! そういうことだなッ!」


 違うけどもういいわ。ボイルは言葉に出さずにため息をつき、ペッパーXに身を寄せた。ちょっと疲れただけで、他意はない。精神を落ち着かせればアーテーの超能力は緩和されるという事を再認識しているだけで、それ以外の意図はない。ないったらない。


「……あー。ボイルさん頑張れ。あと気づけ男子」


 そんなボイルとペッパーXを見て、小さくエールを送る。


 そして皆にもみくちゃにされているコジローを見て、笑みを浮かべた。うん、なんだかんだでコジローはモテモテだし仕方ないよね。トモエは駆け足でコジローとの距離を詰めて、


「とぅ!」


 倒れているコジローに向けてダイブした。ムサシとネネネもいるけど、知ったことか。コジローの恋人は私だもん! ここだけは譲れない!


「のわぁ!?」


 飛び込んでくるトモエを受け止めるコジロー。トモエらしくない行動に皆は一瞬驚くが、すぐに笑顔になった。


 天蓋を揺るがしたバーゲストの事件はこれで幕が下り――たかに見えたが。


「柏原友恵――あなたを拘束します」


 突如聞こえた女性の声とともに、トモエと、その場にいたクローンは全て目に見えない何かに縛られて動けなくなった。空気が突如固くなり、トモエ達を押さえ込むように変化する。


 空気が動かないので、声も出せない。呼吸はできるのに、呼吸音すら響かない。そんな檻。


「ネメシスか。法を司るドラゴン『ソロン』の力で拘束とは大仰だな」


 唯一拘束されていないカーリーは、それを行ったの名を告げる。


「これが一番効率的ですので」


 ネメシスと呼ばれた白を基調とした神官風の女性は、短く静かにカーリーの言葉に答えた。

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