二人で斬るよ
「本官はもっと讃えられるべきだ! 本官はもっと出世すべきだ! なのにそれができないのは天蓋が悪い! 本官の足を引っ張る無能が悪い! 本官を評価できない企業が悪い!」
『揺らぎ』から伝わるのは、そんな声。厳密に言えば肺から出た空気が声帯を振動して生み出された音の震えではなく、そう言った感情が精神的な力になって伝わっているのだが、ともあれそれは強くトモエとコジローを震わせる。
「で、あいつは何なんだ?」
「あれは……なんだろ? バーゲストっていうこの馬鹿でかいオバケをこの世界に留めている感情みたいなもので、あれを説得しないとこの世界が死んでそのまま時間止められちゃうみたいな?」
「全然わからんが……人間様はあれは死んでるから説得できないって言ってたぞ」
「人間様……カーリーのことね。アイツ、コジローに変な事しなかった?」
「人間様の行動は何時だって理解に苦しむからなぁ」
適当なことを言ってけむに巻こうとするコジロー。まさか手を摑まれて胸を揉まされたとは言えない。言えば烈火の如く怒るのが分かっているからだ。それが怖いのではなく、今余計な情報は不要だろうというコジローの判断である。決してその時の感覚を思い出しているわけではなく――
「なにか誤魔化そうとしてない?」
「んな事よりどうするんだよコイツ。どうにかしないとここから出れないんなら、斬るぜ」
「……説得はできないっていうのは、本当なの?」
「すでに死んでる状態だから脳も停止している。だから考えは変わらないってさ。
仮に脳があったとしても、ここまで自己顕示欲が高くて責任転嫁する奴を説得できるとは思えないぜ」
トモエの言葉にコジローはそう言い放つ。自分を強くアピールし、そうならない状態を他人のせいにする。そうやって生きてきたクローンの成れの果て。他人から蜜を吸い、相手を下等とみて事故の研鑚を行わなかった精神性がむき出しになっている。
「本官を認めろ! 本官を讃えろ! 『
精神世界において、感情の発露は攻撃と侵略に等しい。感情が叩き付けられるたびに精神が削られ、その代わりにその感情が植えつけられる。コジローと二人でいるから黙って見ていられるが、一人なら耐えられなかっただろう。
「そう、だよね……すでに死んでいるんだ。幽霊みたいなもの、だよね」
苦しそうにもがき苦しんでいたドックを思い出すトモエ。思い出した瞬間にあまりの凄惨さに滅入ってくるが、何とか堪える。あれはもう助からない。トモエに説得を諦めさせるのに十分なショックだった。
「辛いなら目を閉じてろ。俺が終わらせる」
「駄目。コジロー一人じゃ危ないよ。アイツの感情に取り込まれる」
「サムライは明鏡進水の心があるからつまらない口喧嘩には負けねえよ」
「それを言うなら明鏡止水。……それにムサシさんとかカーリーとかに押されて流されそうになってたじゃない。胸とか触って。コジローのスケベ」
「いや待て。あれはそういう空気だったというか、あと人間様は寝ている間に手を持っていかれただけで、胸を揉んだのは本意では――」
「ふーん。やっぱりカーリーの胸を揉んだんだ」
トモエの視線温度が2度ほど下がったのをコジローは感じた。
「いや待てトモエ。事故というか自我を保つ為の手段だったというか――今はそういうことを言っている場合じゃなくてだな」
「そうね。とにかくコジローの精神的な強さがこれで証明されたわね。明鏡止水には程遠いってことが。この件は後回しにするとして、やっぱり一人突撃は禁止」
「――――」
トモエの言葉に何とも言えない表情を浮かべるコジロー。あとて追及されるのかとか、トモエがたくましくなったなぁ、とかそんな様々な想いを混ぜた感情だ。
「分かった。だけど危険だってわかったら後ろに下がってもらうからな」
「コジローこそ、足手まといにならないでね」
「なんでそんなに自信満々なんだよ。戦いとか命奪ったりとか苦手なんじゃないのか?」
「苦手だし嫌いだしはっきり言ってやらないで済むならやりたくないわよ。ナナコから銃を渡されただけでも怖かったんだし」
コジローの問いに答えるトモエ。戦いとか物騒なことは苦手だ。銃の重さに耐えきれないし、命が失われるのを見るだけでも吐きそうになる。
「でもそうしないと出られないんだし……後、コジローと一緒なら頑張れる」
「強くなったな、お前は」
「そりゃ天蓋で太くたくましく生きているんだもん。強くなるわよ。コジローはか弱いヒロインの方がお好みだった? ラノベみたいに自分のことを褒めたたえてくれる前肯定ヒロインとかがよかったの?」
「さあな。お前がそういう女ならそんなヒロインが好きになったと思うぜ」
「むぅ。コジローのくせにイケメンな答えを」
ちょっとからかおうとしたトモエは思わぬコジローからの返しに赤面する。良くも悪くもストレートだ。サムライの切込みは油断しちゃいけない。トモエは肝に銘じた後に『揺らぎ』に向きなおる。
「うん。あんな奴になんか負けてられないわ。天蓋は確かにひどい世界だけど、コジロー達がいるんだし守らなくちゃね」
「どうあれ斬れば終わりだ。ここから出るために悪いが斬らせてもらうぜ」
抵抗の意志。脱出の意志。攻撃の意思。大声で叫んだわけではないが、それは確かに『揺らぎ』に浸食していく。これまで他ただ自分の感情を叩きつけていた『揺らぎ』は、初めての反撃に動揺したかのように叫びだす。
「負ける!? 斬る!? ふざけるな! そんなことを本官に向けて言うなんて不敬だぞ! 本官は天蓋でも価値のある存在だ! それに対して攻撃するなど天蓋に対する反逆行為だ! 天蓋の歴史が! 天蓋の未来が! 全てに対する不敬だ!」
支離滅裂にもほどがある。その想いこそがバーゲストを動かし、天蓋を破滅させようとしているなど想像もできないだろう。
「これは間違いだ! 本官を排斥しようなど許されない! 死にたくない! 永遠に生きていたい! 永遠に認められて、永遠に心地良く、永遠に許される! 天蓋はそうあるべきだ! 天蓋は本官にそうすべきなのだ!」
「聞けば聞くほど救いがない……。でもSNSでもこういう人いたわよね」
トモエは西暦時代のSNSを思い出し、げんなりする。自分本位で勝手な事ばかり言う人たちはたくさんいた。偉そうなことを言いながらその実内容は他人をけなしていたり、科学的なことを言っているけど科学的根拠皆無だったり、只の素人が専門家に口出ししたり。どれだけ豊かになっても、そういう人はいるのだ。
「そう考えると、この人もどこにでもいる普通の人だったわけか。他人を下に見て自分を鍛えるのをやめるとどこまでも落ちていくのよね」
「何言ってるんだよ?」
「コジローとは真逆って言ったのよ。とことん自分を鍛えぬいた人と、ひたすら他人を下に見て利用してきた人。その違いって大きいなって」
トモエはコジローを見る。ただ我武者羅にフォトンブレードを振るい続け、あれだけの強さを持つに至ったサムライを。戦った人たちはみなその強さを認め、再戦という好意を向けられる。……ムサシやネネネやカーリーみたいに、異性としての好意を抱く人もいるけど。
「何処にでもいるクローンなら斬るのを躊躇うってことか?」
「助けられるなら助けたいけど……無理なんだよね」
「ああ。何度も言うけど辛いなら目を閉じてろよ」
「断るわ。一緒に戦うって決めたもん。二人で勝とう、コジロー」
フォトンブレードを持つコジローの手を握るトモエ。そのまま二人ゆっくりと、『揺らぎ』の方に近づいていく。
「やめろ! 本官を失うことは天蓋の損失だ! 本官が未来においてどれだけ利益を産み出すと思っている! 本官が本気になれば『
二人の意思を悟ったのか、『揺らぎ』は拒否の感情をぶつける。
「大丈夫か、トモエ」
「うん。大丈夫」
二人でフォトンブレードを握りながら、ゆっくりと進む。拒否の感情が心を蝕むが、それ以上の温もりでその浸食を溶かしていく。
「来るな! 本官は死ぬわけにはいかない! 本官は死にたくない! 永遠に生きて、そして……死にたくない!」
死を恐れる『揺らぎ』。トモエとコジローのもつフォトンブレードが終焉を与えると理解しているのか、光が近づくにつれて怯えの感情が濃くなっていく。それは浸食の強さが増しているわけだが、二人の心を染めるには足りない。
握った手から伝わる確かな想い。寄り添った相手への信頼。そして何よりも、ずっと共に居たいと言った強い愛。
ただ死にたくないと願うだけの狂った精神が染められるモノではない。矮小な狂気が永く思い続けた思慕の念にかなうはずがない。
「二人で斬るよ」
「ああ、二人で」
ゆっくりと、だけど確実にトモエとコジローは進む。二人で握ったフォトンブレード。それはゆっくりと『揺らぎ』に入刀される。
【
斬った感覚はなかった。
感覚すらなく、二人の刀は『揺らぎ』を切り裂いた。
「――――あ」
悲鳴すらない。ただ短くそんな言葉が聞こえた。だがそれは確実に滅びを与えたのだろう。それは『揺らぎ』本人にも伝わった。
「うそだうそだうそだうそだうそだほんかんはしなないしぬはずがないこれはなにかのまちがいだやりなおしをようきゅうするまってくれこれはおかしいなにかがちがうそうだこれはゆめだゆめなんだしっぱいするはずがないんだだからこれはまちがいでゆめなん――」
死を否定する言葉。失敗を認めない言葉。それはすぐに消える。その存在が消え去ったのを確認し、トモエはコジローに体を寄せた。
「大丈夫か? 無理しなくていいぞ」
「うん。無理しない」
「そうだな。ゆっくり休んでろ」
コジローはフォトンブレードの光を納めてホルスターに直し、寄り添うトモエの肩に手を回す。トモエは驚くように体を震わせるが、すぐに力を抜いて抱き寄せられるままに身を任せた。
「――どうやら決着をつけたようだな」
カーリー達がやってくるまで、二人はそうして寄り添っていた。
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