お前は最高の男だよ
時間軸は少し巻き戻る――とはいえ、精神状態において時間は無意味なのだが。
「さて。176名の説得が終わったわけだが」
カーリーは腕を組み、ふうとため息をついた。バーゲストの召喚に巻き込まれた『Z&Y』の元信仰者の自我を取り戻す為の語り掛けを終え、さすがに疲れたのだろう。長い吐息には疲労の色が見えた。
「たいしたもんだな。本当に一人一人向き合って説得するなんて」
「これでも大企業を納める立場だからな。人心が分からない者に務まりはしないよ。
……すまん、訂正する。それが分からずとも企業を納められるな。超ブラコンとか腹黒幼女とかゲーム脳ギャルとかクール委員長とか」
コジローの言葉に胸を張るカーリーだが、すぐにそれを撤回する。コジローは何のことだか全くわからないが、五大企業のトップはそろいもそろって曲者ぞろいだ。
「それに比べればカーリーはいい女だと思うがどうだ? 容姿端麗、質実剛健。博識多才。才色兼備。まさに非の打ちどころのない女ではないか?」
「否定はしないし、いい女なのは否定しないぜ」
「そうだろうそうだろう。こうやっていい印象を与え続ければNe-00339546の心もババアからこちらに移ろうというものだ。いや、移れ」
「そこでそういうことを言わなきゃなあ」
些か自信過剰なカーリーだが、それを言うだけの実力はある。コジローはそれを理解していた。実際容姿はいい。努力しているからこその格闘技術で知識量も多い。クローン一人一人に寄り添った説得は舌を巻くほどだ。
「ああ、カーリー様……」
「お助けいただきありがとうございます」
「オレ、『カーリー』に移籍するわ……」
「ここから出たら、いくらでもこき使ってください!」
カーリーと話をしたクローン達はやる気に満ちており、中には元の企業から『カーリー』に移りたいという者まで出てきた。これがかつては『失敗をやり直したい』『過去をなかったことにしたい』と嘆き、宗教にハマっていた者達だと思うと本当に大したものである。
「ここから出たら、か」
カーリーはその言葉に眉を顰め――精神状態なので眉などないのだが、それはともかく――思考に耽る。当面の目的であるクローンの自我を保つことは達成した。しかしここからどうするかの手立てがまるで見えない。
「流石の人間様もお手上げか」
「そうだな。現状できる事は何もない。出口の手がかりも何もないのだから。
幸い空腹にもならず睡眠も不要だ。いきなり死ぬわけではないのが救いではあるな」
コジローの言葉にお手上げだとばかりに首を振るカーリー。クローン達の自我を取り戻せば何か変わるかもしれないと思っていたが、何の変化もない。
「ラノベの展開としては最悪だな。こういう時は『おのれ、余計な事をしてくれたな』と言いながらこの場所を作ったモノが現れる展開だというのに。展開もなく放置するなどつまらん話だ」
冗談交じりに言うカーリー。現実と創作は違うと分かってはいるが、愚痴を言いたくなる。
「おのれ、余計な事をしてくれたな」
その言葉に応じるように、カーリーに向かって声が響く。思わず目を丸くするカーリー。そして目の前に『揺らぎ』が生まれる。目では理解できないが、そこに何かがいるのは確かだ。
「なんと。冗談を理解するだけの知性があるのか」
「要望に応じただけだ。冗談……成程、そういう概念もあるのか。記録しておこう」
「なあ人間様。そこに何がいるんだ?」
そしてその存在はコジローを始めとしたクローンにも理解できる。そこに確かに何かがいる。目にも見えず、触ることもできず。だけど確かにいるのだ。
「何……ふむ、ここにいる存在にわかりやすく説明すれば私は『君達を飲み込んだモノ』だ。H8I2(理解不明音声)9@76空間……言語変換が難しいな。ともあれ君達が天蓋と呼ばれる世界の外から『やり直したい』『死にたくない』という願いを聞きやってきた存在だ。
天蓋は私をバーゲストと名付けた」
「バーゲスト?」
「『私』視点での情報を共有しよう。こちらもキミ達の情報と経験を共有させても経ったので、そのお返しだ」
『バーゲスト』を名乗る何かは、今天蓋で起きていることをカーリーやコジローを始めとしたクローン達に伝える。精神状態なので伝達は一瞬で終わった。
「む……テレパシー的な情報共有か。しかしこちらの知る情報と経験をコピペするというのは流石にいい気分ではないな」
「この世界がどういう世界なのかがまるで理解できなかったので、勝手に拝借させてもらった」
「よくわからんが……要するに『NNチップ』内のデータみたいに俺達の脳内情報や経験を共有したってことか?」
「それ以上だ。Ne-00339546の数十年剣を振り続けた事やカーリーの肉体鍛錬もコピーされた。
そうだな。ゲームデータに例えればハッキングしてキャラデータと操作記録を丸ごと奪われてAIに記録させたようなものだ」
酷い話だ、とばかりに腕を組むカーリー。例えも含めてコジローはまだ理解ができていないが、自分と同じ経験をしたものがいるということは理解できた。
「そいつは大したものだな」
「それで済むのか Ne-00339546? 血のにじむような努力を数秒足らずでコピーされたんだぞ。悔しいとか卑怯とか思わないのか?」
「正直話が大きすぎて理解できていない、っていうのもあるが」
コジローはそう前置きして言葉をつづけた。
「要するに今バーゲストと俺は同じ強さってことなんだろ? だけど明日追い抜けばそれでいいじゃないか」
「そういう問題か?」
「そういう問題だ。俺に言わせれば、他人の強さは競い合うだけのものでしかねぇよ。負けて悔しいとは思うが卑怯とは思わねぇ。次勝てばいいだけだ」
「…………まったく、怒っているカーリーが馬鹿みたいだな」
怒りが霧散したカーリーはバーゲストがいると思われる場所に振り向く。この状況を脱するには間違いなくこの存在との交渉が必要になる。
「おおよその事情は理解した。襲撃されてご愁傷さまだ。家に帰りたいという精神攻撃を食らって難儀しているのもお悔やみ申し上げるよ。
Ne-00339546に免じて共有した経験はくれてやる。こちらとしてはバーゲストから解放されたいのだが希望は聞いてくれるか?」
「不可能だ」
カーリーの言葉にバーゲストは短く答えた。
「不可能というのは解放する方法がないという事か?」
「そうだ。キミ達の世界である天蓋と私を繋ぐパスがない。精神的な道が途切れている以上、誘導はできない」
「貴様は天蓋で暴れているのに、天蓋に繋がらないのか?」
「暴れているのはあくまで天蓋で活動するための肉体だ。先ほどの例えで言えば、ゲームキャラクターのようなアバターだ。それを操作しているという解釈で間違いはない。
その世界に関わってはいるが、モニターのゲーム世界には行けない。そういうイメージが一番わかりやすいだろう」
バーゲストの説明にカーリーは押し黙る。例えが分かりやすかった――正確に言えばわかりやすい形に変換された
「いや待て。精神攻撃を食らったと言ったな? そこから道を作れるということはないか?」
「無理だ。そちらの感覚に例えるなら悪口を言われて動揺している程度の攻撃だ。より深く接触されなければそちらの世界への道は――」
どうにか希望を繋ごうと質問するカーリーだが、帰ってくる答えはその希望を砕く返答だった。その瞬間までは、間違いなく希望はなかった。
「――道がつながった」
「なに?」
「どうやら私に直で触れて精神接触を行った者がいるらしい。その道を使えば君達を戻せる」
トモエがバーゲストに触れてアーテーが精神同調を使ったのだが、それはまだバーゲストにも知り得ない情報だ。
「どういう事だ? 天蓋からこちらを救出すべく誰かが手を回した……? いや、その辺りの検索は後回しだ。不可能が可能になったのだから、解放させてもらうぞ」
「いいだろう。私がこの世界に呼ばれた役割を果たした後で戻そう」
「役割?」
「『やり直したい』『死にたくない』……この願いをかなえるために私はこの世界に来た。それを解決したあとだ。具体的にはこの世界を一度白紙化した後に時間凍結を行い――」
「論外だ。そんなことさせるわけにはいかない。
確かにそういう願いを持っていた者達はいたが、皆それは撤回している」
カーリーはバーゲストに言い放つ。『Z&Y』のクローンが持っていたネガティブな思考はもうない。多少挫けることもあるだろうが、それでも今は希望を持っている。ここにはやり直したいと思う者はいないはずだ。
「いや、存在している。その願いを核にして、私は干渉しているのだ」
「そんな奴が……まてよ、一人いたか。IZー00111826。自殺した『Z&Y』のトップ。
厄介だな。死んだ人間が話を聞いてくれるとは思えん。とっとと輪廻してくれればいいのに」
「どういう事だよ? 分かりやすく説明してくれないか?」
途中から話についていけなくなったコジローが、説明を求めるようにカーリーに問いかけた。
「Ne-00339546もあの時見ただろう? いきなり叫んで自殺した『
そして死亡した以上はその考えは変わらない。脳が停止しているからその思考がそのまま残っている。そのまま精神というか魂化したのだから、その気持ち以外は何も持たない存在になっているというわけだ」
カーリーの説明はコジローの知識を超えていたが、その『
「そいつをぶった切れば解決するって話か?」
「物騒だがそれしかあるまい。どのみち死んでいるわけだしクローンの破損には値しないだろう。
よし、その核とやらはどこにある?」
「こちらだ。ちょうど道を作った者がその核と接触している。このままだと取り込まれるだろうな」
バーゲストが意思を伝達すると同時に、カーリー達に座標のようなイメージが伝達される。立体的な距離などない。思うだけでそこまで行ける。それが精神体だ。そしてその伝達で道を作った者の正体も知れた。
「――トモエ!」
「ババアか! ちなみにそれが取り込まれたら、天蓋への道はどうなる?」
「その存在が道を繋いでいるのだから消えてなくなるな」
「くそ、見捨ててやろうかと思ったが助けざるを得まいか。行くぞNe-00339546――む?」
コジローに声をかけるカーリーだが、そこにはすでにコジローの姿はなかった。
「ババアと知って即座に助けに行ったか。まったく漢気あふれるサムライだ」
あいつが行ったのなら安心だろう。カーリーは安心し、そして自らも移動の意思を示す。
「嫉妬するが、お前は最高の男だよ」
コジローの移動から少し遅れて、カーリーと彼女を慕う175名のクローンも移動を開始した。
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