でも、やる

 アーテーの姿は誰にも認識できない。


 正確に言えば『そこに誰かいる』事はわかるけど、それがどういう存在であるという情報を覚えられないでいた。『アーテーの事を忘れるようにNNチップの情報を規制して』と超能力で命令しているからだ。


 なので脳内にチップを持たないトモエ以外はアーテーと会話ができない。なのでアーテーとの会話はトモエが担当することになる。


 なるのだが……。


「アーテー、頑張る! コジローに抱きしめてもらために!」

「にゃあああああああ……恥ずい……!」


 トモエから情報を得るために精神同調してしまったアーテーは、トモエの恋心もとも同調したのだ。その結果、『ブレーキなしで心の中を吐露される』という恥ずかしい状態になってしまったのである。


「救いがあるとすれば、誰もアーテーの言葉を認識しないって事かぁ……こんなの聞かれたら死にたくなるわ……」

「あ、感じる。これが恥ずか死って感情なんだ。でも大元が告白されたってことだしむしろ幸せ死? やーん、もっともっとはずかしめてー」

「的確に私の感情を当てるのやめて!」


 心の奥底まで理解されて、それを同調して再現される。なんて恐ろしい超能力なんだろう。トモエは改めて超能力者エスパーへの脅威を感じていた。


 とはいえ問題点はそれだけだ。心の奥底まで読み取られるので、認識の齟齬はない。加えて精神同調は一瞬なので情報交換や相談時間も2秒で終わった。


「バーゲストの精神に接触したいの? そこにいるコジローを助けるために?」

「そう。できる?」

「当然! あ、でも難しいかも。単に精神を繋いで同調するだけならすぐできるけど、相手の精神に深く接触するとなると距離の問題があるわ」


 一度肯定した後に、何かに気づいたように訂正するアーテー。曰く――


「同調して精神状態を一緒にするのはすぐにできる。だけど特定の精神に深く踏み入るのはその個体に触れないと無理なの」

「良くわからないけど……つまりコジローを助けるにはあの巨大ワンコにアーテーが触れないといけない感じ?」

「接触するのはアーテーじゃなくていい。バーゲストの中にいるコジローと接触したい人が触れていないとダメ」 


 という事らしい。なおここまでの会話――トモエのラブラブハートポエム吐露も含めて――が1秒足らずで展開されたのだ。トモエは顔を真っ赤にして悶えたり蹲ったりして、周りのクローン達を心配させたという。


「なあネコ娘。とりあえずお前のことは信じてるけど、客観的に見て行動がおかしいぞ。どうしたんだ?」

「そうね……新手の超能力攻撃を食らってたわ」


 顔を赤くしたままトモエは奇行から立ち直り、ギュウマオウたちにアーテーの話を説明する。バーゲストの精神内にいるコジローと接触するには、直接触れないといけないということ。


「つまり誰でもいいからあのワンコに触っていれば、コジローの精神と接触できるの」


 トモエの説明を聞いたクローン達の表情は、理解とは程遠いものだった。


「まず精神……というのがよくわからないんだよね、子猫キティ。それに触れたい、というのもよく分からない」

「ついでに言うとその超能力者エスパーがここにいる、っていうのも正直理解できないぜ。そういう超能力だ、ってことを知ったうえでよくわからない相手を信用はできねぇな」


 ゴクウとギュウマオウの意見に、同意するカメハメハと『働きバチ』。自分達の常識外の理を操る超能力。しかもそれを扱う者が傍にいるのに何処にいるかわからない。それゆえアーテーの超能力を信用できない。


「そんな……!」

「大丈夫、アーテー、慣れっこ。むしろその方が被害が少ない」


 その様子を当然のことだと受け止めるアーテー。


 現在のアーテー乙女心全開マックス状態でもわかるとおり、アーテーを意識して会話をすればその内面が同調される。トモエの心だからこの程度の被害で済んだが、殺人快楽者の精神が同調すれば大惨事だ。認識できない殺人鬼を野に放つことになる。


「そう……じゃあ私がやる」


 じゃあしょうがない、とばかりに拳を握るトモエ。誰もアーテーの事を認識できず信用できないのなら、自分がやるしかない。トモエからすれば論理的に判断したに過ぎない。


<駄目だ。危険すぎる。あの攻撃に晒されることもあるが、各企業の治安維持部隊が戦場に目を光らせている>

「リスクが高い。物理的にも、そして社会的にもだ」


 それを危険と止めるカメハメハと『働きバチ』。


 先ず物理的リスク。バーゲストの危険性だ。レーザーを放ち、光の剣を形成して攻撃する。その威力の高さはこの線上にいる皆が理解している。企業の虎の子である超能力者エスパーを投入しても、いまだに解決手段が見つからないでいるのだ。


 そして社会的リスク。この戦いは五大企業の治安維持部隊が出動している。そこに姿を出すということは、天蓋五大企業すべてに姿をさらすも同然だ。トモエの存在がそう言った組織に知られれば、今後どのようなトラブルが起きるか想像もできない。


「アーテーも電子データは消せないよ。脳に直接作用してトモエの事を忘れるようにできるけど、全てのクローンに忘れさせるのは無理。記録を見た誰かが、トモエのことを知るのは避けられない」


 アーテーの超能力をもってしても、社会的なリスクは避けられない。トモエの事を知ったクローンが何をするか。天蓋に来た時にオレステに誘拐されたことを思い出す。首を振ってその恐怖を振り払い、反論するように言葉を紡ぐ。


「べ、別に知られたからっていきなり危険になるわけでも――」

「楽観視にもほどがある。IDを持たない存在がまっとうに扱われないのはキミも知っているだろう」

<治安維持部隊はクローンが住む天蓋を守る組織だ。そして恥ずかしい話だが、クローンではない存在には何をしてもいいという風潮もある>


『働きバチ』とカメハメハの言葉に反論の言葉が詰まるトモエ。二人が言う事は天蓋の生活で嫌になるぐらいに理解していた。バイオノイドのふりをしてどうにか誤魔化しているが、きちんと調べられればトモエの居場所はなくなるのだ。


 リスクは高い。成功失敗に関わらず、トモエは今後多くの存在に狙われるだろう。これまで見たいに裏からこっそり狙われるという事ではない。表立って全てを奪われる可能性がある。権力を使った略奪。IDを持たない相手への暴力。天蓋全てのクローンがそれをしてくる可能性がある。


 このまま何もしないでも、事態は解決するかもしれない。現状、バーゲストはアーテーの超能力を受けて大きく困惑し、元の世界に戻る孔を探している。今治安維持部隊が総攻撃をかければ倒せるかもしれないし、その時にコジロー達が助かるかもしれない。


 リスクを冒してもバーゲストに届かず殺されるかもしれない。届いて精神に深く接触できても、何も起きないかもしれない。行動しても無駄に終わることなどよくあることだ。ましてや行動したことで起きるリスクを考えれば、あまりに無謀な賭けだ。


「でも、やる」


 その危険性を理解したうえで、トモエは即断した。


「コジローに助けてもらった恩を返すのが今だっていうなら、私はやるわ。恋する乙女は止まらないんだから!」


 リスクは高い。成功する可能性も未知数。だからどうしたっていうのよ。


 あそこに好きな人がいて、その人が人生をかけて培った技術が悪用されているのだ。そんなの止めるに決まってるじゃない。そう思うとトモエのやる気は増してきた。


「危険だよ、子猫キティ

「わかってる」

「その『わかってる』以上に危険な目に遭うぜ」

「うん。だと思う」


 ゴクウとギュウマオウの言葉に頷くトモエ。この結果どうなるかなんて、誰も想像できない。トモエが認識している以上のことが起きるだろう。それでも答えは変わらない。


「私はやる。たとえ誰も味方にならなかったとしても、天蓋のすべてが敵になったとしても、絶対コジローを助けるんだから!」


 トモエしかできないからやるのではない。トモエがそうしたいからやるのだ。困難も危険も理解したうえで、断言する。


「やれやれだね。本当に大した子猫キティだ。惚れ直したよ」

「オレサマも大概無謀な生き様だが、ネコ娘には負けるぜ」

<コジロー殿を助けるか。確かにトモエ殿にふさわしい>

「カシハラトモエを失えば『イザナミ』に損益が出る。サポートせざるを得まい」


 そんなトモエにゴクウたちは賛同を示す。


「ええと、一応聞くけど手伝ってくれるの? はっきり言ってコジローを助けたいっていうのは私のワガママで、いろいろ危険なんだけど」

「危険で言えば子猫キティが一番危険さ。それを見捨てるわけにはいかないよ」

「言ったろ? どんな所でもハイスピードフルパワーで連れて行ってやるってな」

<そも、あの攻撃をどうにかしないとならぬからな。危険から皆を守るのが『カプ・クイアルア』だ>

「損益を出す前に対処する。それが企業戦士ビジネスだ」

「……うん。ありがとう。本当にうれしいわ」


 みんなの言葉に胸が熱くなるトモエ。危険過ぎて見捨てられることも考えていたので、この反応は本当に嬉しかった。


「はうううううう! 胸が熱い、泣きそう! 泣いちゃう! 異なる世界で自分は一人じゃないって実感する! ほんとうにありがとおおおおおおお!」


 トモエの気持ちと同調しているアーテーが滂沱していた。ああ、うん。そんな気持ちなんだけどそこまでノンブレーキで感激されるとこっちも泣けないっていうか。でもそんな気持ちなのは確かだ。


「アーテー。私があのワンコに触れたら、後は任せていい?」

「はい。あの、アーテーのことを信じてくれてるんですね? いえ、それがよく伝わってくるんですけど、千の言葉よりもよく伝わってるんですけど、それでも言ってほしいです」

「当たり前じゃない! 信じてるわよ、アーテー!」


 泣いているアーテーにそう告げるトモエ。うんと頷いた後に、


「……嫌になるぐらいにアーテーの超能力は本物だってわかったから」


 これまでの痴態暴露を思い出しながら、トモエはそう言った。

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