ア■■■

 超能力者エスパー三名による波状攻撃。多くの治安維持部隊をもってしても足止め程度にしかならなかったのが、嘘みたいにバーゲストを圧倒している。


、これでお終いよ」


 ボイルが言った言葉は、この場にいるすべてのクローンもうなずける言葉だ。高速飛行するムサシ、金属さえあれば大規模な熱を産み出せるボイル。脳と神経が存在すれば逃れることができないペッパーXの感覚共有。


 如何に巨大な生物で異世界から来た正体不明の存在だとしても、耐えられるはずがない。そう思うのは当然のことだ。それを見ていた全てのクローンはそう思う。


「…………おおっと、コイツは……?」


 最初に異変に気付いたのは、ムサシとそしてトモエだ。


「え? あれって……」


 ムサシはコジローと剣を交えた経験から。トモエはその戦いをずっと見ていたから。だから気付く。


「どうしたんだい、子猫キティ


 呟きに気づいたゴクウがトモエに問いかける。反重力飛行ボードの『キントンウン』に乗り、ギュウマオウが乗るバショウセンと並走していた。


「うん。あの構え……コジローが追い込まれた時にする構えに似てる……」

「カマエ?」

「コジローって何ていうか、追い込まれた方がすごく強くなるタイプで……ムサシさんとの戦いでもあんな感じで攻めながら力を溜めて、一気に爆発させてたっていうか……」


 武術に詳しくないトモエは、自分でも何を言っているのかわからないという顔で説明する。言いたいことはわかるけど、他人に説明ができない。


「つまりお前の恋人イロっぽい動きなんだな?」

「うん。力をため込んで、一気に解放するような感じで逆転するの」


 トモエの言葉と同時に、バーゲストが光の剣を振るう。その軌跡はムサシを捕え、フォトンブレード同士が交差した。光量の差に弾き飛ばされるように、ムサシは大きく後ろに飛ばされる。どうにか防ぎ切ったが、ムサシの頬には冷や汗が流れる。


「うはぁ。まさしく旦那の剣みたいだねぇ! ここまで大きいと、一つ受けるだけでも大苦労だ。冗談みたいだけど、ウケるとかそんなのはないかな。むしろ何やってのさ、って笑いたくなるよ!」


 弾き飛ばされたムサシは、飛行ドローンを脳波で制御して体制を整え直す。笑いながら答えるが、起きたことを考えれば笑えない。


(まったく、? こんな事できるのがトモエちゃんと旦那以外にいるなんて聞いてないよ!)


 ムサシの超能力は『未来を確定する』事だ。確定した未来は覆すことができず、その未来で攻撃がこない場所には絶対に攻撃がこない。だが、ムサシはそれを過去に二度覆されている。


 圧倒的な技術で確定した未来すら切り裂いたコジロー。


 本来この場にいるべきではない例外イレギュラーのトモエ。


「技術的に未来を切り裂いた、っていうのはなさそうだねぇ。旦那みたいに『必ず勝つ!』っていう執念はなかったし。となると――」


 バーゲストは確かにフォトンブレードを使って、コジローのような動きをする。だけど、コジロー技術を有しているのは間違いないとしても、そこにある気迫のようなものを感じない。


「理由はこの世界のモノじゃないってことか。異世界召喚プログラムでやって来たっていうのは間違いなさそうだねぇ」

「時間軸そのものに干渉し、未来を選択して切り取る。そういう形式か。正しい時間軸と世界線にいない対象には強く干渉できない能力のようだな」


 ムサシの言葉に答えるバーゲスト。会話ができるだけの知性があると聞いていたが、まさか呟いた程度の音量でも反応するとは。耳がいいのか、或いは思考を読んだのか。


「整列された金属分子を高速振動させて温度を上昇させる能力。脳に偽命令を与えて五感を刺激する能力。成程、見事だ。おそらくこの世界の切り札的な存在なのだろう。他の生命体の波からも期待と呼ばれる波長を感じる。

 だが、種が解れば対処もできる」


 バーゲストは光の剣を消して、周辺にレーザーを撃ち放つ。その光は落ちてきた鉄柱を貫いてへし折り、同時に


「は…………?」


 間抜けた声をあげるムサシ。柱の除去はボイル対策として理解できるが、自分の頭を貫いたのはどういうことか? もしかして自殺? その疑問は、ボイルからの通信で明らかになる。


<――うそ、そんなことされたらペッパーの超能力が効かないじゃない!>

<脳の反応を感じないッ! 見事な防御策だッ!>


 ペッパーXの超能力は脳に作用する。逆に言えば脳が存在しない相手には作用しない。ドローンなどには無力なのと同じ理屈だ。だけど脳を失えば当然肉体は動かないし、喋ることもできない――はずなのに。


「この世界の生命体は肉体に大きく依存しているようだな。精神体のみでの活動はできないのか。ならば驚くのは当然か」


 頭部を失ったバーゲストは、さしたる損傷がないかのように動いていた。そして驚くムサシ達に納得の感想を抱く。


「たいしたもんだね、驚きだよ。頭がなくても動く相手とは。五寸刻みにしても死なないとか、ないよね? すごく面倒くさいんだけど」

「五寸――15センチほどか。その程度ならまだ活動可能だ。死、という概念はまだ理解できないが」


 冗談めかして言うムサシに冗談なしで答えるバーゲスト。ムサシの口調が止まったのはネタに本気で返されて肩を空かしたのか、それとも二の句も告げなくなったからか。


「とはいえ、高温の中や斬られるたびに精神負荷がかかる。これは取り込んだ存在の影響だな。原因は早急に解除させてもらおう」


 言うなりバーゲストはムサシに向かってレーザーを放つ。同時に折れた鉄柱にもレーザーを放ち、完全に消し去ろうとしていた。この鉄柱がなくなれば、ボイルの超能力も無力化する。


「一転して厳しくなってきたかなぁ? お姉さんの『目』でも完全に避け切れないのは、ちょいと厳しいかもねぇ!」


 迫るレーザーをフォトンブレードで弾きながら愚痴るムサシ。確定した未来を見て回避しているのに、時折レーザーが体をかすっていく。確定未来予知は精度が落ちるが、ムサシ本来の身体能力は高い。無数のレーザー射出を『厳しい』の一言で済ませる程度には余裕がある。


 だが、それも限度がある。じわりじわりと傷が増えていくのを感じながら、それでも攻勢に出るムサシ。一度守勢に回れば、そのまま押し切られる空気を感じていた。


「マズいわね……」


 状況を見て焦りを感じるボイル。ペッパーXの超能力は無力化され、鉄柱は少しずつ駆除されていく。蒸発させる金属がなくなれば、ボイルも役立たずだ。そう言った攻める手段がなくなることもあるが、問題なのは――


「ここまでやっているの、相手の正体がまるで読めないなんて……」


 正体。


 突き詰めて言えば、相手の情報だ。どんな戦力を持ち、どんな事をすれば困り、そしてどこまで攻めれば降伏するか、或いは命を落とすか。頭を吹き飛ばしても生きている相手など、相手したことはない。ドローンとてCPUに高温を加えれば再起動不可能になるのに。


<…………ぁぃょ>


 焦燥を感じるボイルに、そんな通信が飛んでくる。IDはNe-00000111。『ネメシス』の超能力者エスパーという事で登録された連絡先の二つ名は――


(二つ名が、思い出せない。間違いなく聞いたのに)


金属蒸発ボイル』『二天のムサシ』『ペッパーX』……クローンはID以外にもそう言った二つ名を有する。それは己を示す為であり、社会的な武器でもあった。その名前が広く知れ渡ることで相手を恐れさせ、委縮させて有利に事を運ぶ意味もある。


 だけど『ネメシス』の超能力者エスパーの二つは誰も知らない。確実に聞いた記憶はあるのに、思い出せない。そしてそれはボイルだけではない。この場にいるすべてのクローンの記憶に残らない。


<……ぁぃ……な、い……もん、だ……問題、ないよ>


 問題ないよ。


 その一言を言うために、何度も言葉を繰り返す。まるで言葉足らずの子供がようやく覚えた言葉を口にするように。――試験管内で一般常識や学問などを脳内にインストールされるクローンに、子供の概念はないが。


<ア■■■が、ぃるから>


 ア■■■。おそらく自分を指す固有名詞。ボイルはその通信を聞きながら、同時に脳が拒絶反応を感じているのを感じていた。ペッパーXの超能力を知るボイルだから理解できる感覚。


(脳に作用する超能力……? でも神経に影響を与えているんじゃない。むしろストレス的な感覚。もう少し別の何かに、作用して――!?)


 そこまで試行した瞬間に、ボイルの脳は一瞬途切れる。スイッチが切れて再起動したかのように目の前が明滅し、そして、


「え? 今、何か通信が……?」


『ア■■■』との通信内容を忘れていた。ログに内容は残っているが、それをボイルは認識できない。文字化けした正体不明のファイルにしか感じられない。


 ボイルの推測は正しい。これはペッパーX同様、人体に作用する超能力だ。ただし、作用する箇所は肉体的なものではない。


精 神 同 調シンパシー――み ん な い っ し ょ】!


 精神同調シンパシー。精神や魂に作用し、自らの精神状態を押し付ける超能力だ。その作用により、ボイルを始めとした天蓋のクローンは精神を操作されてその名前と存在を認識できずにいた。


『ワタシは、アーテー』

『心を蝕む超能力を持つ、欠陥品』

『ワタシは、超能力を制御できない役立たず』

『皆さんの記憶に残る価値のない存在です。忘れてください』


 アーテー。ギリシア神話における狂気の神。アーテーが地上に落とされたがゆえに、人間は狂気と堕落を覚えたと言われている。その名の通り、アーテーがそのまま存在すればクローン達はその超能力の影響で精神に異常をきたしていただろう。


 この超能力の影響下では、皆が同一の思考と精神になる。自分の名前や存在を認識できないなど序の口だ。皆が同じ考えしかできず、皆が同じ価値観しか持てない。同じ行動しかせず、同じ物しか産み出さない。同調した者の誰かが死を望めば、それは一気に伝播して集団自殺にまで発展する


 ゆえにネメシスはアーテーを封じた。できる限りの隔離を行い、超能力を使った後も自己を含めてその記憶を消すよう厳命した。アーテー自身も超能力を使うたびに自分の脳を白紙化し、知識も知恵も思い出も消滅させた。――それをしなければ社会が崩壊しかねないほどの超能力なのだ。


 ネメシスがアーテーの命を奪わなかったのは慈悲か、或いは利用できると考えたか。実際いくつかの事件はアーテーのおかげで解決し、そして誰の記憶に残ることはなかった。


 だけど、


「……アーテー?」


 ただ一人、例外がいる。


『…………カシハラトモエ。ネメシス様の、ご祖母様?』


 同調した精神で、トモエとアーテーは会話をしていた。

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