うぉれがッ! 来たッ!

 バーゲストの攻撃は確実に治安維持部隊を追い詰めていた。


 束ねた光の剣を振るい、そして機を見て剣状態を解除して周囲一帯にレーザーを放つ。あらゆる攻撃を時空に穴をあけて異世界に落とし、自分に届きそうな攻撃は実をひねって回避する。


「なんなんだよあの動きは……」

「こっちの攻撃は通らないのに、あっちはレーザーを撃ちまくりとか卑怯だぞ!」

「わけがわからねぇ! なんなんだよあれは!」


 治安維持部隊達からすれば、情報なしの巨大な存在だ。自分達の知識にない兵器。ボーナスがもらえると意気込んできてみれば、理解できない相手がわけのわからないことを言っているのだ。


<この程度で心は折れぬが、しかし先が見えぬ戦いだな>

「撤退命令は出ていない。戦闘を続行する」


 カメハメハと『働きバチ』は最前線でバーゲストに挑んでいる。彼らも攻撃が通らなくなり、焦燥感が募ってくる。このまま戦っても先が見えない。防御の突破口が見つからないのだ。


<時空の孔などもあるが、純粋な反射神経が桁違いに高い。加えてその戦闘センスのままに攻撃をするから、並程度の戦士では手も足も出ないな>

「理解が早くて助かる。戦力の差を感じているのなら、降伏をお勧めする。生命としてキミたちを殺しはしない。取り込んで、情報を使用するだけだ」

<今、そうしてコジロー殿の剣術や戦闘力を身に宿すようにか?>

「想像外だな。肉体の動きを情報として理解できるとは。確かに取り込んだ存在の経験を使わせてもらっている。この世界はこのような戦い方をするのだな。興味深い」


 カメハメハの言葉を拾い、答えるバーゲスト。自分が取り込んだコジローの経験。そしてカメハメハは知らないがカーリーの経験も使用しているのだ。この二人を共に近接戦をして勝てる相手など、天蓋にはいない。


「取り込んだとはどういうことだ? 察するにクローンの持つ情報をデータ化して、そのデータを自分に合わせてシステムを入れ替えたという所か?」

「その解釈で間違いない。肉体、精神、魂。この三要素を混沌化して同一化した。統合が難しいので上手くは使えないが、情報を使用するのなら問題はない」

「その技術を『イザナミ』の為に流用したいとこだが、そういった命令はない、ならば最初の命令通り、徹底的に破壊するだけだ」

「私の価値観からすれば、は異世界召喚を電子システム化した技術の方が素晴らしいと思うよ。時空に穴をあけ、目的の存在を引っ張り上げる。再現性があるなら並行世界旅行も夢じゃない」


 切り結びながら、攻撃を避けながら、バーゲストは『働きバチ』の質問にも答える。脳内に直接電波を送り、『NNチップ』に受信させる。相手の承諾などお構いなしに、ダイレクトに。不快を感じる『働きバチ』は、僅かに表情をゆがめた。


<戦闘中の治安維持部隊全員に連絡! 『ジョカ』の『ボイル』と『ペッパーX』が出る!>


 緊張に満ちた戦場に、そんな通信が入る。


<二名の攻撃開始から4秒後に『イザナミ』からは『二天のムサシ』が作戦行動を開始する! バックアップに『ペレ』の『ヘイアウ』『ルアキニ』、そして『ネメシス』から『ア■■■』が当たる!

 総員、12秒以内に作戦範囲から離脱せよ!>


 聞こえてきた通信に眉を顰める治安維持部隊達。各企業の切り札ともいえる超能力者エスパーの名が総出で出てきているのだ。


「はあああ!? なんだこれ!? この区域を放棄するつもりか!?」

「『ペレ』の『ヘイアウ』『ルアキニ』って……ピコー汚染区域の原因じゃねぇか! 逃げるぞ!」

「『二天のムサシ』も出るとかよっぽどだな!」

「うっへぇ。ボイル様を出すとか本気かよ。この作戦公開作戦だろ? 公的記録ログに残す気か?」

「……なあ、『ネメシス』の名前って、なんて言ったんだ?」

「あれ? 確かに聞いたのに……? ええと?」


 言いながら作戦範囲から離脱する治安維持部隊。超能力なんてものに巻き込まれてたまるか。そんな動きが見て取れた。


<12秒か。それまで倒してしまえば問題は無かろう>

「業務受諾。指定時間までは前業務を優先する」


 ただ二人、カメハメハと『働きバチ』だけは前線を死守するために踏みとどまる。コジローの技術を持つ存在と戦いたいということもあったが、


「9秒あればこの世界を侵食する準備が整うんだけど、それも許してもらえないか。この二人は無視できないし困ったものだ」


 バーゲストをフリーにしてはいけない。超能力に似た危険察知能力が彼らをその場に留まらせた。倒すことは叶わないが、それでもバーゲストの行動は確実に押さえ込んでいた。これがなければ超能力者エスパーが行動するより前に天蓋は浸食され、その場にいたクローン達は全て取り込まれていただろう。


 そして、通信からぴったり12秒後――


「うぉれがッ! 来たッ!」


 そんな声と同時に近くのビルの上に一人のクローンが仁王立ちになる。『NNチップ』の通信など使っていないのに耳朶に響く声。内耳から伝わる音情報を目視できる存在に共有しているのだ。その合図と同時に、


「五感情報ッ! カァァアァァァァッ、トッ!」


 ビルの上の男――ペッパーXは『NNチップ』に命令して、外部情報全てを遮断させる。視覚、聴覚、嗅覚、味覚、感覚。脳で感じる外的要因全てを遮断する。そしてその感覚をバーゲストに共感させた。


感 覚 共 有ガンジュエ ゴンシャン――五 感 封 印ウーガン フォンイン!】


「この肉体が感じる情報が消失した、だと? ならばこの肉体からの情報を諦め、本体の精神体による情報サーチを用いれば――む?」


 突然の情報遮断に戸惑うバーゲスト。そして間髪入れずにバーゲストの真上から鉄柱が数本降ってくる。ビルの廃材をそのままドローンで運び、真下に落としただけ。バーゲストに当たった鉄柱はなく、地面に突き刺さっただけに過ぎない。


「この不意打ちの為の攪乱か。しかしもう遅い。世界の情報を得るには十分な感覚は取り戻した。不意打ちも狙いは甘かったようだな」


 バーゲストは五感以外の感覚――この言葉自体が意味不明だが、この世界の生命が持ちえないアンテナを広げて情報収集を行う。周辺に落ちた鉄柱はただの物質。落下エネルギーは地面に向かい、こちらに影響を与えない。無視をしても――


(――いや、急激な温度情報を確認。分子運動を正体不明の力で加速させている。このままだと――!)


金 属 沸 騰ジンシュウ・フェイトン――天 降 之 物 孕 炎 炎ティエンジュェン・ヂーモウユン・イェンイェン】!


 急激に加熱された鉄柱が一気に蒸発し、爆発するように熱エネルギーを放出した。熱エネルギーをバーゲストに向けるように計算された熱放出。周辺の建物には余熱しか届かないが、それでも100度近くの熱風が吹き荒れる。しかし鉄柱に囲まれているバーゲストは吹き上がる熱波に襲われていた。


華氏5185.4度2863℃の特大上昇気流よ」


 この地獄を産み出した超能力者エスパー――ボイルはペッパーXの隣でそんなことを言う。ペッパーXが五感を遮断しているのをいいことに、抱き着いてペッパーXの体温を味わっていた。なおボイル自身にヘタレている自覚はある。


<いやいや、派手だねぇ。これで終わってくれればお姉さんは大人しく電子酒を飲んでるけどねぇ。そうしていいかい? 開会4秒でお姉さん気だるげほろ酔いいい気分。気持ちよく酔っ払えるなら今日もいい世界ってねぇ>


 ボイルの脳内にそんな通信が聞こえてくる。気の抜けた酔っ払いの声。しかしボイルは知っている。この声の主は、酔っ払っているほうが恐ろしい戦闘力を持っていることを。


「それで納得できるんなら好きにしたらいいんじゃない? よくはわからないけど、フォトンブレードを持ったブシドー? そんな相手みたいだけど」

<ふふん、実はお姉さんもあれを見て滾ってるのさぁ! まさかまさかの旦那との再戦とはね。やる気滾って全力全開。お姉さんの手足も全壊から全快! 前回受けた敗北をここで返して気持ちスッキリ快感まみれと行こうかねえ!>


 通信がボイルの脳に届くころには、通信主はバーゲストの方に向かっていた。高速飛行ドローンに乗った女性型クローン。その両手に光を宿した二刀流フォトンブレード使い。その名は――


「二天のムサシ、参るってね! 任務もあるけど、旦那ぽいのとやり合えるのがいい肴さぁ!」

<目標、距離2400! カラステング、加速します!>


機 々 械 々キキカイカイ――疾 風 飛 行 機カラステング】!


 IZー00210634――二天のムサシはボード上の高速飛行ドローン『カラステング』に乗り、宙を舞っていた。磁力でムサシのサイバーレッグをボード上に固定し、どれだけGがかかろうがムサシはそこから落ちることはない。ムサシの空中戦サポート用にイオリが生み出したドローンだ。


「イオリちゃん、サポート頼むよ!」

<当然です! イオリはムサシ様の為に頑張りますよぉ! そしてあわよくばイオリを抱いてください! 精神的にィ、そして肉体的にィ!>

「その予定はないから諦めてねぇ」

<ぎゃああああああ! いつも通りの塩対応! 何気なく拒否する言葉に愛を感じますぅ! ああん、イオリは色々濡れてきまし――接敵します! コントロール、ムサシ様に譲渡!>


 ドローンを操作するイオリはムサシと会話を交わし、そして妄想が暴走する。しかし急に真面目になってドローンのコントロール権をムサシに移行した。カラステングはムサシの脳波を受信して動く足場となる。


(確定未来予知、展開。2秒後、5秒後、10秒後の未来を『視』る)


 ムサシは超能力を発動させ、三段階の未来を見る。そこにある危険を脳内に写し、同時にそれを避ける軌跡を計算。同時にサイバーアームから展開されるフォトンブレードで切りかかる!


二 天 一 流いまとみらいの剣――三 つ の 先エンド オブ スリー】!


「ば、かな……! 動きが知覚できない! 何故避けられる!? 何故穿孔防御の隙をつける!? 光の速度を、何故見れる!?」


 光の剣を受け流し、時空穿孔の隙間をつくようにフォトンブレードを振るい、放たれる光線を分かっているかのようにかわすムサシ。


「何だいこの程度? 旦那のほうがまだ面白いよ。もう少し張り合いが欲しいね。ハリーハーリー、急いで頂戴ってね!」


 けらけら笑いながら斬るムサシ。そのムサシに影響しないように鉄柱の一部が蒸発し、熱波が広がる。攻撃の瞬間にバーゲストが震えたのは、味覚に辛味スコヴィルが与えられたからか。


「すっご……! あの怪物が手も足も出ない」


 それを遠くから見ていたトモエは、感嘆の声をあげた。治安維持部隊を圧倒し、『働きバチ』とカメハメハがどうにか足止めしていたバーゲスト。それをたった三人で押し返しているのだ。


「『ペレ』と『ネメシス』の超能力者エスパーを待つまでもないわ」


 ボイルは告げる。脳があって神経が存在する以上、ペッパーXの五感共有からは逃れられない。金属の供給さえあれば、ボイルの火力は無制限。結果を押し付けるムサシの超能力と剣術はコジローですら難儀する強さだ。この三名が同時に襲い掛かれば――


、これでお終いよ」


 ボイルは自信ありげに、そう言い放った。

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