……えーと? あ、そういう……

「コジロー……?」


 サムライのように光の剣を構える犬のような何か。それを見たトモエは、その姿にコジローを見ていた。違うのはわかっている。だけど、あの構えとあの動きは間違いなくコジローだ。


「おいおい。お前さんの恋人イロは大きすぎないか? イヌ型バイオノイドのコスプレは百歩譲ってアリだが、あの大きさは流石にねえだろうよ」

「うん。わかってる……。わかってる、けど」


 ギュウマオウに言われて、バーゲストを見ながら答えるトモエ。あれはコジローではない。それはわかっている。だけど、あの動きはコジローの動きだ。見間違えるはずがない。ずっと見てきたのだから。


「あれは、コジローの動きをしているの」

「フォトンブレードを使うってのは聞いていたがな。しかしあの大きさと姿は流石にあり得ないだろうよ」

「うん、そうなんだけど……」


 常識的に考えれば、ただの偶然だ。フォトンブレードを使うコジロー。レーザーを束ねて剣にしている巨大なイヌ。共通点はその程度でしかない。それ以外はまるで違う。そんなことはトモエにもわかっている、けど。


「そうなんだけど……でも、あれは……」


 なんと言えばいいのだろうか? トモエ自身にもわからない。理性と常識では違うことはわかっているけど、それ以外の部分がそうだと断じることに躊躇いを感じていた。目を逸らすな。思考を閉じるな。この感覚を手放すな。


「オレサマもゴクウの奴も、そしてさっきの『イザナミ』のねーちゃんもだが」


 悩むトモエに、頭を掻きながらギュウマオウが言葉を告げる。正直、議論している時間はない。視界内には強大な存在。その攻撃が飛んでこないとも限らない。それと相対している治安維持部隊に気づかれれば、拿捕されても仕方ない。時間が経てば経つほど、状況は予測不可能な方向に進んでいくのだ。


「アンタをそのコジローの元に連れていく。その為にここまで来たんだ。

 で、アンタはアレに恋人イロの気配を感じたってことだな?」

「その……うん」


 真っ直ぐなギュウマオウの物言いに、頷くトモエ。それは間違いないのだ。気配、なんていう感覚もわからないけど、どうしても抜けない棘のような感覚がトモエを苛んでいた。


「あのでっかいワンコに、あの構えと動きに、コジローっぽいものを感じたの」

「成程な。どのみちそいつを探す手掛かりもないし、その感覚を信じてみるか」

「……え? いいの?」


 バーゲストに近づくことを提案するギュウマオウに、驚くトモエ。自分で言っておいてなんだが、あれがコジローと関係あるかなんてわからないのだ。あくまで直感で、似ていると思うだけでしかない。


「良いも悪いも、手掛かりがないからな。ゴクウと合流してどう近づくか作戦を練ろう。少し先の建物で待ち合わせている」

「……そう言えば、ゴクウさんはどうやってここに来るの? ギュウマオウさんみたいにハイスピードフルパワーな乗り物でも持ってるとか……キントンウンだっけ?」


 言われて疑問に思ったのか、トモエは首をかしげる。ここまで来るのにあれだけの追いかけっこをやったのだ。同様の方法で突破しているのなら、相応の音が聞こえてもおかしくない。


「キントンウンはオレサマのバショウセンよりも遅いぜ。

 ただあいつは『五行ウーシン』の部長と繋がりがあるからな。そのコネを使って監視カメラを誤魔化してもらってるんだよ。なのでオレサマ達みたいに中央突破しなくても、普通にここまで来れるのさ」

「なんでギュウマオウさんはそのコネを使わなかったの?」

「オレサマは男性型を抱く趣味はないからだよ」

「……えーと? あ……そういう事!?」


 ギュウマオウのセリフの意味を最初理解できなかったトモエだが、3秒考えて『そういう事!?』と理解する。性交渉を用いて業務を有利に運ぶ色事系ジゴロ企業戦士ビジネス。いつの世も三大欲求を利用して事をスムーズに運ぶ者は存在するのであった。


「やあ、大変だったね子猫キティ。『KBケビISHIイシ』と『重装機械兵ホプリテス』に追われてたんだって? ギュウマオウの腕を疑うわけではないが、高速で振り回されて気分が悪くなったのならすぐに言ってくれ。いい薬があるから」


 合流地点に向かうと、そこにはすでにゴクウが待っていた。三体のドローンが周囲を警戒するように飛び回っている。ゴクウ自身の顔が妙につやつやしているのは、トモエの気のせいだろうか? 気にしないでおこうとトモエは言葉を飲み込んだ。


「ええと、はい。ゴクウさんも無事で何よりです。お薬は大丈夫です」

「そうかい。では本題だ。ギュウマオウから通信は聞いている。あのバーゲストがNe-00339546と関係あるとして、そこからどうするかだよ」


 時間もない、とばかりに話しを進めるゴクウ。『NNチップ』を通して情報は伝わっているようだ。しかもこんな与太に近い話を真に受けてくれている。


「近づいて話をするっていうのはどうだ? ネコ娘の声なら何か反応があるかもしれないぜ」

「効果的かもしれないが、プランとしては難しいね。バーゲストに近づくということは、攻撃にさらされることだ。交戦中の治安維持部隊にも姿をさらすことになる。そうなると子猫キティの身が危ない。物理的な危険と、社会的な危険だ」


 ギュウマオウのアンをやんわり却下するゴクウ。光の剣を振るうバーゲスト。それと交戦している『働きバチ』とカメハメハ。そこに近づくということは戦闘に巻き込まれるという危険と、トモエの身が治安維持部隊に露見することを意味する。トモエは書類上存在しないモノだ。捕まれば廃棄処分されてもおかしくない。


「あの二人は多分大丈夫だと思う……けど、他にも治安維持の人がいるんだよね」

「まあそうだが……どちらかというと、あの二名がどうしようもないぜ」

「企業の命令とあらば何でもこなす『イザナミ』の企業戦士ビジネス『働きバチ』と、言葉通りに身を鋼鉄にして『ペレ』の治安の為に生きるカメハメハ。どちらも相手したくない治安維持部隊の筆頭だよ」


 トモエはバーゲストと戦っている相手――『働きバチ』とカメハメハを見てそんなことを呟く。が、帰ってきた答えは呆れと説明だった。『働きバチ』はともかく、カメハメハは話が通じそうと思ったのだが、ギュウマオウとゴクウの認識は異なるようだ。


「とにかく策もなく近づくのは危険だな。状況が好転するのを待って――」


 ゴクウがそう言おうとした瞬間に、


<ア、ア……ワ、ア、ワタ、ビ……ワタシ、ハ……ガ……。

 初めまして。この世界の皆様、私は……ふむ、バーゲストと名付けられているのか。それを名乗るとしよう>


 トモエのスマホから、そんな『声』が聞こえてきた。


「何だ、この通信? わけがわからねぇ」

「チャンネル元は……表示がバグってるね。言葉をそのまま信じるなら、あの個体名バーゲストが喋っていることになるね」


 ギュウマオウとゴクウは『NNチップ』を通してその『声』を聴いていた。冷静に解析しているのだろうが、表情が青ざめている。これまでの常識外の事が起きて、理解が追い付いていないのだ。たとえるなら、通知ボタンを押していないのに勝手に相手が喋りだしたようなものである。


<ああ、こういった使用は無礼に当たるのか。次からは控えよう>


 そして、それを受けた人間の感情を考慮するだけの知性もある。そもそも遠く離れている相手の怯えを『理解』しているというのがおかしい。


「……ねえ。遠くにいる人の感情を知る機械とか、天蓋にある?」

「ねえな。そんなものがあったらナンパに使いまくるぜ」

「見てていない僕達の感情を感じたのかまではわからないけどね。ただ強制的に通信を繋げることができる相手なのは間違いない。稀代のハッカーでも『NNチップ』のプロテクトは突破できないのに」


 トモエの言葉に否定の言葉を返す二人。少なくともテクノロジーの類で声を飛ばしたわけではないようだ。


 そしてバーゲストはその場にいるカメハメハと『働きバチ』に光の刃を振るう。バーゲストの動きは変わらず鋭く苛烈だが、応対する二人はその攻めをどうにか凌いでいる。だが――


「押されてるね」


 ゴクウは戦局を見てそう判断する。『働きバチ』もカメハメハも対フォトン対策装備をして光の剣を止めている。空中というフィールドで巨大なバーゲストを相手に一歩も引いていない。


 だが、それだけだ。相手に決定打を与えられるわけではない。体躯の差もあるが、時空に穴をあけて攻撃を無効化し、卓越した洞察眼で攻撃を避ける。あの巨体でクローンでも屈指の戦闘力を有しているのだ。


 拮抗する戦闘は、一瞬の油断でバランスが崩壊する。そうなればスペックの高いバーゲストに軍配が上がるのは自明の理だ。カメハメハも『働きバチ』も決して弱くはないのだが、純粋なスペックで言えばバーゲストは質量も戦闘経験も二人の上を行っている。――カーリーとコジローの経験をそのままパクっているのだが。


「このままだと、あの二人は負けちゃう?」

「だな。こっちの目的を考えれば、治安維持部隊には撤退してもらった方がいい。此処で待機が最善策だ」

子猫キティの安全を考えれば、戦場を迂回することも勧めるよ」

「……だめ、見捨てられない」


 トモエの言葉に、ギュウマオウとゴクウはため息をついた。こうなると思ってた、という顔だ。


「あんな大きな体で勝っても、コジローはきっと納得しないもん。自分の鍛えた体で勝たないと。頭までカタナでデリカシーのないコジローだったらきっとそう思うだろうし!

 蜂さんはともかく、カメハメハさんは助けてもらった恩もあるからね。助けないと!」

「勇ましいね、子猫キティ。ちなみにプランはあるかな?」

「ないわ! とにかく一度話してそこからよ!」


 あんな常識の外からやってきた存在にできることなど何もない。それは企業戦士ビジネスだろうが異世界転生JKだろうが変わらない。


「コジローだって先が見えなくても私を助けに来てくれたんだもん。今度は私が助ける番よ!」


 チート能力も何もないトモエだが、そこには確かに愛が在った。

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