それ、フラグかも……

「な、んじゃと?」


 バーゲストの言葉を聞いて、イザナミは言葉を失った。


「の、のう? 妾、疲れておるのかのぅ? その、あやつが喋ったように聞こえたのじゃが。しかも、異世界から召喚されたという感じのことを……幻覚、じゃよな?」


 めまいを起こしたように額に手を当てるイザナミ。しかし周りの反応がそれが幻覚ではない事を教えてくれた。


「安心して、イザナミ。幻覚じゃない」

「にゃはははははは! 何それ笑う! 草生える! ワンコ喋った!」

「笑うごとではないぞ。時空穿孔からいらぬ者を呼び出したようだ。しかも天蓋を侵食すると言っている」


 ネメシス、ペレ、そしてジョカの三名も人間が頷き、椅子に座る。結論が出た会議が再開された。正確に言えば、緊急会議が勃発した。


「いやあり得んじゃろ!? あの程度の時空穿孔で知性ある存在が召喚されるとか!  穴が空いた時間も数秒程度じゃ!」


 あり得ない。イザナミは目の前の現実を認めながら、その可能性の薄さに激怒した。100人単位の疑似超能力スードーからくる想いがあれば。コンマ数秒程度に時空の孔をあけられるかもしれない。わずかな時間。それもすぐに閉じられる。それをたまたま通ってきた者がいるという事なのだ。


 たとえるなら、一年に一秒、世界のどこかで開く小さな扉を通ってきたようなものだ。偶然そこにいた存在しか扉に気づけず、そして開いた穴に入るかどうかもわからない。偶然に偶然を重ねなければ、こんなことはあり得ない。


「祖母殿に関しても、妾たちの血縁をもって召喚したのじゃぞ! 星の角度、土地の磁場、妾たちと祖母殿の月経周期を予測してのタイミングだというのに! そこまでしてようやく狙った目標を召喚できるというのに!」


 異世界召喚プログラムを使ったとしても、運よく狙った存在を召喚する事は容易ではない。


「つまり、相応の条件がそろったという事なのだろう。余はそう考える」


 逆に言えば、条件さえそろえば召喚は可能なのだ。偶発的に見える事象も紐解いていればあり得る出来事であることはある。


「あの宗教団体だが、『やり直し』を求めているようだな」

「それがどうしたというのじゃ?」

「余の推測だが、100名以上の『やり直し』を求める思いがあの存在を引き寄せたのだではないか? 天蓋を侵食し、全てをなかったことにする。まさにそのままではないか」


 ジョカは脳内にまとめた資料――文字通り、脳内のバイオモバイルに保存してあるデータを確認し、そう告げる。言われて初めて腑に落ちたというイザナミ。


「さすがジョカっち! お兄ちゃんが絡まないとあったまいい!」

「お兄ちゃんが絡んだ時も頭いいもん! ちょっとお兄ちゃんに止められて上手く行かないだけだもん!」

「何でこやつはフッキが絡むと精神年齢が下がるんじゃ……?」

「こっちがジョカの素。メリハリは大事」


 ネメシスが言葉を放つと同時に、ドローンが四名にお茶を汲む。『ネメシス』ゾディアックドローンシリーズの一つ、『アクエリアス』だ。戦闘ではなく生活を支えるお茶くみドローンである。


「会議再開。議題は今後の方針。先ずは前提条件として、バーゲストを倒すかこの世界から追放する。これを絶対条件とするでいい?」

「無論じゃ。跡形なく消し去りたい!」

「余も同意だ。個人的にはイザナミを追及する証拠は残したいが」

「完全勝利はゲーマーの基本だもんね。おけおけ!」


 一息ついたのち、ネメシスが問いかける。これには三名も異論はなさそうだ。


「ではその前提で作戦提案。バーゲストを意味消滅させる。

 具体的にはペレ。貴方の保有する超能力者エスパーを使う」

「……えー。やだー」


 ネメシスの言葉に、露骨に嫌な顔をするペレ。超能力者エスパーの事を極秘にしたい、というわけではない。


「あの二人、制御効かないもん。ピンポイントでバーゲストだけを狙うとか無理だから。あのワンコ殺せ、って感じでも天蓋にいるイヌ型バイオノイドを遺伝子バンクまで生贄に捧げちゃうよ。最悪、犬歯持ってる生命体全部死んじゃうかもよ?」


『ペレ』の超能力者エスパー二人組の超能力は、『生贄』だ。特定条件下の存在を生贄に捧げることで、未来に幸運をもたらす。しかしその特定条件設定がうまく制御できず、被害は拡大する。


 特定病魔を弱毒化しようとすればその病魔に反応する免疫機構まで弱体化して大惨事になり、エネルギーを増幅しようとすれば供給過多で爆発を起こす。暗殺を頼めばその対象が持つ属性――男女なども含む――まで巻き込む可能性があるのだから抹殺命令などもってのほかだ。


「分かってる。なのでこれは最終手段。最悪それも考慮しないといけないから、準備だけはしておいて」

「うーん……まあ用意するけど」


 最悪、クローンが全滅しても人間の脳を納めた場所さえキープできればいい。残酷ではあるが天蓋を納める人間としては最悪そうせざるを得まい。ペレもそれが分かっているのか、拒否はしなかった。


「ふふん、制御できない力など無意味だな。それに比べれば余の超能力者エスパー二人組コンビは最高だ」


 そんなやり取りを聞きながら、我が事のように胸を張るジョカ。実際、ボイルとペッパーXは被害を制御できるうえに、有能な超能力者エスパー二人組コンビである。


「その二人があそこにおったというのにこの状況なんじゃがな」

「うるさい。そもそも巻き込まれた形でなければビルごと爆破して終わりだったぞ」

「そもそもなんで巻き込まれとるんじゃ? 暇なのか『ジョカ』の超能力部門?」

「うるさい! その……いろいろあったのだ!」


 まさか超能力部門の予算を減らした結果、他部署で使われていたとは口が裂けても言えない。信賞必罰に従った結果とはいえ、結果としては失敗した人事だとジョカ自身も反省はしていた。だってお兄ちゃんの命がかかってたんだし!


「『ジョカ』の超能力者エスパー二人組コンビと、『イザナミ』の超能力者エスパー。これを主軸に動いてもらうのが一番」


 ネメシスは言ってイザナミを見る。ここに至って出し惜しみなんかしないわよね。そんな目だ。その圧力に負けて、イザナミは頷いた。


「ぐぬぅ……仕方なかろう。

 しかし決定打には遠いぞ。あの大きさの生命体、しかも正体不明の異世界種族を相手するのには情報が足りん」

「そう? 結構わかりやすいけど、あれ」


 イザナミの叫びに首をひねるペレ。何が分からないのかわからない。そんな顔だ。


「何が分かるというんじゃ?」

「まずあれが『死を知らない』ってことかな」


 ペレは指を一つ立てて口を開く。


「不老不死だと言いたいのか?」

「正確には『死を知らない』ことね。『死なない』ではなく『死を知らない』の違いは重要重要」

「どういう事じゃ?」


 疑問を口にするイザナミに、指を回転させながらペレは答える。


「あーしらは『死なない』。ズルして死から逃れちゃってるけど、死自体は知っている。むしろ『死なない』ようにお祖母ちゃんを拉致監禁してイヤンイヤンなことしたんだし」

「誤解を生むようなことを言うな。……つまり、アヤツは『死なない』のではなく、単に『死を知らない』だけなのか?」

「さあ? わからんちん」


 イザナミの問いに、肩をすくめるペレ。その態度にがくりと崩れるイザナミ。


「ナミっちの言うように個体として『死』を知らないのかもしれないし、本当に死なない存在なのかもしれない。そこはまあどうでもいいかな。

 重要なのは、あのワンコの体そのものはこの世界のモノだから、HPが存在して殴ったら倒せるってこと。死を知らないから、最初の一撃は『死ぬかもしれない』と思うこともなく油断して食らってくれるかもしれないわ」

「おお、つまり初撃に全てをかければよいということか!」

「かもかも。もしかしたら肉体失って幽霊になっちゃうかもだけど。そのまま天蓋に浸食してパックンチョされりちゃうかもだけど!」

「だめじゃろ、それ!」


 両手を前に垂らして幽霊のジェスチャーをした後に、両手でパクリと何かを食べる動きをするペレ。イザナミは歓びからの落差に怒り、ツッコミ返した。


「つまり私の所の超能力者エスパーも出せと言うのだな」


 ペレの言葉にため息をつくネメシス。ペレは「分かってるぅ!」と言いたげに親指を立てた。


(……のう、ジョカ。『ネメシス』の超能力者エスパーって、どんな超能力もってるかしってるか?)

(さあな。余も知らん。調べても何もわからんのだ)

(実は妾もじゃ。あそこの超能力者エスパーだけは欠片も情報が見当たらん)

(ペレは何故か知っているみたいだが……)


 イザナミとジョカが唇の動きと手の動きで会話する。通信を使ってもいいが、外部に傍受される可能性を考えるとそれも迂闊に使えない。ネメシスとペレに手話を見破られる方がまだ被害が少ない。


「まあ良いわ。方針としては妾の思惑通り『カーリー』以外の超能力者エスパー総出動になりそうじゃしな」


 もはや隠すつもりもない、とばかりにイザナミが告げる。他企業の超能力者エスパー情報が手に入るなら、この騒動も結果としては悪くない。


「あーしの二人はやーだからね。最後の最後までださないからね」

「どうじゃろうなぁ。ここまで想定外の事態になったのなら、出してもらうやもしれんぞ」

「ナイナイ。……あー、でも第3段階ボスか。もう一つ変身を隠しててもおかしくないかも」


 指折り数えるペレ。最初の形態。光の刀を持った形態。そして今の自我覚醒形態。短時間で色々変化するなぁ。ペレはあくまでゲームとしてこの騒動を見ていた。


「でも今の形態でも光の剣を使ってるよね。あれが取りこんだ個体の情報を扱えるのは確定してる。カリっちの身体機能があるは間違いないんだけど、剣なんか使えたっけ? なんか見落としてる、あーし?」


 何かの引っかかりを感じて眉を顰めるペレ。


「レーザーを放つのはレーザーネットを取り込んだでオッケー。防御の孔は時空穿孔の情報をコピーしたでいい。戦闘レベルとステータスはカリっち。取り込んだ176名のクローンの中で、カリちっちーに匹敵する実力者がいたと仮定して……」


 仮に――仮にそういう存在がいたとして。


「あのバーゲストが100近くの意識を束ねている。つまり足し算? 或いは掛け算? つまり、カリっちの戦闘力に、光の剣の達人の戦闘センスがプラスされて? タイムされて? あれ? ヤバくね?

 仮にうちのカメっちと互角に戦ったっていうフォトンブレード使いのクローンがあのワンコの中にいたとしたら? やだなー。普通は相性悪いわよね、俺より強い者に会いに行くキャラ同士って。でも、でも? もし二人の相性ばっちりだったら? 好感度MAX同士じゃないにしても、なんとなく程度に通じ合ってたりしたら――」


 ペレは脳内モバイルを展開し、データを入力する。想定される最悪の事態を想定したデータを用い、そこからゲーマーとしての経験で戦術を練り直す。数値を再設定し、起こりうるイベントをイメージして――


「何をブツブツ言っておるんじゃ、ペレ。企業の超能力者エスパー総出での戦いじゃぞ。負けるはずがなかろう」

「ナミッち、それ、フラグかも……」


 イザナミの言葉に、半笑いするペレ。これ、激マズかも?

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