何者だ、貴様?
正眼の構え。剣先を相手の目に向ける構えで、ここから様々な構えに移行できる。剣を下げて下段に構えることで防御に、剣を頭上に構えることで攻撃に。天に剣を抱えて攻撃に寄りながら心臓を守り、脇に構えて防御に寄りながら剣先を隠しての奇襲に。
いずれにも移行できるのが正眼の構え。相手の様々な動きに対応できる基本の構えだが、それはあくまで近接戦闘を重んじる時のみだ。天蓋においての戦闘は銃器であり火力。銃器主体の世界において、剣術の構えなど意味をなさない。フォトンブレード同様、過去の遺物でしかない。
「ハッ!? なんだそれは! 追い詰められての破れかぶれか!」
「レーザーを撃たないんなら怖くねぇぜ! 俺達でもやれる!」
カメハメハと『働きバチ』にさんざん攻められて、その構えを取ったバーゲスト。その行動を治安維持組織は散々なじるが、それも已む無き事だ。いきなり時代錯誤な行動をとり、射程距離を狭めたのだ。相手が弱ったと判断しても仕方のない事だ。
だがその傲慢と無知は命取りとなる。
「死ねぇ!」
「俺のミサイルで風穴開けてやる!」
距離を取り、砲撃するパワードスーツ。放たれるミサイルはバーゲストに迫り、
【
光の剣が振るわれて、その全てが蒸発する。そしてわずか数歩で距離を詰められ、光の刃が治安維持組織のパワードスーツを襲う。光学兵器対策をしていないパワードスーツは、掠っただけでパーツを焼き切られ、地面に墜落する。
「データ参照完了。あの動きはNe-00339546の動きと同じだ」
<コジロー殿の動きを模したか。或いは考えたくないが、あのバーゲストはコジロー殿そのものなのか!? どちらにせよ!>
『働きバチ』、そしてカメハメハはもはやその動きを疑いはしない。あそこにいるのはかつて自分と戦ったフォトンブレードを持つクローンと同じだ。コジローがあれだけの体躯を持ったのだと思うしかない。
すなわち――
「対象の脅威度を二段階引き上げる。Ne-00339546戦を想定し、最大戦力で挑む」
<いいだろう! ホンモノであれニセモノであれ、敵に不足なし! 吾輩のすべてをもって挑むのみよ!>
何故、と思う事はない。もしかしたらコジローかもしれないと思いながら手加減や躊躇などしない。それは実力的に加減できる余裕がない事もあるが、
<ふはははははは! このような形での再戦になるとはな! 我が身に心臓が残っていたのなら、血が滾っていたところだ! ましてや体も大きく剣も大きい! このような戦い、これを逃せばおそらく存在すまい!>
喜びを表現するように大笑いするカメハメハ。ありえない戦いに喜びの声を上げ得ていた。強い。巨大なうえにサムライの技量を持っているのだ。その戦いに
「企業からは貴様との再戦の辞令は下りなかった。敗北を喫し、その泥をぬぐえる機会は与えられなかった。その汚名を雪がせてもらおう」
静かに、しかし激しく炎を燃やす『働きバチ』。トモエをめぐる攻防戦で敗北した屈辱。その屈辱を晴らす機会は与えられなかった。『イザナミ』の命令がなければ動かないのが
Wooooooooooooooo!
吠えるバーゲスト。圧倒的な剣技を見せ、大音響で恐怖を与えるハウリングをあげる。それだけで尻馬に乗ろうとした者達は委縮する。遠距離攻撃より、近距離攻撃の方が強い。その事を恐怖と共に理解させられる。
しかし、それに屈さぬ者もいる。
<鋭き刃の動き! しかぁし! 見える!>
【
バーゲストが振るう光の剣を、空中で受け止めるカメハメハ。両者はその場で拮抗し……少しずつカメハメハが押され始める。
<何たるパワー! レーザーの出力もそうだが、純粋なパワーの差が大きい! 何よりも、太刀筋が精練されすぎている!>
目標に向けてまっすぐに武器を振り下ろす。簡単なように見えて、意外と難しい事だ。武器の軸を理解し、それを正しく相手の方に向け、動く相手の行動を予測して振り下ろす。何度も何度も繰り返さなくてはできない動作。
<はじき返す隙もない! ならばこのまま力を籠めるのみ! ジェットエンジン! フルバースト! おおおおおおおおおおおお!>
バーニアから火をふかし、バーゲストの剣を押し返そうとするカメハメハ。
「そのまま押さえていろ、PL-00116642」
剣を押さえるカメハメハに声をかけ、『働きバチ』が宙を舞う。機械の虫羽根をはばたかせてバーゲストの顔面に迫り、ムカデ型のサイバー武器を振るう。視覚から眼球を狙った動き。延髄を嚙み千切るムカデの顎は、巨大であっても水晶体なら確実に貫ける。
しかしそれも、当たりさえすればだ。
「っ!?」
バーゲストはその攻撃を予測していたかのように顔をひねり、『働きバチ』を払おうと手を振るう。見えていないはずなのに、そこにいることを予測しているかのような動きだ。
手を振るって構えを解いたことで光の刃は消失する。しかしまた構えるように両手をそろえれば、光剣が顕現した。両手をそろえなければ剣の状態を維持できないらしい。
「あの角度からの攻撃に気づくか」
<戦闘経験もコジロー殿並とはな。大したものよ>
わずかな攻防で相手の力量を計る『働きバチ』とカメハメハ。想像はしていたが、ここまで自分の戦いたかった相手に酷似しているとは。正直、勝ち過ぎが見えない。少しでも気を抜けば高出力のレーザーに細胞一つ残さず消されてしまうだろう。
GA……ア、ガ……!
遠吠えをすると思われたバーゲストの声が止まる。何かを調整するように小さな音を発し続ける。そして、
「ア、ア……ワ、ア、ワタ、ビ……ワタシ、ハ……ガ……」
その口が、少しずつ人語らしいことを口ずさむ。そして十秒足らずでその変化は完了した。
「初めまして。この世界の皆様、私は……ふむ、バーゲストと名付けられているのか。それを名乗るとしよう」
言葉を発し、『この世界の皆様』あてに挨拶をした。自分自身を認識し、そしてこの世界でどう呼ばれているかを知り、それを己と定義した。
『喋った!?』
『この世界……? どういうことだ?』
『待て、バーゲストは作戦コードだぞ! 通信を傍受されたという事か!』
治安維持部隊同士で驚きの通信が交わされる。それはカメハメハや『働きバチ』も同じだ。
「電波……成程、そう呼ぶ波長で通信と呼ばれる行為を行い、コミュニケーションを取っているのか。些か手間だがそれに合わせるとしよう」
バーゲストはそう言った後に口を閉じ、
『あらためて初めまして。私の名前はバーゲスト。この世界に住む者達に、挨拶をしている』
電波を放ち、『NNチップ』による通信を行った。脳内に直接響く通信。
『クローンじゃないのに、NNチップ通信を行っているだと!?』
『なんなんだよこいつは!?』
『気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!』
その通信を受け取ったのは、治安維持組織だけではない。周辺にいるクローン全員がその通信を受けているのだ。正体不明のIDもない存在の声が、強制的に脳内に響いているのだ。
『ああ、こういった使用は無礼に当たるのか。次からは控えよう』
そしてその反応を受けて思考するだけの知性がある。先ほどまでの獣のような動作からは想像もできない動きだ。
<何者だ、貴様?>
カメハメハの言葉は、ここにいる者達全ての疑問だ。この存在は、つい先ほどまで戦ってきた者とは違う。肉体こそ同じだが、存在が異なっている。奇妙な話だが、そうとしか思えない。
「キミは……PL-00116642? IDが個人を示している世界? ああ、カメハメハという二つ名があるのか。ではそう呼ばせてもらおう。
カメハメハ、キミの疑問に答えることは難しい。己の存在を自覚したのがつい数十秒前でね。実のところ、今も困惑しているんだ」
そいつ……バーゲストを名乗る何かは本当に困惑しているかのように質問に答えた。何と答えればいいか、話ながらまとめている印象がある。
「分かっていることは、この存在内には100を超えるパーソナリティがあること。それが複雑に絡み合って、知識の統合が難しい事だ。
その中でも最も強い思い……『やり直したい』『死にたくない?』……死とは何だろうね? よくはわからないけどその想いに引っ張られる形で<ダャロュド(不明瞭な発音)ギギャダ>から召喚されたのが私だ。私の正式名称は省かせてもらうよ。この世界の言葉で発音すれば、4時間23分36秒かかる」
聞いている誰もが、バーゲストの言葉を理解できなかった。存在内のパーソナリティ? 死にたくないという思い。死を理解していない知性。何もかもがクローンの知識では理解できない。
ただ唯一解った単語があり、そしてそれを知る者はこの場ではカメハメハと『働きバチ』だけだった。
「召喚。異世界召喚プログラムで呼び出されたモノか?」
「ふむ。召喚システムをプログラム化できるのか。再現性があるならあやかりたいところだ。ここまで明確に意識を保てる召喚は珍しい。どこかの世界に理論を転送すれば、解析してそこにも行けるかもしれない。
その理論を知るまではこの世界を侵食するのは無しにしよう」
いい事を聞いた、とばかりに頷くバーゲスト。もっとも、言っていることはこの世界からすれば暗くなる話だが。
<天蓋を浸食とは物騒なことを言う。貴殿が召喚されたのは『死にたくない』という思いを為す為ではないのか?>
「引っ張られた思いはそちらだが、『やり直したい』という思いも強くてね。なのですべて飲み込んで、ゼロにするとしよう。
それに死という概念はよくわからないけど、全部同一化すれば何の問題もない。そう思わないか?」
死にたくないから、世界を侵食する。
短絡的……というよりは価値観が違うのだろう。そもそも、死ぬという事を理解していない節がある。
「そのプログラムが何処にあるのか教えてほしいのだが」
<断る、と言ったら?>
「困ったな。交渉するのは苦手なんだ。なので力技になるよ。飲み込んで、そこから探すのは手間だけど最終的にはそれしかないな」
あくまで紳士的に、しかし拒否に意味はないと告げるバーゲスト。
異世界からの浸食が、天蓋を襲う――
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