こんな程度、ハイスピードフルパワーで乗り切ってやるさ!
バショウセン――
『ジョカ』が作り出した飛行バイクだ。噴射により飛行するロケット型と呼ばれる飛行バイク。科学燃料を燃やしてそれを推力にする形式は天蓋ではやや旧式である。
だがこの旧式スタイルを好むクローンは多い。その理由は――
「どうだ、この加速! 火を噴くたびに激しい振動が体を襲い、空を飛んでいる事を感じさせるだろ! 反重力型やプロペラ型のヴィークルじゃ感じられない加速感だ!」
飛行バイクに乗って叫ぶギュウマオウ。話しかけている相手は背中にいるトモエだ。
「すっごい……!」
風になる、なんて古い言葉だと思っていたが実際に乗ってみればその言葉が理解できる。地面から離れて後方に流れゆく景色は、開放感を感じさせる。怖さよりも興奮が先立ってしまう。
「本当に空を飛んでるんだ……。ナナコの飛行バイクとは全然違う感覚」
「あのイヌねーちゃんの飛行バイクは反重力型だからな。安定性を高めて『浮く』事に重点を置いているヴィークルだ。対してこっちは加速に特化しているから、まさに加速を体全体で感じられるぜ!」
感激の言葉をあげるトモエに、ギュウマオウはそう告げた。旧式ではあるが、『飛ぶ』感覚を味わえる飛行バイク。この感覚の為だけに旧式スタイルから離れられないクローンは多いのだ。
「正しいかどうかはわからないけど、ロマンを求める人たち向けなのね」
「ロマンか、成程言い得て妙だな。飛んでいる間は現実を忘れられる。情熱的になれるって意味じゃ間違いなくロマンだ。
ま、オレサマはこれが仕事でね。どちらかというと仕事を楽しむために道具に拘っているっていうのが正しいのさ」
「仕事ってナンパだよね?」
「そいつもあるが、運び屋的な事をするのもオレサマの仕事だ。ドローンに運ばせたくない秘密のモノから、今みたいに可愛いネコ娘を運んだりな」
「そういう仕事もあるんだ」
「おうよ。恋する乙女をハイスピードフルパワーで運んでやるぜ。お代は要らねぇが、ウィンクの一つでも貰いたいね」
「ナンパはお断り!」
「がっはっは! それさえも許さないほどベタ惚れか。運びがいがあるってもんよ!」
粗野な口調ではあるが、無遠慮ではない。引くべきところは引き、真摯に対応する。ギュウマオウというクローンのパーソナリティをトモエは理解しつつあった。
「ハイスピードフルパワーっていう割には、大人しい運転だよね? もしかして、気遣ってくれてる?」
そしてそれは飛行バイクの運転にも表れていた。流れる背景の割に、トモエにかかる負担は小さい。急加速などでトモエを驚かすこともなく、Gがかからないようにバイクを動かしていた。
「何だよ。激しい上下運動が好みか? だったら切り替えるぜ」
「要らないわよ! さりげないセクハラ禁止! うん、でもありがと! そういう気づかいはホント、紳士的だって思う!」
「そいつも仕事だ。もっとも、プライベートでもそうだがね。仕事抜きでオレサマと乗りたきゃいつでも連絡しな。タンデムシートは開けておくぜ」
こういうことをさらりと言えるのが
「とはいえ、紳士的運転もそろそろ限界かもな。そろそろ封鎖区域だ」
ギュウマオウの声質が変わる。『かわいいネコ娘』にかけていた声から、『依頼主』へと。
「確認だ。コジローとやらは例のバーゲストが発生したビルに一緒に居たんだな?」
「うん!」
「もう奴はいないかもしれない。逃げたかもしれないし、死んだかもしれない」
「コジローは生きてる!」
「いい返事だ! そしてそこに向かうには各企業の治安維持部隊が封鎖している。
武装は最高。弱い奴を見破る嗅覚も最高。正確は弱い者をイジメて楽しむ最低だ。紳士的な運転じゃ突破できない通せんぼ。少し荒っぽくなるが、耐えられるか?」
「いいよ。ハイスピードフルパワーで突っ切っちゃえ!」
トモエの言葉に、ギュウマオウはにやりと笑みを浮かべる。
「本当にいい女性型だぜ、ネコ娘。
そんじゃ、かっ飛ばすぜ!」
瞬間、トモエは殴打されたかのような錯覚を覚えた。ガツン! と体中に振動が走り、吹き飛ばされて宙を舞うような幻想を浮かべる。
それがバショウセンがフルスロットで加速したのだと気づいたのは、全てが終わってから。トモエの知覚を超えた逃亡戦がこの瞬間始まったのだ。
「『
止まりなさい! の警告を置き去りにして、バショウセンは『
「T8868区域、ボーダー突破!」
「ヴィークルは『ジョカ』のバショウセン! クローンIDはJoー00000900!」
「これより処分に回る!」
報告、連絡、そして砲撃。企業を敵に回すということは、個人情報が流布され同時に攻撃されることである。社会的な攻撃と同時に、物理的な砲撃が飛ぶ。飛行車両に備え付けられている機関銃が火を噴いた。秒間50発の弾丸がトモエ達に迫る。
「う、撃ってきてるんですけど!?」
「そりゃ撃つさ。しかも避難は済んでるってことになってるから、地上への流れ弾も考慮しないぜ」
「なっているってどういうこと!?」
「細かい事を説明している余裕は――」
放たれた弾丸に驚くトモエ。だがギュウマオウは想定済みとばかりに答えて、アクセルを回す。エンジンが燃えるように熱くなり、速度を増すバショウセン。加速していた分ギュウマオウたちが距離を離していくが、逃亡条件は視界からの離脱ではない。
「もう見えなくなったけど、そろそろスピード落としても大丈夫なんじゃない!?」
「いいや。レーダーに捕捉されている」
ギュウマオウとトモエは車両を『
「それってどうすればいいのよ!? 天蓋って、監視カメラはそこら中にあるんでしょ? ハッキングして消すとか?」
「運転しながらそれができれば苦労しないぜ。隙を見て、監視の目を逃れるしかないな。
増援も出てるし、一旦迂回するぜ」
「は? うきゃああああああ!」
加速を止めずに大きく旋回するバショウセン。体にかかる負荷に悲鳴を上げるトモエ。見れば先ほど向かっていた方向から何かが飛んでくる。ジェットパックを背負ったパワードスーツだ。数は3機。
「『
パワードスーツは警告なしで脚部に備え付けてあるミサイルポットを展開し、一斉に解き放つ。合計24発のミサイルがバショウセンに向かって飛んでくる。熱源を感知し、相手に食らいつくまであきらめない追尾機能持ちだ。
「み、みさいる!? これって当たるとヤバい奴だよね!」
「命中すれば木っ端みじんだな。一発3400000クレジットの大判振る舞いだぜ」
「どんだけ本気なのよ!」
軍事に疎いトモエでも、ミサイルの事は知っていた。遠隔操作、或いは自立誘導により目標に向かって突き進む兵器。飛行機一台をパイロットごと塵にする凶悪な存在。それに狙われることは、死を意味する。
「安心しなよ、ネコ娘」
そんな状況を理解しながら、ギュウマオウは背中越しにトモエに言葉をかける。
「このオレサマを誰だと思ってる?
こんな程度、ハイスピードフルパワーで乗り切ってやるさ!」
【
力強くスロットを回し、スイッチをいくつかONにする。エンジンの回転速度がこれまで以上に増し、バショウセンがさらに加速する。
「…………っ!?」
もうトモエの知覚は追い付かない。むしろ意識を保つだけで精いっぱいだ。自分がいま上を向いているのか落下しているのかさえ正しく把握できない。加速したまま回転し、旋回し、そして弧を描くように曲がっている。もしかしたらそれも嘘で、実は止まっているのかもしれない。
「
運転しているギュウマオウは正しく自分の体勢を理解し、同時に追ってくるミサイルとの距離も把握していた。追いつかれることはないが、引き離せもしない。そんな距離を維持していた。
そしてこの均衡は、数秒で破られるだろう。加速は一時的なものだ。続ければエンジンが焼け付き、動かなくなる。空気抵抗などの問題もあり、飛翔するという意味ではミサイルの方が効率がいい。いずれ追いつかれるのは、自明の理だ。
「あいにくと、カワイイネコ娘を乗せてるんでな。熱いお誘いはお断りだぜ!」
【
数秒のアドバンテージ。ギュウマオウはその数秒で急降下し、地面スレスレを飛ぶ。無人の街並みを突き進み、ビルの間を一気に潜り抜けた。まさに針を通すかのような細かな動き。数ミリズレればビルに掠り、そのまま大事故になっていただろう。
そしてミサイルは――急降下してそのまま地面に突き刺さり爆発し、ビルの間を潜り抜けられずにビルに命中する。24発全てのミサイルは派手に爆発してギュウマオウの姿をかき消した。
『ヒャッホー!』
『やったか!?』
などと『
「……うあ! ね、寝てた!?」
「可愛い寝顔だったぜ。安心しな、全部振り切ったから」
気絶していたトモエが目を覚ますころには、バショウセンはバーゲストが目視できる場所までやってきていた。
「あれは……」
トモエの視界に見えるのは、直立する黒いイヌ型の何か。
それは両手に光の剣を持ち、正眼の構えを取っていた。
彼女が知る、サムライのように――
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