一度コジローと相対したことのある二人は

 Woooooooo!


 バーゲストは吠える。雷鳴の如く轟音を発し、建物をびりびりと震わせた。戦意が削げた治安維持部隊はそれだけですくみ上る。戦う術を持たないクローンはその振動に怯えるしかできない。


 アルファシンドローム。群れの中で序列を創る動物が、自分がリーダーだと思い、他の者達を支配しようとすることだ。バーゲストはその心理に従い、怯えるクローン達を下に見る。


 事実、治安維持部隊の装備ではバーゲストにダメージを与えることはできず、赤い光が甚大なダメージを与える。攻防共に隙が無いバーゲストに対抗する手段はない。蹂躙し、抵抗もできない相手を下に見るのは当然だ。


<見事見事! これほどの大きさというのに攻撃も防御も一級品! これを創りし者の技術力はまさに賞賛される。惜しむべくは、それがこのような形になったという事よ!>


 一体の全身機械化フルボーグがジェットパックを使って宙に浮かび、腕を組んで頷いていた。PL-00116642ことカメハメハだ。


<光を放ち、超能力を思わせる空間捜査による防御。その特性自体も見事であるが、その真価はそれを使いこなす知性と経験! こちらの攻撃を完全に見切り、更には好きを逃さぬ一斉掃射! たいした攻撃プログラムよ。

 あるいは、コジロー殿のようにたゆまぬ鍛錬の末か? どちらにせよ見事と感服しよう。その上で――吾輩が勝つ!>


 空中で腕を回転させ、構えを取るカメハメハ。右腕は下半身を守るように地に。左腕は上半身を守るように天に。通常の格闘技では足を地面に置き、その力を利用して戦う。しかしここは空中だ。足場はない。格闘技の構えは意味がない。


 Booooow!


 攻撃の意思を乗せた吠え声。それと共に5本のレーザーがカメハメハに向かい走る。空中で空間をゆがめて歪曲させた変則軌道。外部演算装置を用いても予測できないランダムな動き。ヘビのようにうねりながら、5本の紅光はカメハメハを襲う。


<遅い!>


 叫ぶカメハメハ。演算不可能な光速を『遅い』と言い放ち、左右の掌を∞を描くように両手を動かす。ミラーコーティングされた腕で、


機 械 格 闘 術マシンアーツ――光 線 白 羽 取 りキャッチ・ザ・レーザー】!


「レ、レーザーを摑んだあああああああ!?」


 その様子を見ていた治安維持部隊の気持ちは、その一言に染まったという。


<空間歪曲した分、速度に遅れが生じたようだな。この程度、コジロー殿の剣技に比べればそよ風の如く!

 とはいえ吾輩もまだまだ未熟! 全てを受け止めるにはいたなかったようだな!>


 掴んだレーザーは5本のうち3本。受け止められなかった2本はフォトンシールドで止める形となった。……とはいえ、それでも異常な事には変わりはない。レーザーを手で受け止めるなど前例がない。


<コジロー殿と出会い、いつか再戦することを誓った。かのサムライに負けぬよう、吾輩も鍛錬を積んだのだ。

 トレーニングルームに無数のレーザー銃を設置! 先ずは光を避ける訓練をし、そして掌にミラーコーティングしたサイバーアームを特注してレーザーを摑む訓練! 数多の鍛錬の末に吾輩がいるのだ!>


 機械の顔は無表情にそう告げる。そこに表情があるのなら、おそらく鬼人の如く笑っていただろう。バーゲストではなく、倒すべきサムライを思いながら。この技は倒すべき好敵手のために開発した技。


 ――否、まだ技は終わっていない。


<返すぞ>


 カメハメハは掴んでいたレーザーを掌で圧縮、そして位相をそろえる。手のひらで押し出すように、掴んだ光を凝縮してバーゲストに向けて返した。


機 械 格 闘 術マシンアーツ――光 線 白 羽 返 しシュート・ザ・レーザー】!


 AAAAAAAAAAA!


 カメハメハが返した光は、バーゲストが生み出した空間の孔に吸い込まれて消える。しかしその間にカメハメハはバーゲストに迫る。格闘技ができる距離まで迫り、足元からジェット噴射を放って足場代わりにして拳を振るう。


<『カプ・クイアルア』の格闘術に不利な距離なし! 不利な環境なし! 不利な相手なし! 如何なる距離をも攻略し、あらゆる環境も覆す! 勝率0%であっても、研鑚と鍛錬を重ねて勝利をつかむ!>


 ここまで迫れば空間の孔をあけることはできないのだろう。カメハメハの拳はバーゲストの皮膚に届く。移動しながらバーゲストの体の各所に、鋼鉄の拳を叩き込んでいく


<それが吾輩! それが『カプ・クイアルア』! それが『ペレ』!

 さあ、今こそ反撃の時! 治安維持部隊は、天蓋を守るためにあるのだ!>


 攻撃を加えながら、怯える住民にアピールするカメハメハ。怖れることはない。貴方達を守る盾は健在だ。そう叫び、そして笑う。


「PL-00116642の行動確認。こちらも行動開始する」


 『イザナミ』の企業戦士ビジネス、『働きバチ』。企業に身も心も捧げた戦士が宙を舞う。


仕 事 開 始ビジネス――羽 化 登 仙フライモード】!


 背中にハチのような小さな羽根型機器をつけ、宙に浮く『働きバチ』。航空機のような大きな翼ではホバリングはできない。羽ばたき空気を打ち下ろした羽根が回転し、抗力を生む。その抗力が存在している間に羽をあげ、更に羽を打ち下ろす。腕ほどの羽根が巧みに回転しながら動くことで、クローン一体を宙に浮かせるほどの運動エネルギーを得ているのだ。


 GAAAAAAAAAAAAAA!


 バーゲストは羽虫を払うかのように吼え、そしてまた光を放つ。今度は腕受け止められないように迫る方向を大きく変えた。上から1本。下から2本。右から1本。避ける時間など与えない。


「問題ない」


『働きバチ』が小さく呟くと同時、左腕に折りたたまれたチューブ状の武装が展開される。 長さ20mまで伸縮可能な平たいチューブ状の兵器『アカギヤマ』。ムカデを模した兵器はコジロー対策でミラーコーティングを施されている。それを螺旋に展開して盾にし、迫る光を逸らしていく。


仕 事 開 始ビジネス――七 巻 半 大 百 足センティピード・セブンハーフロール】!


「ドローン展開」


仕 事 開 始ビジネス――戦 術 蜂 展 開ビー・タクティクス】!


 号令と同時に空中に展開される小型ドローン。96体のドローン全てを『NNチップ』で制御し、バーゲストに向かわせる。内蔵させている針には生体に通用する毒が塗られており、血流にのって全身に広がればその動きも緩慢になるだろう。


「目標と接触。脚部を中心に弛緩剤による行動制限を試みる」


 バーゲストの光線をミラーコーティングされた兵器で弾き、小型ドローンを使ってバーゲストに小さなキズを与え続ける。ダメージ自体は軽微だが、その度に薬品が塗布された薬品がバーゲストの体内に送られていく。


「『イザナミ』に属するすべてのクローン達。恐れるな、怯えるな。天蓋を統治するイザナミ様の威光が我々にはある。

 この身はイザナミ様に捧げた。『イザナミ』という企業の為に生きる企業戦士ビジネス。それがこの危機を救うと約束しよう」


 そして『働きバチ』は通信を通して周囲のクローンに呼び掛ける。彼を知る者からすれば爆笑レベルのリップサービスだ。そして彼を知る者なら、これも上司に言われた仕事なのだろうと納得する。


 実際、効果は高い。これまで光線と空間捜査に難儀していた治安維持部隊では足止めすらできなかった。だがこの二人は決定打こそ与えられないが『戦闘』になっているのだ。


<ふはははははははは! 『イザナミ』の企業戦士ビジネスか。『アカギヤマ』のすべてにミラーコーティングとは高くついたな! 対レーザー光線対策など、吾輩以外は行わぬと思っていたがな!>


 戦いながら『働きバチ』に通信するカメハメハ。天蓋のサイバー兵器は実弾系が主で、レーザー系はそれほど数は多くない。単純に開発費の問題もあるが、反動がないと面白くないなどと言ったハッピートリガーな理由もそれなりにはある。


 そのため、暴徒を押さえ込む職業は自然と実弾兵器対策を取る。そんなに数がいないレーザー対策にミラーコーティングするなら、追加装甲などを施したほうが安価で生存率が高まる。


「これも仕事だ。とある男性型クローンと再戦する可能性を考慮しているに過ぎない」

<成程成程。実は吾輩も同じだ。とある男性型と再戦するために、対レーザー用のアームを特注し、そして対戦データを重ねたのだ!>


 通信を交わしながら、カメハメハと『働きバチ』はバーゲストに攻撃を加えていく。二人が再戦したいクローンが同じ人物であることを、二人は知らない。


<では互いに負けられまい! ここで勝利を得て、共に再戦の餞にしようぞ!>

「餞別を送る気はない。が、負けられないというのは同意だ。仕事だからな」


 放たれた光線を掌でつかみ、チューブを傘状にして逸らす。そして宙を舞いながら拳を振るい、毒針を突き刺していく。


 その攻撃は、ダメージというには程遠いモノなのだろう。12mのバーゲストに対して、2m弱の者が行う攻撃。大人と子供どころではない体格差。


 BowBowBowBowBowBowBow!


 しかし、無視はできない。こちらの攻撃をものともせず、明確な戦意をもってこちらに挑んでいるのだ。カメハメハの拳も、『働きバチ』の毒も、今は意に介するほどではない。ただ鬱陶しいだけ。


 しかし、それも積み重なれば変わってくる。積み重なるほど拳と毒を重ねられれば、バーゲストの動きも緩慢になっていく。


「目標の呼吸に変化。頭部のふらつき、発汗、動悸らしき震え確認。投薬を続行する」

<見るがいい我が雄姿! 知るがいいこのボディ! カメハメハ! イィィズ! ビュゥゥゥゥゥゥゥティフルゥ!>


 そして『働きバチ』とカメハメハはさらに動きを増していく。『働きバチ』は仕事として、カメハメハは機械化した己を誇示しながら。

 

 二人のクローンは緩慢になったバーゲストに迫り、


(――っ!?)


 同時に散開した。そこを通り抜ける光の剣。


 見れば直立したバーゲストの手に、赤く光るレーザーがあった。空間を操作してレーザーを循環して剣状にしているのだ。


 フォトンブレード。天蓋における骨董品。趣味武器。それを想起する者は多い。追い詰められた獣の発想。そう思われても仕方のない行為。


 しかし、相対している二人は別のモノを想起していた。正確に言えば、とある人物をイメージしていた。


(この動き、Ne-00339546か)

(ありえぬ! この構え、この鋭さ、この戦意! コジロー殿と瓜二つではないか!)


 一度コジローと相対したことのある二人は、その動きにサムライの動きを感じていた。

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