根拠はない。だけど信じられる

 目が覚めると、知らない天井だった。


「このパターン何度目よ……。あいたたた……!」


 トモエが目を覚ました場所は、テントの中だった。クリーム色の天幕とそれを支える鉄柱。簡易ベッドに寝かされて、折れた腕は固定するように吊らされていた。


 痛むのはドッグに踏まれた個所ではない。むしろ腕はヒビが入ったはずなのに痛みも感じない。麻酔がまだかかっているのかな? だとするならこの頭痛も止めてほしい。寝起きであることもあるが、吐きそうなぐらいに視界がぐらぐらする。


「お。目を覚ましたか?」


 トモエに声をかけてきたクローン。その名前をトモエは思い出せずにいた。男性型。見るからにパワフルなサイバーアームとレッグの大柄な男。どこかで出会った気がするけど、ええと……?


「言ったろ? オレサマはいつでもどこでもハイスピードフルパワーでオマエを助けに行くってな」


 オレサマ。横柄ともいえる喋り方。そしてこのセリフ……。


「ギュウマオウさん?」

「正解だネコ娘。何がどうなっているのかわからないが、ヤバそうなので掻っ攫わせてもらったぜ」

「かっさら……待って、記憶が混濁してて……」


 ギュウマオウ――Joー00000ギュウオウは頷き、金属製のカップをトモエに渡す。トモエは俺てない手でそれを受け取り、口に含んで記憶を整理する。


(確か、コジローに告白されて……告白、されて……にゃああああああああああああ! 嬉しい! きちんと返事もできたし!

 どちらかというと保護者的な言い方だったけど、離れてたくないって言ってくれたし! うん、一歩前進! 少なくとも、一緒に居たいっていうのは嬉しい!)


 想起されたのは最も印象のある台詞でありシーン。その感動にトモエが恋愛脳になる。だけど重要なのは――恋する乙女にとってこれ以上重要なことなどないと主張する声もあるが――そのあとだ。


(その後、私を踏んでたヤツがいきなり苦しみだして……)


 トモエが見たのは、ドッグがいきなり苦しみだしてから、そこに孔が開いた所だ。そこに吸い込まれて――その後の記憶はない。


「……ギュウマオウさん。掻っ攫うって言ったけど、私はどこにいたの?」

「ネコ娘が墜落したビルから200m離れた上空17m地点だ。バショウセンをかっ飛ばしてどうにかキャッチしたが、結構な急制動だったんで脳にGがかかったかもな」

「じい?」

「慣性力だ。急激な速度変換で脳を揺らされたってことだよ」

「この頭痛はそういう事かぁ……」


 頭を押さえるトモエ。ともあれ頭痛の原因はわかった。トモエはカップの液体を飲み込む。ただの水だが、乾いた喉を潤すには十分だ。


「私以外に出てきた人はいる?」

「『ジョカウチ』のメンバーが二名。『イザナミ』の女性型が二名。それぞれ企業の元に送られたぜ」

「『ジョカ』の人は、ペッパーさんとボイルさん? 無事なの?」

「ああ。あの二人はアンタと別の場所に急に現れた。12m上空からの落下だったが持ってる金属を一気に蒸発させて推進力にして、真横のビルに転がり込んで助かったみたいだ。超能力者エスパーってのは怖いもんだぜ。

 ついでに言うと『イザナミ』の二人も無事だ。あっちは落ちるところをゴクウがドローンで拾ったぜ。女性型なんでコナかけてたが、ありゃ無理だろうな」


 ギュウマオウの説明に安堵するトモエ。電磁シャトルを止めた要領でボイルとペッパーXは墜落死を免れたようだ。ナナコとイオリもゴクウに助けられた。ナンパしているみたいだけど……あの二人は無理だろうなぁ。トモエは戸惑うゴクウの顔を浮かべて苦笑した。


「……コジローは?」


 トモエがいま最も会いたいクローンの名前を問う。具体的な内容は聞かない。口に出したくない。生きているに決まっている。あのサムライが死ぬはずがない。だから生きているのかなんて聞かない。無意識に、その問いかけを避けていた。


「誰の事かは知らないが、回収できたのはアンタを含めて5名だけ。ビル内にいたと思われる176名のクローンの生存は絶望的だ」

「ぜ……っ、どういう、ことよ!?」

「コイツを見ろ」


 ギュウマオウはトモエのID――正確にはコジローのIDなのだが――にファイルを送る。トモエはスマホでそれを確認し、共有ファイルからそれを開く。


「何、これ……?」


 スマホで開くには少し大きいファイルサイズの動画。そこには巨大な犬が光を放って、治安維持部隊を蹴散らしているシーンが写っていた。


「それはこっちが聞きたいぜ。アンタ達が巨大なレーザーネットに巻き込まれて墜落したと思ったら、いきなりそいつが現れた。因果関係はわからないが、無関係でもないっていうのがオレサマの解釈だ」

「……そうね。私もそう思う」

「思う? 分からないのか?」

「説明はできないわ。でも、あの時死んだヤツが何かした、ってことなんだと思う。

 カーリーも時空穿孔、って言ってたし。異世界召喚プログラムが関係しているんだと思う」

「待て待て待て。死んだ? カーリー? じくうせんこう? いせかいしょうかんぷろぐらむ? いきなり話がわけがわからなくなったぞ!」


 トモエの言葉に手を振るギュウマオウ。そう言えば、ギュウマオウとゴクウは私の詳細は知らないんだっけか? 奇妙なバイオノイドとしてナンパしているみたいだし。


(どうしよう? どこまで話していいのかわからない……)


 トモエの存在は天蓋でも異質だ。西暦時代からの召喚者。子供を産むことができ、尿の構成はバイオノイドを狂わせる。そして企業創始者の不老不死のカギとなっている。その価値は、トモエ自身も把握していない。


 それを助けてもらったとはいえ、それほど縁のないギュウマオウに教えていいモノか。おそらく駄目だろう。だけど疑惑の視線を向けられている。このまま押し黙って誤魔化すことができるか?


 沈黙が重い。実際は数秒程度で、ギュウマオウも『あ、これはヤバい事を聞いたみたいだ。どうやって空気変えよう』と思案しているのだが、ともあれ無言の重みがトモエを圧迫する。


「はい、そこまで」


 その圧迫は、天幕の外から聞こえてきた声で破られる。


「彼女の状況は少しややこしいので、イオリの市民ランク権限で盗聴と記録をカットさせてもらいます。できることなら人払いしたいぐらいですが」

「信用がないね。ボクは女性型には真摯なつもりだよ。山猫リンクスとも仲良くしたいぐらいだし」

「百合の間に挟まる男性型、全身をナイロン毛の回転ブラシで10000rpmで洗われて浄化すべし!」


 テントに入ってきたのは相変わらずわけのわからない拷問(?)を言うイオリと、そして――


「ゴクウさん!?」

「やあ子猫キティ。元気に……ではないか。骨にヒビが入ったんだって? 医療ポットに入れたいところだけど、当人か主の承諾が必要だからできなかったんだ。まったく、こんなときに連絡がつかないとか困った主だよ。いっそ、ボクに乗り換えない? すぐに治療ポットに入れてあげるから」

「あ、遠慮します」


 Joー00101059。二つ名サインは『セイテンゴクウ』ことゴク

ウだ。トモエを子猫キティと言ったり、イオリを山猫リンクスと言ったり。女性をネコに例える癖があるのだろうか。


「どうしてここに……というか、ここ何処なんです?」

「『ジョカ』が使用権利を持つビルディング……の屋上さ。そこに簡易病室を作っている。ビル内部は治安維持組織に占拠されてて、何とかここを借りているところさ」

「簡易病室?」

「さっきも言ったけど、本来は子猫キティの腕やダメージを癒すために治療ポットに入れたかったんだけど……この山猫リンクス番犬ケイナインに止められてね。やれ主人の許可だのなんだのと困ったものだ」

「けいないん?」

「『KBケビISHIイシ』のクソワンコの事です。ナナコでしたか。さすがに出血が激しいので輸血とメンテナンス直行です。殺しても死なないエロワンコなので心配ご無用ですよ」


 疑問に思うトモエに助け船を出すイオリ。ナナコの無事を聞いて安堵するトモエ。ちなみにCanineケイナインはイヌ科を指し、西暦時代の大国でK9ケーナインは警察犬を指す言葉だったという。


「本来ならそんな些細なことよりも、女性型のケガを癒す方が重要だと無視するつもりだったけど、二人の剣幕が尋常じゃなかったからね。これは他の事情があるのだと察したよ。最低限の治療と痛み止めはさせてもらったけどね」

「……あ、そういうことか」


 トモエはイオリとナナコの意図に気づく。きちんとした医療機関で調べられれば、トモエの異常性はすぐに明るみになる。データとして残されればそこから悪意持つ者にたどられる可能性もあるのだ。余計な混乱を避ける意味で、トモエの傷を医療機関に任せることを止めたのである。


「さて、子猫キティ。腕や打撲傷の治療のために治療ポットに入ることを同意してもらえると嬉しいよ。正直、ここも安全とは言い難い。

 キミをナンパするという仕事はいったん中断だ。この事を恩に思う必要はない。上司は納得しないだろうが、企業戦士ビジネスとしてではなくボク本人の誇りの問題だ。当然、ギュウマオウも同意している」


 優しくトモエに尋ねるゴクウ。トモエのダメージは腕だけではない。電磁ネットで麻痺させられて引きずられた擦過傷。ドッグに蹴られた打撲傷。それらは軽傷ではあるが無視していいダメージでもない。


「あまりお勧めはしないが、公的に治療のデータを残したくないのならアンダーグラウンドの治療も斡旋できるよ」


 ゴクウに悪意はない。むしろトモエに最大限の配慮をしてくれる。女性型には優しくする。その言葉に嘘はない。ゴクウはトモエの事を大事に扱ってくれる。仕事ではなく、ゴクウ本人の矜持で。


「ありがとう、ゴクウさん」


 簡易ベットから起き上がるトモエ。動くと傷が痛むが、我慢できないほどじゃない。その痛みを唇をかんで耐える。


(コジローは生きている)


 根拠はない。だけど信じられる。あのサムライが死ぬはずがない。


「でも、治療は受けられません」


 ならトモエがとる行動は一つだ。


「ギュウマオウさん。あの言葉はまだ有効かな?」

「約束?」

「困ったことがあったら最速最高速度で助けてくれるってやつ」

「正しくはハイスピードフルパワーでオマエを助ける、だな。

 そんなのいつでもOKだぜ。風になりたきゃいつでもいいな」


 頷くギュウマオウに、トモエは呼吸を整えてから口を開く。


「最速マシーンで私をコジローの所に運んでほしいの」


 私がやるべき事なんていつも一つ。私が帰る場所に戻ること。


 そんなの、コジローの元以外に考えられないんだからね!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る