どうにかなるわよ
治安維持部隊が総出でバーゲストに攻撃を仕掛けているのと同時期。
『ネメシス』の建物内に四人の人間が集まる。そのビルディングどころか周辺数か所のブロックを買い占めてクローンを排除し、ブッキングや情報漏洩の可能性を最大限に排除された会談。
不審に思う者はいるだろうが、世間の目はバーゲストに向いている。リアルタイムでこの会談を調べようとする者はいない。後に調べる者がいたとしても、1276個のダミー情報とカバーシナリオを掻い潜って真実を知れるものなどいない。
「遅刻、76秒」
ネメシス。この会談を発足したものだ。白を基調とした神官風の姿である。五大企業のトップが会合することは企業規定により禁止されている。できるだけ早く切り上げたいのだろう。
「おひさー。このメンツが顔合わせるのも久しぶり?」
ペレ。ブレザー制服を着た学生風の格好だ。遅刻を責めるネメシスなどどこ吹く風。軽く手をあげてあいさつし、席に座る。そして中断したゲームの続きとばかりに視界内に別ウィンドウを出して、そこにタッチする。
「余の時間を割くとはな。つまらぬことなら万死に値するぞ」
ジョカ。紺色のビジネススーツを着たCEOのオーラを醸し出している。事実その立場なのだが。とはいえ出発数分前までは兄に縋りつき『やだー! あんな怪獣大行進とかかかわりあいたくなーい! あんなの
「すまんな。いろいろあって遅れたのじゃ。許せ」
イザナミ。ヒガンバナの和服を着た幼女。いろいろあった、というのはバーゲストが出現した区域が彼女の支配区域だからだ。住んでいるクローンの避難と治療。生活保障や保険適応など様々な特例を認可していたのだ。それでも2分の遅刻というのは大したものだが。
五大企業のトップがここに集まったのだ。正確に言えばそのうちの4名。この会話が天蓋の未来に直結すると言っても過言ではない。仮に『このお茶は美味しい』という発言が世間に流れただけで、お茶市場が傾くのである。天蓋でお茶を飲むのは1%しかいない市民ランク2以上のクローンのみなのだが。
「あれ、カリっちは?」
「特殊回線、位置探索、ドローン通信を使っても連絡がつかなかった」
「修行と言って放浪しているのではないか?」
「ここにおらぬやつのことなど、どうでもいい。時間も惜しいし始めるぞ」
場を取り仕切るのは自分だ、とばかりにイザナミが咳払いをして立ち上がる。異論はないのか、他の三人は無言で話を促した。
「知っていると思うが、3時間前に我が支配圏内で正体不明の犬型の脅威が発生した。大きさは12m。こちらの攻撃を空間変性を用いて防御し、紅色の光線を発して破壊行為を行う。
妾はこれを超能力事件として扱うことにした」
イザナミの言葉と同時に、三人の脳内にデータが転送される。とはいえこの情報自体は三人も事前に確認していることだ。
「妾はこの個体を『バーゲスト』と名付けた。すでに各治安維持部隊にクレジット支援を施し、派兵させてもらっている。
とはいえ状況は芳しくないのが現状じゃ。クローン達は必死に戦っているが、やはり超能力を使うモノに対抗するには足りぬ! そこでおぬしたちに力を貸してほしいのじゃ! お主たちが保有している超能力者を、対バーゲスト戦力として貸してほしいのじゃよ!」
机を叩き、必死に救助を要請するイザナミ。実際、各治安維持部隊は押されている。超能力と思われる攻撃と防御。無尽蔵の交戦と、破壊できない防御。勝ち筋が見えない……どころの話ではない。勝負にすらなっていないのだ。
天蓋を守るための必死の訴え。このままでは無辜のクローンが犠牲になる。そうなる前に早急に最大戦力をぶつけ、被害を最小限にしなくてはいけない。イザナミのそんな感情的な叫びは、
「にゃははははははは! ナミちゃんウケるー!」
ペレの爆笑で否定された。
「ペレ、不謹慎」
「いやだってさ。ネメっちも思ってるんでしょ? イザナミ、キャラブレすぎ! クローンなんかどれだけ死んでもいいや的な性格なのに、いきなり熱血キャラに変わるとかマジないわー!」
制止するネメシスに、バンバンと机を叩いて笑うペレ。
「余もペレの意見に同意だな。そもそも余の意向を無視して『
「誰が子供じゃ! お互い270年も生きておるじゃろうが!」
「そういう所が子供なのだよ。年齢に意味はない。どういう人生をはぐくみ、どういう人物と出会ったか。大人とはそういうものだ」
「兄上にべったりなおヌシに言われたくないわ。このブラコン!」
「何をこの腹黒幼女!」
「そこまで。それ以上は時間の無駄」
クールに嗤うジョカを煽るイザナミ。二人の怒りが爆発する前に、ネメシスが止めに入った。
「イザナミ。貴方の申し出は『
「そうじゃ! 今なお戦地に赴く治安維持部隊を助けるために――」
「嘘。イザナミの目的は
大義名分を掲げるイザナミを冷静に諫めるネメシス。図星なのか、これ以上の論議は無意味と察したのか。イザナミは押し黙る。
「話を要請に戻す。『ネメシス』は却下。理由はこちらの
「『ペレ』もパスだよ。あーしん所の子をだすと被害が大きくなりそうだからね」
「『ジョカ』は保留だ。どうもこちらの
一度回収し、状況を確認して再検討させてもらおう」
イザナミの要請を却下するネメシスとペレとジョカ。イザナミは当てが外れた、とばかりに頭を掻いた。
「だいたいさー。ナミっちの計画だったんでしょ、あれ。異世界召喚プログラムパクられたフリして研究させて、その結果召喚されたんだか生まれたんだかしたヤツ」
「さて何のことか?」
「白々しい。気付いていないとでも思っていたのか? 火遊びが過ぎるのも子供のよくない所だな」
「黙れ。兄の為に祖母殿をナンパして篭絡させるシスコンに言われたくないわ」
「ホント、笑っちゃうよねー。力技がダメならナンパとか。ジョカっち、頭いいんだか悪いんだか。あーしはそういう迷走するところ大好きだゾ♡」
どうやらイザナミの企みもジョカのトモエナンパ計画もバレバレだったようだ。ジョカは誤魔化そうとするが無駄だと悟り、言葉を止める。もっとも、計画を止める気はない。兄の命以上に大事なものなどないのだから。
「会合は終わりでいいな」
これ以上の戯れは無意味、とばかりにネメシスが席を立つ。時間にすれば10分足らず。結果としては実のない雑談に終わった節があるが、各企業の思惑を再確認できたという意味は大きい。
「あいあい。それじゃ、ワンコの動画を見にもどろっと。あーし、猫動画も好きだけど犬動画も大好きだしー」
何よりも超能力を使っての干渉がないのは、被害範囲を考えれば意味がある。現状ビル一つと商業エリア1区画で済んでいるが、超能力が絡むとその範囲が大きく広がる。
ボイルが名が知れる程度に動いているのは、ピンポイントで金属を溶かし、被害を押さえることができるという制御能力がある部分が大きい。制御能力が低い
「思惑が外れて残念だったな、腹黒ロリっ子。余には関係のない話だ」
そしてペレとジョカも席を立つ。
「……カーリーがどこにおるか、知っているか?」
逡巡した後に、イザナミはここにいない企業創始者の名を告げる。三人の人間は怪訝な顔をし、そしてイザナミの意図に気づく。
「カーリーの居場所がバーゲストに関係しているのか?」
「うむ。詳細は省くが、あのバーゲストの元となった存在の願いは『不老不死』。それを叶えるべく、カーリーとその場にいたクローンを取り込んだようじゃ。
カーリーの特性を利用できるようでな。あの戦術眼はカーリーの動きそのものじゃ!」
光線を放つ。空間を操作し防御する。
仮にそれが可能だとしても、それを上手く扱えるかは別問題だ。相手の攻撃に合わせて空間を操作して防御し、相手の動きを先読みして光線を撃って当てる。理性のない獣には不可能な話だ。
「これでバーゲストの脅威度が分かったじゃろう? 我らが同胞を救うため、そして天蓋の平和の為にも! どうかお主らの
「ぶはははははは! あのワンコ、カリっちか! そりゃここに来れないわよね! 待って、ツボった! わんわんわん! あはははははははは!」
「自分勝手の極みともいえるあの女がイヌとはな……! いやはや本当に大した余興だぞイザナミ! 小馬鹿にして悪かった!」
再度情に訴えようとするイザナミだが、ペレとジョカの爆笑に遮られる。
「同情するわ、イザナミ。カーリーが取り込まれなければ処分可能だったでしょうに。どういう経緯かは知らないけど、カーリーが関与したおかげで手に余るものが生まれたのね」
ネメシスの言葉に体を震わせるイザナミ。ドッグやクリムゾンが疑似的な超能力者の研究をしていることは把握していた。その脅威を最大限考慮し、二天のムサシに任務を与えるつもりだった。
だがどういうことか二天のムサシ復活よりも早く相手が動き、そしてなぜかそこにいたカーリーの特性まで会得した何かが生まれたのだ。対抗するカードは何もなく、イザナミの手の打ちようがない。
それを知った時のイザナミの心境やいかに。どんな気持ちで『
「ぐぬぬぬぬぅ!」
返す言葉もない、とばかりに涙目になるイザナミ。それを見て溜飲が下ったのか、或いは初めからそのつもりだったか。ペレはイザナミの頭を撫でる。
「よしよし。ま、どうにかなるわよ。あの程度」
「どうにもならんからこうして頭下げてるんじゃろうが! そのゲーム脳には危機が分からんのか!」
「やーん、ゲーム脳だなんて褒めないでよ。ナミっち。あーし、照れちゃう」
イザナミの悪口を笑顔でいなすペレ。……ではなく、事実褒められていると思っているようだ。
ペレの視界には町で暴れるバーゲストと、それに立ち向かう者達のデータが羅列される。無数の数値を脳内で処理しながら、ゲーム的に判断してペレは告げる。
「どうにかなるわよ」
多くのクローンと建築物を巻き込んだ超能力災害を、まるで動画や配信を楽しむように捕えるペレ。
「あは」
この災害をゲームのように思い、本当に楽しそうに笑みを浮かべた。
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