Five Goddesses and JK

死を告げる黒犬

 バーゲスト――


 西暦時代において存在した国家のおとぎ話。不吉を告げる黒い犬。棺桶を語源に持つと言われ、他国の墓場に現れる黒犬の妖精と混合したという説もある。


 死を告げる伝承というのは枚挙にいとまがない。もっとも有名なのは黒ローブに大きなカマを持った死神だろう。寿命が着た者の魂を刈り取り、搾取して天に送る。勇敢なる戦士をヴァルハラに送るヴァルキリー。神々しい天使が魂を天に送る。アーカイブを探ればいくらでも出てくる。


 無論それらは伝承だ。西暦において実在しない。そんなデータよりも、天蓋は弾丸一つで死を告げる。弾丸がダメなら砲弾。それでもだめなら爆破。毒ガス、連撃、冷凍、火炎放射。クレジットがあれば容易に死神になれる。


 ゆえに、天蓋のクローン達はその命名に最初は苦笑した。兵器製造にかかわる企業規定7条に違反しているとはいえ、目標はバイオノイドベースだ。体躯が12mもあるとはいえ、イヌ遺伝子87%の毛むくじゃら二足歩行イヌ型バイオノイド。しかも企業が作った兵器ではない。個人作製のモノだ。怖れる理由はない。


<K2! 配置につきました!>

<よし、身内の恥は我々で雪ぐ! 他の奴らに渡すなよ!>


 最初にバーゲストを囲んだのは、エリアの支配企業である『イザナミ』の治安維持部隊『KBケビISHIイシ』だ。クリムゾンのコンピューターウィスル駆除と、その混乱を抑えるために動き回っていたが、それが収まったと同時にこの騒ぎだ。さっさと終わって寝たいという気持ちがある。


<そういうなよ。出張してきたんだから一発ぐらい撃たせろや>


 通信に割り込むのは、『ネメシス』の治安維持部隊『重装機械兵ホプリテス』だ。トン単位の高重量パワードスーツに身を纏い、高火力の銃器を装備している。


<全くだ。『ペレ』の完全機械化フルボーグ部隊が来たのだから、ゆっくりしているがいい>


 そして『ペレ』の治安維持部隊『カプ・クイアルア』も通信に割り込む。脳以外の人間部位を捨てた完全機械化フルボーグ部隊。緻密な動作と一糸乱れぬ動きにおいて、一歩秀でている。


<縄張り争いに興味はないが、戦があるなら挑もう>


 さらには『カーリー』の治安維持部隊『パーンダヴァ』。『カーリー』産のドローンを用いた圧倒的な火力を持つ治安維持部隊。遠距離狙撃、範囲殲滅、防衛、そして治療。状況に応じた臨機応変の動きが可能である。


<あそこには我らが同胞もいる。早急なる解決の為にも協力させてもらおう>


五行ウーシン』と呼ばれる『ジョカ』の治安維持部隊も現れる。ネット犯罪に長けた集団で、様々なシステムを考案して犯罪に挑んでいる。当然制圧のために必要な武力も有している。


(……五大企業の治安維持部隊が総出だと?)


 集まった治安維持部隊達は、異常ともいえる状況にそれぞれ疑問を抱く。そんなことはまずない事なのだ。


 基本的に治安維持部隊の出動はかなりのクレジットが動く。『重装機械兵ホプリテス』のパワードスーツはその最たるものだ。圧倒的な性圧力を持つ重装兵。戦闘用車両すら制圧可能な火力と装甲。一体動かすだけで、平均的な市民ランク5の月収が消える。


 つまり、損得がなければ治安維持部隊は動かない。税金などという制度がない天蓋において、金にならないモノを助ける必要はない。正義はクレジットにならないが、正義をクレジットで売買できる。それが企業社会なのだ。


 治安維持部隊は企業の一部署で、治安を守ることは『安全を売る』という『経済活動』なのだ。治安維持部隊の出動はクレジットがかかる。軽々に出動はしない。だが今回は5企業すべてが出動しているのだ。それも組織の上の上からの指示で。


 長々と説明したが、この出動には儲けがないという事だ。損しかしない『営業』に五大企業すべての治安維持部隊が出動しているのである。


 バーゲストを討つことに、メリットなどない。『KBケビISHIイシ』以外からすれば他企業の縄張りにいる、ただのデカいバイオノイドなのだ。


 出動の命令を聞いた時。彼らは自分の上長にその事を具申した。その時の上長の顔も、自分達と同じ表情だった。


「……上からの命令なんだ」


 出動にかかる費用は全部支払う。働きによってはボーナスも出る。逆に逆らう者やサボリなどがあれば査定に響く。用意周到なまでに逃げ道を封じ、エサまでつけられての出動である。


(五企業の治安維持部隊が総出になるだと? 利益などまるでない戦いだというのに)


 だが逆にいえば、


(ここで協力しなければ、損益が広がるという事か? 確かに企業規定違反のバイオノイドが暴れそうになっているという状況は異常だが)


 臨戦態勢に入りながら、この場に集いし治安維持部隊は皆気づいていた。


(あれがただの兵器ではなく――)

(超能力による産物――)

(つまり、これが超能力事件だとしたら――!)


「Go!」


 号令を出したのはどこのだれか。その号令と同時に各企業の治安維持部隊は動き出す。


「野郎ども! 今日は好きに弾丸を使っていいぞ! パーリナイ!」


治安維持特権行使パブリック――重 火 器 乱 射 進 行デス・レパード】!


重装機械兵ホプリテス』のパワードスーツが突撃する。ジェット噴射で宙を舞い、重装甲を生かして前に立ち、銃弾を放つ。秒間200発の弾丸シャワーがバーゲストを襲う。


「くそ、負けてられんぞ! 『KBケビISHIイシ』の維持を見せろ!」


治安維持特権行使パブリック――八 頭 蛇 強 化 兵 士ヤマタノオロチ】!


KBケビISHIイシ』の遺伝子融合技術の粋をかけて作られたのヘビ型バイオノイド。強靭な鱗を持ち、敏感な温度センサーを持つ蛇の特性を生かした強化兵。火力こそ劣るが、柔軟な対応が可能な万能の兵士。


「『ペレ』の威信にかけて、我らも行かん! 日々のアップデートを見せる時ぞ!」


治安維持特権行使パブリック――巨 大 兵 器 鎮 圧 作 戦ビッグモンスター・コントロールプログラム】!


『カプ・クイアルア』完全機械化フルボーグ兵士による行動のプログラム化。脳以外を機械化した完全機械化フルボーグの隙の無い攻撃。相手の動きに合わせて作戦をアップデートしていく。まさに機械の動きだ。


「インドラの一撃、とくと食らうがいい」


治安維持特権行使パブリック――障 碍 砕 く 雷ヴリトラハン 】!


 はるか遠く、4キロ先からの精密な狙撃。それを為すドローンは天蓋でも『パーンダヴァ』の持つ『インドラ』のみ。温度湿度などによる空気の流れ。建物や飛行物などの浮遊物による影響。狙撃による要因を計算し、弾丸を放つ。まさに計算された一撃。


「全監視カメラ掌握。あらゆる所作を見逃すな!」


治安維持特権行使パブリック――循 環 す る 世 界 を 識 るごぎょうのことわり】!


五行ウーシン』のハッキング能力が周囲のセンサー全てを掌握する。監視カメラやドローンなどのコントロールを得て、備わっているセンサーを用いてバーゲストの情報を得る。


 五企業の5つの治安維持組織。弾丸のシャワーが叩き込まれ、火炎放射が襲い掛かる。ヘビバイオノイドが遮蔽物を利用した攻撃を繰り返し、機械化した兵士が被害を再計算して最適解を出し、遠距離から強烈な狙撃を繰り返し、その様子を見逃すまいと監視の目が光る。


「……何だあれ……?」


 攻撃を受けるバーゲストの様子に気づいたのは『五行ウーシン』だ。治安維持部隊の攻撃は、黒い体毛に届いていない。攻撃が肉体に触れた場所が赤く発光し、その光の中に攻撃が吸い込まれていた。


「攻撃が、吸い込まれていく……!」

「空間系の超能力……だと!?」

「やはり超能力事件か!」


 あらゆる攻撃を空間の穴を作ってその中に放出し、肉体は一切傷つかない。そしてバーゲストはそんな彼らに向かい、目を向ける。赤い瞳が治安維持部隊を睨み、


死 を 告 げ る 黒 犬バーゲスト――死 因 確 定 ・ 焼 死ひかりがすべてをもやす】!


 瞳からレーザー光線が放たれる。眼球付近で生まれた光は拡散し、歪曲しながら狙いを定めるように治安維持部隊を貫いていく。1秒で50近くのクローンが戦闘不能になった。


 そして光の奔流は止まらない。両方の瞳から、背中から、尾から、頭部から。あらゆる個所から光の矢が飛び、周囲を破壊しながら治安維持部隊達を撃っていく。


 それは一方的な蹂躙でしかない。五種類の治安維持部隊は赤い光に対抗できずにいた。レーザーを止められるのは、同じ光学兵器かミラーコーティングした防御兵装のみ。高出力のレーザーは鉄鋼すら撃ち貫くのだ。


「何て出力だ! パワードスーツの装甲をあっさり貫きやがった!」

「歪曲してから迫るから、軌道の予測ができない!」

「高熱による気流の乱れ確認! クソ、あのレーザー遠距離狙撃もできるのか!」

「最適解は怪我人を収容しての撤退。行使する」

「各種センサーが非常識な数値を叩きだしている! 計測不可能!」


 バーゲストの攻撃に手も足も出ない五企業の治安維持部隊。ゆっくりと進行していくバーゲストの歩みを止めることもできずに、撤退の流れになる。


<よかろう! 怪我人の回収を急ぐがいい!>


 だがそんな中、


「対レーザー対策を施してないのなら対抗する術はないだろう」


 この流れでいまだにバーゲストに挑む者がいた。


<弱きものを守るためにこの身を機械と化した! そう、まさにこの時の為に! 『ペレ』に吾輩、カメハメハありぃ! バーゲストとやら、いざいざ勝負!>


『カプ・クイアルア』の完全機械化フルボーグ、PL-00116642ことカメハメハ。


「出向先とはいえ、これも仕事だ」


KBケビISHIイシ』に出向していた『働きバチ』の二つ名を持つ『イザナミ』の企業戦士ビジネス。IZ-00115862。


 ともにフォトンブレードを持つサムライに対抗するために、対光学兵器を有している者達が、バーゲストに向かい歩を進めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る