如何にも。カーリーだ

「カーリー……?」


 なんでアンタがこんなところにいるの、と言いたげにトモエは言葉を発した。


「Ne-00339546でなくて悪かったなババア。だがカーリーとしてはしてやったりだ。虜のヒロインで好感度と親密度をあげようなど、カーリーの目が黒いうちにはさせやしないと知るがいい」

「アンタ、目、青いじゃん」

「むぅ、せっかく日本人種にわかりやすい表現にしたのに。空気を読まぬのは頭が固いババアの証か」

「ババアババアうるさいのよ!」


 さっきまでの生きるか死ぬかの空気は、カーリーのローリングソバットであっさり消え去った。矢のように走り、跳躍と同時に体を回転。細い女性の体とは思えない轟風音が響き、気が付けばドッグは吹き飛んでいたのだ。


「異世界召喚プログラム。それがあると思われる場所を探ってきたのだが……なんともまあお粗末な事だ。エネルギー量もだが、マシンスペックも一笑に付す。イカダどころか丸太で大洋を航海するようなものだ」


 カーリーは並ぶスパコンを見て、肩をすくめた。イザナミから秘密を盗んだ(と思い込んでいる)奴らがどれだけ気合いを入れているかと思えば、とんだ期待外れだ。レーザーネットで吹き飛んだ服を返してほしいモノである。


「かあ、」

「りぃ?」


 呟いたのは、ドッグとナナコだ。カーリー。トモエはどう聞いても現れた女性型をそう呼んでいる。個人でその名前を持つ存在は。天蓋では一人。企業『カーリー』の創始者。300年を生きる破壊と再生の企業の首魁。


 クローンが日々労働して稼ぐクレジット。それを一定量溜めることで購入することができる市民ランク。ほとんどのクローンは市民ランク6どまりで、努力したクローンはランク5になる。努力と才能があればランク4に。努力と才能を持ちながら、身も心も企業の機械になって仕えればランク3に。身も心も捧ながら、突出した個性と野望があればランク2に。更に悪徳をもって他人を押しのければランク1になれるかもしれない。


 天蓋でも一握り。努力も才能も忠義も悪徳も運も兼ね備えた市民ランク1ですらひれ伏す存在。それが企業創始者。人間様だ。それが、目の前にいるのだ。


 なんで貴方様がこのような場所にいるの? トモエと同じ疑問ではあるが、トモエとは真逆の感情がそこにあった。クローンを産み出した人間に対する敬意、ではなく――


(なんなんすか!? なんでこんなところに人間様がいるんすか!? あばばばば、あっし本気でヤバい案件に足どっぷりだったんすか! 全記憶消去で済めばいいんすけど!)


 とんでもないモノに出会った恐怖である。扉を開ければそこは異世界でドラゴンが口を開けて火の吐息を吐こうとしているレベルで災難である。それぐらいにありえない。青天の霹靂もいい所だ。天蓋に青い空はないのだが。


「如何にも。カーリーだ」


 頷き、肯定するカーリー。人間であることを詐称するクローンなどいないのだから嘘ではないだろうが、あまりの存在がいるはずのない場所にいるので嘘と思いたい。そんな顔だ。


「うむッ! それで人間様はッ! 何をしに来たのだッ!?」


 空気を読んでいないのか、あるいはジョカに直接仕える超能力者エスパー故か、ナナコほどの怯えがない。


「何を、と言われると流出した異世界召喚プログラムの確認だな」

「は? なんで流出したのよ?」

「さてな。凄腕のハッカーがいたか、間抜けな管理者がいたか。真相は闇の中だ」


 トモエの問いかけにすっとぼけるように答えるカーリー。真相は企業の長がわざと流出させたのだが、そんなことはおくびに出さない。


「流出した情報がどの程度のモノかは知らないが、このハリボテ具合を見る限りは大したことはなかったようだな。時空穿孔の為のエネルギー生成方法も胸糞悪いモノだったし、時間の無駄だったと言わざるを得まい」

「……そ、それは……つまり、人間様のような不老不死にはなれないのですか?」


 おそるおそる問いかけるドッグ。人間に対する恐怖と、そして努力が報われないという事実に怯えている。


「その辺りも流出したのか。……いや、それをエサを吊り下げられて走らせるようにしたのか。質の悪いことだ。

 残念だが無理だな。カーリー達の不老不死は時間軸のごまかしでしかない。仮に人体クローン理論を完成させた科学者を召喚して時空凍結しても、他の誰かがクローンを作る。他につながる可能性が皆無な血縁だからこそ成立するのだ」


 ドッグはカーリーの説明など全く理解できないが、不老不死になれないことは理解できた。トモエが言った時は聞く耳持たなかったが、それは相手が自分より下だからだ。はるか上の立場から無理と言われれば、認めてしまう。それがドッグというクローンだ。


「では本官は……本官はどうすればいいんですか!? 不老不死になれると信じてこの数年間頑張ってきたのに!」

「努力がフイになったか。そういうこともある。残念だが諦めろ。疲れたのなら休め。そして再び歩くがいい」

「そんな……! どうか減刑を! そうだ、全てはクリムゾンの計画だったのです! 本官は騙されていたんです!」

「? なんのことだ? 服務規定違反に関しては治安維持組織及びAI裁判に申し出てくれ。他企業の治安と司法に関与するつもりはない。この地区なら『KBケビISHIイシ』か」


 叫ぶドッグを一蹴するカーリー。このビルで行われていた行為などどこ吹く風とばかりに言い放った。ここに来たのは異世界召喚プログラムと疑似超能力スードーの確認だ。そして可能であるならば――


「しかし惜しいな。もう少しましなものだったらババアを時空の穴送りぐらいはできると思ったのだが。そうすればNe-00339546から物理的空間的に隔離できたのだが」

「アンタ、そんなこと考えてたのか!」

「おおっと、口がすべった。ババアも年を取らないわけだしいいではないか。永遠の女子高生という称号が得られるぞ」

「要らないわよそんなの!」


 トモエの時間を止めて恋敵を葬……らずに永遠に凍結させることが目的だった。そうればコジローも自分のモノになるだろうし、不老不死も維持できる。


「本官は……本官は……本官は、ただクレジットを稼ぎたかっただけなんです! 少し魔がさしただけなんです! 全てはクリムゾンの妄言が悪いんです!」


 必死に叫ぶドッグ。その叫びはもはや誰にも届かない。カーリーは叫ぶドッグを一瞥するがつまらぬと一瞥し、周囲を見回してナナコに言葉を放つ。


「IZ-00404775。貴君は『KBケビISHIイシ』だな。この場の取り仕切りは貴様に任せる。正直、事情が分からないのでな」

「りょ、了解です!」


 いきなり話を振られて慌てて返すナナコ。電磁ネットに絡み取られ、四肢から出血しているので敬礼もできないが、何とか動こうともぞもぞしていた。


「こらァ! 任せるっていうなら拘束といてよ! っていうか怪我人なんだから救急車呼んで! ナナコの出血がひどいんだから!」

「無論拘束は解くつもりだ。出血に関しても問題は無かろう。そのサイバー義肢は『ヒックリカエル』だな。死を偽装する侵入工作員がつかうものだ。

 見た目の出血量は多いが、脳にかかる失血ショックは多くはない」

「そうなの!?」

「ういっす。計算上は後12時間以内は生存可能っす」


 驚くトモエに頷くナナコ。出血部位を圧迫し、偽の血液を出して大量出血を偽装。脳に血液を送ることを最優先にした血流を維持。そんなサイバー義肢をナナコは四肢に施していた。死すら騙す要素にするために。


「やっぱり死にかけてるんじゃないの! 馬鹿馬鹿馬鹿! 早く救急車!」

「QQ車とか勘弁すよ。変な病気貰ったみたいじゃないっすか」


 Q(uick)迅速なQ(uarantine)隔離車。天蓋においては異常者を隔離するための強制隔離車両だ。伝染病発生時に出動し、物理的に遮断する。西暦の救急車から名前が来ているのだが、それを知るのはこの中ではカーリーだけである。


「はは……ありえない。こんなところに人間様がいるなんて、嘘に決まってる! そうだ、嘘だ!」


 追い詰められたドッグはカーリーを指さし、痙攣するように笑う。このまま事が進めば、もはや自分は破滅する。そんなことはあり得ない。何かが間違っているのだ。そうだ、間違っているに違いない。


「お前は、肉片だ。なにも物言わぬ肉片になれば、俺は救われる!」


 そしてカーリーに襲い掛かる。短絡的ではあるが、判断自体は一理ある。現状自由なのはカーリーだけ。カーリーを物言わぬ遺体にし、目撃者を全て消せば証拠はない。ビル内の監視カメラは自由に操作できる。その手の改ざんは慣れている。追及するハッカー部門に脅しを入れれば、それで事が足りる。


「死ねぇ!」


 言葉とともにドッグの四肢の筋肉が増強する。胸筋がはじけるように膨らみ、背中が肥大化する。全身に施した追加筋肉ユニット『アカオニ』がフル活動する。肥大化ともいえるほどのパンプアップ。


「ほう。カーリーと戦うつもりか。いいだろう、かかってこい」

「おらああああああああ!」


 挑発するカーリー。その声に反応してドッグは腕を振り上げる。腕の太さだけでもカーリーの胴を二回りは超える。まともに当たれば、カーリーの背骨など容易く折れ、内臓は復元不可能なレベルまで破壊されてしまう。


 秒速12mの拳。2mの間合い0.16秒で迫り、強化された筋肉の一撃は車両のドアすら砕くだろう。その一撃を前にカーリーは、


「つまらん。パワーだけか」


 虫を払うように手を動かし、朝の散歩に出るように前に出て、ドッグの腕の軌道を逸ら――すと同時にドッグの腕に回転を加えて横転させ、バランスを崩したドッグを蹴り飛ばした。


「……は?」


 はたから見たトモエの目からは、カーリーが殴られたと思ったらいきなり相手が横転して、逆にカーリーが蹴っていた。格闘ゲームのバグを見ているかのような感想だ。ナントカ視点とはこのことか。


「Ne-00339546に比べれば欠伸が出る。自分より弱い相手しか戦ったことがないのがまるわかりだ」


 一撃受ければ、そのクローンがどんな生き方をしてきたのか悟れる。武とはその存在の修練の証。人格がそこににじみ出る。もはや興味はないとばかりにため息をついた。


「トモエ、無事か!?」


 そのタイミングでクリムゾンを告白合戦で排したコジロー達がエレベータから倉庫にやってくる。そしてカーリーを見て、眉をひそめた。


「なんでアンタがここにいるんだよ」

「つまらんものと戦って気分を害した。Ne-00339546、私と戦って気持ちよくさせろ」

「なんでだよ!?」

「女のワガママに論理的な理由などない」


 セリフを言い終えるよりも早く、カーリーはコジローに襲い掛かる。訳が分からないが、手加減できる相手でもない。コジローはフォトンブレードを抜いて応戦する。


「ええと……つまり、色々終わってたみたいですね」


 捕まった面々と倒れているドッグを見て、イオリはそう呟いた。


、これ以上何かあるなんて思えないわよ」


 電磁ネットを焼いて囚われた者達を解放しながら、ボイルはため息をついた。

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