別にアイツの事を愛してなんかいないんだからねっ!
「……なんですか、あれ」
扉を開けてイオリが最初に発した言葉は、そんなものだった。
視界に移るのは数多のモニターと機械。そこに移る数字の意味はおおよそ理解できる。エネルギーを生成し、それを何処かに送っている。大雑把に言えばそんなデータだ。現在進行形で行われいるモニタリングだが、そんなものはどうでもよかった。
「何なんですか、あれ」
このエリアの天井裏に配置していた探査用ドローンからの音声情報で、おおよその状況は知っている。此処にいたクローンとカシハラトモエはすでに直通のエレベーターで666倉庫に向かった。残った一人が何かをして絶叫し、自分達を迎撃するために待ち構えている。
「何なんですか、あれ!」
「あれは死んでいます! 脳波が止まって『NNチップ』も反応してません! 死んでいる。それは間違いありません! なのに――なんで動けるんですか!?」
「……そうね。常識的に考えて、ありえないわ」
イオリの叫びに同意するボイル。死は終わり。そんなことは問い返すまでもない常識的な事だ。天蓋のサイバー機器は、脳波を『NNチップ』が受けて電子的信号に変換して動かす形式だ。脳が死ねば脳波は出ず、死体が動くことはない。
あり得るとすればあらかじめ全身にサイバー手術を施してあり、遠隔操作をして操られているぐらいが、クリムゾンがそんな性格とは思えない。他人に操作されたいクローンなど余程の変態だ。その性癖を否定はしないが、電子ドラッガーのクリムゾンがそうだとは思えない。
「はん。死体が動くなんざ
コジローだけは驚きながらも気勢を失わなかった。非常識的な出来事を『旧時代じゃそういうのもあったらしいぜ』と受け止められる。思考を放棄した現実逃避だが、この状況で足を止めないことはプラスになった。
「悪いが通させてもらうぜ。アイツを利用なんざさせやしねぇよ」
言ってコジローはフォトンブレードを振るい、クリムゾンに迫る。重心を崩さない踏み込み。踏み込みの勢いを殺さない流れるような鋭い太刀筋。幾度もイメージし、幾度も体を動かした通りの動き。常人に反応などさせる余裕のない動き。素人が見れば、歩幅以上の距離を瞬間移動し、既に斬っていた。そうとしか思えない動き。
「アカ……ア、カアアアアアアアアアアアア!」
袈裟懸けに両断されたクリムゾン。言葉通り両方に断たれた。上と下を繋ぐ物はない。肉片も、神経も、血管も、脊髄も、断った。物理法則にしたがうなら、断たれた上半分は地面に落ちる――
――はずなのに。
「不純物不純物不純物! クリムゾンの色を汚す不純物! 名刺が消毒する世界において正妻が譲渡することはなく、アルゴリズム行進が充満するあぶなっかしい履き物! 不純物はクリムゾンに染まれ!」
斬られた上半身は空中に留まり、下半身もゆらゆらと揺れながら倒れることはない。何かに支えられている……のではなく水か何かに浸かって浮いているような、そんなふわふわした動きだ。
【# B 1 0 6 3 A――
「っ!?」
コジローはぞわりとした何かを感じ、思わず後ろに下がった。次の瞬間、視界に移ったのは紅色の何か。コジローがさっきまでいた場所が紅色になったのだ。そうとしか言えない現象が起きた。コジローが立っていた空間そのものが、紅色に染められた。
「何が起きたんだ!?」
<情報不足。目の前の現象を説明できません>
「推測でいいから解析してくれ」
<温度、空気密度が変化しています。紅色の区域は別の空気です>
『NNチップ』からの返信はコジローの望む答えではなかった。別の空気? ざっくりしすぎてあてにならない。市民ランクを高めて、検索できる項目が増えれば情報が変わるのかとイオリとボイルに視線を送る。
「瞬間移動の原理で空間そのものを変質させたですって!? そんなの常識的に考えてあり得ない!」
ボイルのセリフは
「
クリムゾンから距離を離したコジローを巻き込まないタイミングで超能力を発動させる。地面に埋まった弾丸が一気に熱を放ち、高温の圧力がクリムゾンの足元から吹き上がる。
「感じる、感じるぞ! 世界はクルクル泣き叫び、丸め込んで詐欺にあう! すなわち全てを染め上げて平和国士無双! きゅうきゅう流し込め! クリムゾンクリムゾンクリムゾン!」
熱波はクリムゾンを襲う。皮膚は焼かれ、熱に溶けるように爛れた。しかし爛れた皮膚はすぐに紅に染まり、光沢のある金属のようなモノに変わる。変化は斬り放たれた下半身にも及び、クリムゾンの肉体は紅色の何かに変わった。
【# B 1 0 6 3 A――
「
……ではなく、明らかに全身が変貌しています。空間そのものの変質。本人の変質。そういう超能力なのだと仮定して、でもそれを誰が使っているかです」
イオリは目の前の現象から仮定を組み合わせる。超能力なんて説明のできない現象だが、それが存在するのは事実だ。それを後天的に作り出せる。検証もしていないので証明はできないが、その事実から目を背けるつもりはない。
(どう見てもキーワードは、紅色。あの電子ドラッガーがさんざん言っていた『クリムゾンに染める』と一致します。じゃあ死体が超能力を使っている? 脳が死んでいるのに超能力が使えるというのなら、
あり得るのか、そんなことが。しかしそうとしか思えない。斬られても燃やされても死なず、超能力のような力を用いて空間や自身の物理法則を変化させる。
「死を超越する。疑似的とはいえ
イオリは口に手を当てて、呼吸を整える。思考の末に至った結末。その非常識にして――甘美なる世界に。
「ムサシ様と死ぬことなく愛し合えるという事じゃないですか!
やっば! これってマジ最高ですよ! うへへへへへ! ムサシ様と腹上死できるなら最高と思ってましたが、死なずに永遠にとか想像すらできませんでした! イオリはまだまだ未熟! 滾ってき――わきゃあ!」
変な方向にぶっ飛んでいくイオリ。脳内を駆け巡る桃色妄想は、いきなりの衝撃で終わりを告げる。気が付けば目の前が真っ赤に染まっていた。ずっとそこにいたら、赤色空間に巻き込まれていただろう。
「妄想に浸るのはいいが、自分の身は自分で守れよ!」
「うっひいいいい! 危なかったぁ! 感謝しますが蹴らなくてもいいじゃないですか!」
自分を蹴って助けてくれたコジローに感謝の言葉と文句を告げるイオリ。続いてくる攻撃を転がって避け続ける。
「斬っても斬れない。燃やしても燃えない。どうしたもんかね」
「いっそこのフロアから上を全部崩落させる? ガレキに閉じ込めればさすがに死ぬでしょ。圧死か、或いは窒息か。死ななくても閉じ込めはできるわ」
「いいえ、空間を塗り替えることが願望です。ガレキも空間ごと染め上げてきます」
「いよいよもって倒す手段がないな」
コジロー達は『NNチップ』を通して会話するが、打開策は見いだせない。その間にも攻撃を仕掛けるが、クリムゾンの勢いは止まらない。
「この赤くなった所に触れたらどうなるんだ?」
「瞬間移動の原理で空間変性しているんだから、取り込まれるわ。編集ソフトで上塗りするみたいな感覚ね」
「想像できねぇな。どっちにせよ、触れたらヤバいってわかればそれでいいさ!」
「まだまだまだまだ! 真紅に至るにはまだまだまだまだ!」
クリムゾンが攻撃(?)した場所は、4秒弱で消え去り元に戻る。そこにあった物質はきれいさっぱり消え去っていた。ボイルが言う『空間変性』の結果なのだろう。
(高次元から三次元に干渉し、その空間を紅に染める超能力……。空間はエラーを修正するようにすぐに消去される。クリムゾンの妄執が形となった……いいえ、暴走した超能力。
つまり、この現象は現在進行形で世界を侵食しようとしているクリムゾンの妄執。本人はすでに死んでいて、死に間際に放った妄執が今なお世界を侵食している。死に間際に放った弾丸のようなモノ……?)
イオリは思考する。戦闘行為ができないイオリにできる事は思考することだ。狙われないように走りながら、思考を続ける。
(コントロールができないのなら、方向性は画一化されます。反射的な行動。攻撃されたら反撃する? いいえ、だとしたらボイルさんの攻撃には防御しかしていません。そもそもイオリは攻撃すらしていないのに攻撃されました)
分析すれば、クリムゾンの攻撃は偏っていた。コジローに6割、イオリに4割。ボイルには一度も攻撃が飛んでいない。
(何に反応して攻撃してくる? 防御は本能で防御したとして、攻撃は何かしらの条件が必要なはずです。考える脳すらないのだから、考えないで出来る条件に反応して動く。
動いたモノに反応? 音? 空気の震え? いいえ、それならムサシ様の想い人クソ死ね死んでしまえこん畜生とイオリが攻撃されて、ボイルさんが狙われないのはおかしいです。超能力とはいえ、音と熱量はあのクローンが断トツ。ぶっちゃけ、このメンツの中で真っ先に無力化すべき相手です。それを放置するなんて……)
心の中で悪態をつきながら分析するイオリ。そうこうしている間にもクリムゾンの攻撃は続く。
「早く倒れなさい! あの馬鹿の所に行って、文句言ってやるんだか――ひっ!」
怒りの言葉を放つボイル。その瞬間、ボイルの周辺の空間が揺らいだ。それを感知したボイルは後ろに倒れる様にしてその場から離れる。判断が遅れれば、ボイルは存在ごと紅の空間に染まっていただろう。
「……これは」
ボイルへの攻撃……と言うか反応を確認するイオリ。あの馬鹿、というのは誰かは知らないがそれが言葉通りの侮蔑でないことはイオリにもわかる。紅に拘る存在。紅を愛し、世界を紅に染め上げる妄執の具現化。
「分かりました、愛です!」
「は? いきなり何言ってるんだ?」
「この超能力は、誰かや何かを愛する想いに反応しているんです!
紅が最高だと思ってる妄想は、それ以外の存在が最高だと言う想いを否定するために顔を真っ赤にして反応しているんです!」
分かりました、というイオリの言葉。間違いありませんというドヤ顔。
「ななななななぁああ! べ、べべべ、別にアイツの事を愛してなんかいないんだからねっ! わきゃあああ!?」
愛の言葉に動揺したボイルの周囲が空間変性され、イオリの仮説を証明した。
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