その度に『だけど』を繰り返した

「ずっとここにいるわけにもいかねぇ。突破するぞ」


 コジローはフォトンブレードを手にしてそう言った。


「突破って、レーザー狙撃はどうするんですか!?」

「レーザーぐらい切り裂いてこそのサムライだぜ」

「いやいやいや! そんなのムサシ様以外に無理ですから!?」


 コジローの啖呵を否定するイオリ。


「あの酔っ払い姉ちゃんができるなら、俺でもできるだろう。何せあいつには勝ってるからな」

「ぐぎぎ……! あれはイオリのサイバーアーム性能が劣っていたからです! ムサシ様は負けてません!

 アナタみたいなへっぽこ無能力者がレーザーを斬るなんて無理の極みです! 秒速2億9979万2458mの狙撃ですよ! 見た瞬間にはすでに終わってるんです!」

「そうね、無茶にもほどがあるわ」


 イオリの言葉にそう頷くボイル。レーザーを斬るなど、非常識にもほどがある。


「でもやるんでしょ?」


 その上で、ボイルはそう続けた。


「そういう事だ。無理難題を突破するのが古典ラノベのサムライだからな」

古典ラノベもサムライも理解できないけど、『ドコウソン』に挑んで暴走シャトルから生存したんだからもの。それぐらいはできるわ」

「えええええええ!? それぐらいって……」


 賛成2、反対1。多数決なら敗北している。イオリはどうしたものかと考える。


 実際の所、彼らが勝手に死んでいく分には構わない。二人の生存は任務には無関係で、イオリの目的は情報をムサシに届けることだ。『ジョカ』の超能力者エスパーが死のうがイオリの腹は痛まないし、コジローが死んだらムサシが悲しんで――


「あ、オッケーです。どんどん特攻してください!

 Ne-00339546が死ねばムサシ様が悲しむだろうけど、心の隙間にイオリがひょいっと入って慰めてしまえばいろいろ出来そうですし! うひょー! いろいろ滾ってきましたよ!」


 くるりと手の平を返すイオリ。よくよく考えたら全然問題なかった。親指立てて、イイネ! とばかりに笑顔を浮かべる。


「なんつーか、裏表がないのは逆に好感が持てるな」

「この変態的な想いがあれだけの処理能力の原動力でだって考えれば、怖いものだけどね」


 ゴーゴー! と腕を振り上げるイオリに呆れるコジローとボイル。


「言っても、ショートカットはするがな。壁斬ってできるだけ階段まで近づいてからダッシュ。この繰り返しだ」

「でもゼロにはできないわ。数秒はレーザー狙撃の範囲に入ることになるけど」

「逆に言えば、数秒凌げばいいんだ。あのドリル列車よりも楽なもんだぜ」

「光は数秒あれば天蓋の全道路を余裕で踏破しますけどね」


 ビルの構造をイメージし、コジロー達はフォトンブレードで壁を切り裂いて通り抜けて階段近くまで移動する。階段までは走って少しの距離。しかし少しでも外に出れば、光の狙撃が待っている。


「そんじゃ行くぜ。俺が狙撃を弾く。その間に走って階段まで行け」

<レーザーの狙撃パターン解析。初撃にタイムラグ0.2秒で5射放ち、1秒ごとに1射追加。警備ドローン『トウセンボ』が行動不能になるまでの平均時間、2.58秒>


 脳内に響く『NNチップ』の声。慈悲のないデータ。情報は千金だ。とはいえ死神の鎌の鋭さなど、挑む前に知りたいものでもなかったが。


「容赦ねぇなぁ」

<サイバーレスのクローンが受けた場合、0.012秒で重要器官を撃ち抜かれて死亡します>

「そうならないように祈ってくれよ」

<祈りを行うアプリはダウンロードされていません。検索した結果、ヒット数は0です>

「そりゃ残念。相棒の祈りがあれば百人力だったのにな」

<『祈る』事ができるアプリが配信されたら、通知するように設定しますか?>

「いいねぇ。安ければ購入するか!」


 脳内の相棒との会話に笑みを浮かべるコジロー。機械的で事務的。だからこそこちらも冷静になれる。恐怖はある。怯えもある。だけど進む足は止まらない。


 意識を研ぎ澄ます。握り慣れたフォトンブレードの柄に力を籠め、廊下に踏み出した。


(先ずは5射)


 50m先の窓から放たれる光。言葉通り光速の射撃。知覚した瞬間にはすでに撃ち貫かれている矢。見て斬るなどできるはずがない。


(狙ってくるのは、頭、心臓、両足、武装の五か所!)


 機械的に、自動的に。効率よくクローンをの命を奪うのなら狙ってくるのはそこだ。脳を撃たれれば思考が止まり、心臓を貫かれれば血液が循環しない。仮にそこをミラーコーティングで守れたとしても、足を貫かれれば移動できず、武器を破壊されれば抵抗できない。


光 子 剣 術フォトンスタイル 四 光フォーススラッシュ】!


 コジローのフォトンブレードが翻る。頭部から8の時を描くように光の刃が走り、5か所を同時に守り切る。ブレードの軌跡が少しでもズレれば頭部か心臓を撃たれていたかだろう。


 休む暇などない。背後をボイルとイオリが駆け抜ける。そちらにも光が飛び――


「狙いが分かってんなら――」


光 子 剣 術フォトンスタイル 雨 四 光フォースライトニング】!


「防ぐのも余裕なんだよ!」


 ボイルとイオリに迫る光は、フォトンブレードで弾かれる。


(ありえない!? いえ、目の前の現象を否定するのは科学者として『ありえない』のですが!)


 レーザーをフォトンブレードで斬って防ぐ。それを目の当たりにしてイオリは驚愕した。ありえない。でも目の前の事象を否定はできない。


 そしてほぼ同タイミングでコジローにも光線が放たれた――


光 子 剣 術フォトンスタイル 五 光ファイブ・カッター】!


 光が躍る。赤が躍動する。2秒にも満たないコジローの剣舞。斬るものはなく、複雑な軌跡を刃が描き、そしてコジロー自身も階段に躍り込んでレーザーの射線から逸れる。


「よーし、どうにかなったな」


 ふう、とため息を吐くコジロー。撃ち損ねれば死。その恐怖から解放され、脱力する。


「どうにかなった、じゃありませんよ! っていうか何で無事なんですか!? イオリの『ムサシ様の心に付け入ってキャッキャウフフ』プランが台無しじゃないですか!?」

「本気で言ってたのかよ」

「当たり前です! いや、それもありますけど本当になんで生きてるんですか!? レーザーをフォトンブレードできるとか与太、誰も信じませんよ! せいぜい身を隠す肉壁になってくれると信じてたのに!」

「なあ、次は見捨てていいか?」

「ああん。冗談ですってばぁ」


 くるっくる手の平を返すイオリ。とはいえ、信じられないのは事実だ。


(ムサシ様なら突破できると言ったのはムサシ様の超能力ありきの話です。未来予知。ムサシ様が見た未来は確定している。たとえ光速だろうとも、ムサシ様が『斬った』未来さえ見てしまえば光でも切れる。

 もちろんそれはムサシ様の技量ありきの大前提ですけど、でも仮に同じ技量を持っていたとして……その事実こそ認めたくないんですけど! そんなクローンだとしても、超能力なしでそんなことができるなんてありえない!)


 ありえない。科学者として技術者として、壁にぶつかったとき思う言葉だ。自らの知識の限界。自らの技術の限界。それにぶち当たった者の諦念。認知バイアスに似た合理性の落とし穴。


(だけど、結果は無視できません)


 そしてその壁で思考を止める者は多い。挑むという事は壁にぶつかることだ。イオリは何度もこの壁の高さに無知と未熟さを感じ、


(ありえないけど、ありえたんです)


 その度に『だけど』を繰り返した。何度も膝をつき、首を傾げ、限界に精神を砕かれ、それでも思考だけは止めない。


(ありえるとすれば、ムサシ様の超能力に匹敵する感覚に目覚めたという仮説が近そうです。未来を確定する。時間軸さえ超える知覚能力。

 ……そうですよ、このクローンは生意気にもムサシ様の腕を斬ったんです。イオリが作った最高傑作を! ムカつくけど、その事実も合わせれば確定未来すら超える知覚能力が――)


 そこまで考えて、イオリは一つの結論にたどり着く。このビルで出会った狂気の集団。超能力のようなものを行使したビルの信者達。


疑似超能力スードー。教祖様はそう言ってました』


『毎日祈り続ける力を、オクスリを使って増幅させて、皆で祈ると、あんなことが起きるんです』


 スードー。祈りを力に変える技術。まるで超能力を精神的な力で起こす方法。


(仮に精神的なもので超能力の代替ができるとしましょう。レーザーを斬ったのはその精神的な力で光の軌跡を近くできた……ムサシ様の腕をぶった切ったのも、ムサシ様の超能力すら超える精神力の力が発生した結果。

 だとしても、Ne-00339546は電子ドラッグを使って脳内リミット解除した奴らよりも精神的な力が強いってことですよね? 精神力なんてものが数値化できるかはわかりませんが、仮にその数字が一定数に達すれば疑似超能力スードーとやらに近づける……?)


 思考を重ね、イオリは頭を掻いて叫んだ。


「考えれば考えるほどありえません! 脳を摘出して研究していいですか!?」

「いきなり何を言い出すんだお前は。いいわけないだろうが」

「大丈夫! 前頭葉さきっちょだけですから!」

「よくねぇよ。っていうか女性型が言っちゃいけない言い方するな!」

「あいたぁ!」


 興奮するイオリをチョップして黙らせるコジロー。その後でコジローは階段をのぼりながらイオリに問う。


「トモエたちは今7階にいるんだな?」

「はい。電磁ネットに捕らえられて、研究室らしい部屋に連れ込まれました。内部情報はわかりませんが、銃声が何発か響いたのは確かです」

「よし、急ぐぞ」


 7階までは会談で登れる。そこからその研究室まではまたレーザー狙撃に晒されるだろう。だけど――


「レーザー程度でサムライの足を止められると思うなよ」

「程度って……」


 呆れるイオリだが、先ほどまでの否定はない。むしろ仮説の正しさを証明してくれそうな期待さえある。この無能力者なら、或いは――


「わかりました! 死んでもいいから前頭葉さきっちょだけは死守してください! ムサシ様とイオリのために!」

「ホント、お前ブレないなぁ」

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