ホントご愁傷様っすよ、ダボ犬

「あ、いったぁ……!」


 トモエたち三名はネットで筋肉が麻痺した状態でドローンに引っ張られるように運ばれた。事、ペッパーXは超能力による反撃を恐れて念入りにエネルギーを注がれて気を失っている。


 ドッグに先導されてドローンに運ばれた三人は、研究室のような部屋に投げ込まれた。壁一面のモニターはビルの各所を映しているのだろう。そしてよくわからない化学式とそれに関するデータがリアルタイムで更新されている。


「クリムゾン!」

「ロンギヌスの槍はビルに斉一性の原理を刻み、雲形定規を巡回セールスマン問題が叩き折る! ああ、ピストン運動は愛を奏でるが世界はまさにメソピアノ! 世代交代パーティタイム!」

「戻って来いクリムゾン! 異世界転移者だ! 異世界召喚プログラムの関係者だぞ!」


 そしてドッグは部屋の中で蹲って電子ドラッグに溺れているクリムゾンを一喝する。隙あらば電子ドラッグに溺れるクリムゾンをいまさら責めやしない。むしろ、そんな事よりも大事なことがある。


 柏原友恵。異世界召喚プログラムで召喚された存在。


 ドッグはトモエのことの詳細など知りはしない。しかしトモエがその場限りの嘘を行ったとは思わない。誤魔化すにしてはデタラメな内容だという事もあるが、脅迫と悪徳で生きるドッグにとって噓を見破るなど慣れていることだ。


「ドッグ。貴様、電子ドラッグでもやっているのか? 5大企業が天蓋で唯一協力して行われたとされる異世界召喚プログラムの転移者が、こんなところにいるわけないじゃないか」


 そして電子ドラッグから戻ってきたクリムゾンはいきなり冷静になって正論を吐く。5大企業が協力したのは天蓋創始時のみ、その際に生み出されて実行されたのが異世界召喚プログラム。


 名目上は『異世界への侵略の為』でそれは失敗に終わったという形になっている。しかしクリムゾンはそれが企業創始者が不老不死になるためのモノだと知った。企業の奥深くまでハッキングして、その真実を知ったのだ――企業創始者の掌で踊らされているとも知らず。


「噓だと思うのなら貴様が確認しろ。そもそもそう言ったことはお前の役割だろうが!」

「確かに一般論では片づけてはいけないな。真実は何時だって世界の裏側にある。真なる紅が赤青緑のバランスの上で成り立つように、真実を知る者からすればすなわち藪から棒なのだ。プラネタリウムで散在するが如く!」


 頭をトントンと叩きながら、クリムゾンはネットで取らわれたトモエたちの方にやってくる。不気味な笑みを浮かべ、目の焦点が合っていない。ドッグとは違った恐怖を覚えるトモエ。


「タクシードライバー! 貴様が、異世界召喚プログラムで呼び出された存在か!? ウェルカムブーメラン!」


 その瞳が開かれ、歪んだ姿勢で指さすクリムゾン。


「あー。あっしはそんなんじゃねぇっす」


 指さされたナナコは呆れたように、言葉を返した。


「そいつではない! このネコバイオノイドだ! 正確に言えばネコバイオノイドを偽装しているコイツだ! クローンIDもバイオノイドチップもないのは確認済みだ!」 

「なんだと! 真実はまさにシュレディンガーの猫! フランケンが持つパスカルの三角形の如く美しさ! そのような存在は違法バイオノイドか企業創始者の人間様しかいない! となればやはりそうなのだな!

 まさに僥倖! まさに煌煌! 煌煌と照らすコンプリートガチャはノーシーボ効果! 聖なる釘はカンカンカーン! これはまさに、ナラティブ・インクワイアリー! アカカカカカ!」


 体をのけぞらせて笑うクリムゾン。会話らしい会話が成立しているのだろうが、何が言いたいのか全然わからない。


「……えーと、なんなのこれ?」


 トモエは恐怖よりも狂気を感じ、怯えよりも呆れを感じていた。拘束されて利用されようとしているのはわかるけど、行動と言動が完全に理解の外だ。


「クリムゾン……電子ドラッガーでハッカーっす。脳内を狂わせるアプリを作って売りさばくヤツっすよ。ドラッグの効果は見ての通りっす」


 ナナコは逆に苦虫を噛み潰したような顔をしていた。事態の闇を垣間見て、後悔と諦念が入り混じった顔だ。


「『KBケビISHIイシ』の高官が重度の企業規定違反者と手を組んでるとか、それだけでも大問題っすよ」

「全くだ。露見すれば大問題だな。どこかの潜入工作員が探りに来るのも当然だ」


 その感情をぶつけるようにナナコはドッグに言葉を放つが、ドッグはそれを受け流した。ドッグからすればナナコは自分のことを調査に来たと思っているのだ。何をいまさらとばかりの表情である。


「しかも異世界召喚プログラム? そんな眉唾モノの与太話を信じてるとか、アンタも電子ドラッグ決めてるんじゃねーっすか? まだ超能力者エスパーの方が現実味あるっすよ」

「ふん。その異世界召喚プログラムの召喚物を連れてきて何を言うか。ただの偶然で片付けるには都合がよすぎる」


 そして異世界召喚プログラムを簒奪して不老不死になろうとするドッグからすれば、その産物ともいえるトモエを連れているのは何かしらの意図を感じる。自分達が隠しているモノにある程度の目途をつけられたのだと思ってしまうのだ。


(いやホントただの偶然なんすけどね……。

 でもトモエの存在にここまで驚愕するってことは……本気で異世界召喚プログラムとかを狙ってる? 待つっす待つっす待つっす! 激ヤバ案件じゃねえっすかこれ!? どんだけメンドクサイ事件に足ツッコんだんすか、あっし!)


 事態の一端を知って、ナナコは顔を青ざめて沈黙する。ただの散歩護衛だったはずなのに、死にたくなるぐらいに厄介なことになっている。かつて5大企業が行ったプロジェクト。機密を盗んでそれを行う。どれだけの罪になるか考えたくもない。


「隠密に事を運んでいたのにここまでの戦力を用意してくるとはな!

『非存在ナナコ』『感覚共有』『金属蒸発』『ミヤモトイオリ』……そして『転移者トリッパー』。おい、他には誰がいる! 答えろ!」


 苛立ちながらナナコに銃を向けるドッグ。威嚇とばかりにナナコのすぐ近くを撃ち抜き、そのままナナコの頭部に銃口を押し付けた。そのまま撃たれるかと思ったが、引き金は動かない。


(……おおっと、これはもしかして?)


 こちらを殺そうともしないドッグを見返しながら、ナナコは掴んだ糸を手繰るように慎重に、しかし飄々とした口調で喋りだす。


「あらまあ、超能力部署総出ってカンジっすね。そんだけのことしたってことじゃないっすか?」

「黙れ! どこでバレたかはもうどうでもいい! 今ビルにいるヤツを全員答えろ!」

「さあ? お得意の調教でもしてみるっすか? わんわん言いながら従順になるまでどんだけ時間かかるかわかんないっすけど」


 銃口を押し付けられながら、ナナコはへらへらと笑う。力関係は圧倒的にドッグが上だが、相手はこっちを殺すことができない。ドッグが求めているのは情報だ。今ドッグを追い詰めているだろう相手の情報。ナナコが知っているはずの、戦力。


(知らねーっすよそんなの。つーか、なんでイオリがいるんすか? しかも『金属蒸発』のねーちゃんもいる? 一瞬でビルが解けて崩壊するんだから、確かに過敏になるっすよ。ご愁傷様!)


 自分以外の襲撃(とドックが思っている)者の存在をようやく知ったナナコ。ドッグが過剰になっている理由を知り、そして知っているフリをすることで命を繋ぐ。もっとも、状況が好転したわけではない。この綱渡りもどこまで続くかわからないのだ。


「くそアマっ!」


 ドッグは怒りに任せて引き金を引く。ダンダンダン、乾いた音が部屋に響いた。


「ナナコ!?」

「大丈夫、急所は外してるっす! このダボ犬の目的はあっしの知る情報だから殺しはしないっす!」


 悲鳴を上げるトモエにナナコが答える。ドッグが放った弾丸はナナコの両肩と太ももを穿った。痛覚を遮断して痛みを止めるが、流れる血液は失われていく生命を感じさせる。


「だれがダボだ!」

「うけけけ。ツッコむしか能がないダボの犬調教師の事っすよ。力でガンガンするしか能がないんだから、もう引退したらいいんす。それともまだ自分が大丈夫なんて思ってるんすか? あーあ、現実が見えない中古は困るっす。アップデート忘れたらお終いっすよ」

「よく回る舌だがいつまでもつ? このまま失血死したくないのなら、とっとと情報を吐け! それとももう少し穴を増やされたいか!?」

「あー、確かにこのままだとまずいっすね。先に治療してくれないと死んじゃうかもっす」

「先に話せ!」


 時間を稼ぐように会話を引き延ばすナナコ。失血すれば死ぬ。それはクローンでも同じことだ。撃たれたダメージも決して浅くはない。治療は早くした方がいいのだが、それでもナナコはあえてそうする。


(察するに、時間経過がマイナスなのはこのダボ犬の方みたいっす。ついでに言えば、こっちに銃口向けている間はトモエが無事っすからね)


「答えやがれ! あのクソバケモノは誰だ!?」

「バケモノ?」

「レーザーネットからの狙撃をフォトンブレードで止めて進んでくるあのバケモノは何者だ!? そもそもあのクソ野郎は信じられないがレーザーネットを斬って侵入してきたんだぞ!

 記録にある二天のムサシとは似ても似つかないフォトンブレード使いだ! 超能力者エスパー関係者なのは間違いない! どの企業のどの超能力者エスパーなのか教えやがれ!」


 ドッグの脳内にリアルタイムで監視カメラから流れてくる映像は、廊下の騒動を映していた。窓から撃ち放たれる光の射撃。本来なら感知することすらできない光速の攻撃。それをフォトンブレードで切り裂き進むクローンの姿。


 フォトンブレード使い。


 ドッグから脳内に転送された監視カメラからの動画を再生しながら、ナナコは沈黙し……そしてトモエを見た。トモエも、一縷の希望を得たとばかりに瞳に光が戻る。


「くくく……。喧嘩したとか言ってたじゃないっすか、トモエ」

「え、うん。酷いこと言ったし、謝ってないから……でも……そういう事だよね?」

「あはははははは! そりゃそーっすよ! トモエがここにいるんだから、あの煮え切らない保護者サムライがここにこないわけねーっす!」


 映像内容に移る人物を見て、大笑いするナナコ。その笑いとセリフから確信を得たトモエは、涙を流してこの天蓋で最も信頼できる言葉を呟く。


「コジロー……!」


 それだけでトモエは安心できる。たとえここが地獄でも、彼が来ると分かっただけで必ず帰れると信じられる。


「コ、ジロ……? おい、教えろ! コイツはいったい何者なんだ!?」


 何を言っているのか全く分からないドッグ。困惑を浮かべながらも、捕えた相手がここまで信用している相手がただ者ではないことぐらいは理解していた。


「ホントご愁傷様っすよ、ダボ犬。

 アイツは二天のムサシに勝ったブシドー野郎。この子がピンチになったのなら、どんな相手でも切って進むサムライっすよ!」

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