その姿は、過去の文化になり果てた女神の如く――

「こんなところか」


 ビル内に入ったカーリーは肌に密着するボディスーツを着ていた。レーザーネットを通る際に燃え尽きた服の代わりを探し、ビル内信者の住居エリアから服を拝借したのだ。未開封の袋に入っている服だったので、おそらく誰も袖を通していないのだろうと判断した。


 脳波を送り、服を伸縮させる。カーリーの凹凸のあるボディに合わせて服が伸縮した。保温性が高く、それでいてい物理的な保護も十分。動きも阻害しないボディースーツだ。


「クレジットはビルオーナーに送っておくか。この騒動が終わった後に生きていればいいがな」


 遠くに聞こえる騒音を聞きながらカーリーはそんなことを呟く。内部に潜入して、警備ドローンやバイオノイド部隊には何度も遭遇した。どうやら侵入者に対応しているらしい。カーリーもその対象になっていたのだが――


「相手にならんな」


 放たれる弾丸の隙を縫うように警備ドローンに迫って掌打を放ち、バイオノイドの肺に衝撃を加えるように両手を押し出す。最低限の動きで迫り、最小の動きで行動を封じる。


 そもそもカーリーは死なない。正確に言えば、時間的な矛盾により死が訪れることはない。弾丸も避ける必要はないのだが、それでもカーリーは相手の攻撃を避ける。攻撃を受けても痛みすら感じないのに。


「戦意には戦意で返す。不老不死とというズルを使うのは性に合わん」


 相手が戦いを挑んでいるのなら、それに応じる。それはカーリーの誓いだ。警備ドローンはクローンが試行錯誤の末に生み出したものだ。バイオノイドの訓練はクローンが切磋琢磨して行われた努力の結果だ。それを死なないというズルで踏みにじるつもりはない。


 まあそれはそれとして、圧倒的な実力で無双するのだが。


 衣服などがある住居エリアまで警備を真正面まで突破したカーリー。イザナミからもらった情報では『Z&Y』の信者がここに住んでいるという。緊急事態という事で避難エリアにいるようだ。


「さて。異世界召喚プログラムとババアを探さないとな。タイムパラドックスに使用できる程度の精度があればよし。時空穿孔ができるなら、穿ってできた亜空間に投げ込めば最低条件は成立するだろう」


 このビルに来た目的は、トモエを『時間軸の檻に閉じ込めて、不老不死を安定させること』だ。異世界召喚プログラムで祖母に当たる人間を召喚、同時に時空の檻に閉じ込める。『生まれているけど生まれていない状態』を作り、矛盾を成立させることで不老不死を得る。


 トモエをこの時代に呼ぶことは成功している。後はトモエを元の時間軸に戻さないようにするだけだ。ベストは自分達が作った時間牢獄で生も死も凍結した状態にすることだが、そこまでは望めない。


「時間の流れない亜空間内に入れれば、生きることも死ぬこともあるまい。運悪くどこかの世界に召喚されることもあるかもしれないが、微々たる可能性だ。そうなる前に新たにババア用の檻を作ればいい」


 あくまで一時的な処置。不老不死を成立させるための一時保管場所。カーリーの認識はそんな程度だ。正直、期待はしていない。イザナミは時空穿孔に成功したと言ったが、カーリーはその情報すら疑っている。


「穿孔の為のエネルギーをクローンに祈らせて産み出す、か。その前提が間違っている可能性もあるからな。その確認が先か」


 さすがにそんな研究レポートが住居エリアに転がっているわけはない。誰もが見れるネットワーク上にもないだろう。となれば開発を行ったと思われるクリムゾンが持っている可能性がある。


「これだけの騒ぎを起こして、ビルの外を逃げ回っているなどという事はあるまい。探すとするか」


 面倒なことだ、とため息をつくカーリー。不老不死にして300年近くの功夫があろうとも、けして万能ではない。捜索や調査は得意なクローンに頼むのが基本だ。適材適所。カーリーはクローンの実力を正しく把握し、そして愛する。


 しかしレーザーネットを通り抜けられるクローンはいない。なのであきらめざるを得ない。この時点ではコジローが侵入を為したことを知らず、その方法を知って頬を染めて歓喜するのだがそれは後の話。今は面倒だが自分の足で探すしかない。幸福なことに、時間をかけることには慣れていた。


「せめて手掛かりでもあればいいのだが」


 言って適当に人がいると思われる場所を捜索する。そうして見つけたのが巨大な扉だ。中からはクローンが喋っている声が聞こえる。一定のリズムに合わせ、大勢のクローンが小さく何かを言っている。扉の向こうから聞こえるのはそんな声だ。


「入るぞ」


 言いながらカーリーは扉に近づく。ロックなどはかかっていないのか。扉は横にスライドした。カーリーの目の前に広がるのは、3階エリアの半分を使った巨大な空間だ。発表を行う講堂のようだが、明確に違うのは檀上にあるモノの存在だ。


「祭壇、か?」


 カーリーは檀上にある奇妙なオブジェを見て、そう呟いた。芸術性も何もない歪曲した彫像。幾何学的、ですらない。パターンも法則もない混沌たる彫像。溶けたアイスクリームに失敗作のスコーンが幾重にも刺さっているような、そんなドロドロした彫像だ。アイスクリームもスコーンも天蓋にはないのだが。


CTRLZシトラズ様。我らの過去を許し給え」

CTRLYシトラリィ様。我らに未来を与え給え」


 そしてその彫像に向けて一心不乱に祈るクローン達。彼らの言葉を真に受けるなら、このスライムモドキがCTRLZシトラズでありCTRLYシトラリィなのだろう。ランダム生成した3Dプリンターでも、こうはなるまいという不気味で不出来な存在なのに。


CTRLZシトラズ様。我らの過去を許し給え」

CTRLYシトラリィ様。我らに未来を与え給え」


 過去をやり直したい。新たな未来を進みたい。そんなものばかりを集め、ひたすら祈らせる。そうしてクレジットを奪い、そうして疑似超能力を産み出す力となる。


 失敗して地の底まで落ちた場所で、更にクレジットや精神まで絞られる。地の底と思っていた場所は上げ底で、そこからさらに下まで落とされる。挙句の果てには――


「こうしてやり直しを願う思いさえもエネルギーとして利用されるのか」


 祈るクローン達を見ながら、カーリーは嫌悪感を込めて言葉を吐く。彼らに利用されている自覚はない。ただ純粋に救いを求め、縋っているだけだ。折れた心が安らぎを求めることを誰に攻められようか。それはカーリーもわかっている。


「失敗することなど誰にでもある。失敗は挑戦した証だ。数多の失敗を下地として、一つの成功が得られる。むしろ失敗を成功に生かせない事こそが失敗なのだ。

 失敗を許さぬ愚か者、失敗を恥じる愚か者、失敗を恐れる愚か者。失敗の責任を取らず押し付けた愚か者、失敗を闇に葬る愚か者、失敗を笑いものにする愚か者。どれだけ文明が発展しようとも、たとえ作られた存在であっても、人間の根幹は変わらぬということか」


 カーリーが唾棄しているのは失敗を許さない社会構造。失敗を嗤う心。そしてそうして弱った存在に近づき、甘くささやき利用する者だ。クローンは人間の遺伝子を使いって産み出された。人の心がある限り、そう言った部分は消えることはない。


「Pe-00176869」


 カーリーは祈っているクローンの一体に近づき、話しかける。止める者はいない。信者達は『祈れ』と命令されたら命令されるまでそれを続けるから管理者もいない。狩りにいたとしても。カーリーを止められる存在はいない。


「お前はどんな失敗をやり直したいんだ?」

「仕事を失敗しました。AIへの命令内容を間違い、部署に大きな損失を与えて首になりました」

「なぜ失敗したかはわかるか?」

「何故……? 何故……? そう、あの時はあまりに多くの事項があったので混乱していました」


 当時を思い出し、暗い表情を浮かべるクローン。カーリーは頷き答える。


「タスクを膨大に抱え込んだクチか。ご愁傷さまだ。

 だが逆に自分が抱え込めるタスクの限界はわかったはずだ。そのラインを感じながら次頑張ればいい」

「……次? 次なんてありません。だからやり直して……」

「次はある。お前を捨てた場所は天蓋に数多ある部署の一つにすぎん。お前を受け入れる部署はどこかに存在する。それを探せ。やり直しはそこでやればいい」

「やりなおし……元の部署に戻らなくても、いいんですか? 失敗した私を、受け入れてくれるんですか?」

「企業はどこも人手不足だ。此処で祈るよりもよほどやり直せる可能性がある」


 カーリーはその隣のクローンに話しかける。


「Ne-00422487。お前はどんな失敗をやり直したいんだ?」

「腕のサイバーアーム……。あと2か月待ったら最新モデルが出るなんて聞いてなかったから……。なんであの時衝動買いしたんだろう。やり直したい……」

「技術進歩は世の習わしだ。アップデートのタイミングを見損ねたのは残念だったな。だが『ヒナ』は決して悪いサイバーアームではない。『ペレ』の高品質バッテリーで長時間の労働にも耐えうるからな。その特徴を生かせばいい」


 カーリーはクローン一人一人の目線に立ち、彼らの話を聞く。


「同僚に騙されたか。治安維持組織もグルでハメられた。悲しい話だな。司法的な事よりも信じていた物に裏切られたショックが大きい、という事はそれだけお前が純粋だった証だ。それは誇っていい。

『NNチップ』内のデータをもってAI裁判に向かえ。裁判費用は借金してでもいい。賠償金で返ってくる。治安維持組織が示談を申し出るだろうが、絶対に受け入れるな。一心不乱に祈る強い心があるなら折れずに頑張れるはずだ」


 失敗したこと。膝を折ったこと。それを否定しない。足を止め、嘆くことを悪としない。そんなことは誰にでもあるのだ。それを受け入れ、その悲しみを肯定し、そしてそれを救いあげる。


「そうか。辛かったんだな」


 悩みに貴賤はない。規模の大小はあれど、貴賤はない。そのクローンにとっては心に傷を負うほどの痛みなのだ。カーリーはそれを聞き、そして言葉を重ねる。頑張れとは言わない。手を引くこともない。ただ、道を示すだけだ。


 カーリーも話を聞いたクローン全てが立ち上がってくれるとは思わない。でも話を聞いて、考える者が生まれれば、或いは。


「だがまだ道はある。今は痛みで下を向いていてもいい。だけど、顔をあげれば道はある。それを覚えていてくれ」


 悩めるものに寄り添い、その話を聞く。そして道を示していく。


 その姿は、過去の文化になり果てた女神の如く――

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