ぺっぱあぁ……!

 イオリの実力……暴走にも似た行動で状況を納めたコジロー達は――


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! もうしませんから許してぇ!」

「見捨てられた見捨てられた見捨てられた! やりなおししたいよおおお!」

CTRLZシトラズCTRLYシトラリィ様! どうかやり直しを!」


 胎児のように身を抱えて泣き叫ぶクローン達をどうすべきか悩んでいた。


「無視してもいいんじゃねぇか。このビビりようは演技に見えないぜ」

「甘いわね。こういう奴らはまた誰かに利用されるのよ。ならここでとどめを刺すのが世の為なのよ」

「イオリとしてはさっきの不思議空気の事を聞きたいですね。弾丸止めたとか技術転用できそうですし」


 コジローはもう反抗するつもりはなさそうだから生かしておこうと言い、ボイルは面倒ごとを避けるためにも命を絶っておきたい。イオリは情報源としていろいろ聞きたい。その三つだ。


「悪いが俺達は急いでるんでな。一秒遅れて間に合わなかった、っていうのはヤなんだよ」

「安心しなさい。ペッパーがいればおおよその事はどうにかするわ。超能力者エスパーに勝てるクローンはいないわよ」


 その超能力を攻略されたとは、夢にも思わないボイルであった。


「お前、今さっき攻撃防がれたじゃねぇか」

「う……防がれただけで負けたわけじゃないわよ! その気になったらこのビルの鉄筋溶かして崩壊させることもできたのよ!」

「やめてくれ。上の階にいるトモエたちか危険だ」


 実際の所、先ほどの空気壁はさほど危機ではなかった。コジローがフォトンブレードで壁か床を斬るなどすれば横から逃げられるし、なりふりかまわなければ、ボイルは建物すべての金属を自在に熔解できるのだ。


「ではこうしましょう。こいつらを縛って部屋に放置。遠隔操作で薬物投与できる拘束具をつけて、いざとなれば殺害。私達は移動してそのクローンの元に向かう。

 尋問はイオリが『NNチップ』越しにやります。彼らには感覚想起ソフトも入っているので、離れていても効率的な尋問が可能です」


 複数の手錠を手にして提案するイオリ。移動しながら尋問をして、その気になれば命を奪える。三人の意見を両立した形となった。


「なんでそんな手錠を持ってんだよお前」

「クックック。隙あらばムサシ様を完全拘束するために持っているんですよ。何度やっても捕まえられませんけどね! こんちくしょう! でもそんな強いところが大好き!」

「こんな変態の部下を持つ二天のムサシに同情すべきか、この執念を受け流せる二天のムサシに驚くべきか。私なら即異動させてるわ」


 コジローの問いに怪しい笑みを浮かべるイオリ。二秒以内なら戦いながらでも未来を予知できるムサシにとって、イオリの動きなど児戯同然だ。ボイルは同情と驚愕のため息をついた。


 ともあれ移動を開始するコジロー達。イオリは『NNチップ』越しに通信し、その内容を共有するためにコジローとボイルにリンクした。


<ということで貴方の命は私達が握っています。大人しく話してくれるなら殺しません。質問に対して沈黙した場合、切歯と門歯から『ファファランラースの粘液ダンス』が骨伝導で伝わりますので>


 何度聞いても『それ何の意味があるんだ?』と思うコジローだが、専門家に口出ししても意味がないとスルーした。


<聞きたいことは二つ。

 先ずは先ほどの奇妙な力です。サイバー兵器を起動したわけでもないのに、空気が柔らかい壁のようになりました。超能力のように見えましたがなんなんですか?>


 サイバー兵器ではない。イオリは確信をもってそう告げた。気体や気流関係は専門外だが、通路一杯の空気を操作するなら相応の大きさが必要だ。彼らがそう言った機器を持っていなかったのは確認済みである。


<答えたら、許してもらえますか? 見逃してもらえますか?>

<答え次第です。嘘ついたら即死亡。つまらない遅延行為をするなら拷問開始。ちなみに今の質問は遅延行為に当たりますので拷問開始です>

<―――っ! 歯から振動が! ふぁふぁふぁらー!>


 イオリの意思を受け取って、クローン内にダウンロードされたアプリが起動。脳に『前歯が振動してポップなダンスが流れてくる』感覚を誤認させた。不慣れな感覚に悶えるクローン。


<3秒以内に答えてくださいね。3、2、1――>

疑似超能力スードー。教祖様はそう言ってました>

<すーどー? どういう原理ですか?>


 オウム返しに問い直すイオリ。言外にもっと詳しく説明しろという圧力を込めて。その圧を察したのか、クローンはしどろもどろに説明を続ける。


<はい、その、原理とかはよくわからないのですが、私達がCTRLZシトラズとCTRLYシトラリィ様に祈る力を形にしたものです。毎日祈り続ける力を、オクスリを使って増幅させて、皆で祈ると、あんなことが起きるんです。

 ああ、これがCTRLZシトラズとCTRLYシトラリィ様なんですね。祈りが届いたんです! あと少し、あと少し祈れば、やり直せる! 部署に帰り咲いて、業務の失敗をなかったことにできる!>


 最後は興奮気味になるクローン。その戯言を聞き流しながらイオリは考察する。


(嘘臭い話ですが、彼らが熱波とフォトンブレードを塞いだのは事実。それを元に考えれば祈りが力に変換されたという事を前提にして考えたほうがいいですね)


 どういう現象であれ、起きてしまったことを認める。科学とは現実の否定ではなく肯定から入るのだ。現在の理論に当てはまらなければ、それを上書きするようにアップデートしていく。


(祈りが力になる。精神的な作用が現実に影響したという事ですね。必死に祈って、その祈りが力になった。

 彼らの教義は『やり直し』。つまり現在の否定。あの壁は現在を否定して拒絶しているという事なのでしょうか? 十名近くのクローンが同じことを祈り、そして電子ドラックでその力を増幅。その結果、あの壁が生まれた……?)


 仮定を一つずつ積み上げるイオリ。祈るだけで何かが起きるなら苦労はしない。集団で祈っても現実は変わらない。そんなことは常識だ。でもその常識を覆す事象をイオリは知っている。


(まるで超能力者エスパーですね)


 自らが所属する部署の扱う物事。科学が進んだ天蓋においても、いまだに解明されない現象。


(後天的に超能力者エスパーに目覚めたケースは一度もありませんが、否定はできません。そういうことが可能で、だからイザナミ様はそれを手に入れようとしている? あるいは闇に葬ろうとしている?)


 そもそもこんな宗教団体にムサシを宛がう事が異常なのだ。だが超能力を産み出す存在がいるなら納得できる。ムサシが彼らを倒し、その間に別動隊が資料を奪取、或いは破棄。そういう形なのだろう。


<わかりました。その件は後程検証しましょう。

 もう一つ。666倉庫には何が入っているんですか? B2階にある倉庫です>


 イオリは事の騒動である倉庫について尋ねてみる。あれだけ厳重に守られているのだ。


<コンピューターです>

<コンピューター。何のために使っているんです?>


 再度、詳細に言うように圧力をかけるイオリ。コンピューター。計算やプログラム等を実行する機械。天蓋ならずとも、西暦時代にも普通に存在する物だ。


<解りません。複雑なプログラムを扱うとしか>

<あそこに運ばれた電子機器の数はかなりあったはずです。その全部がコンピューター部品なのですか?>

<解りません解りません解りません、ああ、ウソじゃないです! 本当に解らないんです!>


 狂ったように『解らない』を繰り返すクローン。イオリはその違和感に気づいて、質問を変えた。


<知らない、ではなく解らないなんですね。ということは自分の知識にはなくて理解できないけど、中の情報はあるということですね?>

<解りません! 解りません! 搬入はドローンを使ってましたし、扉が開いている所も見たことがありません!

 そもそも固有名詞もわけが解らない! イセカイショウカンとか、フロウフシとか、意味が解らない単語ばかりなんです!>

<いせかいしょうかん>


 イオリはおうむ返しに通信を返した。3度目。しかし今回は圧はなく、確認の意味合いが大きい。


「おいおい。どう言うことだ?」


 通信を聞いていたコジローは眉を潜めた。異世界召喚。それに関係している人間を知っている。問い詰めようと通信に割り込もうとして、ギリギリ押しとどまった。トモエとの関係性が解らない。


<そのプログラム名に間違いはありませんか? 聞き違い、類似の単語との混同とかはありませんか?>

<ああああ、まちがえましたか!? またまちがえましたか!? ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 残業しますから許してください! クレジット要りません! 寝ません! 殴られても文句もいいません! 悲鳴もあげません! だから許してください! いやだ。やりなおしたい。やりなおして、あんな上司を撃ち殺したい! ああああ!>


 優しく問い直すイオリに、狂ったように言葉を返すクローン。拷問ではなく、過去のトラウマを、呼び起こされたようだ。


<遅延行為二回目ですね。薬物投与します>


 これ以上、このクローンから話は聞けそうにない。そう判断したイオリは拘束具を遠隔操作して薬物を体内に注入しようとする。とはいえ致死量までは入れない。昏睡状態になる程度だ。生きていられるかは、運次第。


<アラート。対象の大脳が損傷し、脳活動が停止しました>

「……は?」


 イオリは突然のアラートに驚く。大脳破損? 拘束していたので自殺はできない。薬物投与によるオーバードーズで死亡したとしても大脳を物理的に破損する事はない。


 となれば、外部からの攻撃しかあり得ない。誰かがあの場に現れて銃殺した? いや、それなら声ぐらい上げるはずだ。電子ドラッグのショックで錯乱していたとはいえ銃を向けられたのなら何かしらの反応は――


「あぶねぇ!」

「んぎゃあああ!」


 思考に深けていたイオリは突然押されたショックに悲鳴を上げる。前を走るコジローに押されたのだと気づいたのはその後。文句を言おうと口を開いた瞬間に、窓から赤い光が撃ち放たれるのを見た。


「レーザーネットからのレーザー狙撃!?」


 イオリは目の前を通過した赤光を見て、突然脳を破壊したクローンに何が起きたのかを悟った。動けない状態で頭をレーザーに撃ち抜かれたのだ。


「敵味方関係なしですね。窓から見える相手を容赦なく撃っているみたいです」

「一旦部屋に入れ!」

「ひぃいいいい!」


 外から見えない部屋に移動し、イオリは汗をぬぐう。見れば窓近くにいた警備ドローンもレーザーで撃たれている。


「この部屋なら狙われないけど、ずっとここに籠ってるわけにもいかないわ。

 ああ、もう! あの馬鹿、返事しろ!」


 いら立つようにボイルが拳を握る。レーザーネットによる『NNチップ』通信疎外の解除コードをイオリに教えてもらい、ずっとペッパーXに連絡しているのだが返事はない。通信自体は繋がるから脳は無事なのだろうが、逆に言えばそれ以外の状態が分からない。


「馬鹿、馬鹿……! 何時もうるさいぐらいに叫んでるくせに、なんでこういう時は何も言わないのよ……!

 ぺっぱあぁ……!」


 サングラスとマスクで表情は見えないが、声色から十分に伝わるボイルの感情。無事を確認したい。声が聴きたい。その根底にある感情を震わせ、何度も何度も通信を試みる。


「そうだな」


 ボイルを見ながら、コジローは頷く。ああ、情けない。ボイルの姿を見て、頭を振る。情けない。ボイルがではなく、自分が。


「ずっとここにいるわけにもいかねぇ。突破するぞ」


 相棒に通知が届かず嘆くボイル。ボイルがペッパーXに抱く感情を、自分もトモエに抱いているのだとようやく自覚する。まったく情けない。自分の気持ちに向き合い、そしてフォトンブレードを手にする。


「突破って、レーザー狙撃はどうするんですか!?」

「レーザーぐらい切り裂いてこそのサムライだぜ」


 イオリの言葉に、コジローはフォトンブレードを構えてそう返した。

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