いくえにも古びるスペースシャトルは青酸カリィィィ!
ビル上層階でトモエたちが危機に陥っているのと同時刻――
「サディズムなペナルティー!」
「自室が裏がえった!」
「怖い怖いつんつるてん!」
そんなことを言いながら廊下を歩いてくるクローン達と邂逅していた。瞳の焦点は合わず、フラフラとしている。どう見ても常軌を逸していた。
「何なんですかね、あれ。電子ドラッグでもやってるんでしょうか? 支離滅裂すぎて訳が分かりません。知性と理性を失うとか、どうかと思います」
というのはイオリの意見である。コジローもその意見には全く同意するが、ムサシが絡んだ時のイオリの発言を思い出して何とも言えない表情をした。ボイルいわく『有能さを隠すための演技』らしいが。
「グリモワール! カーラーの救命曲線が虚空に放たれた時、デーモン・コアが解放される! バビ・ヤール大虐殺は全ての罪刑法定主義の意識を塗り替える! 紗がかかったダモクレスの剣は全てをクリムゾンに染め上げる! アカカカカカ!」
そしてその先頭を歩くクローンはさらにわけがわからなかった。ぼさぼさの髪の毛、よれよれの服。やせこけた頬。大声で叫ぶその姿は狂気そのもの。医学に詳しくなくとも、重度の電子ドラッガーであることは明白だった。
ボイルはそれを一瞥し――
【
コートのポケットから円形の金属片をつかみ取りって投擲。金属片の端を急激加熱させて小爆発させて推力加速。集団を囲むように金属片を展開して、一斉に加熱蒸発。2500℃の高温爆発をお見舞いした。
「……容赦ねぇなぁ」
「この状況で味方なわけないでしょ」
会話もなく爆破したボイルに肩をすくめるコジロー。ボイルはつまらないとばかりに吐いて捨てた。
「まあそうなんだけど、相手に名乗らせるまで喋らせてやるのも礼儀ってもんだろ?
「知らないわよ。じゃああなたは勝手に話を聞いてなさい。こっちは急いでるんだから」
「そうだ! クリムゾンは急いでいるのだ! 延長コードで意趣返しするためのラリアット。すなわちダムダムトロピカル! おお、いくえにも古びるスペースシャトルは青酸カリィィィ!」
古い礼儀を語るコジローと、馬鹿じゃないのと手を振るボイル。その二人の会話を遮ったのは、狂気の声だった。
「……は? どういうこと!?」
「どういうことだと? アンブレラははんなり生れかわるが今のクリムゾンはベイカーベイカーパラドックス! ナースアンテナが人皮装丁本にとことこ聞返す時、モノクロギブアップは遅まきながら黒みがかるのだ。すなわちオルフェウスの竪琴! 理解できたか?」
理解できない理解できない理解できない。狂気の言葉もそうだが、ボイルの超能力を受けて無事な理由もわからない。2000℃を超える超高温。しかも逃げ場を塞ぐように四方を囲んでの熱放射。膨張した空気が衝撃を生み、発生した熱波だけでも屈強なクローンの体力を大きく奪うというのに。
「わけわかんないわよ! 常識的に考えて超能力でも使わない限り、防げないのに!」
これを塞ぐ手段は多くはない。前もって防熱装備を装着しておくか、あるいは超能力でふさぐか。あり得る可能性としては前者だが、どう見てもそんな装備をしているとは思えない。ボイルが知らない未知のサイバー兵器か、あるいは――
「つまりこいつらの中に
「いやそれはありません。そんな重要情報があるなら捜査前にイオリの耳に入っています。教団の規模と関係者に
そんな事を見逃したとかあれば、イオリは60℃のジハイドロゲンモノオキサイドプールに全裸で沈みますよ」
フォトンブレードを狂気の集団に向かって構えるコジローに、はっきりと言い放つイオリ。そんな調査漏れはあり得ない。仮にも変態でも『イザナミ』超能力部署の長なのだ。ムサシと相対する可能性のある
「じゃあ超能力者が急に生まれたってことか?」
「馬鹿言わないで! 後天的に
「アカカカカカカ! 素晴らしい! 『
このクリムゾンの生み出した電子ドラッグと『イザナミ』から奪い取った知識の融合! 祈りを一点に捧げ、力にする究極急速収縮週刊誌! すなわち! クリムゾンに元気を捧げたまえ!」
相変わらず何を言っているのかわからないが、ボイルの超能力を防いだのは偶然でもまぐれでもない。超能力に対抗する術を考え、そして実行した結果なのだという事は間違いないようだ。
「なんつーか、スペックも含めてだが相手したくないな。無視するか?」
「変態を相手すると疲れますからね。常識がないクローンとか相手してられません。ですがそうも言ってられないようですよ」
イオリは後ろを振り向き、コジローに言葉を返した。後ろにも似たようなクローン達が現れたのだ。通路を挟み撃ちにされた形である。
「ばっちり対策された爆発姉さんは仕方ないとして、アンタ戦うとかできるか?」
「無理です。こんな奴らがいると知っていれば、相応のドローンを用意してきましたけどね」
「待ちなさい。爆発姉さんていうのは私の事なの?」
近づいてくるクローン達を見ながら、コジローがイオリに問いかける。イオリは即答しながら銃を構えるが、ボイルの温度攻撃を防ぐ相手に通用するとは思えない。そのボイルは半眼でコジローのネーミングセンスに異議を唱えていた。
「じゃあしょうがないな。一点突破で突っ切るぞ」
フォトンブレードをクリムゾンに向けるコジロー。体が揺れたと思った瞬間にすでに重心は移動しており、そのままクリムゾンに踏み込んでいた。素人が見れば、体を動かすことなく瞬間移動したかのように見える動き。そして――
「止められた……!?」
赤光のブレードがクリムゾンに当たる直前で、『何か』にぶつかりその動きが止まった。何か柔らかいものに包まれたかのように力が吸収されたのだ。手ごたえも何もない。どれだけ力を込めても、全て逸らされていく感覚。
「アカカカカ! 素晴らしい! 二天のムサシはR0G75B136の赤をも全く用いない唾棄すべき光と聞いていたが、この光はR237G26B61の配合! 真なる紅には至らぬが、しかししかしこれもまたクリムゾン! そう、全てをクリムゾンに塗り替えるのだ!」
わけのわからないことを言いながら笑うクリムゾン。そのまま一歩進めば、押されるようにコジローが下がる。目に見えない壁がそこにあるように、そこから先へと進むことができないのだ。
イオリはコジローとは反対側の通路にいるドローンに向けて、携帯している銃を撃つ。弾丸は凶器を呟くクローンに向かって飛び、当たる寸前で止まる。止まった弾丸はそのまま落ちることなく、空中に留まっていた。
「……成程。理論は不明ですが、ベクトルを吸収しているみたいですね。通路の空気をスライムみたいな壁にしている感じです。
高温さえも遮るのですから、純粋な力押しでは分が悪いですね」
イオリは目の前の現象をそう解析した。ボイルの生み出した2000℃の熱すら吸収してしまうのだ。
「当然だ! 二天のムサシと戦うことを想定しているのだからな! 如何なる超能力を持っていようとも、その力自体を分散されればどうしようもあるまい!
さあ、体内の赤を解放しろ! 汝らの血は無駄にしないと約束しよう! アカカカカカ!」
前と後ろのクローン達が距離を詰めてくる。目に見えない圧力が迫ってくる。イメージはできないが、このままだと正体不明の壁に阻まれて圧死して、通路に血をまき散らす。そんな空気――
「おいちょっと待てそこの体脂肪欠落男性型」
そんな空気を断ち切ったのは低くドスが利いた声。発したのは――イオリだ。
「ムサシ様と戦うことを想定した? BMI16の筋肉なし不衛生がムサシ様を倒せると思っているのか? ムサシ様を倒してあのお胸様をいいように扱えると思っているのか?」
「え? 胸? いや、クリムゾンは胸はどうでもよ――」
「あのお胸様をどうとも思わないとかふざけるなぁ! ムサシ様のお胸様は至高にして究極! 張りがあってそれでいて柔らかく、全てを包み込む弾力と包容力があるんだぞ! 触らせてもらったことないけど!」
動揺するクリムゾンに言葉を重ねるイオリ。自分で思っているのかと話題を振って、否定したらさらに怒る。なんというかものすごい言いがかりである。
「そもそもムサシ様のフォトンブレードを否定するとか何様だ貴様ぁ! あの色はイオリがムサシ様に抱くイメージ! あの色合いを出すのにどれだけ苦労したと思ってる! ムサシ様も褒めちぎったあの色を、貴様如きに否定される筋合いはない!
20Frの特注尿道カテーテルで膀胱内の液体全部放出する感覚を2時間ごとに味あわせるぞゴラァ!」
口調すら変わるほどの怒り。イオリにとってムサシは聖域。崇める存在。祈るべき存在であり、神そのもの。そして同時に愛欲の対象でもある。それに戦って勝つなど言語道断だ。
「ア……ア……アカカカカ! 威勢だけはいいようだが、所詮それだけだな! 紅の持つ偉大さにかなうべくもない! このまま体内の紅を撒きちら――なんだこれは!? 奇妙な……股間部分に奇妙な感覚が!」
「聞いてなかったのかこの骨皮ヒョロガリぃ! 20Frの特注尿道カテーテルで膀胱内の液体全部放出する感覚を2時間ごとに味あわせるって言っただろうが! レーザーネットの通信障害パターンはとっくに把握済なんだよぉ!
電子ドラッグで判断力ゆるゆるになったところに拷問プログラム送り込んでやったら、何も考えずに承認ボタン押しやがって! 周りの奴らも同じように悶えてるぞヒャッハー!」
【
イオリは怒りの言葉と同時に『NNチップ』を通して特殊な感覚を脳内に想起させるアプリケーションを送ったのだ。同意しなければ受け取ることはできないが、相手が電子ドラッグを使って判断力が鈍っていたこともあり、ダウンロードは完了。そのままイオリが設定した感覚に襲われているのだ。
ペッパーXの感覚共有と似ているが、ペッパーXの超能力は拒否することができない強制力があるが、ペッパーX自身が感じた感覚しか与えられない。逆にイオリのソフトは自身が感じる必要はなく、相手の了承が得られれば設定された感覚を想起できるのだ。
「うごごごごご!」
「トイレトイレ!」
「ひゃあああ! 漏れる漏れる!」
実際に放尿しているわけではないが、脳は膀胱から尿を垂れ流している感覚を味わっている。それに悶えるクローン達。
「待つんだ同士! 紅に対する信仰の力を弱めれば
電子ドラッグを用いて意識を統一していたからこそ維持できた不可視の壁。だがそれはイオリのソフトで乱れた。それまであった圧力がカオス状態になり、クリムゾンたちクローンは粘性ある壁から押し出されるように弾き飛ばされた。ある者は壁にぶつかり、ある者はイオリの足元に転がり、そしてクリムゾンは――
「アカカカカカカ! 紅が、紅色が足りなかったのだぁ! もっと、もっとドラッグを!」
遠くにはじき出されたクリムゾンはイオリを恐怖の目で見て、そのまま四つん這いになって逃げていった。
静寂、そして――
「ふ……ムサシ様に対するイオリの愛が勝ったという事ですね」
落ち着いたイオリが、胸を張って勝利宣言した。
「愛、怖いなぁ」
「え? そっちが素なの? 常識的に考えてありえないんだけど」
豹変したイオリを見て一歩引いていたコジローとボイルが、心に壁を作りながらそう呟いた。
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