紅色の混沌が全てを滅ぼす

価値なら、あるもん……!

 警備ドローンのプログラムは大きく三つに分けられる。


 先ずは待機。所定の場所に移動せずに立ち、異常があれば報告後、対処。いわゆる一般的な状態だ。


 そして巡回。待機と違うのは決まったルートを移動していることで、こちらも異常があれば報告後に対処する。


 最後に警備。いわゆる異常発生時。登録さえていないクローンIDやバイオノイドを見た時、非常時プログラムに従い行動する。一般的には警告し、その後に発砲。装備によってはスタンなどもある。


「きゃああああああああああ!」

「警告なしの一斉掃射とか殺意高すぎっす!」

「うむッ! 逃げるしかないなッ!」


 トモエとナナコとペッパーXは警備ドローン5体の機関銃掃射から、悲鳴をあげながら逃げていた。警備ドローンのカメラに見つかった瞬間に警告なしの一斉掃射である。廊下を埋め尽くす弾丸の雨。あの中を進むのは無理だ。


 ドローンはトモエたちの姿を見失うと、待機モードに移行する。動くことなく背後の道を封鎖していた。トモエたちは一息つくことができたが、事態はけして楽観できたものではない。


「……追ってこないね。助かった?」

「まさか。あそこ通らないと階段に行けないっす。こっちの逃げ道封鎖されたっすよ」

「まずいなッ! ドローンで追い込まれればッ! 手も足も出ないぞッ!」


 警備ドローンは一定個所を動かずにいる。それはドローンに対抗する術を持たないトモエたちからすれば、そこを守られているのに等しい。ビルの構造上通らないといけない箇所を押さえられているのだ。


「ワンコバイオノイドを差し向けても無駄とわかったんすかね。こっちの手の内を理解して、ドローンを多めに配置している感じっす」

「手の内って……ナナコの百面相とペッパーさんの超能力?」

「敵ながらッ! 見事だなッ!」

「見事っていうかどちらかというと厄介っすね……。一発で手の内読まれるとかそういう事なんすか?」


 ペッパーXの感覚共有と、ナナコのIDを含めた変装術。それを用いたバイオノイドの無力化。それを知って、相手は手の内を変えてきたのだ。


「そういう事ってどういうこと?」

「こっちの事情に詳しい相手って事っすよ。

 トモエはあっしの技術も辛味マスターの事も知ってるから不思議に思わないんすけど、普通は命令差し向けたバイオノイドがいきなり倒れたり命令解除されたらわけわかんないって思うんすよ」


 クローンとバイオノイドの関係は、完全なる主従関係……どころか道具とそれを使う者だ。クローンの命令にバイオノイドは逆らえない。バイオノイドはクローンのために消費される労働力で道具なのだ。ドローンと変わらない。


 ナナコは命令者とは別方向。『バイオノイドを調教したクローン』のIDを用いて命令した。それは裏技だ。治安維持組織である『KBケビISHIイシ』にしか知り得ない情報だ。


 そしてペッパーXの超能力は、目に見えない。いきなり脳を刺激されるのだ。ペッパーXは丁寧に説明してくれるが、無言でこれをやられれば普通は混乱する。なにせ目に見えず、いきなり脳を狂わされるのだ。理解などできるはずがない。


 知らない行為による命令解除。正体不明の干渉。これを知った者の反応は様々だが、おおよその者は思考するだろう。なんだこれは? どういうことだ? 一体何が起きたんだ?


「少なくとも、いきなり『バイオノイドを一旦退かせて、ドローン中心で抑えよう』なんて思わないっす。ドローンも同じ目に会う可能性があるって考えて、慎重になるはずっすから」


 ナナコは相手が慎重になっている間に移動し、あわよくば監視の目を逃れて脱出の術を探る予定だった。自分の変装能力とペッパーXの超能力。その正体がわかるまで動きはないだろうとみていた。


「つまりッ! 相手は慎重ではなくッ! 軽率という事だなッ! バイオノイドではだめだからッ! ドローンを当てるッ! そんな考えなしという事かッ!」

「……あー、そうっすね。そうだったらよかったんすけどね」


 慎重の反語を言うペッパーXに、適当に返すナナコ。実際その可能性もあるし、そうだったらいいなぁという思いもある。だがそうではないのだろう。世の中は何時だって非情で最悪な方向に転がっていくのだ。


「要するに、ナナコの変装とペッパーさんの超能力を知っている人ってこと?」

「あい。『KBケビISHIイシ』のバイオノイドを使っているあたりでヤな予感はしたんすけどね。

 ここを仕切ってるのはあっしの元同僚でバイオノイドは横流しで手に入れた……って程度ならいいんすけどね」


 元『KBケビISHIイシ』のクローンがドロップアウトして、ビルを使って何か怪しい事をしている。その程度ならすぐに『KBケビISHIイシ』が飛んできて終わりだろう。


 だけどレーザーネットが展開されてからそれなりに時間が経っているのにそんな様子もない。明らかに目立っているのに、『KBケビISHIイシ』の警備車両がやってきている気配もないのだ。


(ってことは外ではこれ以上の事件が起きているか、或いはウチの偉いヤツが圧力かけてるかって事っすよね? 

 ただの偶然じゃないとすると……うわ考えたくねぇ。胃が痛ぇっす……!)


 ナナコは自分の推測にストレスを感じていた。実は『或いは』ではなく、その両方が起きているのだが。クリムゾンのウィルステロと、ドッグの組織内圧力。『KBケビISHIイシ』はこのビルごときに手を割いている余裕はなかった。


「ナナコ大丈夫?」

「この状況自体が全然大丈夫じゃないっすけどね。とにかく別ルート探すっすね。非常階段か物品搬入カーゴあたりっすか」

「それがだめならッ! 窓から壁を伝ってッ! 降りるかだなッ!」

「落下死かレーザーネットに焼かれて死ぬかの未来しか見えねぇっす、それ」


 ペッパーXの提案に呆れた声で返すナナコ。窓の外を走る赤い光。触れればミラーコーティングしていない物質は蒸発する。何とはなしに見た窓の外。その光がわずかに震えた気がした。そして――


「はぁっ!?」


 窓の外から一条の光が放たれる。レーザーネットからその内部に向けられて放たれる攻勢機構。抵抗する収容者に向かって撃たれる光の一閃。それがナナコたちに放たれたのだ。


「ナナコ!?」

「その光に触れたらダメっすよ! トモエのそこそこ大きいおっぱいが断ち切れるっす!」

「そこそこ言うな! っていうか冗談言ってる場合じゃ……きゃああああ!」

「窓から見えない位置にッ! 走るぞッ!」


 レーザーネットから放たれた光に追い立てられるようにトモエたちは窓のない場所に走る。トモエたちがいる場所に向けて次々とはなられる紅の光。動き続ける限りは当たらないが、逆に言えばそれは相手に走らされているのと同意だ。


(どう考えても誘導させられてるっす! そこの角を曲がれば窓からは死角っすけど、そこに何か仕掛けられてるのは明らかっすね。罠か、待ち伏せか、でも足止めるわけにはいかないっす……!)


 レーザーは明らかに当てないように撃たれている。トモエたちを走らせるように、ギリギリを狙っている。足を止めれば命中するが、走る限りは当たらない。目的の場所に誘導する意図を感じながら、ナナコ達はその角を曲がり――


<スタンネット、射出>

「きゃあ!?」

「ぐわぁあッ!」


 そこに待ち受けていた警備ドローンに取り押さえられる。トモエたちは金属製の投網に包まれる。同時にネットをエネルギーが走り、電撃が体を麻痺させる。服を着ていれば火傷すら負わない程度の痛みだが、エネルギーは継続的に流れており体は指一本動きそうもない。


「念のために用意していた装備が役に立つとはな。これも本官の日ごろの行いか」


 無力化を確認したのか、ドローンの後ろから一人の男が現れる。IZー00111826。『KBケビISHIイシ』のバイオノイド調教師、ドッグ。別部署ではあるが、ナナコよりも高官だ。


「噂に聞く感覚共有も、こういう方法なら捕えられる。ドラック中毒者の仮説ではあったが、こうも上手く行くとはな」


 ペッパーXの感覚共有は肉体そのものにダメージを与えるのではなく、脳にダメージを受けたという刺激を与える超能力だ。だが電撃によるスタンはあくまで筋肉を痙攣させる行為である。


 この状態でペッパーXが相手に脳に『電撃を受けた』と脳を誤認識させても、肉体ダメージはないので筋肉は普通に動かすことができるのだ。


「うへぇ……。まさかの調教師本人すか。あー、不法侵入は止む無き事情なので酌量をお願いするっす」


 半ば想像していた同僚上官の登場に、降参とばかりに力を抜いて言葉を放つナナコ。言葉通り手も足も出ない。ネットにからめとられて電撃で脱力し、警備ドローンの銃口を向けられている。


「何をぬけぬけと。貴様がこのビルを調べようとしていることは明白だ。『ジョカ』の超能力者まで連れてくるとはな。どこの差し金でどういう繋がりか、話してもらうぞ」

「は? いやっすねぇ。このビルに来たのはただの偶然っすよ。レーザーネットが発動して屋上に落ちた不幸な事故――っあ!」


 事情を説明するナナコは、警備ドローンの放った弾丸に言葉を止める。痛覚遮断をするが、ネットに絡まれて応急処置もできない。身を丸めるのが精いっぱいだ。


「貴様の舌がよく回ることは知っているぞ。その舌で男に奉仕して媚びるのもな。本官もそうしてくれるなら、治療ぐらいはしてやるぞ」

「とんだ誤解とセクハラっすね。寂しいなら調教したバイオノイドにしてもらえばいいじゃねぇっすか。……っ!」

「ナナコ!?」


 憎まれ口を叩くナナコに、更に銃撃が跳ぶ。悲鳴こそ上げないが流れる血が異常事態を告げていた。赤い液体を見て、トモエが叫ぶ。


「ナナコに何するのよ! 私たちは本当に巻き込まれただけなのよ! なのになんでこんな事するのよ!」

「逆らっちゃダメっす、トモエ! あっしは大丈夫っすから!」

「よく吠えるバイオノイドだな。お前もこのアバズレと一緒に調教してやろうか? ナマイキな奴を黙らせるのには慣れてるからな」


 反抗するトモエに圧力をかけるドッグ。その口調と視線が、トモエに恐怖を与える。反抗するモノをねじ伏せ慣れている者の声。心を折ることを『作業』として行える玄人の所作。


「……っ、アンタなんか、怖く……!」

「頭が良くないようだから教えてやるよ、クソ猫。あの男性型は『ジョカ』の超能力者エスパーで、企業との交渉材料に使える。あの変身女性型は男を楽しませるための肉袋だ。

 だがお前には何の価値もない。本官が命令すれば一発3.5クレジットの弾丸に撃たれて通路を汚すだけのゴミだ。それも清掃ドローンが3分処理すればその痕跡も消える程度のな」


 上から見下すように高圧的に言い放つドッグ。トモエは気丈を保とうとするが、一歩ずつ近づいてくるドッグにその心が折れそうになる。


「お前に価値はない。だから本官がその価値をつけてやる。本官が調教して、貴様に価値を与えてやる。調教についてこれなかったら、無価値な肉として捨てられる。

 弾丸一発分以下の、貴様を調教してやるんだ。感謝の言葉を言いやがれ!」

「ああ、っ!」


 無価値。トモエの心を折りながら、少しずつネットの電流をあげるドッグ。肉体的に精神的に痛めつけながら、上下関係を刻んでいく。


「わかったっす! 何でも喋るから暴力反たっ……あぐっ!」

「今はお前が喋る番じゃねぇ! このクソ猫が答える番だ!

 答えろクソ猫、イエスかノーか!? 本官に価値をつけられたいか、それとも無価値に捨てられたいか! 3秒で選べ! 3! 2! 1!」


 ドッグの気を引こうとするナナコに銃を叩き込み、ドッグはトモエに圧力をかける。選択を迫り、思考するという行為を封じる。一度こちらの質問に答えれば、もうそれが当たり前になる。自分で考えることなどさせない。調教者の質問以外に答える以外のことは許さない。不可視の首輪が、トモエを縛――


「ゼ――!」

「価値なら、あるもん……!」


 全身を襲うエネルギーの奔流に息絶え絶えになりながら、トモエは自分を縛ろうとする首輪に抗った。イエスかノーかではなく、自分の意思で自分の言葉を返す。


「私の名前は、柏原友恵! この天蓋に召喚されたJKよ! 何の力もないし何のチート能力もないけど、それでも頑張って生きてる異世界転移者よ!」


 叫んだ言葉は追い込まれて支離滅裂になっていた。何の知識もないクローンが聞けば首をひねるような言葉。事情を知っているナナコも感情的に叫んだだけだと理解する言葉。


「――天蓋に召喚。まさか……異世界召喚プログラムか!?」


 だがドッグは、その叫びに多大なる価値を見たような表情を浮かべた。


『座標指定できる存在があればより正確な時空穿孔ができるが、やむなき事よ! 異なる世界の物質や痕跡があればいいのだがな!』


 異世界から来た存在は、時空穿孔の座標になりうるのだ。

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