疑似超能力者(スードー)

 時間は少し巻き戻る。コジローとコトネとカーリーが出会う少し前。トモエはイザナミとの会話を終え、コジローとカーリーが病院に入ったタイミング。


「だから手を放せって」

「くっくっく。指の関節を押さえられると簡単には抜け出せまい。ついでに触れた部分から相手の次の動きを予測し、その先を押さえる。重心移動を意識すれば難しくないぞ」


 病院に手を繋いで入ってきたコジローとカーリー。トモエがここにいるという事でやってきたコジローだが、探す手がかりはない。どうしたものかと思案していた。


 そしてカーリーは、


(特殊回線接続。パスワード、9月のスプーンは銀色)


『NNチップ』を用いて、企業創始者のみが知る回線を使って通信をしていた。傍受される可能性はないが、欠点として距離が短い。同じ建物内でようやく使えるというモノだ。


<遅かったの、カーリー。しかも男同伴とは。いやはや羨ましい限りじゃ>


 通信に応じたのは、ビル内にいるイザナミだ。トモエを会議室に送り、一息ついた所での通信である。病院の廊下をバイオノイドと歩きながら、脳内で通信を行っていた。


<そうだ、羨ましいだろう。カーリーのお気に入りだ。10歳で成長が止まっている貴様にはわからぬ喜びだぞ>

<皮肉の通じぬ女じゃな、貴様……! 時間そのものが停止しておるんじゃから仕方なかろう! 妾は別に可愛いとかちゃん付けされても悔しくなんかないぞ! ぐぎぎ……!>


 カーリーの言葉に明らかに悔しそうな返事をするイザナミ。タイムパラドクスにより死なない状態になったことで加齢が止まった企業創始者たち。事、イザナミは10代前半で止まっているため、いろいろ未熟な状態のままである。


<大変だな、子供は。そんな恨み言を言うためにここまで足を運ばせたのか?>

<そんなわけなかろう! カビの生えた回線をわざわざ引っ張り出したんじゃからな。相応の情報提供じゃ!>

<カビなど今時どこに生えるというものだがな>


 キューブ以外の食品が存在しない天蓋において、腐敗という概念はない。おおよその微生物は薬物散布で消毒される。食べ物にカビが生えるなど聞いても、ピンとこないのである。


<口の減らぬ女じゃなぁ……!>

<すまない。こういう情緒が理解できる相手がいなくなったのでね。少し楽しんでしまった。つい先ほどもクローンとそういう話をして、カルチャーショックを受けたところだ>

<クローンと話など意味なかろう。あ奴らは天蓋を動かすパーツで血液じゃ。妾たちとは違うぞえ>

<イザナミのそういう合理的な所は嫌いではないが、カーリーはそういうパーツや血液が好みなのだよ>


 脳内でのやり取りを行うイザナミとカーリー。カーリーがからかい、イザナミが怒る。その関係は変わらない。もっとも、直接顔を会わせて会話をしたのは270年ほど前だが。


 企業トップの人間同士は会談しない。これは企業規定の2項に定められている。企業同士のバランスを一定に保つため、お互いに干渉しないというのが目的だ。複数企業の部署合同で行うプロジェクトは存在するが、企業自体が手を結ぶと企業バランスが大きく傾く。そしてそれは天蓋のバランスが傾くことを意味していた。


 企業の目的は天蓋の維持。天蓋に収められた人間達の維持。その第一義に従えば、天蓋のバランス崩壊は避けるべきだ。なので企業トップの人間同士は会合をしないというのは常識である。あくまで表向きは。


 実際にイザナミとカーリーは会話をしている。この通信の存在が暴露されれば、それだけで『イザナミ』と『カーリー』は大騒動になるだろう。だがその危険性は皆無である。そう断言できるほどに、繰り返されている事なのだ。


<つまらぬ嗜好じゃな。理解はできぬ。こちらの思い通りに動かぬ我欲に塗れた奴らだというのに>

<だからこそいいのではないか。強くなりたい。かっこよくなりたい。偉くなりたい。クレジットが欲しい。欲望こそが前に進むエネルギーだ>

<その欲望のせいで、とんでもないことになりそうじゃがな>


 本題とばかりにイザナミのトーンが変わった。


<Peー00177658。通称クリムゾン。ヤツに重要な情報を奪われたのじゃ。

 妾たちの英知の結晶ともいえる、異世界召喚プログラムを!>


 衝撃の事実、とばかりに言うイザナミだがカーリーの反応は冷たかった。


<ぬけぬけと。イザナミの事だから、わざとセキュリティを緩めてそのハッカーに奪わせたのだろう。

 自分達にない発想をしてくれそうだ。天蓋をより発展させそうだ。そんなことのためにプログラムの一部を渡したんじゃないのか?>


 カーリーはイザナミの性格を知っている。天蓋の発展の為なら、多少の悪事を見逃す性格。そしてクローン達に技術を渡すことに躊躇しない性格。先の『国』でのドラゴン騒動などそのいい例だ。


<さてどうじゃろうな。どうあれクリムゾンがその情報を持って行ったのは事実じゃ。それが2年前じゃな。

 そして奴は宗教団体『Z&Y』に身を隠しておる。近くそこを襲撃するつもりじゃよ>

<プログラムを盗ませてから、2年の開発期間を与えて回収。御苦労様だ。そのクリムゾンという奴が天才なら時空通信ぐらいはできそうだな>

<いやいや。そ奴は天才というよりは奇才でな。空間穿孔に成功しおった。座標指定はできぬが、異世界に通じる小さな穴ぐらいはあけることができそうなんじゃ>


 イザナミの企みを指摘するカーリーだが、涼しい顔でスルーするイザナミ。そうして告げられた言葉に、呆れるような言葉を返す。


<空間穿孔?>


 空間穿孔。世界と世界を阻む空間に穴をあけ、繋げることだ。天蓋ではない世界。天蓋ではない時代。そこに繋がる小さな穴をあけるだけ。イザナミの話では特定の時代や世界に狙って穴をあけることはできないようだ。


 そこから異世界に移動、もしくは召喚するための経路を繋げる。いわば異世界召喚の初期段階。医療で言えば、針を皮膚に通すだけの技術。血管に上手く刺さらないかもしれないし、そもそも針が短くてとどかない可能性もある。


<無理だな>


 カーリーは呆れたように否定する。初期の技術さえも不可能だとばかりに。


<何故そう思う?>

<エネルギーが足りん>


 空間に穴をあけるためのパワー。空間と世界の圧力に負けない頑丈さ。それを為すためのエネルギーはけして少なくない。少なくとも宗教団体程度の小さな団体では用意できない。事実、トモエを召喚したときは五人の企業創始者が力を合わせてなしえたのだ。


<逆に言えば、エネルギーの問題さえ解決すれば可能という事じゃな>


 イザナミはその答えに、我が意を得たりと返事する。病院屋上の扉を開け、待機させていた飛行車両内に入るイザナミ。


<カーリー。おぬしは神を信じるか?>


 そして唐突にそんなことを言ってくる。否、唐突にしか聞けないことを言ってくる。


<愚問だな。天蓋に神はいない。宗教はただの文化になり果てた。私達が元の名前を捨てて女神の名を冠したのも、神を堕落させた証だ>

<うむ、その通り。破壊と殺戮のカーリー。黄泉の主宰神イザナミ。火山と暴力の神ペレ。神罰と復讐の神ネメシス。……ジョカだけはフッキと共に天地創造の兄妹神を選んだがな。懐かしいのぅ。

 神はおらぬ。しかしそれでもクローンはすがるのじゃ。祈る、と言ってもいいか。どうしようもない事を前にできるのは祈りしかないからな。人間と変わらぬとはまさに生物的な業やもしれんな>

<話を逸らすのが好きだな。神の名を呼べばエネルギーが生まれるとでもいうのか? オカルトなどもはや超能力以外存在しないというのに>

<それじゃ>


 つまらんとばかりに吐き捨てるカーリーに、イザナミは頷くように告げた。


<ふざけるな。神は存在しないとイザナミ自身も言っただろうが>

<そちらではない。オカルトの方じゃ。正確に言えば、超能力じゃよ。

 個人で圧倒的な力を持つ超能力者エスパー。分子に干渉して金属の溶解蒸発を意のままにし、脳内に干渉して五感を支配する。『NNチップ』なしでVR空間に干渉でき、食らった遺伝子を体内で再現し、脳内処理を百倍にまで加速させる。後は――>


 指折り数えるイザナミ。そんなイザナミの脳内に、舌打ちするようなカーリーの声が響く。


<自分の保有する超能力者エスパーを出さないのはさすがだな。つまらん雑談を続けるのなら切るぞ。無駄な時間だったな>

<ああ、すまんの。要は超能力者エスパーならエネルギー問題を解決できるという事じゃ>


 脱出しようとするコジローの動きを封じながら、カーリーはなかなか進まない会話に苛立ちを感じていた。ストレス解消とばかりにコジローの腕に胸を押し付け、その反応を楽しんでいる。


<神という存在に祈ることで多数の人間の思考を統一し、その思考を電子ドラッグを使って増幅。それを『NNチップ』を用いて直列につなぐ。そうすることで超能力に届くだけの力を得るつもりじゃ>


 ゆるく笑みを浮かべるイザナミ。たとえるなら、子猫が甘噛みしてきたときの反応だ。取るに足らない痛み。かわいい抵抗。それを見る目。もっとも、天蓋に動物としての猫はいないのだが。


疑似超能力者スードー。妾はそれをそう名付けた。500人のクローンによる祈りなら、時空を開ける力になるかもしれんな>

<そしてイザナミはその研究結果を搔っ攫おうとしているわけか。大した収穫だ>

<そう言うな。おヌシにも一枚かませてやる。これはそういう話じゃ>


 呼び寄せたのはこれを言うためだ。


<疑似的に超能力者に届きかねない技術。欲しいとは思わんか? この技術を突き詰めれば、いずれ超能力の根幹に繋がるやもしれん。おぬしが持つ医療技術と妾の持つ遺伝子複合技術。これが合わされば可能性は高まるぞ。

 妾もおヌシも保有している超能力者エスパーは1人だけじゃからな。数十年後にはこの力関係が変わっているやもしれんぞ。どうじゃ?>


 超能力者エスパーは各企業が保有する切り札の一つだ。そしてその数は10名に満たない。生まれる条件も由来もわかっていない超能力者エスパー。それを意図的に開発できるなら?


 超能力者エスパーの数は公言されていないが、企業の上に立つ者はどの企業がどれだけ保有しているかは把握している。当然、イザナミもカーリーも5企業に存在する超能力者エスパーの詳細は掴んでいた。


 そして自分達が保有する超能力者エスパーは他3企業に比べて少ない事も。


 企業トップとして、切り札の差を埋める可能性があるなら飛びつくべきだ。企業同士が相争う天蓋において、戦力差としての一翼を担う超能力者エスパーを『生産』できるならそれに越したことはない。


<断る。やはりつまらん雑談だったな>


 カーリーはそれを理解しながら、ノータイムで言い放った。


<所詮はニセモノだ。そんな研究のためにクローンを犠牲にするのは企業にとって損失でしかない>

<なんと。クローン好きもここまでくると病気だな>

<ついでに言えば、超能力者エスパーの保有数もつまらん話だ。クローンの強さはそんなものでは決まらない。努力の果てに得られる力もあるさ>


 イザナミと会話しながら、カーリーはコジローの腕に絡みついていた。逃れようとする気配を察して足を踏み、ひるんだ隙にがっちりホールドする。


<祈りによる力よりも、素振りをして得た経験の方が有益だ。神に跪く者よりも、辛苦を舐めた者が立ち上がる様を見たい。その先にこそ強さがある。

 話はそれだけか?>

<それだけのつもりだったがな。おぬしに会わせたい者がおる。

 聞いて驚け、妾たちの祖母殿じゃ>

<……成程それは驚いた。こちらも彼女を探していたところだ。正確にはカーリーの想い人がだがな>


 ――こうしてトモエとカーリーの修羅場に繋がるわけである。


 企業創始者同士の密会。結果として何も生まれなかったが、この通信結果には大きな意味がある。


「あのババアがレーザーネット内に落ちて生きているとはな。

 疑似超能力者スードーとやらには興味はないが、仮初とはいえ異世界召喚プログラムがあるなら、そこにババアを閉じ込められるかもしれんな」


 カーリーはそう呟いてレーザーネットに覆われたビルに歩いていく。高出力のレーザーが行く手を阻むが、不老不死の肉体には傷一つつけることもできない。カーリーは微風を浴びた程度の表情で通り抜け――


「問題は服だな。どこかにあればいいのだが」


 着ていた服が消失して、一糸まとわぬ姿になったカーリーは困ったような表情で眉をひそめた。逆に言えば、障害となるのはその程度だ。


 混迷したビルは、天蓋で最も力ある存在によりさらにかき混ぜられていく。


――――――


PhotonSamurai KOZIRO


~Prayer is meaningless~ 


THE END……?

No! It’s not over yet!


to be Continued!


World Revolution ……20.1%!

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