乙女の意地にかけてノーコメント!

 イオリがコジロー達と合流する少し前。


「ベータ、目標発見」

「各通路に展開。天井にスタンドローン設置完了」

「攻撃開始」


 ドローンに見つからないように移動しているトモエとナナコとペッパーXに、イヌ型バイオノイドが迫っていた。三人に見つからない位置に身を隠し、包囲殲滅するために陣を組んでいた。


「ID確認。Joー00318011、Joー00118651、一体は不明。ネコ型バイオノイドと判断」

「攻撃許可受諾。3カウント後にアクション開始」

「3……2……1……」


 タイミングを合わせた一斉攻撃。相手に重火器がないことは確認している。念のために対ガス装備を備えたイヌ型バイオノイドは手にした銃器の引き金に力を籠める。


「アクション!」

「ッ!? 敵かッ!」


 叫ぶ男性型クローン。初撃はあえて外し、こちらの姿を見せる。最初の威嚇で相手を委縮させて注目させ、反対方向から別動隊が制圧する。そんなチームの必勝戦術は――


感 覚 共 有ガンジュエ ゴンシャン――1 , 0 0 0 , 0 0 0 S H Uスコヴィルヒートユニット】!】!


 突如脳を刺激する辛味に悶絶し、地に伏した。ペッパーXの超能力、感覚共有である。対ガス装備など意味をなさない。脳にダイレクトに西暦時代のデスソースを一気飲みしたスコヴィル値が展開されたのだ。


 姿を見せたイヌ型バイオノイドの脳と感覚を共有し、視覚と聴覚を共有。そこから得た情報を元に隠れているバイオノイドの位置を把握し、そこに高数値のスコヴィル値を共有したのである。


 神経が命令を伝達する速度は毎秒120m。音や光などとは比べるべくもないが、時速に換算すれば約400km。その速度の処理を脳内で行い、脳内で味データを展開して感覚を共有する。生物である以上、逃れることのできない超能力。


「何すかいいきなり!? ……え? もしかして囲まれてたんすか!?」

「え、え、ええ? 何、何が起きたの!?」


 ナナコとトモエの視点からすれば、いきなり不意打ちを受けたかと思えばその瞬間に相手は昏倒していたのだ。相手は重火器を持ったイヌ型バイオノイド。それが行く先と後ろ。そして横道に倒れている。更には天井裏にもドローンがいる。


「スコヴィル値で動きを止めたが、どうするッ!? とどめを刺すかッ!? それとも武器を鹵獲するかッ!?」


 ペッパーXの超能力は強力だが、死に至らしめるほどではない。脳負荷がかかってのショック死はあるが、確実にそれを為そうとするならペッパーXの脳にも同レベルの負荷がかかるのだ。そんな危険を冒す状況でもない。


「一体だけでも――」

「――だめっ!」


 拳銃を構えるナナコを思わず止めるトモエ。止めた後で、トモエははっとしたような顔になった。


「あ……」


 分かっている。今は非常事態だ。ナナコの行動の方が正しい。平和ボケした感覚では生き残れないことなどわかっている。


「しゃあねえっす、逃げ!」

「武器はッ!?」

「位置情報補足される可能性があるから置いとくっす!」


 ナナコの判断でいったん逃げ、階を降りて部屋に入る。一息ついた後でトモエが思いつめたように口を開いた。


「ごめん……。つい」

「まー、冷静に考えたら1体だけ倒しても意味ないっすからね。っていうか状況は何も変わってねーっすよ」


 蒼白なトモエの顔を見て、ナナコは慰めるようにそう言った。実際、一体殺してもあまり事態は変わらない。


「むしろこれからどうするかを考えた方がいいっす。相手がイヌ型バイオノイドなら、復活したら匂いを嗅いで追ってくるっすからね。

 どっちかっていうと問題は、次は威嚇なしで来るって事っすね」


 事態は全く解決していない、と言い放つナナコ。


 さっきのバイオノイドが復活次第、自分達を追ってくることは確定だ。そして次は威嚇なしで攻撃して来る。練度を見るに、同じ愚を犯すような真似はしないだろう。


「威嚇なしって……さっきの銃結構大きかったよね? 手加減とかでき……ないよね?」

「数も数っすから、骨すら残さずバラバラっす。さっきもそうなってもおかしくなかったんす」

「あの数に撃たれればッ! 脳も残るまいッ! さすがに『キョンシー』を使っても肉体がバラバラになれば、動けないッ! その痛みぐらいはッ! くれてやれるがなッ!」


 トモエの質問にうんと頷くナナコ。ペッパーXが如何に防御用のサイバー機器を入れて頑丈になっているとはいえ、脳を失えば何もできないし、肉体がちぎれれば立つこともできない。最後の抵抗で撃たれた痛みを相手に返せるが、その程度だ。


「降参したら……命だけは助かる?」

「降伏勧告すらしなかったすからね。交渉の余地なしっす」


 ナナコの言葉に絶望するトモエ。逆転の手はない。あんな銃で撃たれて生き残れるわけがない事はトモエも理解できる。


(こういう時、いつもコジローが助けに来てくれるんだけど……)


 これまで幾度となくピンチに陥ってきたが、その度にサムライに助けられた。だけど……。


(酷いこと言っちゃったもんなぁ、私。助けに来てくれないよね)


 少し前の喧嘩別れを思い出し、その可能性がないと首を垂れる。そのコジローはトモエを助けるべくレーザーネットを斬って内部に入っているのだが、トモエは気づくこともない。


「ま、相手がバイオノイドならどうにかなるんすけどね」

「え?」

「ここですこーしトモエが出すもの出せば、バイオノイドは完全無力化できるって寸法っすよ」


 いやらしく指を曲げて近づくナナコ。太ももを沿うような動きに、トモエは何を言いたいのか理解できた。


「うえええええええええ!? 今、ここで、おしっこを出してってこと!?」

「出ないって言うんならあっしにお任せ。この前みたいに気持ちよく刺激してあげるっす!」

「いやいやいやいやいや! その、わかるけど、それは!」


 トモエの尿に含まれる高濃度のエストロゲンはバイオノイドに作用する。それがどの程度かはわからないが、『国』での騒動では100名近いバイオノイドをコントロールできたのだ。


「これ以上の解決策はないっす。どっちがいいか選んで頂戴っす」

「そんなこと急に言われてもぉ! トイレもないのよ、ここ!」

「椅子ならあるっすよ」

「椅子に座って……(ごにょごにょおしっこ)……とかできるかぁ!」


 椅子に座って放尿する自分の姿を想像して叫ぶトモエ。そうしないと生命が危機という事態は理解しているが、それでも乙女の羞恥は簡単に捨てられない。


「しょうがないっすねぇ。じゃあ代替案で解決するしかないっすね」

「代替案……?」

「そこの『ジョカ』のナンパ営業様は五感を他人に伝達できる。それで解釈は間違ってないっすよね?」

「うむッ! うぉれの超能力はッ! 感覚共有ッ! それで間違いないッ! 理由は不明だがッ! カシハラトモエの尿が必要なのだなッ!」


 せっかく盗聴と『NNチップ』の記録対策で超能力って単語避けてたのに余計なこと言うなよこの阿呆、とナナコは内心毒つき、そして言葉を続ける。


「つまりトモエがパンツを脱いで、辛味旦那に脱いだパンツを嗅いでもらうか舐めるかすれば解決っすね!」

「うむッ! それならカシハラトモエの尿をッ! 脳内に記憶できるッ! さあッ! 早く脱ぐんだッ!」


 ――この会話を天井裏にいる探査ドローンに聞かれているとは思いもしない3人であった。


「脱ぐか、馬鹿ぁ!? ペッパーさんも何言ってるのよ! 大体私が漏らしている前提で話をしないで!」

「異議あり。証拠の提出を要求するっす!」

「黙秘権行使! 乙女の意地にかけてノーコメント!」


 スカート部分を押さえて、必死に抵抗するトモエ。今の彼女の下着がどうなっているかは……シュレディンガーのパンツである。


「直接脳内にトモエの尿情報を叩き込めれば一発解決なんすよ。このままだと3人全滅なんすよねぇ」

「……う、それは……」


 羞恥プレイを受けたトモエだけど、このままだと現状打破できない事実には変わりはない。そしてそれは死に直結するのだ。恥じらいか、死か。精神的社会的な死か、肉体的な死か。JK的にはできれば前者を避けたい。


「まあトモエの尿があっても不意打ちされたらおしまいなんすけどね。辛味旦那が相手を認識するより前にライフル撃たれるか、手りゅう弾投げ込まれたらジエンドっす。

 なんでそろそろ真面目モードに入るっすよ」

「……へ? あの、ナナコ?」


 悩むトモエを放置してナナコは部屋の外に出る。扉が開いた時には、サイバースキンとIDジャマーを駆使して変装は終わっていた。


潜 入 工 作 員インフィルトレーション――変 装 完 了ディスガイス】!


 変装したIDはIZー00111826。『KBケビISHIイシ』のバイオノイド調教師、ドッグ。


「調教師権限で命令を下す! 目標の捜索及び攻撃を一時停止。武装を解除し、本官からの別命あるまで初期位置に戻り待機せよ!」


 廊下に向かって叫ぶドッグ――に変装したナナコ。1キロ先まで聞くことができるイヌの聴覚はその言葉を受け、ナナコたちを追うことを停止する。


「あのクソ性癖な調教師のバイオノイドを使ってた時点で運の尽きっす」


 ナナコはペッパーXが昏倒させたバイオノイドを見て、ドッグが調教したバイオノイドだと見抜いていたのだ。たとえ他企業の部署で使用されていたとしても、調教師の命令には逆らえない。


「……どういうことなの? 今のでもう追ってこないってこと?」

「一応は大丈夫っす。いやぁ、『KBケビISHIイシ』が調教したバイオノイドがいるとかどういう状況っすか、って思ったっすがね」


 変装を解除し、息を吐くナナコ。


(ラッキーだったんすけど、逆に考えたらやべぇっすね、これ。

KBケビISHIイシ』のバイオノイドがいるという事は、『KBケビISHIイシ』の高官がこのビルの管理者に小遣い稼ぎでバイオノイドを横流してるってことっすよね。この件、報告したらあっしのクビが吹っ飛ぶ(物理)んじゃねぇの?)


 変なことに首突っ込んだなぁ、と胃が痛くなるナナコ。横流しどころか、まさかの調教師本人が直接関わっているなど想像もできない。


「つまり……私におしっこしろとか言ったのは……意味なかったの?」


 そんな心配をしているナナコに気づくことなく涙を我慢して口を開くトモエ。あ、やっべ。ナナコは慌てて言い訳をした。


「いやまあ、意味はあるんすよ。今ので言う事聞かない可能性あったし。あとは他のバイオノイド対策も必要で、けしてこの状況に乗じてトモエの尿が欲しいとか恥じらってるトモエの顔を見て楽しいとか――」

「ナナコのあほー! 本気でどうしようか迷ってたのに!」

「ならもう少し脅しとけばよかった――いた、殴るの禁止っす!」

「うむッ! よくわからんがッ! 仲良くてよしッ!」


 バイオノイドの危機をクリアしたトモエたちだが、安心はできない。武装の問題でドローンに見つかればどうしようもないのだ。


 早く安全な場所に逃げないといけない。しかしそれが難しいのは、荒事に疎いトモエも理解していた。

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