そいつをどうにかするのがブシドーなんだよ

「…………」


 コジローは自動操縦の車のシートで陰うつな気分になりながら、頭を掻いた。


『なんでそんなこと言うのよ、コジローの馬鹿!』


 トモエに『企業戦士ビジネスにナンパされて企業に囲われたほうがいいのではないか?』と言った時の反応だ。いつもの会話で発生する乙女の領域デリカシー的な拒絶ではなく、明確な怒りが含まれていた。


『少なくとも市民ランク6の生活よりも『崑崙山クンルンシャン』にいたほうがいいのは間違いない』


 これはゴクウのセリフだ。コジローの生活レベルはお世辞にも高いとは言えない。最低限の生活で最低限のクレジット。コジロー以上の生活など天蓋にはいくらでもある。トモエの特殊な事情を鑑みても、質が良くて安全な暮らしの方がいいのは間違いない。


『あいつの幸せを決めるのはあいつだ。俺がどうこう言う事じゃねぇ』


 とっさにそう言い返したが、それはトモエが自分から離れるのなら止めることはできないという事だ。トモエが本当にそう言った時、自分は受け入れられるのか? 受け入れるしかない。だがその瞬間を想像すればするほど、心は乱れる。


「何やってんだか、俺は」


 千々に乱れる感情。自分がどうしたいのか、方向性が定まらない。トモエの思うままにさせるべきだという事はわかっていても、それを受け入れられないかもしれない。そんな自分の不甲斐なさにいら立ち、そしてどうすべきかを迷い、そしてトモエの自由にさせるべきという同じ結論にたどり着く。


「あいつの選択に向き合うしかないんだよな」


 異世界から来たというトモエ。その選択を守るのがサムライだ。その信念は間違いない。足りないのは、コジロー自身がトモエがどんな道を選ぶかを受け入れる覚悟なのだ。


 その考えに至った瞬間に――


「何だ!? 天が真っ赤になったぞ!」

「モニターが真っ赤だ!」

「何だこのウィルス!?」


 天蓋を包み込むドームモニターが真っ赤に染まり、周辺のモニターも同じように赤くなった。奇妙なウィルスがネット上を飛び交い、混乱を起こしている。自動操縦にも影響が出ているのか、いきなり加速を始めた。


「なんだ!? 運転止めろ!」

<――変更不可。自動運転システムに障害が発生しています>

「くそ!」


 コジローはハンドルを握りながら手動で車を運転する。手動運転に慣れているコジローはとっさにその判断ができたが、自動運転が当然である他のクローン達は判断が遅れる。周囲では暴走する車の事故が起き、混乱が生じていた。


 混乱は地上だけではない。天蓋の物資流通は主に空路だ。飛行プログラムにまでウィルスは影響を与えているのか、上空は大混乱だ。飛行するための力を失い、墜落する飛行車両もある。


「無差別ウィルステロか!?」


 サイドブレーキをセットして物理的に車を止めるコジロー。何が起きてもすぐに対応できるように車から降り、フォトンブレードの位置を確認する。混乱に乗じて何が起きるか分からない。


<ニュース検索。142件の結果がヒットしました。検索数トップは『クリムゾンによるウィルステロ勃発』。広範囲にウィルスを撒いて、混乱を起こしています>

「何やってんだよ治安維持組織。この辺りは……『KBケビISHIイシ』か?」

<『KBケビISHIイシ』の初動は遅れましたが、対応に当たっています。ウィルスを撒いたクローンの場所は捕捉済みのようです>


 ツバメが読み上げるニュースに安心するコジロー。実際、混乱は少しずつ収まってきている。数秒だけシステムをハッキングし、混乱を生むだけのテロだったようだ。治安維持組織がきちんと対応すれば、すぐに日常に戻る。


「じゃあすぐに終わるだろう。人騒がせだぜ」


 ドームモニターはまだ赤いままだが、それ以上のことが起きる様子はない。治安維持組織も動いているのなら、後は任せておけばいい。コジローは肩の力を抜いて車に戻ろうとして、


「Ne-00339546! どういうことなの!?」


 IDで呼ばれ、肩を摑まれた。振り向けば、そこには――ミラーシェイドサングラスと金属製マスクをした全身断熱コートで身を包んだクローンがいた。


「ええと、アンタは……ボイルだったか?」


 特徴的な姿を見て、コジローは肩をつかんだ相手の二つ名サインを思い出す。Joー00101066。金属を融解させる超能力者エスパー。トモエを誘拐した相手だが、共闘したこともある。


「何がどうなっているのか説明してもらうわよ!」

「落ち着けよ。むしろそいつはこっちが聞きたいね。何が起きてるんだ、これは?」

「知らないわよ!」


 明らかに感情的になっているボイル。コジローはどう落ち着かせようかと頭を悩ます。そもそもなんでいきなり絡まれたのかがわからない。このテロの関係者と思われているのか?


「ペッパーが消息を絶ったと同時にビルに規格外のレーザーネットが張られて、その後にこの騒動! 何か知ってるんでしょ!」

「待て待て待て。全然わからん。ペッパーっていうのはあんたのツレなのはわかるが、ビルにレーザーネット? 何のことだ?」


 詰め寄るボイルにコジローは眉をひそめながら言葉を返す。ペッパーXの事はギリギリ理解できるが、そこから先は何がなんやらだ。大体レーザーネットって拘束具だろ? ビルとどういう関係があるんだよ。


「ペッパーはカシハラトモエと一緒に居る時に襲撃されたのよ! アナタ、あの子の相方なんでしょ! 今あの子を狙ってる襲撃者の情報をよこしなさい!」

「待て。なんでそこでトモエが出てくるんだ? あいつがアンタのツレと一緒だったってことか? なんでそんなことになってるんだ?」

「そういう仕事だからよ!」

「どういう仕事だよ?」


 ボイルの言葉にさらに困惑するコジロー。まさか『ジョカ』の超能力者エスパーがナンパ営業をしているなど想像もできない。超能力者エスパーの『仕事』というからには何かしらの危険があると考えるのが普通だ。


「っ。……企業秘密よ!」


 まさかナンパしている、とは言えないボイル。実際に企業の秘密であることもあるが、相方が他の女性型に声をかけて誘っているという事実を仕事だからの一言で受け入れられない感情があった。成功なんてしないだろうけど、でもなんというかモヤモヤする。


――ペッパーが消息を絶ったのは一緒に居たカシハラトモエに原因があるとしか思えないわ!」


 トモエを取り巻く環境は特殊で、狙う者も多い。トモエと一緒に居て消息を絶ったというのなら、その関係を疑うのは当然だ。コジローもその意見には納得できる。


 ――真実はそんな事情とは全く無関係な事件に巻き込まれているのだが、ボイルがそれに気づく由もない。相変わらず推理が裏目にでるクローンである。


「あいにくとこっちも何も聞いてねぇぜ。『ジョカ』の色事系ジゴロにコナかけられてるってぐらいだ。前みたいに強引に誘拐っていうのはなくて平和なもんだぜ。

 そっちの『仕事』が関係しているんじゃないのか?」

「ないわ。言えないことは多いけど、こっちも平和な任務よ」


 ボイルはコジローから少し目をそらしてそう答える。その色事系ジゴロが今のお仕事です、とは口が裂けても言えない。


(この前の失敗で超能力部署が大きく予算削られて、色事系営業に出向してるなんて言えないわよ! カシハラトモエの知り合いだからナンパしろ? 何それって思うけど予算を考えれば受けざるを得ない状況だしぃ……。

 しかもペッパーは何も考えてないんだろうけど乗り気だったし! あの辛味バカ!)


 イライラして足をトントン動かすボイル。相方ペッパーXが馬鹿なのは知っているけど、それでもそれはないんじゃないかな。そんな気持ちを口に出さない自分にも問題があるのは知っているけど!


「分かった。内容はともかく、トモエとアンタのツレが一緒に居る時に誰かに襲撃された、ってことだな。

 で、レーザーネットっていうのはどういうことだ? トモエがレーザーネットに囚われたってことか?」

「ペッパーが消息を絶った場所の情報を送るわ」


 ボイルは『NNチップ』を通してコジローに動画ファイルと画像ファイルを送る。ボイルが見た光景だ。


「……なんだよ、この馬鹿でかいレーザーネット? 合成じゃねえだろうな」

「だったらよかったんだけどね。間違いなく現実よ。

 近くにペッパーの乗ってた飛行車両の残骸もあったわ。レーザーで焼き切られたような傷があったから、レーザーネットに巻き込まれたのは間違いないわ」

「ますます何が起きているのかがわからんが……トモエとアンタの相方はその残骸にはいなかったってことか?」

「見つかったのはエンジン部分よ。コンテナ部分は見つかってない。推測だけどビル屋上に墜落したと思うわ」


 ボイルの言葉に眉を顰めるコジロー。状況が全く分からない。自分の知らない所で何かが動いているのか?


「考えても結論は出ないな。そのビルの中に入って調べるしかないだろ」

「入れるならとっくに入ってるわよ。レーザーネットの出力が半端じゃないのよ。飛行車両を切り裂くぐらいのレーザーよ。間を通り抜けようとしたら蒸発するわ」


 コジローの言葉にため息をつくボイル。断熱コートである程度の温度は遮断できるが、レーザー自体を止めることはできない。光子に触れればそのまま切断。触れずともレーザーの発する力場に弾かれて移動もままならない。


――」

「そいつをどうにかするのがブシドーなんだよ」

「中に入ることは不可能……ブシドー?」


 ボイルの質問を無視してコジローはビルに向かって歩き出す。車は再度ウィルスで暴走する可能性があるので置いておくことにした。ボイルは慌ててその後を追う。


「ここか」


 コジローは光の格子に包まれたビルの前に来た。周囲にはレーザーネットで切り落とされた車両の残骸があり、ウィルステロもあって誰も人はいない。治安維持組織もウィルステロの混乱を納めるのに集中しており、こちらは後回しになっていた。


「で、どうするの? 一応言うけど、私の超能力でも無理よ。華氏10031度5555℃の熱量も弾かれたんだから」


 華氏10031度。徹甲弾に使われるタングステンを蒸発させる温度だ。その爪痕がボイルが指さす先に残っている。地面は激しく焦げているが、レーザーネットの力場で焦げは止まっている。物理的な力場が熱量を上に流したのだ。


「決まってるだろ。行く手を阻む檻は斬って進むのがサムライなんだよ」

「は? 斬る? どこ行くの――」


 コジローは高温すら流す光の奔流に向かって、まるで散歩するように自然に歩き――フォトンブレードを抜いた。


光 子 剣 術フォトンスタイル――流 光ベクトルスラッシュ】!


 一閃される赤光の刃は光の檻を切り裂いた。光子同士が干渉し、消滅する。フォトンブレードの出力は小さく、レーザーネットの出力には遠く及ばない。しかし、僅かな瞬間だけでも光の奔流を切り裂ければ、それで十分。


「よ? へ? はぁぁぁぁぁ!?」

「よし、行くぞ。ついてきな」

「きゃああああ!? いきなり引っ張らないでぇ!」


 わずかな隙を逃すことなくコジローはボイルの断熱コートをつかみ、レーザーネットの中に飛び込んだ。切断されたレーザーネットは一秒に満たない時間で復活するが、その間にあいた隙間をすり抜ける。


「よし、どうにかなったな」

「いいいいいいいい、いま! 今目の前をレーザーが!? ちょっと遅れてたらレーザーに巻き込まれてたわ!」


 目の前を通り抜けた高出力の赤い光に恐怖を感じるボイル。激しい動悸を押さえるように胸に手を当てて叫ぶ。


「遅れずに中に入れたんだから気にするなよ」

「気にするわよ! せめて事前に説明してよ!」

「したじゃねぇか。斬るって」

「分かるわけないでしょ! 説明不足にもほどがあるわ!」

「残念だけど、その辺りを落ち着いて議論する余裕もなさそうだ。団体様のご歓迎だ」


 侵入者を迎えるように警備ドローンが集まってくる。向けられる銃口はとても歓迎しているようには見えないが。


「どうする? どこかに隠れててもいいんだぜ」

「ふん。あれこそ議論するまでもないわ」


 落ち着きを取り戻したボイルはドローンを見ながら立ち上がる。


金 属 沸 騰ジンシュウ・フェイトン――灼 熱 極 点 燃 焼ジャオレ・ジーディェン・ランシャオ】!


 ボイルが視線を向けると同時に警備ドローンが震え、そして沈黙する。視界内にいる警備ドローン12体全ての弾倉にある弾丸が一斉に蒸発し、高熱が火薬に引火して内部爆発を起したのだ。


「武装に金属を使っている限り、私の敵じゃないわ」


 警備ドローン一体辺り200発の弾丸が一斉暴発。熱と衝撃、そして弾丸どころか銃そのものが高熱で使用できなくなったことにより、木偶の坊になる警備ドローン。エラー発生の為シャットダウンした警備ドローンの横を優雅に歩くボイル。


「いやはや、大したもんだぜ超能力者エスパー様は」


 コジローは超能力者エスパーの強さを目の当たりにし、素直に賞賛を送った。

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