……撃たないと、ダメ?
「う、なに……?」
微睡から覚醒したトモエは、
「おっと」
「むごごごご……!」
いきなり口元を押さえられるように押し倒された。起き上がれないように肩がっちりホールドされ、唯一動く足をバタバタさせるけどバランスの悪さもあってビクともしない。
「落ち着くっす。今暴れられると面倒になりそうっすから」
声をかけてきたのはナナコだ。ついでに言えば口元を押さえて押さえつけているのもナナコである。友人の声に落ち着くトモエだが、状況がまるで分らない。とりあえず暴れるのをやめると、ナナコは口と肩の拘束を緩めた。
「質問は小声でお願いするっすね」
「とりあえず……何がどうなってるの?」
「実は全然わかんねーんす」
状況が全く分からないトモエは大雑把に問いかけたが、ナナコもそれが知りたいとばかりに肩をすくめた。
「分かってることだけを列挙すると、乗ってた飛行車両が規格外のレーザーネットに巻き込まれてビルの上に墜落して……こっちを殺そうとするビルの警備ドローンに追われて隠れている最中っす」
「……は? れーざーねっと? びる? どろーん? おわれて……?
私達、ペッパーさんの車に乗ってたんだよね? それが……狙われて墜落したの?」
一つ一つがトモエの理解を超えている。整理をするためにナナコに問い直した。これまも自分が目的でいきなり狙われることはあった。今回もその類だろうか?
「多分違うっす」
ナナコは首を振り、窓の外を指さした。赤い光が格子状に展開されている。トモエはコジローのフォトンブレードを思い出していた。もっとも、コジローのブレードはここまで大きくもないし長くもないが。
「何あの光?」
「あれがレーザーネットっす。本来はパワー系サイバーアーム持ちや
「待って。最後のは待って」
天蓋の性癖の深さに業にツッコミを入れるトモエ。
「要するにコジローのフォトンブレードみたいにレーザーみたいなので作った檻ってこと?」
「ブシドー旦那の趣味武器とは出力が桁違いすけどね。触れれば切れるっていう意味なら同じっす。
対象を包み込むように展開して、動きを完全に封じる感じっすね。中から銃を撃っても熱と光で消失し『NNチップ』の通信や命令も阻害して、命令一つで内部にいる収容者に光を飛ばして攻撃もできるっす」
光の檻の中から外にいる者を攻撃しようとしても、光と光の間に物質が入った瞬間に光子が反応して、その物質を破壊する格子である。もっと凶悪なクローン用として、指示一つで収容している相手に向けて光を撃ち放てる。
「攻撃強度は自由自在。いきなり脳を焼き切ることもできるし、苦痛を与えてじわじわ弄ることもできるっす。
そんないつ攻撃指示されるか分からなくてドキドキハラハラするプレイが――」
「だから待って。今そこ重要じゃないっていうかあまり知りたくないっていうか」
「いや割と大事っす。要するに、そんな檻に閉じ込められてるんすよ。あっしら」
ため息をつきながら告げるナナコ。ビルを包んでいるレーザーネットのスペックまではわからないが、高出力の光学兵器が自分達に向けて飛んでくる可能性がある。その切れ味はコジローを見て知っている。
「なんでそんなことになってるのよ?」
「いや全く。そもそもビル一個包み込むほどのレーザーネットってどんだけの規模っすかって話っす。でもこれって企業規定の7条に違反してないんすよねぇ。レーザーネットは拘束機器であって兵器枠じゃないし。大した裏道っす。
推測っすけど、このレーザーネットが発動したときに偶々あっしらが乗ってた飛行車両が近くを通っていたって感じだと思うっす。で、巻き込まれて侵入者扱いされて追われている感じ」
「追われてる?」
トモエの問いかけにナナコは頷き、肩をすくめる。もう何が何だかと全身でアピールしながら言葉をつづけた。
「ビル内のドローンがあっしらを侵入者扱いしているっす。問答無用の銃殺モード。聞く耳持たない感じっすね。あっしの銃じゃ手も足も出ない感じっす。
あそこの
ナナコが親指で指す先には、腕を組んで仁王立ちしているペッパーXがいた。役立たず、と言われて恥じる様子もない感じである。
「うむッ! うぉれの超能力は脳に作用するッ! ドローン相手にはッ! 全く効果がないッ! お手上げだッ!」
腕を組んだまま誇らしげに口を開くペッパーX。『ッ!』とか言っているがペッパーXは感覚共有で声を二人に聴覚伝達しているだけで、音自体は発していない。口パクである。
「…………あー」
トモエはペッパーXの感覚共有を思い出す。前の邂逅では問答無用で痛みを与えて抵抗すらできなかったが、それはクローンや人間に脳があるからだ。脳がないドローンには作用しない。ドローンを操るクローンには効果があるのだが――
「ドローンを操作しているクローンの場所が分かればッ! そいつの視覚を共有できるのだがッ! あいにくとッ! 場所が分からんッ!」
ペッパーXの超能力は共有する相手を認識する必要がある。目の前にいれば問答無用だが、居場所が分からない誰かと感覚を繋げることはできないのだ。
「ついでに言えば、あのドローンは操作されてるんじゃなくて侵入者排除プログラムで動いている自動操縦の可能性もあるっす。実際、あっしらの姿を見失ったら追ってこなくなったし」
ナナコの言葉を聞きながら、トモエは情報を整理しようと頭を回転させた。
「ペッパーXさんの車に乗っていたら、いきなりレーザーネットが動いて巻き込まれた。そのままビルに落下して、ビル内のドローンに追われた。で、どうにかこの部屋に逃げ込んだ……って解釈であってる?」
「あい。っていうかあっしらもそれしかわからなくて困ってるところっす。
実はこれがピンチに陥ったトモエを救うっていう『ジョカ』のナンパの一環だとかいう可能性も考えたんすけど……」
「うむッ! うぉれは何もッ! 聞いていないぞッ!」
「……そうね。ペッパーさんにそんな服芸ができるとも思わないし」
何も知らない、と叫ぶペッパーXをみてトモエは納得した。ナナコが言うようなシチュエーションを『ジョカ』が用意できるとしても、ペッパーXは明らかな人選ミスである。対ドローン能力が低いという能力的な面もあるが、性格的にも人を騙すことができるとは思えない。
「てなわけでトモエ、これ持つっす」
「…………っ」
ナナコは懐から黒い金属を取り出し、渡す。それが何かをナナコは言わなかったが、その形状からトモエはそれを理解した。
「銃……だよね、これ」
「あい。『イザナミ』産のハンドガン。名称は『羽風』。弾丸は13発入ってるっす。安全装置はここで、引き金はこっち」
「……撃たないと、ダメ?」
トモエは想像していたより重い拳銃の重さに息を詰まらせる。非常事態で武装が必要だというナナコの意見は納得できる。だけど、銃を持ったことのない女子高生には重すぎた。これが命を奪う道具だと知っているのならなおさらだ。
「さっきも言ったけど、ドローンの装甲相手にあっしの持ってる銃だと手も足も出ねぇっす。今渡したハンドガンで撃ちあってもドローンの装甲に弾かれるのがオチっす」
トモエの心労を察したのか、或いはどうしようもなく追い詰められて開き直ったか。ナナコの口調は軽かった。おそらく後者の色が大きいのだろう。
「なんでそれでドローンを撃つとか考えない方がいいっす。
ただ、何が起きてるか分からんねーっすから、護身用には持っておいた方がいいっす。いざというときに自分の身を守れないなんてことにならないように」
「…………うん」
渡されたハンドガンを両手で包むように握りしめて、トモエは肺から重い何かを吐き出すように頷く。今自分が危機に巻き込まれているという事実よりも、命を奪うかもしれないという可能性に押しつぶされないように。
「しかし報告書に乗せられねぇっすね、これ。トモエのこともあるっすけど、『ジョカ』の
となると弾丸と治療費は実費っすか。IDジャマーと『ノッペラボウ』も勝手に使う扱いになるからまた研修フルコースっすねぇ……」
「その、色々ごめん」
「うむッ! 治安維持組織は大変だなっ! できる事があればッ! 証言するぞッ!」
「だから二人が出てくるとややこしい事になるって話っす」
トモエとペッパーXの言葉を聞きながら頭を押さえるナナコ。公的には存在しないことになっている異世界転移者と他企業の秘蔵的存在である超能力者。報告書に明記できない以上、適当に誤魔化すしかない。ナナコがここに一人でいることにしたほうが書類の処理は簡単になるのだ。
「なにがなんだかわかんねぇっすけど、とっとと脱出してトモエをベッドでからかいながら寝るっす」
「さりげなく私をベッドに連れ込まないでもらえるかな」
「え? じゃあ『オニアシゲ』の上の方がいいっすか? 上下運動激しいからシロウトには厳しいんすけど」
「オニなんとかがよくわからないけど、エロい道具だっていうのは理解したわ」
ナナコの顔と口調から雰囲気を察するトモエ。その後でため息をついて、言葉をつづけた。
「ありがと、ナナコ。ちょっと緊張ほぐれた」
ナナコがいつものトークで緊張をほぐそうとしてくれているのはトモエも理解している。楽観できる状況ではないが、気分だけは少し楽になった。
「あいっす。実際あっしも気を紛らしたいんでお互い様ってことで。
状況もメンツもややこしい事になってきたんで、これ以上何もない事を祈るっすよ」
これ以上面倒ごとが増えるのは御免とばかりに、ひらひらと手を振ってこたえるナナコ。
――事態はこれからナナコの想像をはるかに超えるほどにややこしくなり、関わるメンツの面倒さもまだまだ序の口なのだ、ということには気づく由もなかった。
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