げへへへへ。イオリはやりますよぉ!

「偉大なるCTRLZシトラズ様。我らの過去を許し給え」

「偉大なるCTRLYシトラリィ様。我らに未来を与え給え」


 宗教組織『Z&Y』に侵入したイオリは、聞こえてくる祈りの言葉に微妙な表情を浮かべていた。


 調査対象である宗教団体。その団体が所有するビル内に小型ドローンを侵入させて調べているのだが、調べれば調べるほど驚きあきれることばかりである。


(これだけの人数が全員本気でやり直したいとか思ってるとか……しかもそこからクレジット巻きあげて、それ使ってこのビルを購入したってことですか。大したものです)


 イオリが『Z&Y』に来て最初に驚いたのは、その規模だ。


 12階建てビル丸々が『Z&Y』のエリア。表向きは『イザナミ』傘下の電子機器製造と販売部門という事になっている。社員は皆『Z&Y』の信者で構成されており、労働奉仕も救われる一環として行われている。


 信者達の生活スペースもビル内にあり、200人規模の就寝エリアや食堂もある。朝起きてそれぞれの仕事場につき、仕事をこなして食事をし、就寝エリアに戻る。それだけ見れば天蓋にどこにでもある企業部署の一つだが、仕事中の4時間おきに祈りを捧げる時間が発生するのだ。


「偉大なるCTRLZシトラズ様。我らの過去を許し給え」

「偉大なるCTRLYシトラリィ様。我らに未来を与え給え」


 過去をやり直すCTRLZシトラズ。やり直した過去から踏み出すCTRLYシトラリィ。正体不明の何かに祈り、そして稼いだクレジットを捧げる。


 当然この辺りはイザナミからもらった資料にも書いてあった。イオリがドローンを飛ばして調べているのも事実確認でしかない。ダクトや天井裏に探査用のドローンを侵入させ、映像と音声からその内容を把握する。


「確かに小悪党だけど、ここまで規模が大きいと何しでかすか分からないですね。ため込んだクレジットで何してるんだか」


 イオリが今いるのは『Z&Y』ビル一階の女性型トイレの個室だ。外部部署との話し合いに使用することもあり、一階ロビーは解放されている。部外者であるイオリが入ってきても警備ドローンにチェックされたりされるが、止められるレベルではない。


「あいたたた。トイレ借りますねー」


 受付と警備ドローンがいる奥まではさすがに行けそうにないが、問題ないとばかりに、お腹を押さえながらトイレに入る。トイレ内にカメラがない事を確認し、天井裏を開けて数十のドローンを侵入させたのだ。


機 々 械 々キキカイカイ――八 足 型 探 査 機ジョロウグモ】!


 イオリのプログラムに従い八本足の小型ドローンはビル内を進み、要所要所で情報を収集する。イオリはトイレに籠りながらその情報を集めているのだ。


「今のところ怪しまれている様子はありませんけど、念のために私が写っている画像も消去しておきますか。一階部分の監視カメラの監視端末発見。29秒ほど消去して書き換え完了っと。

 ヌルイヌルイ。ファイヤーウォールはばっちりですが、中に侵入された時の対策がヌルすぎですね。私が警備会社の責任者なら、こんな対応する奴のカメラアイに対策マニュアルを毎秒5千文字流れるようにしてあげますよ」


 ハッキングなどの電子的な侵入はファイヤーウォールなどのプログラム的な問題だが、物質的に内部に侵入された際の対応は人的なものだ。起動中の端末を人がいない間に操作して記録を書き換えられれば、セキュリティも何もあったものじゃない。


「ついでにクレジットの流れも見てみましょうか。ホント、危機管理の薄い人ばかりですねぇ。だからこそ失敗してやり直したいとか思うんでしょうか」


 ヌルいとイオリが言うように、『Z&Y』にいるクローン達の仕事の動きはどこか気が抜けている。言われたことを言われたとおりにやる。逆に言えば言われなかったことは気にも留めない。起動中の端末が放置されていることなどザラだ。そこからビル内ネットワークに接続し、色々な情報をすっぱ抜く。


「真面目にお仕事している感じ……に見えてなんですかこれ? ダミー会社に売ってダミー会社から買い取って。全然クレジット動いてませんね。作った電子機器は全部ビル内にあるってことですか?」


 探査ドローンから『NNチップ』に流れてくる情報を整理するイオリ。会社の流通を調べて、怪訝な顔をする。


「宗教活動で得たクレジットを電子機器売買に回して利益を増幅していると思ってましたけど……どういう事なんですかね? 電子機器を作ってため込むことが目的?」


 ただのお金稼ぎな小悪党と思ってたイオリだが、どうも違うことに気づく。クレジットを稼いで、電子機器を作る。それを売るフリをして、ビルの一か所に集めている。その集めている場所は――


「……むぅ、会社のネットワークから独立してますね。ビルの端末から探れるのはこの辺りが限界ですか」


 その場所はビル内の電子ネットワークとは繋がっていない場所。『666倉庫』という謎のエリア。検索してもヒットせず、ビルのマップ上にも存在しない謎の場所だ。


「イザナミ様の資料にもありませんでしたよね、この単語。ムサシ様はビル内というか宗教団体を制圧すればいいだけですから関係ない話なんでしょうが」


 悩むイオリ。企業からの依頼はこの団体の制圧だ。ムサシも言うように『KBケビISHIイシ』の要職がマッチポンプ的に落伍者を集める場所でしかない。ついでに小銭稼ぎをしている……のかと思ったのだが、もう少し奥がありそうだ。


 ここで撤退するのも間違いではない。企業に言われた任務とは少し方向が外れている。何を隠しているかは知らないが、ムサシの任務はあくまで『Z&Y』の壊滅。隠してある何かの奪取ではないのだ。無視していい案件ではある。


「ムサシ様の障害になるかもしれませんし、もう少し調べてみましょうか」


 それを理解したうえで、イオリはもう少し調査をすることにした。全てはムサシのため。関係ないのなら関係ないで問題ない。それを含めた上で報告し、万全に任務に挑む。その為に自分がいるのだ。


「完璧な調査をすれば、ムサシ様も褒めてもらえます。えへへ。そんなに褒めないでくださいよムサシ様! イオリは、イオリは、ああ、いきなり服を脱がしてそんな事するなんて! もう我慢できません! もっと、もっとイオリのことをぉ!」


 トイレの中で妄想し、叫ぶイオリ。幸か不幸か近くにいたクローン達は『なにあれ怖っ……』とばかりに遠のいていった。個室を叩いて注意する勇気はない。


「げへへへへ。イオリはやりますよぉ! ドローンをそっちに向かわせて調査開始! 地図の空白地にパルス当てて、振動反響を3D変換。

 よしヒット! 侵入口は……うわ、結構ガチガチですね。指紋認証網膜認証、パスワードは4時間おきのランダム変化? ダミーID対策もばっちりすぎますよ」


 怪しい笑いを繰り返して調べ上げること40分。イオリは『666倉庫』と呼ばれる場所を調べ上げる。だがこれまでのヌルさとは比べ物にならないセキュリティの高さに驚いた。この箇所だけは本気で防衛されている。


「扉も壁も結構分厚いですね……実弾対策に加えて光学兵器への対策もされてます。ムサシ様のフォトンブレードでも難しいかも……。

 いいえ、ムサシ様ならいける! イオリが『これは無理かも』というのを軽く笑って切り裂くムサシ様! イオリの常識をブレイクして優しく微笑んでくれるムサシ様! ぎゃあああああああ! 惚れる! 濡れる! そそり立つ! 抱いて! 抱いちゃう! 毎秒12キロでイオリを昇天させてぇぇぇぇ!」


 トイレの個室内でばたばた足を震わせて叫ぶイオリ。どこが濡れて何がそそり立つとか、言わぬが花である。脳内でシチュエーションをいろいろ妄想しながら、色々変態じみたことを叫ぶ。聞いていたクローンは『そろそろ医者か警備員呼んだほうかいいかな?』という顔をしていた。


「どうせならイオリが傷をつけて、ムサシ様がそこから切り裂くというのもいいですね。二人の共同作業! イオリがつけた小さなキズを見つけるムサシ様! そして傷をつけたイオリに感謝するムサシ様! そのままイオリはムサシ様に……いける! ナイスです!」


 イオリは言って操作しているドローンを扉に近づけさせる。興奮して暴走しているイオリだが、セキュリティへの警戒は怠らない。監視カメラ、赤外線や重量感知などのセンサー類の有無。


 そう言った要因を排除し、八つ足型ドローンを扉に張り付かせ、極小カッターで扉を傷つける。近づかなければ見ることのできない、数ミリ程度の小さなキズ。


<666特記事項により、第三防衛機構を発動させます>


 その瞬間、そんな放送がビル内に響き渡った。


<刻印を。獣の刻印を>


 瞬間、窓の外が赤く染まった。衝撃はない。そして放送は続く。


<我らは全てをやり直し、全てを平等に分配しよう>


<外敵より獣を守れ。敵を閉じ込め、排除せよ>


<信者は祭壇で祈りを捧げよ。20秒後にドローンおよび獣の先兵発動。祭壇にいないクローンは全て殺す>


 あれ? これ結構ヤバくない? イオリは慌ててトイレの外に出た。ロビーには誰もいない。おそらく祭壇に移動したのだろう。気にせずビルの外に出て――足を止める。


「いいいいいいいいい!?」


 高出力の赤い光のレーザーが、天に向かって伸びていたのだ。レーザーはビルを格子状に包むように展開している。格子に触れれば光に切り裂かれる。事実、何台かの飛行車両が巻き込まれたのか、光に触れて墜落していた。


「これ、レーザーネットですか!? しかもビル一つ包むほどの大きさとかどれだけなんですか!」


 レーザーネット。企業規定違反者を閉じ込めるセキュリティシステムだ。物騒なサイバーアームを持つクローンや完全機械化フルボーグなど、強力な武装を持つ相手用の拘束施設である。基本的には個人用だが、それをビル一つ包むために使っているのだ。


 隙間はあるが、レーザーとレーザーの間だ。光学兵器対策をしなければ熱と光で蒸発してしまう。イオリが通り抜けようとすれば、余波だけで影も残さず消えてしまうだろう。


「……いいえ、防衛機構って言ってましたよね。これはこのビルを守っているという事ですか……? どういう事なんですか、これ?」


 完全に理解の外だ。だが分かることもいくつかある。指折りイオリは確認するように言葉を発する。


「1つ。外には出れない」


 レーザーネットを止めない限りは、外に出れない。


「2つ。666倉庫を守るためにこのデタラメ防衛機構が発動した」


 タイミング的にも間違いないだろう。あんな小さなキズでこんなクソバカデカな檻を発動させるとかあるか普通?


 そしてこれが一番重要だ。円柱形の警備ドローンがイオリに向けて銃口を突きつけている。そのまま警告なしに銃を撃ち放ってきた。


「3つ。信者じゃないクローンは討伐される! やばあああああああい! 逃げ、逃げ、逃げろー!」


 逃げ場はビルの中のみ。しかしビルは敵地。調査だけのつもりだから武装はほとんどなし。


「詰みじゃないですかこんちくしょー!」


 イオリはドローンに追われてビル内を走りながら、己の不幸を嘆いていた。


 はっきりきっぱりと、自業自得なのだが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る