うぉれの名前はッ! ペッパァァァァァァァァッ、エェェェェェェェェックスッ!
細かく刻んだ豚肉に塩やニンニクやパプリカなどを混ぜ、腸に詰めて乾燥させた食材だ。西暦時代ではスペイン料理の代表ともいえる食材で、そのままパンにはさんだろお酒のつまみにしたりと多方面に使われていた。
本来のチェリソは塩っ辛いという意味だが、パプリカの量により塩っけよりも辛味が大きく出る。辛さに応じてピカンテやドゥルセに分類され、辛さが多いほど赤みが増す。
「真っ赤な、ウィンナー……見るからに辛そう……」
トモエが目の前にしているのは、そんなウインナーだ。チェリソーウインナーというのは知っているが、それでもここまで露骨に赤くはなかった。それがボイルされて、目の前のさらに並んでいるのだ。
「あー。なんすかこの棒? 生々しくて指か男のせいk……モガモガ」
何か口走りそうになるナナコの口を塞ぐトモエ。ウィンナーから連想される単語を予測して、顔を赤らめてそれを止めた。
「うむッ! これぞ
味データではない舌の味蕾で感じる辛さッ! それこそがッ、それこそがッ! 真の
そしてチェリソをボイルしたのはJoー00318011ことペッパーXである。サラダを和えるなどの事もせず、ただ煮たチェリソをさらに乗せて置いただけ。料理ともいえない料理だ。だが――
「何するんすか、トモエ」
「ナナコが変なこと言おうとするから!」
「いやそうは言うっすけどね、あっしキューブ以外の食事とか初めてなんすよ。それが男のアレに似てるんだから、そう思っても仕方ないんじゃないんすか?」
一般的な天蓋は、栄養補給を固形キューブで済ます。焼いたり煮たりしたものを食べるという文化は市民ランク3以上のクローンにしか馴染みがない。ナナコが細長い肉状のモノを体の一部に例えるのも仕方のないことだ。……まあ、そっちに例えるのはナナコの仕事上且つ性格的な問題でしかないが。
「そっか。こういう料理って珍しいんだよね。確かに天蓋に来てからキューブ以外は食べたことないや」
「珍しいんじゃなく、あっしら低ランク市民じゃ手が出ないもんなんす。めちゃくちゃ高いんすから。あっしの飛行バイクなんか、100台ぐらい買えるぐらいっすよ」
「クレジットの事なら問題ないッ! これはうぉれが作ったモノッ! すなわち、サービスッ! ナンパとはッ! 男がクレジットを支払うものなのだッ!」
ペッパーXさんの自作かー。トモエは何度か聞いた
こうなった経緯は、一言で言えばペッパーXにナンパされたからだ。声をかけられたトモエとナナコはペッパーXが運転する飛行トラックの荷台内に案内される。そこにはキャンピングカーのような食事スペースと調理スペースがあったのだ。
「改めて自己紹介させてもらおうッ! うぉれの名前はッ! ペッパァァァァァァァァッ、エェェェェェェェェックスッ! 辛味を追求し、辛味に生きる存在ッ! すぅなわちッ!
トモエもナナコも「うん。よく知っている」と無言でうなずいた。そして
「えーと、これってナンパなのかなぁ? 確かに食事をおごるっていう意味では間違ってないんだけど」
「これメチャクチャ高級品すからね。キューブ以外の食べ物を食わせてやろうとか、高ランク市民の殺し文句なんすから」
「そ、そっかぁ。そうなんだよねぇ」
トモエの価値観からすればソーセージ1本程度だが、天蓋の価値観からすればかなり高級品なのだ。カルチャーショックを感じながら、トモエはチェリソを口にする。
「辛い……けど思ってたほどじゃない」
「当ッ! 然ッ! それは辛味を理解するための品ッ! すなわちッ!
「気を失うはないだろうけど、うん。辛いのに慣れてない人でも食べられる辛さだわ」
「奇妙な感覚っすねぇ。キューブより柔らかいし、ピリピリするし。この一欠けらであっしの給金全部吹っ飛ぶんっすからもったいないっていうか」
チェリソの味は――想像していたよりも辛くなく、そして美味しかった。トモエは西暦時代に食べた料理を思い出し、ナナコは初めて肉を食べた感覚に戸惑いながらもその高額さに怯えていた。
「ごちそうさま。ところでこれ何の肉なの? ブタ肉?」
「ぶた? ベースは合成経口物質『UーGTD』だッ! 味蕾刺激物質『PーPUCV』を使って辛味と赤色を作り出したッ!」
「あ、うん。こういうのを聞くと未来世界なんだな、って思うわ」
「呆れてるところ申し訳なんすけど、この手の経口物質はタワーの人間しか食えないモノで、タワー外への持ち出しは許可が必要なんすからね」
純粋な豚の肉を使っているのではなく、科学的に作られた肉のような何かとパプリカのような何かが原材料である。トモエはそりゃそうよねと呆れるが、ナナコはものすごく緊張した顔でツッコミを入れていた。
「問題ないッ、許可は取ってあるッ! カシハラトモエ、貴方をナンパするための経費としてッ! 使用していいと言われているッ!」
「……あー。ペッパーさんも例のナンパ営業の人なんだ」
「うむッ! 正確に言えばその営業部署に出向している形だッ! プロジェクトの詳細は知らされていないがッ!」
胸を張って頷くペッパーX。明らかに女性をナンパするのに向かない性格だが、何故かナンパ営業させられている。トモエも知り合いじゃなければスルーしているところである。……自分を誘拐した変な人、以上の知り合いではないのだが。
「どう思う、ナナコ?」
「とりあえず顔見知りを当ててみよう、程度の作戦なんじゃないっすか? あと高級品を与えてみようってカンジの。
実際、誘いに乗ってるんすから目論見としては外れてないんじゃないっすかね?」
「確かにそうなんだけどさぁ」
ゴクウやギュウマオウの誘いはにべもなく断ったが、ペッパーXの誘いは受けている。そういう意味ではゴクウよりも上手く行っていると言えなくもない。ただ――
「それでこの後どうするの?」
「決めてないッ! うぉれは
「清々しいほどの馬鹿っすね」
ペッパーXは絶望的に女性をエスコートすることに向いていない。自らの道に邁進し、己を鍛え上げるタイプだ。そういう意味ではコジローと似ているのだろう。絶対に道は交わらないが。
「えーと、私をジョカって会社の所に誘拐するとかはしない?」
「無論だッ! むしろ暴力行為は厳禁されているッ! 手厚く歓迎しろと言うのが趣旨のようだと解釈しているッ!」
胸を張り宣言するペッパーX。誘拐などはタブー。あくまでトモエ自身を篭絡して企業に向かわせるのが目的のようだ。
(その気になればあっさりトモエを篭絡できるんすけどねぇ、この
感覚共有でアレした時の感覚をトモエに連結させれば、上から下まで蕩けてドロドロにできるっすからね。教えてやる義理はねぇすけど)
ナナコはトモエとペッパーXを見ながらそんなことを思う。脳に直接感覚を共有できるペッパーXの超能力は、痛みだけではなく快楽も共有できる。本人の意思を無視しているので暴力かどうかの判断は悩むところだが、未経験のトモエを骨抜きにすることは可能だろう。
「じゃあ、これでおしまいってことで。ごちそうさま。美味しかったわ」
「うむッ! 良き言葉だッ! 食事を行った者がッ! 告げる感謝の言葉ッ! その言葉があるからこそッ! 道を進むことができるのだッ!」
「能力的にはミスじゃねーんすけど、性格的にミスってるんすよねぇ」
「あははー」
ナナコのしみじみとした感想に笑うトモエ。『ジョカ』クローンの誰かナナコのような発想をしていたらトモエは一巻の終わりだったのだが、トモエやペッパーXを含めてそれに気づく由はない。
「そう言えば、ボイルさんは?」
その代わりに気づいたことを聞くトモエ。
ボイル。先の事件ではペッパーXと一緒に行動していた
(っていうかボイルさんて、明らかにペッパーさんにベタ惚れだったもんね。ペッパーさんの言葉でやる気持ち直したし。どこか応援したくなるお姉さんって感じ)
ボイルが聞いたら、ものすごい勢いで口止めしてきそうなことを思うトモエ。 マスクとサングラスで見えないけど、顔は真っ赤で涙目になって『なんでわかるのぉ!?』と小声で問い詰めかねない感じで。
クールに装ってるつもりだろうけど、ボイルが抱いているペッパーXの好意は態度でバレバレだった。多感なJKの想像力はそういう機微を見逃さない。
「ボイルは待機中だッ! うぉれの後に出てくる予定だッ! この営業自体をやりたくなさそうな顔をしていたがなッ!」
「あー。『クールビューティーな姉系』って言ってたわね。うーん、ボイルさんが誘うなら確かに乗っちゃうかなぁ」
「お、もしかしてトモエ同性に興味津々? あっしがしっぽりねっとりエスコートするっすよ」
「いらないから。そういう気はないから」
ナナコの手付きを見ながら断りを入れるトモエ。こういう冗談をあっさりいなせる程度にはナナコのエロトークにも慣れてきた。
「では近くのビルまで送ろうッ! それまでゆっくり休んでいてくれッ!」
言ってペッパーXは飛行トラックのドライブシステムに命令し、食器を洗い出す。言っても皿が数枚程度だが。水洗し、洗剤で洗い、乾拭きして食器乾燥機に入れる。その動きはかなり手馴れていた。
「未来世界だから皿洗いも全自動化と思ってたのに、手洗いなんだね」
「そもそもあんなのを使ったり洗ったりする事とかねーっすから」
「ああ、料理自体がないからお皿もないのね。納得したわ」
文明が発展しすぎて消えて言った文化。それにかかわる機器も文化とともに消えて言ったのだ。ラジオの需要が減る中でアンテナやDJという単語も意味や形式が変わってきたように、料理が簡略化されればそれにまつわるモノが消えていくのだ。
「空しいわね。発展することで消えるモノがあるって思うと、前に進むのが正しいのかどうかわかんなくなるわ」
思えば天蓋は『人間が肉体を捨てて電脳世界で過ごし始めた』事が起こりだ。その為に肉体を捨てた。進むために何かを捨てたからこそ天蓋があるのだ。
「よくわかんねぇんすけど、今がいいならそれでいいんじゃないんすかね。
ニコサンの旦那みたいな
「そう思うのが普通よね」
トモエの時代も多くの文化を過去にしてきた。感傷に浸るよりは今を楽しんだ方がいいのは間違いない。トモエはそう結論付けて背筋を伸ばし――
目の前を高出力のレーザーが通り過ぎた。触れれば肉体を焼かれて消失する死神のカマ。そんな赤い光がトモエの網膜に映る。
――は?
疑問の声をあげる間もなく、トモエたちが乗っている飛行トラックは突如地面から放出されたレーザーで両断され、重力に逆らうことなくビルの屋上に墜落していった。
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