トモエにとって
カーリーが帰った後、会議室にはコジローとトモエだけが残る。
「何だったんだよ、あの人間様は……?」
コジローからすれば路地裏で襲ってきた最高権力者が熱烈に迫ってきて、そのまま案内されるままに探していた者の所にやってきて、そしていきなり修羅場になったのだ。そう呟くのも已む無きことである。
「敵よ」
そしてトモエははっきりきっぱりと言い放つ。コジローの恋敵という意味ではネネネやムサシもいるが、あの二人はどちらかというと友人みたいなものだ。だけどカーリーは違う。相容れない敵だ。水と油だ。犬猿の仲だ。不倶戴天の天敵だ。
「なんでだよ。俺がいない所で出会ってたのか?」
「会ったのは今日が初めてだし、色々複雑な関係だけどはっきりきっぱりと敵だと言えるわ」
「なんでそこまで敵意むき出しなんだよ」
コジローの事が好きだからに決まってるでしょ、と言えないトモエは唇をムスッと閉じて返答を拒絶した。コジローは――そもそもコジローが事の渦中なのだが――そんな事よりとばかりに会話を変えた。
「そう言えば、お前まだ狙われているらしいぞ。『ジョカ』の色事系営業が誘いに来るらしいぞ」
「知ってるわ。すでに二人に声かけられたし」
「……おう。で、無事ってことは断ったってことか」
トモエの答えにホッと胸をなでおろすコジロー。
「まあそうだよな。色事系営業みたいなチャラチャラしたヤツについて行くわけないもんな」
「…………ふーん、もしかしてナンパされてなかったか心配だった?」
安堵するコジローにからかうように聞いてくるトモエ。もしかして心配した? 嫉妬した? そんな期待を込めての返しだ。
「そういう事じゃねぇよ。ただまた厄介ごとに巻き込まれてないかってだけだ」
「ふふーん。どうだろうね。コジローが言うほどチャラチャラはしてなかったよ。顔もイケメンだったし、あれはモテるって感じだったわ」
「まあ、お前がそう言うんならそうなんだろうよ」
嫉妬を煽ろうとするトモエの発言に、コジローは消極的に同意する。思っていたのと違う反応に戸惑うトモエ。
『柏原友恵は自分に優しくしてくれる男性を選び、企業に囲まれた安全な生活を望むかもしれないぞ』
カーリーの言ったセリフが脳内に蘇る。トモエが誰を選ぶのか。それはトモエが決めることだ。
「な、なによ急に」
「お前がいいって言うんなら、そのイケメンについて行ってもいいんだぜ」
「えっ?」
予想だにしなかったコジローの反応に、トモエは驚きを隠せなかった。コジローに突き放された。そんな奇妙な感覚に襲われる。
「ついて行けば企業そのものが優遇するらしいからな。さぞすごい待遇だろうぜ。変な襲撃に怯える必要もないし、安定したサービスも受けられる。男の器量もいいって言うんならなおの事じゃないか」
コジローはトモエに選択肢があるという意味合いで喋っていた。市民ランク6の最底辺なクローンの生活よりも、企業本社の生活は間違いなく快適だ。もう誰に襲われることもない。贅沢し放題の生活だ。それを選ぶのなら止めはしない。
「なんでそんなこと言うのよ、コジローの馬鹿!」
だけどトモエはそう受け取らなかった。自分がナンパされてついて行ってもいい。そういうふうに受け取った。冷静になれればコジローの言いたいことも理解できたが、カッとなってコジローの言葉を咀嚼できないでいた。
「なんでって……そっちの方がお前にとっていいかもしれないって話だよ。企業本社サービスがどんなものか俺も知らないけど――」
「そう。だからカーリーの腕を振り解けなかったんだ。コジローも企業の世話になりたいもんね。あの女に尻尾振ってる方が楽な生活できるもんね」
「おい、そういう事は――」
カーリーの腕を振り払えなかったのは、がっしりロックされていたからである。だがその説明をするより前に、トモエはコジローの顔も見たくないとばかりに早足で会議室の外に出ていく。
「コジローの馬鹿! 勝手に好きな女の元に行け、バーカ!」
感情のまま叫んで、外に出る。突然のかんしゃくにあっけにとられたのか、コジローはトモエを追うことができずに呆然としていた。目の前で会議室の自動扉が閉まる。
<『女性型とのトラブル』に一件追加。41件になります>
「これトラブルなのか!?」
<43種類のAI審査により満場一致可決です>
「トラブルって美人局とか罠に嵌めてくるとかそういうのじゃねぇかなぁ?」
これまで女性型クローンに騙されそうになったり罠に嵌められたりして……フォトンブレードで乗り切ってきたコジローだが、今回のケースは初めてだった。口論の末に怒ってどこかに行かれた。さてどうしたものか。
<興奮状態が収まるのを待って、直接謝罪を入れるのが最適解です>
「どんな謝罪すればいいんだよ」
<それが分からないうちは話しかけない方が良策です>
「そりゃまた厳しい事で」
ため息をつくコジロー。そこまで急務というわけでもないだろう。『NNチップ』を通してメッセージを入れ、自分の車の方に向かう。そう言えば同乗していたカーリーはどこに行ったのだろうか。気にはなるが、探す気にはなれなかった。
「アンタがNe-00339546。ササキコジローかい?」
病院の地下駐車場までついたコジローはそんな声をかけられる。コジローの車近くに、一人の男が立っていた。三体のドローンを宙に浮かし、油断なくコジローを見ていた。
「何者だ? 喧嘩を売るならなら明日にしてくれ。機嫌が悪くて手加減ができないんでね」
また俺を舐めて喧嘩を売りに来た奴か。そう判断して強い口調で拒否の意思を示す。だがその男性型クローン――ゴクウはコジローを指さしヘラっと笑って口を開いた。
「初めまして。ボクはJoー00101059。
アンタ、トモエという
「……トモエの知り合いか?」
「知り合ったのはつい最近だよ。
「挨拶、ね」
ゴクウから向けられる言葉とは裏腹に、二人の間は剣呑な空気が生まれる。コジローは相手との距離を測りながら、フォトンブレードにゆっくりと手を近づける。ドローンの銃口を意識し、そしてゴクウからも目を離さない。
「そ、挨拶。あの
バイオノイドとはいえ女性型。クズヒモ男性型に貢がせるとか許せる性格じゃないんだよ、ボクは」
ドローンの銃口が一斉にコジローの方を向く。コジローの業務は清掃業務で、トモエは世間にはコジローが飼っているバイオノイドという事で押し通している。そしてそのトモエの方が稼ぐクレジットが大きいわけで……。
「……そう言われると返す言葉はねぇなぁ。別に貢がれてねぇし清掃も楽ってわけじゃないけど、トモエの方が稼いでいるのは事実だな」
「君達の関係はそんな単純な話じゃなさそうだけどね。ともあれ理由はそんなところだ。
ゴクウは『NNチップ』を通して金額を提示する。コジローが今の労働で二十年かけて得られるほどの額だ。脳内で了承すれば、それだけでそのクレジットが手に入る。
「豪勢な額だなぁ。バイオノイド一体にこんな量のクレジットを支払うとかどれだけ的外れなんだよ。あいつの味データで一儲けしたいクチか?」
「
「成程、お前が『ジョカ』の
これだけのクレジットを動かし、トモエ確保に勤しむ。証拠のない推測だが、まず間違いないだろう。
「そちらもいろいろ事情通のようだ。
とはいえ、そこに興味はない。僕の興味は
「――トモエにとって、か」
「少なくとも市民ランク6の生活よりも『
そして『ジョカ』が生み出した房中システムは女性型の快楽を最大限に引き出し、同時に健康を確保する。性的快楽と脳内物質の放出。それにより血行を促し新陳代謝を活発化させて心身ともにリフレッシュする。そんな環境だ」
ゴクウはコジローとの距離を保ちながら、言葉を続ける。自分の元にいるよりも企業に元にいる方が安全で快適。房中システムで最高の気持ちよさを得ながら心身ともに健やかに過ごす。
「まあ、な。どっちがいいかなんて明白だ」
「よかったよ、理解してくれて。執着するクローンは説得が大変でね。理性的に話ができる相手で助かった。
じゃあ了承してくれ。Ne-00339546はクレジットがもらえて得。
ゴクウの言っていることは正しい。それはコジローも同意できる。多額のクレジットは魅力だし、トモエも今より安全でいい扱いをされるのは間違いない。ここで了承すれば、3人に得がある。
「――理性と損得で考えれば、了承すべきなんだろうけどな。
でもこいつは受け取れねぇ」
それを理解したうえで、コジローはその取引を拒否する。
「あいつの幸せを決めるのはあいつだ。俺がどうこう言う事じゃねぇ。
俺はあいつがやりたいことを守るって決めたんだ。死にたくないって言ったから助けてきた。そいつは今も変わらねぇ」
「そうか、残念だ。ここで受け取ってくれれば万事解決だったのに」
ゴクウはため息をつき、コジローに道を開けるように半歩ズレてコジローの方に向かってくる。コジローの横を通り抜け様に、静かにその決意を告げる。
「あんな女性型は初めてだ。心の真ん中に見たことのない強い芯を感じたよ。あの
「大変だな、
「営業抜きで、だ。女性型に関しては真剣なのさ」
ウソ偽りを感じないゴクウの言葉。本気でトモエを幸せにしたいと感じる意志がそこにあった。
コジローは……いまだにトモエに対してどうすべきか、答えが出なかった。
時間にすれば一日にも満たず、大きな変化のない恋愛戦線。
しかし小さいけれど変化はあり、それは後に大きく響くのであった。
――――――
PhotonSamurai KOZIRO
~天蓋恋愛戦線、異常無し!~
THE END!
Go to NEXT TROUBLE!
World Revolution ……19.2%!
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