ザ、修羅場。まさに修羅場

「あ」

「あ」


 病院の会議室。そこで待っていたトモエは扉を開けて入ってきたコジローに驚き、そしてコジローもなぜか会議室で待機していたトモエの顔を見て驚いた。


「む」


 そしてコジローに同伴していたカーリーはその様子を見て何かを察した。


 トモエはイザナミとの話の後、この部屋にその人物を呼ぶと言って待機させられたのだ。なお護衛役のナナコはイザナミに待機させらせられている。トモエが出会うのは他企業のトップだ。何かあれば『イザナミ』に泥を塗りかねない。その責任を負わせないための措置である。


「何でコジローがここにいるのよ」

「お前を探してたんだよ。そしたらいろいろあって……案内してくれるってことでついてきたんだ」


 コジローも病院に到着後すぐにトモエを探そうとするが、同行していたカーリーに止められたのだ。曰く、


「柏原友恵ならこちらにいる。ついて来い」


 そのまま説明もなしにコジローの手を結び、引っ張ってきたのだ。会議室にも手を繋いで入ってきたのである。


「ふーん。おてて繋いで仲良さげ。で、誰なの子の人?」

「察しが悪いな、ババア。20才にもなっていないのに耄碌したか?」

「バ、ババア!?」


 若干棘を含めたトモエの言葉に、コジローの手を握ったままのカーリーは侮蔑100%の意思を乗せて言葉を返す。


「『NNチップ』による記録機能がない上に記憶力と理解力がないとはこの先の人生は絶望的だな。そんなババアに一度だけ名乗ってやる。カーリーだ」

「何なのよこの女は!? いきなり喧嘩売ってる!?」

「いや俺に言うなよ。そのなんだ。企業の一番偉い人間様だ。そんないきなり喧嘩を売るような性格じゃ――」


 明らかにトモエに喧嘩を売っているカーリー。トモエはコジローに説明を求めるがコジローもこの状況は予想外とばかりに手を振った。確かに血気盛んな性格だったが、コジローには親密的だった。それがいきなり喧嘩を売るような野蛮さは……。


「いやそうか。いきなり喧嘩を売る性格だったな」

「先手必勝、先発制人、見敵必殺。初手でターゲットを圧倒して機先を制するのは基本だ。交渉も戦闘も古典ラノベもな」


 路地裏でいきなり突かれたコジローは、カーリーの性格をそう評した。カーリーはその評価に満足したのか、うむと頷く。


「カ、カーリー……。ふん、イザナミちゃんの言うとおり天蓋バーサーカーな性格なのはわかったわ」

「イザナミの顔を立てて暴力は振るわないでおこう。その程度の分別はあるさ。

 それにNe-00339546が怒るからな。カーリーのモノになるクローンの希望ぐらいは聞いてやるのも女の器量だ」


 握った手を見せつけるようにして言うカーリー。その様子にトモエの怒りギアが一段階上がった。なんでずっと手を繋いでるのよ、このデリカシーのないサムライ。


「ふーん。コジロー、その女のモノになるんだ」

「いやならねぇよ。きっぱり断ったぜ」

「じゃあなんでずっと手を握ってるのよ? しかも恋人握りっぽいし」

「指の関節押さえられて離せないんだよ」

「なんだ? 手では不満か。ならこうしてやろう」


 ムカムカが募っていくトモエ。カーリーはその怒りを察して察してコジローの腕に絡みつく。何気ない動きに見えるが肘と手首を押さえてロックしている。コジローは抜け出そうとするが、カーリーは巧みな動きでそれを制する。


「おおっと、カーリーから逃げるとは酷いヤツだ。路地裏でに熱烈に語ってくれたじゃないか」


 語ったのは古典ラノベの感想だが、状況が状況なだけにトモエの嫉妬ゲージが重なっていく。事実確認をしようという冷静さは失われ、感情的になっていく。


「はいはい、コジローおっぱい好きだもんね。好きに抱き着いていればいいじゃない」

「いや待てその誤解はさすがに!」

「ふむ巨乳派か。確かにふっくらとした重みのある乳房に魅かれるのはした仕方あるまい。双子のような鏡合わせのような胸を真下から見下ろす感覚は神秘的であろうなぁ」

「そいつは『ハートキャッチ(物理)! ~幼馴染はアステカ女神!?』の冒頭だな。その後でナイフもって心臓えぐりに来るのはインパクトあったぞ」

「初手で圧倒するのは基本だと言っただろう? 冒頭で興味を引いて、そのまま物語のペースに乗せるのは基本だ」


 コジローの腕に胸を押し付けながら親密に話すカーリー。実際の所はがっちり関節をロックして簡単に逃げられないようにしているのだが、トモエにはわからない。そして話している内容も自分がのけ者にされている感がある。


「イチャイチャするのは他所でやってくれない? 私、結構大事な話があるんだけど」

「ふむ。ババアの話を先に済ませるとするか。とはいえ大した話にはなるまい。大方、召喚プログラムの件であろう」

「そうなんだけど、人の事をババア呼ばわりするのやめてくれない?」

「カーリーから見ればババアであることには変わりあるまい」


 ザ、修羅場。まさに修羅場。二人の女性が敵意100%でぶつかり合っていた。


「私まだ17なんですけど! そっちはもう20才超えてる感じだけど! あ、300歳超えた超お祖母ちゃんなんだっけ?」

「実年齢に意味は無かろう。カーリーからすればニ親等直系の女性だ。老化遺伝子さえもコントロールできる天蓋において見た目に意味はないさ、ババア」

「ひたすらマウント取ってくるわね、この女……!」 


 よーし、コイツは敵だ。これまで天蓋でいろんなクローンに会ってきたけど、ここまで明確に敵対してきた人は初めてだ。たいていが天蓋にない自分の価値を手に入れようとしたクローンだけど、トモエという人間をしっかり理解したうえで喧嘩を売ってきたのは初めてである。


「話を戻すっていうか本題に入るけど、私を誘拐したりする気はある? 異世界召喚プログラムに戻すとかそういう事だけど」


 ムカムカを押さえ込み、トモエは話題を変えた。風向きの悪さもあったが、この会話を続けるのは精神衛生上よろしくない。祖母と孫の関係が覆せない以上、呼び方を変えるのは無理だからだ。産んだ覚えも経験もないんだけど。


「立場としてはババアにはとっとと元に戻ってほしいが、だからと言ってカーリーが出張るつもりはない。企業『カーリー』としてもだ。

 ジョカの動きを静観して、その結果を見て動くつもりだ。ババアを口説くなど企業戦士ビジネスも大変だな。社員が大事なカーリーにはそんな命令、とてもできぬよ」

「ババアいうな。……つまり、アナタも死にたくないクチなのね」

「無論だ。何せ気に入ったクローンが見つかったからな。しばらくは人生を謳歌させてもらうよ」


 コジローに体重を預けるようにしてカーリーは言う。トモエの見えないところでカーリーはコジローの足を踏み、逃げられないようにロックしていた。コジローは逃れようとするが、実力差もあってそれができない。関節技に奇跡と偶然なし。経験と実力が如実に表れる。


「色ボケするのは自由だけど、私が犠牲になってやる理由はないんだから」

「それはカーリーに死ねという事か?」

「っ、……それ、は」


 カーリーの一言で言葉に詰まるトモエ。忘れていたわけではない。だが実際に当人から言われて、その事実を強く認識する。いや、確かにカーリーは敵で死んでほしいと思うこともあるけど。今現在進行形でイオリの謎拷問みたいな目にあえと呪いをかけているけど。


「すまぬ、言い過ぎた。とはいえそういう事だ。この件に関して妥協の道はない。

 ババアが一人で召喚プログラムに戻れば、カーリーを始めとした複数の命が助かる。正確に言えば、死ななくなる。トロリー問題だったか」

「トロリー? トロッコ問題じゃないの?」

「言い方などどうでもよかろう。キモは功利主義か義務論かだ。どちらが世界に利益を出すか。或いはどちらが倫理的に正しいか。完全な正解など誰にも決められんよ」

「……それは」


 トロリー問題――トモエはトロッコ問題として知っている倫理的な対立課題。『何もせずに五名の命を見捨てるか、行動して五名を救い一人を見捨てるか』。トモエが抱える問題はそれだ。トモエが自由であるなら、トモエの孫たちが死ぬ。しかしトモエがプログラム内に戻るなら、孫たちは生存する。


「トロッコにひかれる命が自分っていうのは少し違わない?」

「確かに自己犠牲があるなら対立形式は異なるな。例えとしては不適切か。

 ともあれカーリーとババアに交渉の余地はない。ジョカが失敗したらカーリーが出る。タイムリミットがどれだけあるのかわからないからな。あと90年あるかもしれないし、明日いきなりリミットが来るかもしれん」


 タイムパラドックスによる矛盾により300年近く生きた存在。それの矛盾が解放される可能性があるのだ。300年のツケが一気に来るかもしれないし、この瞬間からゆっくり加齢する可能性もある。どちらにせよ、それはトモエが召喚プログラムに戻れば解決する話だ。


「そうね。お互いのスタンスははっきりしているわ」

「カーリーも初見で理解したぞ。全力で挑まねば勝ち目はないとな」


 真っ向からにらみ合うトモエとカーリー。タイムパラドックスの真実を知らないコジローからすれば何の話をしているのかさっぱりだが、トモエとカーリーが出合い頭から真っ向対立して、しかもそのボルテージが今なお上がり続けていることはわかる。


「ちょっと待て。平和的に話しねぇか?」

「コジローは黙ってて」

「口を慎め朴念仁。事情が理解できないのは仕方ないが、この状況でどちらかを選ばず仲を取り持とうとするオマエにできる事はない」


 何とか仲裁しようとするが、ばっさり切り捨てられる。むしろ火に油だった。本当に何がなんだかよくわからなかった。


「ほれみろ。大した話にはならなかったろう。いや、互いの意思表明をしたというのは意味があるか」

「そうね。貴方は私の敵だわ」

「くたば……られるといけないのか。面倒だな、ババア。適度に酷い目にあって後悔しろ」

「あいにくさま。酷い目には慣れてるわ。ぜーんぶコジローが救ってくれたから」

「む、確かにそれは羨ましいな。虜のお姫様役になれないのがカーリーの欠点か」

「いいじゃない。傲慢で暴力的なアマゾネスクイーン役で。それでハートをつかめるかは知らないけど」

「……いいだろう。今日の所はカーリーが引いておこう」


 にらみ合い、互いに一歩も引かずに戦意をぶつけ続ける。コジローにはよくわからない戦いがあったのか、最終的に引いたのはカーリーだった。コジローをロックしていた腕を放し、一歩引く。


「へえ。意外と物分かりがいいのね」

「引き際はわきまえているさ。それにいきなり勝負が決まるとも思ってない。西暦の価値観そのもののババアのくせに、なかなか豪傑だと分かっただけでも収穫だ」

「ええ。そちらこそたいした恋愛力だわ。グイグイ行くだけの猪突猛進だけど、察しが悪いヤツにはその方がいいかもね」


 互いに一歩も引くことなく、妥協することなく、しかしお互いの長所を理解する女達。そしてそんな争いの渦中にあり、何の理解もしていないコジロー。


「息災でいろよ、ババア。そして百苦に塗れろ」

「そちらこそ。死なない程度にひどい目にあえ」


 互いに憎まれ口を叩き、その後にカーリーは背を向けて部屋を出ていった。


「……で? コジローはなんであの女と一緒に居たのよ?」

「色々あったんだよ。むしろ何でお前は企業トップとあそこまで仲が悪いんだよ」

「乙女には色々あるのよ。まあその、色々」


 確かにいろいろありすぎる。ため息をつきながらトモエは頬をかいた。


 でもコジローにはきちんと説明しないといけないかも。少なくともタイムパラドックス関係。天蓋の企業創始者と、そして自分の関係を。


(でもコジローが天蓋を選んだら……。

 違う。私を選ばなかったら……)


 そう思いながら、トモエはその踏ん切りがつかないでいた。

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