くっくっく。お前は本当に面白い

 天蓋において飛行する車両に乗れるのはランク5以上。市民ランク6は地上を歩くことになり、長距離移動はやや割高の公共車両サービスを使うか自前で購入したタイヤのついた車両に乗るかの二択だ。


 コジローは自分の車を購入している。曰く『古典ラノベの主人公が乗ってるからな』という理由だ。とはいえ天蓋のクローンがハンドルを切って車を運転することはまずない。『NNチップ』で命令し、自動で目的地に向かわせるのが一般的だ。


「地上を走る車に乗るなどどれだけぶりだろうな」


 なのでカーリーが車に乗るのを懐かしがるのも已む無きことだ。移動と言えば飛行車両が一般的。ましてやカーリーは企業のトップ。移動手段も最高級の手段と飛行車両が用意されるのだから。


「いやなら降りてもいいんだぞ。低市民ランクの乗り物だからな」

「まさか。むしろ昔を思い出して懐かしんでいるよ」


 コジローが乗っている車。その助手席にはカーリーが座っていた。律儀にシートベルトをして、流れる景色を楽しそうに見ている。コジローは乗せるつもりはなかったが、カーリーが勝手に乗ってきたのだ。


「それに低ランク市民など自分を卑下する必要もあるまい。Ne-00339546の剣術は他のクローンにはない誇れるものだ。社会的地位などその気になればクレジットで買えるが、培った努力はなかなか売ってはいないからな」


『なかなか』なだけであって、クローンの努力と経験はデータ化できてクレジットで買えるのが天蓋である。もっとも、フォトンブレードの経験など誰も欲しがらないが。


「そいつはどうも。あいにくとランク5になるクレジットもろくに稼げませんがね」

「『ネメシス』は逸材を見る目がないな。或いはNe-00339546の浪費が大きいのか?」

「さてどうだろうね。宵越しのなんとかは残さないってやつで」


 ため息とともに肩をすくめるコジロー。ハンドルは握って入るが、運転は自動運転だ。ハンドルを握る意味はないが、コジローはこのポーズが気に入っているのか車に乗るときはずっとハンドルに手をかけている。


懐古主義レトロってだけで車に乗りたかった、とかだったらその辺で降ろすぜ」

「懐かしさを楽んでいるのは事実だが、今Ne-00339546が向かっている病院に待ち人がいるのでな。そこまでは同乗させてもらおう。渡りに船という奴だ」

「なんで俺の行先が分かるんだよ」

「この近くで大きな病院と言えば一つしかない。その辺りの個人医院に向かったというわけでもなかろうよ。どちらにせよ違ったらそこで別れるさ」

「そいつはどうも。トモエに手を出すって言うんなら死ぬ覚悟で相手してやるぜ」


 コジローのカーリーに対する態度はとげとげしい。カーリーの目的はトモエを異世界召喚プログラムに戻すこと。トモエの自由を奪うようなものだ。友好的にはなれない。


「たいした気迫だ。死を覚悟したサムライとやり合うのは面白そうだが、やめておこう。Ne-00339546に嫌われるのは本意ではない。カーリーの作品のファンだしな」

「そう思うんなら、トモエに手を出すのをやめてほしいね」

「さっきも言ったが、柏原友恵がカーリーのいう事を聞くのなら文句はなかろう? 今より良い扱いを受けたいからカーリーの元に来たい。そう言ったなら」

「……そいつは、まあな」


 コジローは不承不承という形で頷く。


 トモエは天蓋で生まれたクローンではない。そもそもこの時代の人間でもない。人間だというのなら、天蓋の奥で電子世界の幸せな世界に浸っている存在だ。クローンに奉仕される立場だ。


 何の因果かで天蓋に放り出され、『NNチップ』もないまま翻弄されて。子宮や尿が特別だから企業に狙われて。挙句の果てには天蓋を運営する歯車である企業のトップにまで狙われて。


 トモエは天蓋にいるべきではない。異物であると同時に、狙われる理由が多すぎる。価値観も大きく異なり、天蓋で生きていくには優しすぎる。銃を持つ事すら躊躇するほどに争いごとを苦手とし、なのにどうしようもない理不尽を見逃せず。


「そもそもなぜNe-00339546は柏原友恵を守る?」

「……守るって約束したからだ」

「それを律儀に守るのがブシドーか。そう言われれば作者として何も言い返せないな」


 カーリーに言葉を返しながら、コジローは心の中でカーリーの質問を反芻する。何故、自分はトモエを守るのか? 約束を守るのがブシドーだから。ブシドーを守ると誓ったから。それは確かに理由の一つだろう。


 だが、本当にそれだけか?


 トモエを取り巻く環境は、異常だ。何もかもが天蓋の常識外である。そしてコジローはそれを理解しながらトモエを守ってきた。一歩間違えれば死んでいたかもしれない騒動ばかりだ。


 始まりは若旦那の依頼だ。トモエを捕まえ、若旦那に渡す依頼。しかしコジローは若旦那に虚偽報告をしてトモエをかくまった。市民ランク2の若旦那に逆らって無事でいられるはずがない。若旦那がその気になれば、コジローなど半日で社会的に殺される。仕事を干され、住居を失い、『国』に逃げるしかない。


 次は『イザナミ』の研究組織が動き、『国』では巨大なトカゲ型バイオノイドと戦った。機械至上主義者とも戦い、この前は企業そのものが動くほどの大騒動となる。その渦中には常にトモエがいた。


 天蓋において、企業は世界そのものだ。クローンを生み、経済を回し、衣食住を与える存在。空気よりも身近で、大地よりも密着している。この前の戦いも企業同士がにらみ合っていたからあの程度で済んだにすぎない。


 逆に言えば、力関係が少しでも違えば結果は異なっていたのだ。企業同士が協力していたら? 超能力者エスパーがもう一人いたら? ムサシがいなかったら? ネネネがいなかったら? 


 それだけでトモエは他企業に囚われていたかもしれないし、コジローは死んでいたかもしれない。


 トモエに関わるのは危険だ。それが普通の考え方だ。


 ナナコのように企業の命令があるわけでもないコジローが、その危険に付き合う理由はない。トモエを守ることにコジローの利益は発生しない。個人の信念ということで戦い続けるには、あまりにも危険なのだ。


 コジローもそれは十分に理解している。それでも――


『コジロー!』

『助けに来るのが遅いんだから!』

『あー、もう。デリカシーがないんだから!』


 散々言われても、その言葉には確かな信頼がある。


『ありがと、来るって信じてた!』

『差別だー! 天蓋は優しくない!』

『はー。未来技術って凄いのねー』


 よく笑い、良く怒り、よく驚き。くるくる回る表情が脳裏から離れない。


「アイツがもういい、っていうまでは守り続けるぜ」


 自分の心にある感情に気づかないふりをして、コジローはブシドーのままに言葉を返した。


「女冥利に尽きる言葉だな。執筆意欲がわいてきそうだ。お礼として完成したら真っ先に読ませてやろう。この案件が終わってからになるが」

「そりゃどうも。忙しい中お疲れ様。

 話は変わるけど、護衛もなしで大丈夫なのか? 悪いが俺はアンタを守る義務はないぜ」


 周囲の景色に目を走らせながら問うコジロー。カーリーに護衛のようなものは見られない。物騒な路地裏で一人で歩いていたことと言い、企業の最高責任者だというのに不用心だ。


「面白い冗談だな。カーリーをどうにかできるクローンがいると思うのか?」

「スナイパーの狙撃とか見えない所から攻められればどうしようもないだろうが」

「それを踏まえてカーリーをどうにかできるものはおらぬよ。

 種明かしをすれば、ドローンが警護しているのでその心配はない。『ハヌマーン』16機による陣を敷いている。Ne-00339546は対象外にしているから、そのフォトンブレードで首を切られれば死ぬだろうがな」

「そんなつもりはねえよ。ブシドーに反する」

「くっくっく。お前は本当に面白い。カーリーの小説が好きすぎるのが伝わってくる。返す返すもお前が欲しくなるよ」


 コジローの返事に笑みを浮かべるカーリー。傍目には仲睦まじい男女のクローンだが、実際は天蓋最上位と最下位の会話だ。


「なんで俺なんだよ。強さで言えば他に強い奴はいるだろうが。『カーリー』クローンで言えばネネ姉さんも強いし、酔っ払いのムサシも相当だぜ。カメハメハの旦那も底が知れないし、そもそも俺が知らないだけで強い奴はたくさんいるだろうが」

「機械による良さ。サイバー機器によるスペック。超能力と呼ばれる第8感覚。それで強くなるものなどいくらでもいる。手前味噌だが、『カーリー』製ドローンは他企業より強いだろうよ。

 そこにあるのはたゆまぬ努力。失敗を繰り返し、研鑚を繰り返し、そこに至ったという事だ。生まれ持った才能、培った努力、舐めた辛酸、奮起する魂。その集約が強さだ。そしてNe-00339546の強さはカーリーの強さに近い」


 話の流れで問いかけた言葉に、カーリーは熱を込めて語りだす。天蓋の街並み一つ一つを見ながら、そこにあるドラマを読みよるように。


「Ne-00339546もカーリーと戦って感じただろう? カーリーが培った強さを。それはカーリーが鍛え上げた時間と痛みと辛さと、そして喜びの結晶だ。それがこんなところで埋もれるなど許されるものか」

「そんな立派なもんかね?」

「お前だけではない。今この天蓋にあるモノは全て、試行錯誤と努力と失敗とそして成功の産物だ。古くなれば壊されて新しいものが作られ、そしてその新しいものもいつかは壊れる。破壊と再生こそが成長するという事だ。

 カーリーはその全てを愛する。天蓋の発展を、障害を、苦労を、喜びを。事、Ne-00339546の強さは私と同じ方向だ。天蓋では珍しい、肉体を鍛え上げる強さ。それを欲するのは同じ強さを持つ者として当然のことだよ」


 カーリーの答えに、コジローは何も答えない。無言でため息をつき、会話を打ち切った。


(そうだな。その気持ちは理解はできるぜ)


 ただ横目でカーリーを見ながら、静かにカーリーの言葉を肯定する。


(この人間様はトモエの敵だろうけど……それでもこいつは嫌いにまれねぇ。古典ラノベ作者ってことで尊敬もできる。嫌いになる理由が何一つないんだよなぁ)


 その後、会話なく車は進む。カーリーは車からの光景を楽しみ、コジローはただ思考に耽る。


 車はトモエがいる病院まで、何事もなく到着した。

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