外耳道からパルスアーム突っ込んで口腔まで振動送って

 Joー00380102。二つ名サインは『ミヤモトイオリ』。


 3を『み』、8を『や(っつ)』、そして0を元年からとって『もと』。かつて中国と呼ばれていた国の言語を用いて1を『イー』2を『リ(ャン)』。0をアルファベットのOにかけて『オー』。つまりJoー00モト


『ジョカ』産のクローンであるイオリだが、とある事件でムサシと邂逅して惚れこみ、『イザナミ』に移籍。類まれなるサイバー機器開発能力と事務管理能力でのし上がり、他企業クローンなのに『イザナミ』の5大秘密部署ともいえる超能力部署に就任する。


 ムサシの自由気ままな気風と行動を止めるのではなく、事後処理にリソースを傾けることで被害と秘密漏洩を最小限に止めている。その手腕は自他ともに認めるほど優秀で、イオリがいなければ、最悪ムサシは脳だけ摘出して保存されている可能性もあったとか。


「『KBケビISHIイシ』のイヌ! ムサシ様に近づいて同じ空気を吸うだけでも万死に値するというのに、入院しているところに見舞いとか覚悟はできてるんでしょうね!

 外耳道からパルスアーム突っ込んで口腔まで振動送って、第三大臼歯を揺さぶってやるから覚悟しなさい!」


 耳から手突っ込んで奥歯ガタガタ、のSFバージョンかな? トモエは怖いというよりは一周回って笑いそうになった。本人はガチで怒ってるんで我慢したけど。


「あー。あっしはあくまで取次ぎ役なんで。見舞いを言い出したのはこっちっす」

「この流れで私に振るのやめてくれない!?」

「だって事実っしょ?」

「確かに事実だけどさぁ……」


 めんどうくさいの極致に達したナナコがトモエを指さし言い放つ。トモエはここまで面倒になるとは思わなかったとばかりにため息をついた。ついでに向けられた視線に体を震わせた。


「カシハラトモエ。話は聞いています。『ミルメコレオ』事件の原因。『転移者トリッパー』の件は置いておくとして、ムサシ様は貴方を追った事が原因であれほどのダメージを負うことになった」

「う……。それは、その……ごめんなさい」


 イオリはトモエを見ながら口を開く。確かにムサシは自分を助けようとしてあれだけのダメージを受けたのだ。そこを追及されると謝るしかない。


「いいえ。その件で謝罪する必要はありません。『NNチップ』の記録を見るにムサシ様が自分で助けに行ったわけですから。

 むしろ貴方のアイデアで助けられたのですから、こちらの方こそ感謝しなければいけませんね。ありがとうございます」


 言って一礼するイオリ。あ、思ったよりまともな人だ。ホッとするトモエ。面倒くさそうだけど、常識は通じるみたいだ。


「ですが! ムサシ様にあんな格好をさせたのは許せません! なんなんですかあのスカートの短さは! 胸もギリギリラインでこぼれそうでしたし! あんな格好のムサシ様を間近で見てたとか許すまじ!

 お胸様以外のムサシ様の魅力を引き出すとか罪ありき! 羨ましい! 私もリアルで見たかった!」


 そして頭をあげたイオリはトモエの胸ぐらをつかんで一気にまくしたてる。あんな格好、というのは『TOMOE』でムサシに着せたミニスカ和服の事だろう。最後は本音が駄々洩れていた。あ、やっぱり変な人だった。


「貴方の毛孔という毛孔に毛細カメラ突っ込んで、その映像を日替わりでレム睡眠時に脳内で再生させてやるから! 毎日自分の毛孔動画で目覚めるといいわ!」

「それ……脅し文句なのかなぁ……?」

「気にしたら負けっすよ」


 脅しなのかギャグなのか分からないイオリの言葉に何とも言えない表情を浮かべるトモエ。ナナコは慣れているのか、ため息をつくように助言した。


「それでその、ムサシさんとはお話はできるのかな?」

「で・す・か・ら! 邪魔なバク達をムサシ様に近づけさせませんといっているんです! サイバーレッグもなく移動ができない状態で平和に二人きり! そんな時間を邪魔されるわけにはいきません!

 げへへ、ムサシ様の寝顔と規則正しく動くお胸様を見ながら過ごす時間……! イオリはこのために生きていると言っても過言じゃないのです! できるなら一緒に医療ポットに入って抱き枕にしたい! よし、二人入り医療ポットを作ろう!」


 他人の性嗜好にとやかく言うつもりはないトモエだが、欲望丸出しの発言をナイスアイデアとばかりに指を鳴らして言うこの人はだめなんじゃないかなと頬をかく。


「あー。それはさっきの取引を反故にするってことでいいっすか?」

「うぐ……! そ、それは……!」


 興奮するイオリに静かに告げるナナコ。言葉を詰まらせるイオリ。反応から察するに、イオリはその取引を反故にはできないようだ。


「…………邪魔なバグには帰ってほしいのですが。帰ってほしいのですが!

 しかし、ムサシ様の恩人を無下に扱うのは礼儀に反します。邪魔なバグには帰ってほしいのですが! 高速エレベーターで一階まで叩きつけたいんですが!」

「どんだけ帰ってほしいんすか。帰ってもいいんすよ」

「ふざけんなクソイヌ、こっちが断れないの分かってるくせに!

 今度そんなふざけた交渉したら赤外線が常時認識できるカメラアイ入れてやるわ! 当然設定解除不能よ! 日々赤外線カメラの視線に怯えなさい!」

「脅しなのか便利なのか分からないなぁ……」


 地団駄を踏むイオリを見ながらトモエは唸った。視線にさらされる恐怖はあるかもしれないけど、なんというか脅しのベクトルが理解できない。本人の口調と態度から察するに、間違いなく脅しているんだろうけど。


「ついてきなさい! 30分だけだからね!」


 根負けしたイオリが背を向けて歩き出す。背後に控えていたドローンが道を開けた。トモエとナナコは白衣の背中を追うように後に続く。


「どういう脅しをしたのよ、ナナコ」

「脅しじゃなくて取引っす。この発明家兼超能力部署のリーダーは多方面で活躍してる以上、いろいろコネが必要ってカンジっすよ」

「ぐぎぎぎぎぎ! 『KBケビISHIイシ』のクソワンコめぇ……!」


 理性では納得しているけど、感情は許せない。そんな唸り声をあげるイオリ。


「発明家……ってものすごい頭がいいんだ。もしかしてムサシさんの腕とか足も作ってるの?」

「そうよ。ムサシ様の要望を聞きながらゼロから作り出したオリジナルのサイバーアーム『ニテンイチリュウ』とサイバーレッグ『チドリアシ』。両方ともイオリが設計して作った物なんだから」


 トモエの言葉に背中越しに答えるイオリ。怒りの感情は収まり、そのまま自慢話とばかりに言葉が続けられる。


「基本合金はヒヒロカネと鉄の混合比1:3。関節部分は頑丈さを重視して2:3。内部バッテリーは軽量重視で設計し、シキガミシステムを導入して脳とサイバー機器の連結を2.3%上昇。超能力による予知を考慮してのスピード重視かつ不慮の動きに対応できるようにオートバランサーをゲンブバージョンに。更には――」


 スペックを聞いても全然わからないトモエだが、凄い性能がいいのは理解した。ムサシもオーダーメイドとは言っていたし、コジローもムサシの動きは超能力とは関係なく予測できないと言っていた。


『あの酔っ払い姉ちゃんは超能力の先読みも面倒だけど、動きが予測できないんだよ。酔ってるみたいにふらふらしてるくせに重心はしっかりしてるし、剣筋も変則的かと思えば真っ直ぐ来る。

 真面目な話してるかと思えば、いきなり胸揉む話になるぐらいに読めないんだよ』


 その後コジローを思いっきり殴ったけど。やっぱり胸か。男は胸が大事か。コジローのスケベ。いやそこではなく。


「そ・れ・を! ぶった切ったクローンが! いるとか! ムカつく! しかもムサシ様はそいつがお気に入りみたいだし! そいつの話するときのムサシさまのあの気の抜けた笑みいいいい! 見てて幸せそうでほっこりするけど許すまじ!

 ムサシ様が止めなかったら、左小指第二関節を曲げる度に脳内にポップな音楽が鳴るアプリを強制ダウンロードさせるのに! ジョイントが摩耗していく恐怖をコミカルに感じさせてやるのにぃ!」


 そのコジローとムサシの戦いは聞いているのだろう。自慢の腕をぶった切った相手にはいろいろ思う所があるようだ。怖いのかどうかわからない復讐方法だけど。


「まあその、殺したりしないだけ優しいのかな? 過激は過激だけど、ムサシさんのいう事はきちんと聞く人みたいだし」

「当たり前です。ムサシ様はイオリにとって崇めるべき存在。最強の超能力者エスパーで最高の芸術品。ムサシ様がいるからイオリは今こうして生きているのです。ああ、ムサシ様のすべてをイオリのモノにしたい……」


 祈るように手を合わせるイオリ。なんというかいろいろイッちゃっているのは間違いなさそうだ。そんなイオリを鼻で笑うようにナナコが告げる。


「あの酔っ払い、今は医療ポット内で動けないんだから、好き勝手出来るんじゃないっすか?」

「黙れこの万年発情メスイヌ! イオリは貴様みたいなエロワンコじゃないの! ムサシ様を敬愛しているのであってそんな穢れた考えは――」

「股間に生やしたくせに。しかもフルセットで」

「何処で調べやがったこのクソイヌぅぅぅぅぅぅ!」


 え、なにをはやしたの? フルセットってなんなの? とトモエが聞くより前にイオリは振り返ってナナコに掴みかかった。ナナコはててペペろとばかりに愛嬌のある顔で言葉を続ける。


「万年発情エロワンコなんでそう言う情報は仕入れやすいんすよ。オペ先が『ジョカ』だからって油断したっすね。あ、口止め料っすけど」

「…………持ってけ脳みそピンク!」


『NNチップ』内で交渉とクレジットと情報交換などを済ませるナナコとイオリ。トモエは完全に蚊帳の外だが、多分エロい話なんだろうと察した。ぶっちゃけ関わり合いたくないからわからなくてちょうどよかった。なんなのよこの人達は。


「あまり考えたくないけど、ムサシさんって結構モテモテで貞操のピンチなのね」

「トモエからしたら好都合じゃないんすか? あのブシドー兄ちゃんを独り占めしたいんだから。利害関係は一致してるっすよ」

「いや、さすがにこういうのは」


 天蓋の恋愛っておっそろしいなぁ。いや、元の時代でもこんな感じだったかも。人の愛と業は、いつの世も重いのである。


「この部屋よ」


 そんなドッタンバッタン大騒動の後にトモエは扉の前に到達する。扉のランプが二度明滅し、スライドする。ID認証型セキュリティ。『NNチップ』からの信号を受けて開くドアだが、トモエからすれば近づけば開く自動ドアにしか見えなかった。行き過ぎた科学は理解が追い付かない。


 扉の中に在るのは大きさ2mの繭のような形の機械。それが医療ポットなのだとトモエは何となく察した。金属製で中は見えないが、スピーカーから聞こえてくる声はムサシの声だ。


<おー。珍客だねぇ。まさかトモエちゃんが来るとは。相変わらずトモエちゃんの未来は見えないや>

「あ、ムサシさん。大丈夫ですか? いやその、大丈夫じゃないから入院しているんですけど……」


 いつも通りのムサシの声に安堵しつつ、でも怪我人であることには変わりはない事に気づくトモエ。減速したとはいえ時速90キロ近くで地面にたたきつけられたのだ。しかも両足がなく踏ん張れない状態で。西暦の医療技術なら長期入院してもおかしくない事故である。


<トモエちゃんが気にすることじゃないよ。ダメージはほぼ完治してるしね。ポットに入っているのは腕と足ができるまで動けないのと……その、お姉さんちょっとフラフラしすぎて怒られちゃったから閉じ込められてるのさ。

 ああ、悲しいねぇ。旦那の元に飛んでいきたいっていうのに。電子酒で勝利の祝いをしたいのに>

「ムサシ様、イオリが、手足を、作るまで、ゆっくり、寝てて、くださいね」


 コジローの話題が出て、イオリの怒りオーラが一段と増したのを察するトモエ。話題を変える意味も含めて、トモエは強引に質問する。


「おけ、気にしないわ。で、いきなりでなんだけど紹介してほしい人がいるの。

 企業の偉いさん? イザナミさんなんだけど……会社名じゃなく、イザナミさん御本人に会いたいの」


 企業トップの名前を出されて怪訝な表情を浮かべるイオリ。頬をかいて苦笑するナナコ。そしてムサシは――


<あー。なんなんだろうね、これ。トモエちゃん、そう言う超能力でも持ってるんじゃないかな>


 呆れ2割、驚き7割、そして感心1割と言った声でムサシは言う。


「む、よくわからないんだけどどういうこと?」

<イザナミのおちびちゃ……イザナミ様なら78秒後にここに来るよ。もしかして狙ってた?>

「ちょちょちょちょちょちょ! ムサシ様どういうことです!? そんなスケジュールは聞いてないんですけど!?」

<そう言う未来が見えたんだよ。こっちも聞きたいぐらいなんだけどねぇ>


 突然の事に慌てるイオリ。ムサシが見た未来は絶対だ。覆った例はトモエが関わった時のみ。イオリとナナコもよほどの不意打ちだったのか、逃げようとしてとどまった。逃げることが不敬になる可能性もあるからだ。


 そしてきっちり78秒後――


「ここか」


 扉が開き、そこには着物を着た小さな子供が立っていた。背後に控えるのはボディーガードだろうか。複数の動物を複合させて妖怪のように見えるバイオノイドがいた。『AYAKASI』と呼ばれる、複数の動物種を融合させたバイオノイドだ。


 先頭に立つ少女は日本人風の顔立ちだ。だからこそトモエとの類似が濃く見える。トモエはその人の名前がすぐにわかった。


「貴方が……イザナミでいいのね?」

「祖母殿に置かれましては――などとまどろっこしい作法は要らぬか。

 妾はイザナミ。企業『イザナミ』を統べる者。価値のある話ができる事を祈っておるぞ」


 くすり、とイザナミは小さく笑みを浮かべ、値踏みするようにトモエを見上げた。

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