柏原友恵が望んでプログラム内に戻るのなら

 シンデレラストーリー。


 ざっくりと説明すれば、無名の一般人が見違えるほどの成功と幸福を得て、資産家や著名人などと結婚祝いする物語である。


 大元であるシンデレラよりも前にこの手の物語は多数あったのだろうが、もっとも有名なのがシンデレラであるためこの名前が着いた。親にいじめられて苦労したシンデレラが王子様と踊り、そして幸せを得る。童話だけでなく、演劇やバレエなどにも広く使われる題材である。

 

「お前が欲しい。カーリーのモノになれ」


 男女逆転しているが、カーリーがコジローを誘うのはまさにシンデレラストーリーだ。企業創始者の人間であるカーリー。最低の市民ランクのまま企業労働に努めるコジロー。まさに最高地位が最低地位を誘っている。


 なお高ランク市民が気に入った下位ランク市民やバイオノイドを囲うことは珍しくはない。『タワー』と呼ばれる高ランク市民にいる市民ランク4以下のクローンやバイオノイドはほぼそれだ。選ばれる理由は容姿がほとんどだが、コジローのように一芸を見出されたというケースも稀ではあるが存在する。


 低ランク市民のほとんどは企業の労働に耐えながら、もしかしたら高ランク市民に選ばれるかもしれないと思うものも多い。それ以外にこの立場から抜け出せる見込みはない。天蓋において上に上がるには才能がいる。知性、美貌、体力、そして奸智。なんであれ、他人を押しのけてのし上がる才能だ。


「カーリーの元に来れば、カーリーが直接鍛えて今よりさらに強くなれる。労働を免除し、朝から晩まで鍛錬に時間を費やし、強さを極めることができる」


 強くなる。それはコジローにとっても魅力的な話だった。清掃業務時に清掃液を入れるタンクを担いで筋肉を鍛えているが、時間さえあれば他の事もできる。フォトンブレードの素振り、型の反復訓練。イメージトレーニング。時間が有効に使えるならそれに越したことはない。


「何なら小説を書いてもいいぞ。さっきのやり取りでぞくぞくして、執筆意欲がわいた。……そうだな、ロボを題材にした戦記物とかどうだ? 亜空間から侵略してくるものと戦いながら、人間関係に苦しみ、そして最後には誰かと結ばれるという基本構成だ」


 そして古典ラノベ作家。天蓋では滅んだと言われる人力で物語を創る者。かつて自分を感動させ奮い立たせた作者が、自分と触れて生み出した物語。古典ラノベを愛する者なら、垂涎のエピソードだ。


 コジローもその意味が分からないわけではない。女性型……この場合、本物の『女性』の誘い。この手を取れば、自分の生活は一変する。労働の苦悩から解放され、更なる強さのステージに到達し、自分の為だけの娯楽が待っている。そしてこの女に愛される。


 カーリーと出会って会話した時間は、15分にも満たない時間だ。


 だが、時間量に意味はない。2分に満たないにらみ合い。そして一撃。それは短いながらも濃厚な時間だった。話し合うより深く相手を理解できた。


 そしてその後に交わした会話。強さを求め、創作を行う。その創作に感銘を受けていたコジロー。生きる指針にさえなった古典ラノベの作者。


 そういう意味では、作者カーリーと触れ合った時間は遥かに長い。一字一句記憶できるほど読み続け、困ったときにはその内容を思い出し、そしてその主人公のようになろうとサイバー機器に頼らず肉体を鍛え続けたのだ。


「俺は――」


 分かっている。答えなんていつだって一つだ。


「二君に仕えるつもりはありませんよ」


 コジローはカーリーの誘いを、迷うことなく断った。


「『ネコとカタナとヒガンバナ』か」

「ああ。ただ誰かに仕え、そして忠義を誓う様こそがサムライだ。その誓いを破るわけにはいかないんでね」

「ならば原作に従って無粋な誘いをしてみるか。クローンロットの変更は企業創始者権限を使えば可能だぞ」

「『大事なのは仕えるっていう心なのさ。家柄や財産じゃない。その生き様こそがブシドーってやつでね』」


 一字一句間違えることなく、コジローはカーリーに向かって答えた。その返信に満足したように笑うカーリー。


「まさか自分の書いた言葉で断れるとは思ってもみなかったな」

「悪いとは思うし、もったいない事をしたと思うけどな。でも今の生活を捨てるわけにはいかないのさ」

「それは柏原友恵の件という事か。さて、お前が仕えるのは企業なのかカーリーの祖母なのか。……いや、それこそ無粋だな」


 言って肩をすくめるカーリー。創作者としてその感情を口にさせるのは粋では無い。そしてコジローを誘うために差し出した手を引っ込めた。


「ソボ?」

「親のないクローンに祖母の概念などなかろう。気にするな。

 今は袖に振られたが、気が変わったらいつでも連絡してくれ。カーリーのモノになりたいのならいつでも歓迎しよう」


 カーリーの言葉と同時に、『NNチップ』に連絡先のアドレスが転送される。クローンIDではない奇妙なマークのアドレス。サンスクリット語が失われた天蓋において、カーリー以外は使わないアドレスだ。


「サムライは死ぬまでサムライだぜ」

「そういうな。忠義を誓う者が失われることもある。事、柏原友恵はこの時代のモノではない。異世界召喚プログラムが残っている以上、元の時代に戻れる可能性はある」

「本当か!? あいつは元に戻れるのか?」


 初耳だ、とばかりに驚くコジロー。


「なるほど、その事も知らなかったのか。

 とはいえあくまで可能性だ。あのプログラムを逆転させるには相応のエネルギーが必要になる。企業の人間が持つドラゴンのエネルギーだな。そしてカーリーを含めて、誰も賛同はしないだろうよ」


 言いながら首を横に振るカーリー。トモエを元の世界に戻せば、自分達の不老不死は解除される。それを良しとする者はいないだろう。……ペレはそう思っていないことに、気づく由もないカーリー。


「ドラゴンのエネルギーか……」

「先の事件はジョカが柏原友恵を捕え、プログラム内に戻そうとしたのだろうな。システム重視がゆえに、お前のような規格外の予測はできなかったという事か。数字だけを見過ぎだ、あのブラコンめ」

「ぶらこん?」

「血縁の概念がないクローンにはわからない感情だ。『冬火 ~14日の初恋』のナツミとホムロの関係だな。契約兄弟姉妹の人間バージョンと思えばいい」


 よくわからない単語に翻弄されるコジローに、ブラコンの概念だけ説明するカーリー。ジョカはフッキの存在ごと隠しているつもりだが、企業創始者の4名はジョカとフッキの存在と関係は理解している。その上で知らないフリをしているのだ。


「ああ、お兄ちゃんお兄ちゃんって言ってたやつか。なんであそこまで好きなのに、ホムロに好きだっていうのをためらうのかわからなかったが」

「禁じられた恋愛の葛藤を知らぬと、実兄妹恋愛の醍醐味は半減だな。クローンの目線に立たねば、クローンに共感を得る話は難しいか。

 いつの世も、読み手の求めるものを理解しているつもりで、まるで解らぬまま書くのが創作活動というものか」


 難しいものだな、と頭をかくカーリー。コジローは理解できないが、あれだけ強くてスゴい物語を書く人間でも、思い悩むことがあるようだ。


「話を戻そうか。カーリーの目的はジョカと同じだ。柏原友恵を捕らえ、異世界召喚プログラムに戻すことだな」

「話の流れ的に、そいつはあいつを元の世界に戻す、ってことじゃなさそうだな」

「当然だ。詳細は言えないが、こちらの命がかかっている。いまのまま放置はできんよ。最低限、拘束はさせてもらいたい」

「トモエがそれを望まないんなら邪魔させてもらうぜ」


 カーリーの言葉に逆らうように言うコジロー。だがその反論を予測していたかのようにカーリーは言葉をつづけた。


「逆に言えば、柏原友恵がそれを望めば問題はないという事だな」

「なんだと?」

「柏原友恵にもメリットがあるようにして、望んでプログラム内に戻るのならNe-00339546は止めない。そういう事だな?」

「……アイツが望むならな」


 カーリーの言葉に頷くコジロー。言質は取ったとばかりにカーリーも頷き、言葉を返した。


「強引に奪おうとした結果が先の事件だからな。今の天蓋は様々な思惑が絡み合いすぎる。意欲が高いのは褒められることだしその失敗もいかせる時が来るだろうが、同じ轍を踏むわけにもいかん。

 北風でダメなら太陽でいく。ジョカもその方向で動いていると聞いたぞ」

「キタカゼ? タイヨウ? 天候プログラムが関係しているのか?」

「本物の天候を知らぬクローンからすれば、この例えも死語か。やんぬるかな」


 天蓋で規則的に発生する冷風と高温を示すマーク。その名称を告げるコジローにカーリーは額を押さえてため息をついた。


「要は柏原友恵を説得して懐柔する形で動いているという事だ」

「懐柔……企業の人間様がまた動いてるってか?」

「柏原友恵に様々なアプローチをかけるつもりだ。色事系交渉術に長けた企業戦士ビジネスを動かしているぞ」


 色事系交渉術。主に性的に相手を魅了して交渉を含める営業を行う者だ。そう言った輩がトモエに近づくと聞いて、少しいら立つコジロー。


「は。そんな見え透いたのに引っかかるトモエじゃないさ」

「確かに柏原友恵も色ボケした愚か者ではない。警戒はするだろうが、その警戒を解いて寝屋に誘うのが企業戦士ビジネスだ。うかうかしていれば、奪われるかもな」

「そいつはトモエを騙してるんじゃないのか?」

「恋愛は騙し合いだよ。そして優しい嘘に包まれるのが幸せという事もある。事、柏原友恵の境遇は苛烈だ。噓のゆりかごで眠ることを堕落と攻めるのは酷であろうよ」

「……くそ」


 カーリーの言葉に納得するコジロー。納得はしたが、個人的な感情は別だ。その感情に従うように踵を返し、今トモエがどこにいるかを確認する。ID同期しているスマホに連絡するが、


<通話不可能。現在、カシハラトモエは病院内にいますので通話できない状態になっています>


 脳内に帰ってきたのはツバメの冷たい音声メッセージだった。


「病院? なんでそれで返信できないんだ?」

<スマートフォンの電波が医療機器を誤作動させる可能性があります>

「タイミング悪いな、ちくしょう!」


 仕方なくその病院まで移動するために歩き出すコジロー。『NNチップ』を使って車をこちらに呼び寄せる。到着まで10数分。長くはないが、もっと速く来いと焦れるコジロー。


「行ってどうする?」

「決まってるだろ。アンタが教えてくれたことを教えて――」


 焦れるコジローに問いかけるカーリー。コジローは苛立ちながらも平静を装って言葉を返した。


「それで柏原友恵がどう答えを返すと思う?」

「どうって……」

「柏原友恵は自分に優しくしてくれる男性を選び、企業に囲まれた安全な生活を望むかもしれないぞ。

 それはNe-00339546。お前が望む結末か?」


 虚を突かれたように押し黙るコジロー。


 これまでトモエを守ることが当然だったコジローだが、そのトモエが自分ではなく他のクローンや企業に守られることを選ぶかもしれない。その可能性を全然考えていなかったのだ。


 最低市民ランクで企業サービスも最低限の自分よりも、企業保障満載でケア能力に長けたクローンの庇護を受けた生活。どちらが快適であるかなど言うまでもない。


「先の言葉を繰り返そう。柏原友恵が望んでプログラム内に戻るのならNe-00339546は止めない。そういう事だな?」


 その言葉に先ほどみたいに答えられないコジロー。


 車が来るまでの10数分間。出口のない迷宮を彷徨うように、コジローの思考は迷走していた。

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