ね、面倒くさいっしょ?

 西暦において車に交通法というルールがあるように、天蓋においても飛行車両にルールがある。


 飛行車両を運転できるのはランク5以上のクローンのみ。そして飛行できる高さも決められていた。飛行可能なバイオノイドやドローン、ナナコが乗る軽量の飛行車両は地上5mから15mまで。高重量の運搬飛行車両は16mから30mまで。30mから上は支配企業の許可が必要な空域と言った感じである。


 ドローンが空中に浮遊して信号のような役割を果たし、違反者は監視カメラで即捕捉される。ドライブレコーダーに類するモノはないが、監視カメラと『NNチップ』の記録が十分な証拠となる。ID管理されている社会において、違反者を特定する行為は事務的に終わる。


「そこのネコ娘! そんなバイクよりこのヴィークルに乗れよ! オレサマが最高の気分にさせてやるぜ」


 ……逆に言えば規約違反にならない程度なら、何をしても咎められることはないのである。


「うわ、なによ。いきなり横付けして話しかけてくるとかなくない?」

「でも航空規定には違反してないんすよね。距離も接近速度もギリ規定内っす」


 信号停止中、大きな飛行バイクに横付けされて話しかけられたのだ。黒を基調とした車体に様々なパーツが付いている。銃はもちろん、突撃用の衝角までついていた。これでもルールに反していないのである。


 そんな改造飛行バイクにまたがり、親指で自分を指さして豪快に笑う男性型。IDはJoー00000900。


「コイツは『バショウセン』をカスタムしたヴィークルだぜ。オレサマの後ろにのれば空を飛ぶって意味が理解できる! むしろコイツ以外のドライブは無味乾燥な移動ってだけだ。パワフルなドライブって世界が待ってるぜ。

 この『ギュウマオウ』様に黙ってついてくれば、後は何の心配もいらねぇよ」


 ナナコの飛行バイクより一回り大きな飛行バイクに乗った男性型クローンが自分を指さして言ってくる。Joー00000ギュウオウ。広い肩幅と粗野だけど力強い笑み。パワフルななサイバーアームとサーバーレッグを持つ男性型だ。


「ねえナナコ。こういう車でナンパとか天蓋でもあるの?」

「最新のヴィークルとかサイバー機器見せつけるナンパはメジャーっすよ。あの飛行バイクは『ジョカ』の最新モデルで、それに乗ってハイになったところを美味しくいただくとか」

「いつの時代もブランドでナンパする男は絶えないわよね」


 トモエは出会ったことはないが、高級車でナンパされたというクラスメイトの話は聞いたことがある。嘘臭いよなぁ、と思って聞き流していたがまさか自分が未来でそんな目に合うなんて。


「ゴクウさんから聞いてると思いますけど、貴方達のお仕事は聞いてますんで。

 乗るつもりは全くございませんのであしからず」


 トモエは完全拒絶を示すように冷たく言い放つ。ゴグウが言っていた『オレサマ系』だろう。Joロットクローンでこのタイミングで現れて、しかも二つ名もゴクウと関係しそうなモノだ。疑うなというほうが無理がある。


 それを聞いてギュウマオウは更に笑みを深めた。


「おう、バレバレなんだろ。知ってるぜ。記録で渡された映像を見る限りでは気弱そうだったが、そこまではっきり断ることができるとはな。気に入ったぜ」

「そうですか。じゃあもうすぐ信号も変わりますんで」

「ああ、気をつけてな。オレサマもこれでノルマは果たしたし、これ以上言う事は――1つあったな」


 軽く手をあげて去ろうとするギュウマオウだが、最後に一言告げる。


「何かあったらどんな時でもオレサマを呼べ。いつでもどこでもハイスピードフルパワーでオマエを助けに行くぜ」

「なによ。恩を売るつもり? どれだけ言われてもナンパされないから」

「仕事は仕事。オンナはオンナ。仕事が絡まないんならオレサマはオンナとヴィークル乗りを助けるのに躊躇はしねぇよ。昨日の敵でも同僚の仇でも、オンナとヴィークルは気持ちよくさせるモンなのさ」


 信号が変わり、ギュウマオウは走り出す。ナンパの道具にするだけあって、かなりパワフルな飛行だ。ナナコの飛行バイクを無味乾燥というだけの事はある。


「だから仕事で迫ってきてるんじゃない。オレサマ系は無理無理」

「つーか、バレてるってわかってても誘いに来るとか精神強いっすね。さりげなく自己アピールするあたり、さすが企業戦士ビジネスっす」


 呆れるトモエと、感心するナナコ。ワイルドさを前面に出して相手を引っ張るオレサマ系ナンパ。背後関係を知らなければ……無理かな。トモエはそう結論付けた。趣味じゃない。


「全く……仕事で人をナンパするとか、その企業もヒマなの? ビジネスマンもヒマなの?」

「いやぁ。企業戦士ビジネスはガチでフルタイム仕事してるっすよ。24時間働くために自律神経系を改造したり、遺伝子改造してショートスリーパーになったり。企業のために寝ないで働くのが企業戦士ビジネスっす。

 あのナンパ師達も見た目に大分金かけてるっすからね。あっしにはマネできねぇっす」


 むりむり、と肩をすくめるナナコ。そんなナナコにトモエは首をかしげて問いかける。


「ナナコって顔も胸の大きさも自由自在なんだよね? 相手の好みの姿になれるのにナンパとかできないの?」

「そりゃあっしも見た目でついてくる輩はホイホイ吊れるっすよ。でも完全に警戒している相手に笑顔で迫るのが企業戦士ビジネスっす。そして何度も繰り返してコロッと落とすのがアイツラ色事系ジゴロ企業戦士ビジネスなんすよ。

 あの手この手で攻めてくるから、心に留めておいた方がいいっす」

「そんな見え透いた手に落ちるわけないじゃない」


 呆れるように言うトモエ。ナナコは信号停止のタイミングで振り返り、声帯をコントロールしてコジローの声に合わせて口を開く。トモエに耳に届くように顔を近づけて囁いた。


「『何かあったらどんな時でもオレサマを呼べ。いつでもどこでもハイスピードフルパワーでオマエを助けに行くぜ』」

「ッ……! こ、コジローの声でそんなこと言うな! やばやばやば……! コジローがそんなこと言うわけないってわかってるけど、でもマジヤバ!」

「こんな見え透いた手に堕ちかけてるじゃないっすか」


 声を戻し、呆れたように言うナナコ。コジローの声でギュウマオウのセリフをそのまま言ったのだが、その効果は絶大だ。トモエは思いっきり動揺していた。


「コ、コジローの声だから仕方ないわよ!」

「つまりあのブシドー男性型に一定以上の好意を抱いてるから、って事っすよね? おんなじぐらいにセイテンゴクウやギュウマオウの事を好いていたら、条件が同じだから堕ちるっすよ」

「な……っ、そ、そうなることはないわよ! だから――」

「そうなるように持っていくのがアイツラなんすよ。ブシドー旦那がフォトンブレードを鍛えてるように、アイツラはナンパ術を鍛えてるんす。大丈夫なんて思ってて、気づいたらベッドの上で甘やかされるとかにならないといいっすね」

「そりゃ、あの人達がイケメンなのは確かだけど。っていうか……」


 信号が切り替わって動き出す飛行バイク。トモエはいまだに収まらない鼓動を意識しながら、ゴクウとギュウマオウの事を考える。顔面スペックは悪くない。性格も悪人じゃない。むしろトモエに好意的だ。というよりはむしろ――


「これまで出会った天蓋の男性陣が軒並み誘拐犯だったりするんで悪印象しかないのよね……。あの二人がまだまともに思えるのは、否定できないわ」

「まあその、トモエは色々特殊っすから……」


 コジローとさっきの二人を除外すれば、トモエが天蓋で出会った男性クローンはオレステ、『働きバチ』、スパイダーの面々、ペッパーXにワンメイ。全員誘拐犯或いは実行犯だ。なんというか好印象を受ける余地のない相手ばかりである。


 なおニコサンとカメハメハも性別で言えば男性型だが、ニコサンは脳培養槽タンクでカメハメハは全身機械化フルボーグ。魅力的でイケメンだけど、メカメカしており恋に堕ちる相手としては違う。性格イケメンなんだけど。


「元の世界? とかではどうだったんすか?」

「……聞かないで」

「あー。はいっす」


 闇が深そうだと察して質問を取り下げるナナコ。引き際を誤らないのが一流エージェントである。


「そろそろ着くっすけど、面会できるかどうかはわかんねーっすよ。何度も言うけど、あの酔っ払い姉ちゃんは『イザナミ』でも面倒くさい立ち位置で、それを守るチームも面倒くさいっすから」

「うん、ダメなら帰るわ。企業の人間のコネも、できるなら欲しいって思うぐらいだし」

「高市民ランクのクローンならだれもが欲しがるコネなんすけどねぇ、それ」


 そんな会話をしながら降下する飛行バイク。『イザナミ』支配地にある巨大な建物。4つのビルが連結しており、清潔そうなイメージを受ける。これが天蓋の病院か。トモエは納得しながらナナコに連れられてビルに入る。


「あー。それは暴利ボリ過ぎじゃないっすかね? 先日の失態を公開されたくなかったらもう少し――いやっすねぇ。脅しじゃないっすよ。仲よくしましょうって意味っす」


 そしてナナコが口に出して何か喋っていた。『NNチップ』を通して会話しているのは知っているが、内容が少し不穏すぎる。そしてしばらくして、ナナコはトモエに向きなおった。


「話がついたっす。30分なら面会可能っすよ」

「いま脅しとか怖いこと言ってなかった!?」

「もー、脅しじゃないっす。お願いしただけっす」

「その……みんな仲良く、ね?」


 それ以上は追及しないトモエ。悪い事したかなぁ、と反省するのであった。


(まあ、交渉内容を口に出す必要はなかったんすけどね。ちょっとは負い目を追ってくれれば無茶ぶりも減る……といいっすけどねぇ)


『NNチップ』は脳で思うだけで会話ができる。なのにナナコが口にしたのは、トモエの精神を揺さぶるためだ。ちょっとは反省してくれればいいな程度の悪戯である。


「何度も何度も言うっすけど、酔っ払い姉ちゃんのサポート部署は面倒極まりない相手なんで覚悟してほしいっす」

「なんで何度も何度も言いなおすのよ? お話しできるようになったんでしょ?」


 ムサシの入院部屋に向かうエレベーターの中で念を押すように言うナナコ。その念押しに怪訝な表情を浮かべるトモエ。交渉できるようになったんだからいいじゃない。何が問題なのよ?


「まだ酔っ払い姉ちゃんに出会ってないからそんなことが言えるんすよ、トモエは」

「どういう――」

「そこのバグ共! ムサシお姉さまには一歩も近づけさせません!」


 エレベーターを出たところに待ち受けていたのは、白衣を着た女性型クローンと複数の円柱形警備ドローン。女性型ドローンは腕を組み、トモエたちを睨みながら叫ぶ。


「貴方達がムサシお姉さまに悪影響を与えてようとするのは百も承知! 汚らしいバグなど避けつけるつもりはありません!

 せっかくサイバーレッグが無くて動けないんだから、今のうちにムサシお姉さまにあんなことやこんなことをして篭絡し、二度とイオリから逃れられないように堕とさないといけないんです! あのお胸は私のモノ! 帰れ! 窓から飛び降りて重力加速度でここから遠ざかれ!」


 100%歓迎していない表情と口調で、とんでもないことを言い放つ女性型クローン。イオリというのは二つ名だろう。篭絡とかお胸とか公共で聞き咎めることを誰憚ることなく堂々と言い放っている。


「ね、面倒くさいっしょ?」

「あー、納得したわ」


 ナナコの言葉に、深々と頷くトモエであった。

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