カーリーのモノになれ

 カーリー。


 天蓋においてその名を知らぬ者はなく、そしてその単語は複数の意味を持つ。


 一般的なのは企業名だ。破壊と再生に長けた『カーリー』産の医療技術は高い。数多の医療機器とサイバーパーツは多くのクローンの生命を維持している。細胞と細胞の間を切り裂く単分子メスを扱うマニュピレーター。脳さえ無事ならどんなクローンでも元に戻せるとまで言われた再生手術。


 次に一般的なのは『カーリー』で作られたクローンだ。KLロットと言われたクローン。ネネネもその一人だ。破壊と再生という意綿製を含んだドラゴン因子、アスラ。その因子が発現した超能力者エスパーは触れるだけで人体を癒し、破壊すると言われている。


『カーリー』産の警備ドローンも需要が高い。見た目で圧倒する多くの砲門を持つ『ガーネシャ』。制圧、防衛に役立つ安定した強さを持つ『クリシュナ』。精密且つ超遠距離から相手を撃ちぬく『インドラ』。それらを扱う治安維持組織『パーンダヴァ』は多大なる戦闘力を持っている。


 そしてその『カーリー』の企業トップである人間。その名前。すなわち、カーリー。


 しかしこちらはあまり話題にならない。もっともそれは他企業のトップも同じことだ。天蓋のクローンにとって人間は触れるべからずな存在。クローンの最高地位である市民ランク1になり、ようやくその顔が見られる存在なのだ。


 なので――


「名だ。カーリーの名は、カーリーだ」


 自分を拳で倒した女性型がそう名乗った時に、コジローが怪訝な顔をしたのも止む無きことである。


「いや、あのな? 別にどんな二つ名サインを名乗ろうが企業規定違反にはならねぇが、企業名をそのまま名乗るのは不味いんじゃねぇか」

「予想通りの反応だな。然もありなん。信じられぬのも無理はないが、カーリーの名はカーリーだ。企業『カーリー』創始者にして現トップ。

 天蓋を管理する人間だ」


 カーリーの言葉にコジローはさらに怪訝な表情を浮かべる。最底辺市民ランクのコジローの目の前に、最高市民ランクのさらにその上の存在がいるのだ。ドゲザでもすればいいのか、これ?


「いやウソだろ? なんで企業トップの人間様がこんな路地裏でいきなり喧嘩売ってくるんだよ。しかもなんなんだよその強さは?」

「一つずつ順番に答えようか。噓か真かかと言われれば、真だ。さりとて証明する術はない。何せクローンと違ってIDを持たぬ故な。しかし柏原友恵もそうではないか?」


 トモエのことを言われて、コジローは押し黙る。確かにトモエにクローンIDはなかった。クローンでもバイオノイドでもなく、人型の存在。天蓋でそんな存在はそうそういない。


「二つ目の質問は、純粋に興味がわいたからだ。カーリーと同じく肉体を鍛えて鍛えて鍛えぬいたクローンがいると聞いてな。どれほどの強さかと出向いたのだ」

「体を鍛えた? 人間様が?」

「うむ。1日4時間、休まず体を鍛えている。10万日も鍛えればそれなりにはなるようだな」


 10万日。年数で換算すれば270年ほど。天蓋ができてから現在までの年数とほぼ同じだ。そこまで生きている者は、それこそ天蓋開闢から生きている人間しかいない。


「三つ目の質問はさっきの答えと被るな。時間をかけて肉体を鍛え上げ、体を動かして動作をし見つける。禅を組み、蹴りを繰り返し、武器を振るい、それを延々と繰り返した」

「その結果があれか。たいしたもんだ」

「企業経営の余暇時間だ。優秀な後進を育てれば時間はできる。趣味で始めた運動にはまり、今に至るという程度だ」

「その趣味に手も足も出なかったんだがな、こっちは。心が折れそうだぜ」


 拳を当てられた場所に手を当てるコジロー。痛覚遮断しているから何も感じないが、拳の形にへこんでいるのはわかる。拳一発でこれなのだ。手も足も出ないというのは比喩でも何でもない。


「許せ。なにせ天蓋のクローンは皆サイバー改造して強さを得ている。サイバー技術と武器を得て強くなった輩は、実戦経験が足りぬ。武装に振り回され、自らを鍛える者はいない。そしてそれで強さとしてはそれで十分だからな」


 クレジットを払えば強いサイバーアームを得て強くなる。そんな時代に肉体を鍛える者は皆無だ。10年間鍛えた肉体よりも、数時間の手術で得たサイバーアームの方がパワーがあるのだから仕方のない事だが。


「愚かしいまでに自分を鍛え上げた結果というものだ。されどまだまだ先はある。さてこの先に何があるのか見てみたいものだな」

「……へえ、そのセリフは古典ラノベで見たことあるぜ。確か『知性派バーサーカー』の3巻ラストだったか。肉体を鍛え上げる者は自然とそんな考えに至るのかね」


 カーリーのセリフにそんな言葉を返すコジロー。その言葉に笑みを浮かべるカーリー。


「ほほう、そのくだりを知っているか。嬉しいものだな」

「お? もしかしてアンタ、古典ラノベに興味があるのか?」

「無論だ。仕事の合間に書き溜めていた。まさか200年前に書いたモノを愛読してくれるものがいるとは驚きだ」

「は? 書いた?」

「『知性派バーサーカー』シリーズは私の作品だ。『ハートキャッチ(物理)! ~幼馴染はアステカ女神!?』『ネコとカタナとヒガンバナ』『KYOTOエイリアン 時空穿孔ピッケルで異星人を埋めろ!』『TS陰陽師 ~陰陽逆転の儀』『機関士の召喚獣』『冬火 ~14日の初恋』あとは……」


 指折り数えるカーリー。そのほとんどは古典ラノベを知るコジローは知っているし、知らないタイトルもあった。しかもそれを、書いた?


「AIじゃない作者が実在するなんて驚きだぜ」

「私より前の時代では創造は人間しかできなかったからな。スピードと量はAIに劣るが、経験から得られる言葉と描写は人間の方が深みがあると思っている。

 こちらも趣味の一環だ。書き留めて電子世界に投稿してみたものだが誰かに響いたというのなら意味はあったな」

「響いたどころじゃねぇよ。生きる指針になったぐらいだぜ!」


 こぶしを握ってカーリーに力説するコジロー。コジローにとって古典ラノベは趣味であると同時に行動の指針だ。古典ラノベに感銘を受けて、サイバー機器をつけずに肉体を鍛え続けるほどに人生を決定づけたのだから。


「『知性派バーサーカー』で一番いいのは3巻の時空戦艦ガルガンティアの甲板での戦いだ。無数のカタナが突き刺さる中を縫い買うように動き、踊るように回転しながら刺さっているカタナを抜いて一閃! クレシアの動きが脳裏に浮かぶ鮮やかな文章だったぜ!」

「うむ。あそこは自分で体を動かしながら書いたからな。さすがに質量10トンのスライム型爆弾は用意はできなかったが」

「2巻での語りも最高だったぜ。理性と論理ではロートンを切り捨てるのが正解なのに、葛藤の末に見逃すあのシーン。それが4巻であんな形で回収されるとはな!

『あの時見逃がしたのが敗因? 勝利を語るにはまだ早すぎる』……一度は言ってみたいもんだね、このセリフ!」

「あの伏線は予定されていたからな。ドミノを倒すように一気にやらせてもらった」

「そう言えば『機関士の召喚獣』では蒸気合成獣スチームキマイラの合体シーンがあったけど、どうやったらあんな発想ができるんだ? 機体同士が合体するとか天才かと思ったんだけど」

「ビジュアルを持たないノベル媒体ではロボット物は扱いにくいからな。あれはカーリーよりも古い時代のエンタメで――」


 熱く語るコジローと、それに頷くカーリー。同じ趣味を持つ者……と言うよりは熱く語る読み手と、それに答える作家。


 さっきまで襲い襲われたような空気はなく、クローンと人間という圧倒的な隔たりもない。古典ラノベという趣味がその垣根を払い、遠慮を無くしていた。カーリーの性格もあるが、ただのクローンが人間と話をすることなどまずありえないことなのに。


「AIが産むモノに飲まれ、もう誰にも読まれていないと思っていたのだがな。そもそも文字だけの娯楽媒体自体が廃れたも同然だったのに」

「そりゃエンタメは音声や動画したのがほとんどなのは確かだけど、文字だけだから伝わるものもあるのさ。さっきのシーンなんかAIで作った物だと少し物足りないぜ」

「流石に買いかぶりだ。とはいえそこまで褒められるのなら書いた甲斐はあったというものだな。作者冥利に尽きるというのはさてどれほどぶりか。

 さすがに次作を書く余裕はなさそうだが、読んでくれるものが一人でもいるなら無理をしてでも書いてみるのもいいかもしれんな」


 わずかに唇を笑みに緩めて息を吐くカーリー。その吐息には疲労と諦念が含まれてた。


「余裕がない? 企業のトップっていうのは大変なんだろうからな。……まあ、俺を襲う程度の余裕はあるみたいだけど」

「時間自体ならあるさ。単純に優先順位の問題だ。何せ死ぬ可能性ができたからな。死ぬまでにやりたいことを優先的にやっていきたいのさ」

「路地裏でクローン一体を襲うほうが高い優先度だっていうのか?」

「無論だ。正確に言えばNe-00339546。お前と戦うことが、だ」


 コジローを指さし、カーリーは言う。天蓋において圧倒的な力を持つ存在。思うだけで天蓋の全てを操作できる企業のトップ。クローンの生死さえも自由自在の


「お前が欲しい。カーリーのモノになれ」


 声に熱を込めて、天蓋最高権力者の一人は天蓋最底辺のクローンに向けてそう言い放った。

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