本気で胃に穴が開くっすよ、それ

「で、ゴクウさんは私に何の用なの?」


 テーブルに座って開口一番、トモエは真正面に座ったゴクウに対して言い放った。警戒心を隠そうともしない固い口調だ。


「用って?」

「店を出たタイミングで『偶然』あの不良警官が絡んできて、路地裏に連れ込まれた所を『偶然』助けてくれて、『偶然』ライブセンスをもっている。

 すごいですね、ゴクウさん。今日はとても運がいいですよ」

「あー。降参降参」


 両手をあげてゴクウは敗北を認めた。腹黒おっさんを雇ったことも気づかれているのだろう。座る位置も、何があってもすぐに逃げられる位置にいる。


「伊達に誘拐されていないか。さすがに警戒するよね」

「自慢できることじゃないわよ。で、質問には答えてくれないんですか?」

「名乗ったIDと二つ名サインは本当さ。『ジョカ』の営業でキミに近づいた。仕事内容はキミをナンパすることだ」


 ゴクウの言葉に怪訝な目をするトモエ。ナンパが仕事? なによそれ。


「企業最上位にいるジョカ様から直々の命令でね。なんでもキミをナンパして、恋に堕としてほしいとのことだ」

「なんでよ?」

「理由は不明さ。上の考えはわからないからね。キミの店……正確にはPe-00402530がオーナーでキミが店長として雇われて働いている店の買収というのが目的なのかな? 思い当たる事があるなら、逆に教えて欲しいぐらいだよ」


 軽く肩をすくめるゴクウ。軽薄で気障ったらしいが、それがイヤミにならない。顔や体の造形の良さと声の質。そう言ったバランスを考慮した動作の一つ一つ。ダンサーは制止ポーズで客を魅了する。これもまたゴクウの営業スキルだ。


「知らないわよ。知ってても教える義務はありません」

「そうだね。十分警戒してほしい。これは個人的な意見だけど、こんな仕事はキナ臭い上に気分が悪い。かわいい子猫キティを無理やり恋に堕として企業内で囲むとか、仕事じゃなければやりたくないね。

 女性型を縛るのはボクの趣旨に反する」


 唾棄するように言って、ため息をつくゴクウ。椅子に体重を預け、沈痛な表情で人差し指で額を押さえた。


「仕事ならやるんだ」

「それが企業戦士ビジネスという生き方ものなのさ」

「はいはい。ビジネスマンは大変ね。失敗したんだから大人しく帰ったら?」

「そうさせてもらうけど、待ち人が来るまでは護衛させてもらうよ。それぐらいは許してくれないかな。

 キミも聞きたいことはあるから、ボクの誘いに乗ったんだろうしね」


 トモエはスマホを見た。ナナコが来るまでは15分程。トモエはゴクウを見ながら思考する。


 安全だけを考えるなら、ばっさり断って店に戻ることだ。ゴクウも強引に襲い掛かってはこないだろう。


「そうね。聞きたいことなんか山ほどあるわ」


 だが、ゴクウの言うとおりでもある。とりあえずは相手の作戦内容だ。


「恋に堕として企業で囲う、だっけ? どれだけの規模でやってくるのよ、それ」

「営業十二課と十四課の二部署混合、プラス外様の援軍さ。バックアップが三十九名、実働が四名。実働の一人がボクさ。

 お察しの通り、ボクは悪人から助けるヒーロー役だよ。タイミング的に行けそうだから一番槍を務めさせてもらった次第で」

「見事失敗してるけどね。しかも仲間の情報を喋ってるとかそれでいいの?」

「下手に隠して警戒心を深めるよりは、情報を話しておく方が後に有利になるという戦略だよ。

 いや、ここは『キミを誰にも渡したくないからね』とでも言っておくか。そういう事にしてくれ」

「はいはい」


 ゴクウの言葉に適度に頷いて流すトモエ。情報開示により警戒を緩め、その間隙に甘いセリフを吐く……という冗談で相手の警戒をさらに解く話術。ウソ臭いながらもトモエは無意識にゴクウに信頼を置く。情報を引き出せる相手、程度の信頼だが。


「他は『力強く引っ張るオレサマ系』『電波系善人』『クールビューティーな姉系』だね。控えには『小柄な犬系少年』『毒舌系同世代』『無口な中性暗殺者』かな」

「何処の乙女ゲーム攻略キャラなのよ、それ。っていうか最後のは何なのよ? 女性?」

「君の嗜好が分からないからね。男性型女性型の両方で押してみて、反応がいい方を選ぶつもりだよ」

「や。そっちの趣味はないんで」

「そうかい、それはいい情報だ」


 うんうんと頷くゴクウ。別に情報を与えるつもりもないが、変な誤解をされても困る。


「繰り返すけど、もうバレバレだから諦めて帰った方がいいわよ。ナンパ計画は頓挫したってその人に伝えてちょうだい」

「報告はするけど、諦めるかどうかは上が決める問題でね。どうも結構なクレジットが動いているらしいんだ。大幅な人事異動があっていろいろ大変なんだけど、それでもこの計画を押し通したみたいだ」

「御苦労様。その辺も自業自得だから」

「返す言葉もないね。ともかく、そう言う計画が企業で動いてるという事を理解してもらえればありがたいよ。

 キミのようなカワイイ子猫キティが変な男性型に堕とされてしまうのは見たくないからね」


 隙あらば甘いセリフを吐くゴクウ。そうか、これがコイツのテクニックか。トモエはイケメンナンパの一端を知った。確かに何も知らなかったらコロッと行くかも。どこかの誰かさんもこれぐらいやってくれればいいのにね。


「ちなみにいつもみたいに強引に誘拐するとかいうのはもうしないの? ゴクウさんのドローンで脅すか銃を撃つかすればいけそうだけど」

「営業目的はあくまで『恋に堕とす』という事みたいだ。障害を加えるのは禁止。薬物使用も禁止。最終的段階は本人同意の元で性行為に及ぶように仕向けるとのことだ。房中システムで快楽依存させるまでが営業計画さ」

「せ、性行為とか……!」

「失礼。純朴な子猫キティには刺激が強かったようだ。

 誘拐などを行う部署はこの前の騒動で大きく予算を削られてね。しばらくは立ち直れそうにないよ」


 大人数を投入して結果を出せず、挙句に秘密裏に存在する地下電磁シャトル通路で大損害を出したのだ。後者の責任はワンメイにあるが、前者はどうしようもない。


「さて、そろそろキミの護衛が飛び込んできそうだね。『KBケビISHIイシ』の犬に噛みつかれる前に撤退するとしようか」


 ゴクウの視線の先には、腕を組んでいるナナコがいた。トモエはもう一五分経っているのかと気づく。警戒心を抱いているのに嫌悪感を与えず、苦も無く時間を過ごさせる。ゴクウのトークスキルの賜物だ。


「楽しい話ができてよかったよ。最後に聞きたいことはあるかな?」

「ん。企業トップのジョカ? その人と直接話がしたいんだけどどうしたらいいの?」

「『崑崙山クンルンシャン』に直接来るのはお勧めできないね。キミに危害を加える気はないだろうけど、さすがに危険すぎる。

 同レベルのコネを作って橋渡しするのが基本なんだけど……ジョカ様と同列となると他企業のトップか特別枠の超能力者エスパーぐらいかな。どっちにしても望みは薄いよ」

「おっけ。ありがと」


 ゴクウの言葉に礼を言って立ち上がるトモエ。ゴクウとしては『無理じゃないかな』と遠回しに伝えたつもりだが、トモエは『それなら何とかなるかも』という顔で頷いた。


「ごめんねナナコ。来てくれてありがと」

「また奇妙なのに絡まれてたっすねぇ。『セイテンゴクウ』とか『ジョカ』の女殺し代名詞っすよ」

「色々あったのよ。悪い人じゃなかったわ」


 離れていくゴクウに手を振るトモエ。ゴクウもそれに気づいて手を振った。


「『悪い人』に思わせない手口で近づいて、気が付くとベッドの上に誘うのがアレのやり方っすよ。気を許さない方がいいっす」


 ナナコの忠告に、確かに警戒心は最初より薄れていることに気づくトモエ。別段変なクスリや催眠機器などがあったわけでもないのに。


「イケメントーク恐るべしね。ナナコが来るのが遅かったらヤバかったかも」

「そもそもなんで店から出てるんすか。銃持ってないのに危険すよ」

「それもいろいろあったのよ。そんじゃ行こうか。ちょっと案内してほしい場所があるの」

「? 散歩じゃなかったんすか?」

「予定が変わったのよ」


 ナナコの飛行バイクに乗りながら、トモエは言葉を続ける。


「ムサシさんが入院している病院って知ってる? そこにお見舞いに行きたいんだけど」

「…………んー」


 トモエの言葉に、ナナコはものすごく嫌そうな顔をした。ものすごく嫌そうな声で唸り、ものすごく嫌そうに言葉を続ける。


「あー、えーと、一応あのクソボケ酔っ払い女性型は『イザナミ』の秘蔵的な存在なんすよ。あっちへフラフラこっちへふらふらしてエスp……専門部署でも捕らえられない迷惑なトラブルメーカーなんすけど」


 ナナコは超能力者エスパーという単語をできるだけ使わないように説明する。未来を確定できるムサシを捕えることは難しい。外にいる未来を見た瞬間には、ムサシが外にいる未来は確定しているのだ。それこそ超能力を使わないとムサシの行動を止められない。


「なんでその入院先も当然秘密なわけっすね。少なくともただのバイオノイドが簡単に入れないような場所なわけっす」

「でもナナコなら知ってるわよね」

「あー。まあ、その。知ってるかどうかで言えば知ってるっすよ。でもいろいろ危険にかかわりたくないのがあっしなわけで。

 ぶっちゃけると超能力部署とかいう胃に穴が開く場所に近づきたくないんじゃー!」

「あははははは。ナナコが切れたー」


 いつも飄々としているナナコに怒りをぶっちゃけさせて喜ぶトモエ。こんな冗談が言えるぐらいに、ナナコとトモエの関係は深まっていた。


「っていうかなんでいきなりあの酔っ払いに会いに行きたいんすか? 恋敵にトドメ刺しに行くんすか?」

「ナナコは私を何だと思ってるのよ?」

「奪い合いは恋愛の基本すよ。物理的に監禁したり、ヤった記録を相手に送って精神的に追い詰めたり。戦いは先手必勝っす」

「天蓋の恋愛事情って怖いわ。ヤンデレNTRがデフォルトとかどうなのよ」


 ナナコからさも当然とばかりに告げられる恋愛事情に額を押さえるトモエ。深く聞くと怖いので、その話題は打ち切った。


「ムサシさんのケガで心配だからっていうのもあるけど……。コネ? 企業の人と話がしたくて」

「一応あっしも企業で働くクローンなんすけど」


 自分を指さすナナコ。異世界転移とかの関係で、トモエが天蓋のクローンを『人』というのは知っている。クローンにとって『人』は仕える存在だ。ナナコも最初は困惑した。


「あ、ごめん。企業を運営すると話がしたいの」


 だけど今回は、本来の意味で人と言っていた。


「イザナミさんだっけ? ムサシさんならその人と話せるコネがあるかもしれないし」

「…………うっへぇ。本気で胃に穴が開くっすよ、それ」


 ただの散歩と思っていたらとんでもないことになった。ナナコはこの天蓋の常識知らずをどうしてくれようかという呆れた目でトモエを見た。

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