培った年数は間違いなく――

 市民ランク6の生活は、基本代わり映えしない。


 朝起きてそれぞれの職場に向かい、企業のために働いて帰る。同じ仕事を何度も繰り返し、稼いだクレジットをサイバー機器や幾ばくかの趣味に興じる。趣味にかけるクレジット額はクローンごとに異なるが、そこは性格だ。


 2割のクローンは市民ランク上昇のために企業にクレジットを渡していく。8割弱のクローンは今のランクのまま留まり、ごく少数が趣味にクレジットをかけすぎて破産し、借金返済のために企業には報告できない仕事に従事するのである。


 Ne-00339546ことササキコジローはその8割弱の部類に入る。天蓋に数多存在する市民ランク6。『その他大勢』『掃いて捨てるモブ』……唯一異なる点があるならサイバー改造を拒む変人というぐらいだ。


『NNチップ』以外のサイバー機器を持たないクローン。肉体強度的にはバイオノイドとさほど変わらない。標準的なクローンよりも大きく劣る。顔立ちも平均的で稼いだクレジットを電子酒に費やすダメクローン。


「平均以下の市民ランク6。銃で脅せば泣いて謝るしかない情けない男性型クローンじゃねぇか」


 コジローのプロフィールを見たクローンは、皆そう思う。


「な、なんでフォトンブレードなんて骨董品にここまでやられるんだ!? あり得ねぇ!」


 そして実際に挑み、そう言って倒れていく。まさかまさか。肉体を徹底的に鍛えてフォトンブレードで弾丸を斬りながら迫ってくるなど想像もできない。こちらが撃つタイミングが分かっているかのような動き。弾丸が見えているかのような斬撃。そして的確な攻撃。


「それを為すのがサムライなのさ」


 そして謎の単語。サムライ? ブシドー? わけがわからない。疑問符を浮かべたまま、意識を失う襲撃者。


「まったく……なんだってここ数日は連続で喧嘩を売られるんだよ。ゆっくり電子酒を楽しむこともできやしねぇ」

<『重装機械兵ホプリテス』への通報はどうしますか?>

「パスパス。低市民ランク同士のいざこざに呼ぶなとか嫌味言われるのがオチだ」

<了解しました>


 フォトンブレードをホルスターにしまい、コジローがため息をつく。ツバメとの事務的な会話を終え、帰路に就く。


『ミルメコレオ』での戦い以降、こう言った手合いが増えていた。仕事前、或いは仕事後にいきなり襲われるのだ。正面から正々堂々と喧嘩を売られることもあれば、不意打ちされることもある。数も一人から十数名と様々だ。


「何なんだろうね、一体。俺が何か悪い事をしたのか?」

<『BARでの乱闘:17件』『女性型とのトラブル:40件』『その他:33件』>

「まあそういう事もあるけどな。それにしてもここ数日はおかしいだろうが」


 コジローのトラブル経歴を告げるツバメ。それを棚上げして言葉を返した。実際、比率的にここ数日は襲われることが増えてきている。


<推測ですが、カシハラトモエの誘拐を何度も退けたことが原因かと思われます>

「は。ようやくサムライの強さが世間に浸透したってことか。そいつは嬉しいね」

<企業の暗部が手に入れようとしたカシハラトモエを守る存在がサイバー改造暦ゼロの市民ランク6クローンという事で格下に見られての襲撃かと>

「ちょっとは歯に衣着せろよな」

<そういうプログラムはインストールされていません。購入は600クレジットからになります。購入しますか?>

「いらない。っていうかそういう事なんだろうな」


 ツバメの指摘を正しいと認めざるを得ないコジロー。何せ襲撃してくるものは、コジローにサイバー機器がない事を確認しているのが分かるからだ。その上で弱い者を見る目でコジローを見ている。


「そう考えると、カメハメハの旦那や酔っ払い姉ちゃんは貴重っていうか変人だったってことか。あいつら油断とか嘲りとかないもんな」


 わずかな動きだけでコジローの戦闘能力を油断ならないと把握したカメハメハ。違う未来の経験でコジローを知っているムサシ。コジローを侮らないクローンはそれぐらいか。ネネネもコジローへの油断や嘲りはないが、コジローに戦闘を挑むことはまずない。せいぜい模擬戦をする程度である。


<PL-00116642、もしくはIZー00210634に戦闘を求めるメッセージを送りますか?>

「送らない。俺はあいつ等みたいに戦闘狂じゃねぇ。戦うのはブシドーを極める手段であって目的じゃないからな」

<PL-00116642、IZー00210634との交戦時にNe-00339546の交感神経が活発化していました。感情で言う『喜び』が大きく発露しており、ストレスも16%軽減しています>

「……まあ、嫌じゃなかったのは認めるぜ」


 ツバメの追及を認めるコジロー。カメハメハとの戦い。ムサシとの戦い。そこに喜びがなかったとは言わない。この上なく戦闘に心躍ったのは事実だ。その上で、自戒するようにコジローは告げる。


「サムライはめったに刀を抜かない者なんだよ。心の中に鞘を作り、怒りの刃はその中に収めるべし。容易に抜かぬがブシドーなんだよ」

<フォトンブレードに質量的な刃と鞘はありませんが>

「比喩表現だよ。起動スイッチとかそう言うもんだと思え」


 声に出して『NNチップ』と会話しながら、人気のない道を進む。ここまでくれば十分かと足を止め、振り向いた。


「出てきなよ。用事があるなら聞くぜ」


 そこには一人の女性型クローンがいた。頭部に赤い布をつけ、体も同色の布を纏っている。背丈はトモエよりは少し大きい程度。トモエが見れば『踊り子のお姉さん』とでも言いそうな格好だ。露出は多くないが、動きやすそうな服。


「尾行に気づいたか。自信はあったのだがな」

「こっちを刺すように睨んでちゃ、意味ないんだぜ」


 なおIDは――


<ID確認できません。IDジャマーを使用していると思われます>

「おいおい。治安維持組織かよ。そんな連中にまで狙われるとか勘弁してほしいね」


 女性型から発せられる強烈な戦意。隠そうともしない戦闘意欲に肩をすくめるコジロー。『NNチップ』によるID認識を阻害できるジャマーが使えるのは、企業の治安維持組織のみ。しかもかなり厳しい試験を合格した有能な存在でないと許可が下りないという。


「なるほど。考慮しよう。

 さて、そちらはNe-00339546で間違いないな。2020年から来た柏原友恵を保護するクローン」

「……へえ。トモエの事をそこまで知ってるのか。そいつは情報通だ」

「つまらん駆け引きは時間の無駄だ。その実力、計らせてもらうぞ」


 言って唇を舌でなめる女性型。武器らしい武器は持っていない。サイバー機器らしいものもない。見た目はコジローと同じ改造されていないクローンだ。


「サムライの実力を計るって言うんなら、刀を抜いたほうがいいんじゃないか?」

「不要だ。そちらこそ改造なしで武器なしだからと侮ると痛い目を見るぞ」

「ご忠告どうも。そんじゃ、手加減なく行くぜ」


 軽く返してはいるが、コジローは相手の立ち様に冷や汗をかいていた。あれだけの圧力を出しているにもかかわらず、構えはこちらを真正面から見ているだけと隙だらけ。どこから攻めても一刀で斬り倒せそうだ。


(隙だらけだっていうのに、攻められねぇ。どう攻めてもカウンターされそうな感じだぜ)


 フォトンブレードの先を揺らす。すり足で半歩移動する。手首をわずかに動かす。何も知らない人から見れば小さな動作。しかし近接戦闘においてはそのわずかの積み重ねが大きな一手となる。


 相手の反応はない――ように見えて、コジローの動きに合わせて小さく動いていた。足の向きを変える。重心を動かす。呼吸のタイミングをずらす。動きはコジローよりも小さく、しかし確実にコジローの動きに対応していた。


 にらみ合い――のように見える攻防は実に30秒続く。動きのない動き。静かなる攻防。わずかでも相手より優位な状況から攻める。その為の動き。大きく動けばそれが隙になる。髪の毛一本ほどの動きでさえ、細心の注意が必要なのだ。


(ネネ姉さんのような速度で圧倒するタイプでもねぇ。酔っ払い姉ちゃんのような先読みする強さでもねえ。カメハメハの旦那のようなパワーとスキルの融合タイプでもねぇ)


 目の前の女性型の強さをカテゴライズしようとするが、これまで戦ったどの強敵とも違う。誰に似ているかと言われれば、それは明白だ。


(ひたすらに技術だけを磨いたタイプ。つまり――俺に近いタイプ)


 サイバー機器による強化ではなく、素の肉体をトレーニングで鍛えぬいた強さ。戦う技術をインストールではなく、体を動かして覚えた求道者。こんな相手は初めてだ。


(しかも培った年数は間違いなく――)


 先に動いたのはコジローだ。相手の動きに隙を見つけ、そこに向かって歩を進める。見せた隙は相手の誘い。コジローを動かすためにあえて見せた穴。


 振るわれる赤い光剣を半歩体を動かし避ける。避ける動作のベクトルをそのまま維持し、そのまま拳を突き出した。


 ズタン!


 攻撃と防御が同時。踏み込んだ地面がわずかに揺れ、その力を伝達するように拳に届かせた。踏み込みのインパクトを直接コジローの体に叩き込む。


(――あっちの方が長い!)


 10年以上体を鍛え、レム睡眠下でも戦闘を続けたコジロー。その時間を凌駕する相手の鍛錬時間。それを感じる動きの所作。


 ドンッ! という衝撃がコジローの胸部を襲う。拳を当てられ、地面を強く踏み込んでその衝撃を伝える。全身を襲う。無手の一撃を食らい、コジローは大きく地面を転がった。


 吹き飛んだコジローを見ながら、襲撃者は事も無げに口を開く。


「見事。避けたか」

「いや、避け切ってないぜ。肋骨がやられたな」

<左肋骨6と7に損傷。内蔵器へのダメージはありません。緊急措置に従い痛覚遮断します>

「避けなければ心臓に振動を与えれたのだがな。それで済むのは大したものだ」


 撃たれた個所を押さえながら起き上がるコジロー。ツバメの報告を意識しながら、目の前の女性型を見た。最低限の動き。小さな一歩。それだけでコジローの攻撃を避けると同時にカウンターしたのだ。


完全機械化フルボーグでもないのに拳をあてられて気を失わなかったクローンは久方ぶりだ。しかもこちらの動きに反応しての回避。噂通りだな。

 しかも圧倒的な差を感じながら戦意を失わない。感じるぞ、その戦意。次はこちらが切られる番かもな」

「冗談が上手だな。そんなつもりはないって全身で言ってるぜ」

「無論。だが感心したのは事実だ。あの二天のムサシを制し、ペレお気に入りの一体であるカメハメハと引き分け、『ミルメコレオ』内では時速500キロを超える速度の中、正確に配線一本を斬ったという。まさに噂にたがわぬ剣士よ」

「そいつに一撃を加えるアンタは何者なんだ? ついでにどんな用事かも聞きたいね。企業の命令でトモエを奪いたいのか?」


 そこまで言った後で笑みを浮かべ、拳を解いて両手をゆっくりと胸から腹部に移動させながら息を吐き、殺気を押さえる。そして掌を自分の胸に当て自己紹介とばかりに口を開いた。


「カーリー」

「……は? 『カーリー』産のKLロットクローンてことか?」

「名だ。カーリーの名は、カーリーだ」


 何を言っているのか、コジローはまるで理解できなかった。

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