天蓋の存亡をかけた作戦なのである

 Joー00628496ことワンメイはトモエたちが乗るシャトルを暴走させた後、予想される破壊に備えるように修理機材の購入を始めた。地下とはいえ時速577キロで電磁シャトルがノンブレーキで突っ込んでくるのだ。『崑崙山クンルンシャン』にかなりのダメージが起こるのは想像するまでもない。


 自分で事故の原因を作り、それを予想していたかのように物資を売りつける。マッチポンプもいい所だが、ワンメイはそれを詫びることも恥じることもない。これまで何度もそうしてきたとばかりに手際が良い。


超能力者エスパーを失えば超能力部署は解体されるだろうからな。その代わりの戦力として朕のドローン部隊を入れて置く準備もするか。この事故で大儲けするから、借金をして予算を確保だ。朕の地位がさらに上がるぞ!」


 モニターの前で嗤うワンメイ。ふくよかなお腹に太い手足。市民ランク1のみが購入できる菓子類が周囲に散らばっている。体に繋がる複数のチューブで排泄と栄養補給を行い、ワンメイが椅子から降りることはほぼない。思うだけで全ての世話をやってくれる状態だ。


 ワンメイに意見する者はいない。逆らう者は全て蹴落としてきた。今日、ボイル達を切り捨てたように。責任はすべて押し付けている。そしてさらに力を得て、『ジョカ』内での地位を確保するのだ。


「……くそ、思ったよりも高額だな。誰かが買い占めているのか?」


 修理機材購入の決算を見てワンメイは舌打ちする。この10数分で修理機材の価格が大幅に上昇しているのだ。買えないほどではないが、予想以上の出費だ。こちらの欲しい機材だけがピンポイントで値上がりしている。


『相手が買いたいものが分かっているのなら、それを買い占めることは簡単よ。狡い事して儲けようなんて、そんなこと許さないんだから』


 どこかのビルにいる脳培養槽で動くクローンが静かに笑う。Pe-00402530――ニコサンだ。企業そのものが動いているのなら勝ち目はないが、ワンメイという一個人なら問題ない。相手が求める修理機材を先に買い占め、経済的な打撃を与えたのだ。


経 済 戦 略マーケティング――Price hikeねだんつりあげ】!


「ぐぬぬぅ……! 完璧で完全で完熟した朕の作戦にこのようなつまずきがあるとは! 次はこの業者を潰す! 今は許してやるから感謝するんだな!」


 負け惜しみを言うように歯を噛みしめ、高額になった機材を購入する。痛手ではあるが見返りはある。そう思えば問題はない。数十秒後にはシャトルが突撃して多大なる被害が発生するのだ。その額を思えばこの程度の出費は問題ない。


「さあ、来い、来い、来い、来い、来い、来い、来い、来い!」


 その瞬間を待つワンメイ。今か今かと緊急アラートが鳴るのを待っている、或いは衝撃で『崑崙山クンルンシャン』が震えるか? 火災などの二次災害が発生するなら、それを直した株は大きくなり、その分自分の地位も増す。いいぞ、派手に壊せ。それを完璧に納める朕の先見におののけ!


「…………まだ、か?」


 しかしいつまでたっても訪れない緊急事態に焦れるワンメイ。おかしい。もうぶつかってもおかしくないのに。途中で脱線したか? それならそれで何かしらの異常警報はなるはずだが……?


 監視カメラを通して『崑崙山クンルンシャン』地下の様子を見る。アラートが鳴っているのは確かだが、破壊は起きていない。シャトルがぶつかればそれどころではないのに。


「なんだ? 何が起きている? どうして事故が起きていないのだ?」


 言いながらワンメイはランク権限を使ってアラートの内容を入手する。電力低下。それに伴いシャトルが失速し、落ちたのだ。落下時の時速は97キロ。中にいたクローン達は怪我を負ったが、誰一人として死んではいないという。


「ば、馬鹿な……! 事故時の速度は時速97キロだと!? 500キロを超えていたはずなのに!? 連中は……無事? 『ペレ』に保護された? あり得ぬあり得ぬあり得ぬ! 一体何が起きたぁ!?」


 頭をかき乱して叫ぶワンメイ。ありえない。あの電磁シャトルをどうやって減速させたのだ? ブレーキシステムも緊急停止装置もすべてランク権限で止めてある。他の市民ランク1が介入した形跡もない。


「つまり、低ランク市民共は物理的にシャトルを止めたという事か……? 配線を斬ってコイルへの電力供給を絶ち、時速600キロにも達しようとするシャトルに力を加えて止めたのか!? そんなバカな事があり得るはずがない!」


 あり得ない話だが、それを為したからこそ彼らは生きているのである。そして証人が生きているという事は彼らが持つ証拠が世に出るという事だ。そうなれば、いかに市民ランク1とはいえ断罪は免れない。


「こ、こうなったら『国』に逃げるしかない! こんなこともあろうかと思って確保しておいたセーフハウス逃げ込み、ほとぼりが冷めるまで身を隠せばあるいは!」


 もはやどうしようもないことを悟り、逃亡を図るワンメイ。飛行車両をチャーターし、椅子の移動機能を使って移動する。追跡がかからないようにダミーの情報を流し、惑わされている間に逃亡を図る。


「……は? おい、何処に行くんだ? 飛行車両はそっちじゃないぞ。おい!」


 ワンメイは自分の思うとおりに行かない椅子に驚き、声をあげる。チャーターした飛行車両もキャンセルされ、ダミー情報も消失した。ワンメイの現在位置が様々な電子上の場所で公開されていく。


『この元素なる四プライムクワドゥルプレットから逃げられるとは思わぬ事じゃよ。魔法使いは魔法一つで悪を討つのじゃ』


『国』の一軒家でそう呟く老人風のクローンがにやりと笑った。水晶玉のような端末から電脳世界に意識をダイブさせ、『崑崙山クンルンシャン』のセキュリティを突破し、ワンメイの椅子や周囲の情報機器をハッキングしたのだ。


魔 法ハッキング――ア ブ ラ カ タ ブ ラシステム062】!


「待て、朕のいう事を聞け! 待て、この先は、この先にいるのは――あああああああああ!」


 ワンメイは自分が運ばれる先を想像し、恐怖する。企業『ジョカ』において自分より権力を持つ存在など限られる。決して超えることのできない存在。今そこに送られれば、お終いだ。


崑崙山クンルンシャン』最高責任者の部屋。ワンメイはそこに運ばれた。そこにいる人物と、目が合う。 


「Joー00628496。自ら出頭した……というわけではなさそうだな」


 青いチャイナ服を着た妙齢の女性。ふくよかな胸と細い女体。すらりとのびた太もも。この『ジョカ』において誰もがその名を知る存在。


「ジョ、ジョ、ジョカ様!? 違うのです! こ、これは――」

「黙れ。貴様に発言権はない」


 ジョカ。企業『ジョカ』の最高責任者にして、最大権力者。300年近く、老いることなく企業を運営してきた存在。ワンメイの言葉をたった一言で断つカリスマ性。企業を納めるに値する人格と威厳がそこにあった。


「企業規定7条を破り、地下電磁通路『ミルメコレオ』での多くの器物破損。超能力者2名の殺害未遂、そして『転移者トリッパー』捕獲任務の妨害。どれ1つをとっても余に対する大きな裏切り行為だ。

 しかも規定違反をしていたのは今回だけはなさそうだな。過去に遡り、全て精算してもらおう」


 ジョカは薄く笑みを浮かべる。美しい笑み。ワンメイは弁明の声をあげることもできない。これまで積み上げたすべてを失い、更に足らない分を細胞の一欠けらまで奪われて支払うことになる。


「Joー00628496。蓄えた財貨は全て没収。そして血の一滴、細胞の一欠けらまで企業に捧げよ」


 断罪までわずか31秒。ジョカの一言でワンメイのすべてが終わった。連行されるワンメイを些事とばかりに見送る。企業一翼を担うワンメイ処分の混乱を最低限にとどめ、発生する損害を修復する案を生み出す。


 この間、2分弱。安定した運営システム『太極図』。それが市民ランク1という大翼を失った混迷を短時間で納めた。


 後処理を終えて、ジョカは奥の部屋に移動する。日に8度パスワードが変化する4枚扉のセキュリティ。それを2つ経由し、『ジョカ』最奥の部屋に入る。


 そして――


「わあああああああん! フッキお兄ちゃあああああああああああん!」

「よしよし。いつもお疲れさま」


 部屋にはいるなり強面の表情を崩して泣き出したジョカ。それを抱きしめる一人の


 フッキと呼ばれた男性は、ベッドの上で半起きの状態で泣き出すジョカを受け入れていた。


「なんでジョカの思うとおりに行かないのよおおおお! 馬鹿なのぉ!? クローンは皆バカなのぉぉ! なんでジョカのシステム通りに動かないのよぉおおおお!」

「うんうん。ジョカのシステムはすごいからねぇ。最高のシステムだよ」

「ちがうもん! ジョカとフッキお兄ちゃんのシステム! お兄ちゃんのアイデアがあるからこそだもん!」

「それを形にできるジョカのプログラミング能力あっての事だよ」

「えへへー。もっと褒めて褒めてー」


 そこには、砂糖を吐きそうなぐらいに甘々な兄妹がいた。顔を赤らめて撫でられるジョカは、フッキに対して兄妹愛以上の感情があるのが明らかである。


 ジョカ、そしてフッキ。共に『ジョカ』に存在する人間だ。公的には『ジョカ』の代表はジョカだけだが、その背後にはフッキがいる。このことを知るのは『ジョカ』内部でも一握りだ。


 天蓋における6人目の人間。この存在が知れれば、企業バランスは一気に変化する。クローンからすれば人間は自らを生み出した存在。それが企業に一人ずついたから五大企業はバランスを保てたのだ。


 人間が二人いる。その事実だけで企業の価値が高まる。クローンにとって人間は崇める存在。いわば神同然。見ることも触れることもできない存在なのだ。フッキの存在はそのバランスを崩しかねない。そういう意味で『ジョカ』はフッキの存在を面に出すことはなかった。


「おにいちゃあああああああん。ごろごろごろごろぉ。むぎゅー。えへへー。うふふー。にへー。

 ジョカは今日も頑張ったよ。なでなでしてー」


 ……まあ、表に出せないのはジョカのブラコンな性格を隠す意味もあるのだが。ボイルがトモエにフッキの関係を看破され、閉口するのもやむなしだ。


「ジョカは甘えん坊だなぁ」

「違うもん。フッキお兄ちゃんだから甘えたいんだもん!

 ……ねえ、体は大丈夫?」


 ブラコンシスコン甘々空気は、ジョカのその一言で重く変化した。フッキは胸を押さえ、静かに答える。


「今日はまだマシかな。昨日ほど苦しくはないよ」

「ホント? 嘘言わないでね。お兄ちゃんが死んだら、ジョカも死ぬからね」

「ジョカはボクと違ってまだ健康なんだから生きなくちゃ駄目だよ」

「やーだー! お兄ちゃんとずっと生きていくし、お兄ちゃんが死んだら死ぬー!

 そのための異世界召喚プログラムでであるカシハラトモエをこの時代に召喚したんだから!」


 なだめようとするフッキに反発するように叫ぶジョカ。


 私達の祖母。


 それはジョカとフッキだけではない。ネメシスも、イザナミも、ペレも、カーリーも。この天蓋に肉体を持つ6名の人間の祖母という意味だ。この6人は2020年に生きたトモエ直系の子孫である。


 天蓋完成後、6名の人間は1つの計画を立てた。自分達の共通の祖先をこの時代に召喚し、時間凍結して閉じ込めたのだ。多大な技術を投入し、偽装情報を流し、多くのエネルギーを行使し、召喚を成功させた。


 トモエをこの時代に召喚して次元の狭間に封じたことにより、2020年以降トモエは存在しなくなる。この時点でトモエは子供を産んでいないので、彼女の血は途絶えることになる。彼女から生まれる子供はこの世に存在しない。


 しかし、6人の孫はこの時代に存在している。本来存在しないはずの生命が存在しているのだ。祖母トモエがその時代にいないから6人は存在しない。でも6人が存在しないのなら召喚されずにトモエは子供を生んで6人は存在する。そんな矛盾が生じたのだ。


 親殺しの時間背理タイムパラドックス。彼らは存在すると同時に存在しない。そんな世界の理から外れた存在になったのだ。理から外れたがゆえに生命としての摂理からも外れ、6名は生も死もない存在――不老不死となる。


 それが300年近く老いることなく天蓋の企業を支配していた人間のカラクリ。如何なる火力をもってしても人間を殺すことはできない。その神秘性も相まって、人間への信仰ともいえる敬意は高まっていた。


 彼らは死なない。滅びない。弾丸も病魔も時さえも、その存在を消すことはできない。


 だがそれは、トモエが異世界召喚プログラム内に収まっていたからだ。トモエが時の牢獄から外れた時点で、彼らの不死性は薄まっていく。異世界召喚プログラムがある限り、トモエが生きて元の時代に帰れる可能性が残っているからだ。


 トモエが生きて2020年に帰れば、孫の矛盾は消えて『ツケ』を支払うことになる。トモエがこの時代で死んでも同じだ。2020年に謎の失踪を遂げた扱いになり、子供が生まれなくなり矛盾はなくなる。


 このパラドックスはトモエが2020年時点で生きているかいないかが不明瞭な状態だから発生しているのだ。箱の中のネコは開けるまで生きているか死んでいるか分からない。生死がはっきりすれば結果が出てしまう。ゆえに、殺すわけにはいかない。


「お兄ちゃんとずっと一緒に生きていくために頑張ったのに! このままだとお兄ちゃんが死んじゃうううううう!

 サイバー臓器も自己細胞による臓器作製もできないとか理不尽すぎるぅ! お祖母ちゃんを再度プログラム内に入れるしかお兄ちゃんを救う手段がないのにぃ!」

「本来なら僕らはすでに死んでいるはずだからね。タイムパラドックスによるごまかしが薄まればこうなるのは仕方ないよ。

 ボクはもう十分に生きたよ。悔いはないさ」

「やああああだあああああああ! お兄ちゃん死んだらヤダぁ! そのために私はあの娘を捕えようと頑張ったのぉ!」


 ギャン泣きするジョカ。うん、これは他のクローンには見せられないよな。フッキはそう思いジョカを撫でた。しばらく泣かせておけばいつもの妹に戻るだろう。


「仕方ないよ。これも運命だと思ってあきらめよう。僕たちが居なくてもクローン達が上手く天蓋を運営してくれるさ」

「……まだ、可能性はあるもん」

「うん、そうだね。ジョカは強くて行動力あるからいくらでも可能性はあるよ。だから最後まで企業を回して――」

「要は、お祖母ちゃんが過去に戻って子供を生む可能性をゼロにすればいいのよ!

 逆召喚された人間がどこの誰か分からないけど、お兄ちゃんと私を殺すためにお祖母ちゃんを解放したっていうなら徹底的にやってやるもん!」


 言って涙を拭いてこぶしを握るジョカ。あ、また暴走しているなと頬をかくフッキ。でもそんなジョカもかわいいや。フッキも負けず劣らずのシスコンであった。


「逆召喚された人間って本当にいるの?」

「いる! ペレから回ってきた情報にこう書いてたもん! 『お祖母ちゃん、王子様に守られて幸せそうだよ』……この王子様が逆召喚された人間に違いないわ! あるいは新手のドラゴン! 内部からプログラムから出ることなんてできないから、そういう人間がいるのは間違いないわ!」


 フッキの疑問に確信をもって答えるジョカ。ペレが言う王子様はコジローの事で、逆召喚云々には触れていないのだがそれに気づく由はない。


 当然『逆召喚された人間』なんていないし、トモエが解放されたのはペレが異世界召喚プログラム内に抜け道を作ったからだ。そんなことに気づくこともなく、ジョカの暴走は加速する。


「徹底的にって、具体的にはどうするの?」

「お祖母ちゃんの子宮を破壊して子供を産まなくすればいいのよ! 太くて大きなヤツで激しく突けば――あいたぁ! お兄ちゃんがぶったぁ!」

「ジョカ、女の子がそんなはしたないこと言っちゃだめだよ」

「うううううう。じゃあお祖母ちゃんが望んで私達の元に来るならいいよね?」

「まあそれなら――」

「なら『ジョカ』が誇るイケメン軍団でホスト接待して、お祖母ちゃんをメロメロにするわ! そうして心も体も恋に快楽に堕として、元の時代に帰れなくするの! 『ジョカ』の中で飼って管理すれば完璧! 九次元牢獄を再構成して、永遠にそこでラブラブしてもらうわ!」


 うわー。うちの妹が止まらない。フッキは呆れながらもその行動力に感心していた。


「そう上手く行くかな?」

「行くわ。お祖母ちゃんだって恋する乙女だもん。ワイルド系、知性系、クール系、少年系、オジサン系! 女性が好きな可能性もあるからそっちも用意するわ! 待ってなさいお祖母ちゃん! 絶対恋と快楽に堕としてあげるわ! ジョカの房中システムは最高なんだから!」


 暴走するジョカを見ながら、フッキはため息をついた。ペレから贈られたトモエの映像を見て、気付いたことがある。


(うーん。ボクの見立てではもう手遅れというか無駄な気もするんだよね。お祖母ちゃんは既に好きな人がいるみたいだし。王子様ってそういう事なんだろうね)


 しかし妹が楽しそうだから、あえて止めない兄であった。


 かくして、トモエ陥落作戦が勃発する。バカバカしく見えるが、その目的はタイムパラドックスを利用した永遠の命と永遠の支配。このままでは死に至る人間の延命と同時に、不老不死による天蓋の維持が目的だ。


 つまりこれは、天蓋の存亡をかけた作戦なのである。


――――――


PhotonSamurai KOZIRO


~500km/h Combat!~ 


THE END!


Go to NEXT TROUBLE!


World Revolution ……16.4%!

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