お祖母ちゃん

<天蓋の地下領域にある『ミルメコレオ』。そこでそのような攻防戦が行われていたとはな>


『ペレ』の治安維持組織『カプ・クイアルア』。その留置所。企業規定違反者を一時収容する場所にトモエはいた。驚きの感情を含んだ機械音。トモエは事情聴取を行う完全機械化フルボーグに今回の事件を説明したのだ。


<トモエ殿たち留置する違反項目は『越権侵入』『器物破損』だ。損益を考えても軽く50年は奉仕活動になるだろうな>

「越権侵入……?」

<トモエ殿は市民ランクを有していないのでピンとこないだろうが、天蓋には市民ランクが高くなければ入れない場所があるのだ。そこへの侵入は高い罰則になる>


 トモエに罪科……天蓋では企業規定違反になるが、それを説明しているのは『カプ・クイアルア』の一員である完全機械化フルボーグだ。IDはPL-00116642。カメハメハである。


 トモエはクローンではない。市民ランクを持たないコジローが所有するバイオノイド扱いだ。天蓋では『物品』扱いとなり、本来ならトモエは倉庫で待機するはずだが……事情を知るカメハメハが職権を使って『証人』扱いにしたのである。


「私、誘拐されたんですけど。その場所に入ったことは不本意なんですけど。無罪なんですけど」

<その判断は吾輩が下すのではない。裁判官だ。だがAI裁判はバイオノイドに対しても公正だ。トモエ殿の主張を考慮してくれるだろう。他の者達も同様だ>

「未来だとAIが人を裁くようになったのね……」


 カルチャーショックにため息をつくトモエ。トモエの時代からすれば考えられない事だ。それを皆が不満なく受け入れているあたり、公正であるというのは間違いないのだろう。断罪はなまじ個人の感情が入るよりは、フラットに判断できるAIの方が優れているのかもしれない。


<とはいえ、その越権侵入も企業データにはないとされる場所だ。記録に残ることはないだろう。器物破損も同様だな。この件は公開されることなく秘匿される可能性が高い>

「……え? どういうこと?」

<トモエ殿たちを企業規定違反で問うことはできないという事だ。存在しない場所に侵入し、存在しないはずのドローンを壊した。ゆえに罪科もない。そういう事になる。

 そもそも事の起こりでもある、トモエ殿の出自が特殊だからな。各企業は必死になって今回の騒動の痕跡を消しているであろう>


 カメハメハはトモエの出自――天蓋ではない時代から来たこと――を語らずに答える。『カプ・クイアルア』としてはそこには触れない、という意図である。カメハメハ本人もトモエを捕えようとは思わない。


「むぅ。なんかモヤモヤする! あれだけの事をしておいて全員おとがめなし? それってどうなのよ!」

<これは吾輩の独り言だが>


 憤るトモエを見ながら、カメハメハは前置きをして語り始める。


<各企業内でかなりの人事異動があるようだ>

「人事異動?」

<名目上は異動という形を取っているが、実質上の更迭だ。なにやら『TOMOE』なる店を調査しようとした部署が記録に残せない失態をしたとか。多額の損失を出した挙句に目的を達せず、始末書も残せないことなので部署の規模を大きく削減されたらしいな>


 表情の変わらない機械の顔を見ながら、トモエはカメハメハの言葉の意味を考える。自分の店を調査しようとした人たちが失態し、大損を出した。おそらくは自分を捕えようとした人たちの事だ。


「要するに、その人達はもう私を狙ったりしない?」

<うむ。その余裕もないだろう。事『ジョカ』は大わらわと聞く。聞けば市民ランク1クローンがランクを完全はく奪されたという。

 これもトモエ殿には理解が難しいだろうが、たとえるなら飛行ドローンのプロペラを一つ失ったようなものだ。『ジョカ』の勢いは大きく失速している>

「……ランク1……ワンメイとか言う白カニ?」


 市民ランク1と聞いて、トモエはワンメイの事を思い出す。シャトル内で散々叫んでいたドローン。最後はシャトルを暴走させて逃げ切……ることができなかったようだ。


<『三つの完全サン・ゲ・ワンメイ』。Joー00628496だな。間違いない。市民ランクもクレジットもすべて失い、多額の負債を抱えた。現状329年の無料奉仕となるが、さらに違反が見つかる可能性があるので増える可能性もあると言われている>

「何なのよ、その年数。アメリカの裁判なの? だいたいどうやってそんなに働かせるの?」

<脳は摘出後培養槽に入れて、バイオスパコンのCPU代わりに。骨髄は輸血用の血球供給用に。各臓器は医療提供し、その他細胞は――>

「あー、もういいです。言葉通り骨の髄まで搾り取るのね。未来凄いわ」


 カメハメハの詳細な説明を手を振って止めるトモエ。本当に300年間働かせることができるとは。いろんな意味で未来技術と企業の恐ろしさを垣間見た。


「ざまあは完了した、のかな? 見えてないから実感ないけど」


 トモエを狙ったものは、概ね失脚している。そういう意味では因果応報ざまあは為ったであろう。


<ともあれそう言う事情で、留置所にトモエ殿を拘束する意味もない。形式上の聴取が終われば解放だ。輸送用ヴィークルの準備が整うまでゆるりとしてほしい>

「ありがと、カメハメハさん。ところでコジロー達は何してるの?」


 カメハメハに礼を言い、安堵したので別の疑問を出すトモエ。『カプ・クイアルア』の留置所に運ばれたのちに、全員別々の個室に運ばれた。疲れもあって爆睡し、その後でカメハメハに事情徴収のために呼ばれたのだ。


<コジロー殿は別室で聴取だ。とはいえ基本情報は『NNチップ』から提出されている。あちらも形式上で終わるだろう。強いて言えば、フォトンブレードでの戦闘がよくできた動画扱いされているところか。

 ……ふむ、『その強さを吾輩と戦うことで証明せよ!』と勝負に運ぶことができたかもしれなかったのか。惜しい事をした>

「はいはい。職務を優先してね」


 カメハメハのコジローと戦いたい症候群にツッコミを入れるトモエ。貴方、コジローの強さ知ってるじゃないの。カメハメハも本気で言っているのわけではない……はずだ。確信できないトモエであった。


<ネネネ殿とムサシ殿も同様だが、あちらは病棟に搬送して事情聴取している。情報提供後、即入院という形だな。ムサシ殿はその特殊性もあって『イザナミ』の治療スタッフが引き取りに来た>

「あー……企業の政治とかそう言うのか」


 ムサシは超能力者エスパーだ。『イザナミ』の切り札的存在で、他企業に確保されたくない存在である。細胞の一欠けらも奪われたくないこともあり、スタッフが早急に動いたのだろう。


<『ジョカ』の二人も同様だな。情報提供後、『ジョカ』の医療スタッフが引き取りに来た>

「そっか。お礼を言いたかったんだけどな」

<トモエ殿を誘拐したのはその二人だぞ。恨み言ではなく礼というのはどういうことだ? ストックホルム症候群か?>


 トモエの言葉に疑問を投げかけるカメハメハ。ストックホルム症候群。誘拐や監禁された被害者が、加害者と時間共有することで行為を抱く現象だ。ストックホルムの場所や国さえも記録上にしか残っていないが、心理学の現象として残っている。


「あの人達がいなかったら死んでたかもしれないし。うん、恨みはあるかもだけどお礼を言いたい方が大きいわ。なんか悪い人って感じじゃなかったし」

<吾輩はその二人をデータベース上の噂でしか知らないので多くは語らぬよ。

 だが、他人を信じすぎると騙される。天蓋における詐欺事件は年間二万ほどだ。注意したほうがいいとは言っておこう>

「多いんだか少ないんだかわからないわね。ちなみに誘拐は?」

<クローンに限って言えば100件程度だな。『NNチップ』による追跡をシャットアウトできるハッカーは数少ない。なおバイオノイドの『盗難』は4万を超える>

「差別だー!」


 バイオノイドは品物扱い。何度も何度も感じていることである。自分の誘拐もバイオノイドの扱いなのだから腹が立つことこの上ない。今回の件は『なかった』ことになるのだが。


「まあでもよかったわ。カメハメハさんが担当してくれて。他の警察……治安維持の人? その人にバイオノイドのIDをチェックされてたら、いろいろ面倒なことになるみたいだし」


 バイオノイドの扱い、で思い出すトモエ。『NNチップ』がないトモエはクローンIDがなく、他のクローンから見ればバイオノイドという扱いになる。バイオノイドは体のどこかに企業が刻んだバイオノイドIDがあるのだが、トモエにはそれがない。


 いかなる理由であれ、IDのないバイオノイドは処分対象だ。コジローのIDを借りて『コジローの所有物』という体裁をっているが、正式に調べられればアウトになる。トモエは存在自体が非合法なのだ。治安維持組織は天敵と言えるのだが、カメハメハが介入したおかげでバレずに済んだのである。


<その件だが、上からの介入があったようだ>

「上? カプ……カメハメハさんの上司?」


 天井を指さし、『ペレ』の治安維持組織の名前を言おうとして断念するトモエ。問題は名前ではなく、上司の存在だ。『ペレ』の知り合いはニコサンとカメハメハしか知らない。これももみ消し工作の一環なのだろうか?


<上司には違いない。『カプ・クイアルア』の最高責任者にして『ペレ』の最高責任者からの介入だ。スケジュールを大きく組み替えられ、吾輩がこの件の担当になるように調整されたのだ。

 吾輩も突然の変更に戸惑ったが、事件の内容とトモエ殿の姿を確認して合点がいったという所だ>


 治安維持組織のトップ。企業『ペレ』のトップ。


 ペレ。天蓋を生きる。それがトモエを救うように動いたのだ。


<そしてトモエ殿にペレ様からメッセージを預かっている>


 カメハメハが出したのは、細長い器具と三対のシール状の器具。トモエの時代にもあったICレコーダーに似ている。シールは最初ピンとこなかったが、VR世界に入れるライブセンスと同じものだと気づく。頭に張り、脳波とVR世界を同調させる補助具だ。


「メッセージ?」

<吾輩も内容は知らぬ。だがペレ様はトモエ殿を知っているようであった>

「私、そんな偉い人の事なんか知らないんだけど……」


 怪訝な顔をするトモエだが、悪意はなさそうな気がする。自分をどうにかしたいのなら、今ここでカメハメハに襲わせればいい。それをしないという事は、害意はないのだろう。そう判断してトモエはシールを脳に張り、器具のスイッチを入れる。


 眩暈に似た感覚の後、トモエの意識は電脳世界に接続される。脳内に送り込まれるイメージは、夕日の海岸。頬を撫でる潮風と香り。寄せては返す波の音。そんな光景の浜辺に一人の女性がいた。アロハシャツを着た褐色の女性だ。


「……貴方が、ペレ? なんかアロハなギャルっぽいんですけど」

「いぇーい! 初めまして。あーしはペレ! よろよろ!」


 ペレに向かって挨拶するトモエ。軽く手をあげて返答する褐色少女。


「よ、よろー」

「なおこれは一方的なメッセージなので、会話はできないよ。もしかして『よろ』とか返した? まさかねー。あははははー」


 膝を叩いて笑うペレ。トモエは赤面し、頬をかいた。だってこの電脳空間、結構リアリティ高いんだもん。仕方ないわよ。


「いろいろ戸惑っていると思うし、本当は直で会いたいけどこういう形になったのはマジゴメン」


 トモエの時代でも見られないぐらいの陽キャ100%ギャルだが、妙な親近感があった。肌の色も全然ちがうのに、どこか自分に似ている気がする。その疑問を説明するように、VRメッセージ上のペレは言葉を続ける。


「改めて、初めまして。


 ペレの顔は、どことなくトモエを思わせる造形だった。

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