『チキチキ暴走列車ストップ作戦』開始よ!
時速500を超える電磁シャトル。そこにいる5名のクローンと1人の人間。
IZー00210634――ムサシは爆発により下半身のサイバーレッグを失い、動くこともままならない。下半身以外も爆発を受けてかなりのダメージを受けている。
KLー00124444――ネネネは過剰な痛覚で脳をかき乱され、爆発で肉体を痛めているため立つこともできない。肉体損傷は『バーンスリー』により治癒が開始されているが、すぐに起き上がれるものではない。
Joー00318011――ペッパーXはネネネに引っ張られる形で助かったが、それでもネネネ同様爆発の影響を受けている。もっともペッパーXは『耐久力』『生存力』に特化したサイバー機器を内蔵している。ネネネよりは幾分マシのようだ。
Joー00101066――ボイルはムサシに助けられたこともあり、肉体ダメージは軽微だ。告げられた作戦のプレッシャーで精神的に追い込まれたが、どうにか立ち直った。
Ne-00339546――コジローが『ドコウソン』で受けたダメージはほぼ皆無だ。強いて言えば『ドコウソン』を斬った際にフォトンブレードのエネルギーを全開にしたため、バッテリー残量が心もとないぐらいだ。
そしてトモエ。彼女は暴行や拘束されたわけではない、健康そのものだが、現状彼女ができる事は何もない。作戦を告げて、信じて託すのみだ。
「――繰り返すけど、大丈夫よね?」
「当然だぜ。今更俺のブシドーを疑うのか?」
「問題ないッ! うぉれに任せろッ!」
「……やるわ。頭を抱えるぐらい非常識な力技だけど」
トモエの問いにムサシとペッパーXとボイルが頷く。この作戦で動くのは、この三人だ。
「コジロー、任せたぞ! アタイは寝てる!」
「足さえ無事ならお姉さんが適任なんだけどね。まあ旦那で十分か」
ダメージが深いネネネとムサシはシャトルの座席に寝かせてある。
「よーし、それじゃあ『チキチキ暴走列車ストップ作戦』開始よ!」
「チキチキってなんだよ?」
「こういう時はそういうものなのよ。私もよくわかんないけど」
「分かんないのかよ」
作戦名はともかく、トモエの言葉と共にムサシの脳内にいくつかの画像とカウントダウンする数字が転送される。数秒後に通過する変電機。シャトルを浮かせる電磁コイルに適した電気を供給するための機械。
「
ペッパーXが超能力を使い、自分を中継してコジローとボイルの感覚を繋げる。邪魔にならない程度に薄く、しかし見逃さないように強く。この作戦はタイミングが重要だ。コンマ1秒タイミングがズレれば致命的になる。同時作業においてペッパーXの超能力サポートに勝るものはない。脳そのものがリンクしているのだ。
(変電機の形と配線。切るべき配線は、ここ)
送られてきた画像。それは変電機の構図。そして重要なのは、何処を斬れば電磁コイルへの電力供給が止まるかだ。電磁コイルを止め、電磁シャトルを『浮かして引っ張る』力を絶つ。これが作戦のPHASE1。
通過する時間を示すカウントダウンは、あくまで真横を通る時間。時速を考えればその線が真正面に来るタイミングは0.05秒ほど。しかもシャトルの扉を超え、更には変電機の扉も超えてその奥にある配線を斬らなくてはいけない。
小さなずれも許されない。チャンスはおそらく一度だけ。練習もないぶっつけ本番。だというのに、コジローの表情に恐れも迷いもない。
(大したことじゃねぇ。
秒の十分の一である『絲』。
『絲』の十分の一である『忽』。
『忽』の十分の一である『毫』。
『毫』の十分の一である『厘』。
そして『厘』の十分の一である『雲耀』。すなわち100000分の1秒。
空を走る稲妻の速さと称される速度。鍛えに鍛えたサムライはそれほど早くカタナを振り下ろせるという。しかもそれが
(刀を振り上げ、降ろす。速く、正確に。何度も何度も繰り返してきた動作。機械よりも正確に、思うよりも速く。それがサムライってもんだろ)
正確に、一点だけを斬る。呼吸を止め、イメージに集中し、そして――
「――しっ!」
振り下ろした。実体のない光の剣は掌に感覚を残さない。しかし、コジローは確かに斬った手ごたえを感じていた。五感を超えた何か。ペッパーXの感覚共有ですら感じられない感覚で。
【
真っ直ぐに振り下ろされる赤のフォトンブレード。その速度、まさに落雷の如く。稲妻が走ったかのような素早さ。音すら切り裂いたかのような静寂。狙いすました斬撃は、変電機のポイントを正確に切り裂いた。
<アラート。コイルの電力供給に不具合発生。供給ポイントを切り替えます>
コジローの一閃により変電機からの電力供給が途絶え、シャトルにかかる電磁力が消失する。体感では感じられない慣性の低下。数秒後には別の変電機から電力を供給されるため、感じる間もないわずかな隙間。
この一瞬。ムサシがフォトンブレードを振り下ろし、その感覚をペッパーXが同期させてボイルに伝え、それに合わせてボイルは超能力を発動させていた。金属の対象はこの電磁シャトルそのもの。金属情報は取得済みだ。シャトルそのものを舌で触れればそれで済む。
(ありえない! 非常識!)
心の中で作戦そのものを罵りながら、ボイルはシャトルの構図を脳裏に浮かべ、シャトルの底面と前部分を蒸発させる。
BOM!
一気に気化したシャトルの車体。それは爆発するようにはじけ、シャトルに衝撃を加えた。
<現在、時速512キロ……501キロ>
(シャトルに送られる電力を止めて、電力復帰するまでのわずかな間に爆発による衝撃でシャトルを止める!? 強すぎたら横転するし、弱すぎたら止まらない。しかも爆発する割合と角度を誤ればシャトルは横転する!)
進行方向と逆方向に向かうように爆発を起こし、できるだけ緩やかにシャトルの慣性を殺す。これが作戦のPHASE2。
コジローが斬ったタイミングをペッパーXを通して知ったボイルは、脳内に保存してある計算式のままに連続で爆破を起こす。急ブレーキにならないように小さな爆発をこまめに。
BOM! BOM! BOM!
「……ひぃ……!」
<アラート。シャトルに予期せぬ衝撃が加わりました。乗客の方は周囲に掴まってください>
シャトル前部の窓は赤く光り、激しい衝撃で車内は揺れる。逃がしきれない慣性。立ってられないほどの揺れ。
(強すぎた!? いいえ、これより弱くすると止まらない。でも、本当にこれで正しいの?)
激しい揺れ。窓を流れる景色はいまだに速く、本当に止められるのかわからない。トモエの言葉で何とか立ち直ったけど、それでもボイルに自信がない事には変わらない。失敗するかも、という思いは少しずつ増してくる。
<現在、時速489キロ……479キロ>
(ムリムリムリムリ! やっぱり上手く行きっこない! 数値上は上手く行くけど、また何かあって失敗する! 寒い、凍える、もう無理――)
小声と不安で眩暈を起すボイル。マスク内側の唇が不安を漏らす直前に――
「凄いぞッ、ボイルッ! 少しずつだがッ、止まってきているッ!」
ペッパーXが、激励の声をあげる。超能力も何もない。ただの言葉だ。いつも通りの、ペッパーXの勢いだけの言葉。
「当り前よ」
それだけでボイルの寒さも不安も消え去っていた。眩暈も吹き飛び、呼吸も整う。
「少しずつ威力を強くするわ。ケガしないようにどこかに掴まって!」
自信なんてない。何をしても失敗だらけで不安だらけで、それでも――
(ホント、馬鹿みたい。努力する理由なんて、すぐ近くにあったのに)
<現在、時速413キロ……391キロ>
同じ『ジョカ』の
「一気に――」
脳内に浮かべる数式。残り1.5秒でこの生存するために必要なエネルギーを逆算し、加速度的に金属を蒸発させていく。爆ぜろ、爆ぜろ、爆ぜろ、爆ぜろ、爆ぜろ、爆ぜろ、爆ぜろ、爆ぜろ!
「――行くわ!」
【
ボイルが起こす金属蒸発は目に見えて激しくなっていく。しかしそれに反するように揺れは収まってきている。爆発で揺れるのを押さえるようにシャトル壁面を爆破し、安定を保っているのだ。
<現在、時速327キロ……281キロ>
当然シャトルの車体そのもののダメージは大きい。でも計算上は大丈夫なはずだ。壊れないギリギリライン。最悪シャトルの慣性を殺してしまえば何とかなる。なりふり構ってなんかいられない。失敗を恐れてる時間も怯えて蹲る時間も寒さに震える時間もない。
「止、ま、れェェェェェェェェェ!」
<現在、時速227キロ……131キロ>
叫ぶボイル。叫んだところで作戦の成功率なんて上がらない。無駄な行為。でも、あふれる感情のままに叫んでいた。恐怖を誤魔化すためか、或いは成功したいという意思の表れか。
<アラート。本シャトルは浮遊力および推進力不足のため落下します。衝撃に備えてください>
スガン!
走る衝撃。シャトルが地面に接触した音だ。シャトル内が大きく揺れ、乗っていた者達もその衝撃に振り回される。衝撃に備えていたとはいえ、それでも耐えられるものではない。シェイクされるようにシャトル内で転がるトモエたち。
「にゃあああああああ!?」
「ちょ、お姉さん足無いんだけど誰か掴んで――おぐ!」
悲鳴と衝撃音が響き渡り、誰もが立ってられないほどの振動に襲われた。
シャトルはそのまま車両通路を滑るように進み、そして止まる。中にいた者達は壁や椅子で頭や体を激しく打ち付けたが、重傷レベルの者はいない。
<電子コイル電力に不具合、復旧しました>
<シャトル反応ロスト。脱線の可能性があります。緊急マニュアルに従い、救出ドローン展開>
シャトル内に響く放送。
車両通路に軟着陸(?)したトモエたちは、その放送を聞いて自分達が生きていることを再確認する。ある者は横転し、ある者は逆さになり。サイバーレッグのないムサシに至っては荷物のように地面に転がって目を回していた。それでも、生きている。
現在時速0キロ。電磁コイルの磁気範囲外にいるため、シャトルは浮くことはないし走ることもない。
「何とか止まったか。しかし爆発の推進力でシャトルを止めるとかよく思いついたな」
「ちょっと前にカメハメハさんていたじゃない。その名前を聞いてもしかしたら、て思ったの」
「なんでカメハメハの旦那なんだ?」
「んー……まあそう言うマンガとかアニメが西暦にあったのよ」
コジローの問いに頬をかいて答えるトモエ。説明が難しいうえに、トモエ自身もそのマンガやアニメをリアルタイムで見たわけではない。動画による又聞きだ。
「はは、あはははははは」
ボイルは感極まったのか、頬を押さえて笑っていた。ぺたんと地面に座り込み、生きていることを実感するように頬を叩く。
「やったなッ、ボイルッ!」
「うん……うん、私やれた。うまくやれた……!」
ペッパーXの言葉に、成功を噛みしめるボイル。成し遂げたのは超能力による部分が大きいが、それでも不可能と思われる事項に挑んで成功したのだ。失敗する恐怖を、生まれて初めて乗り越えたのだ。
しばらくして、『ミルメコレオ』に配備された救護ドローンがやってくる。ワンメイの息がかかっていない『ペレ』製のドローンだ。コジロー達は一旦身柄をそちらに預けることになる。
時速500キロの追いかけっこは、『ジョカ』側の負けという形で幕引きとなった――
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