ボイルを語るのに最も適した言葉は
Joー00101066ことボイルを語るのに最も適した言葉は、
『金属の温度を操作する能力』
あらゆる物質は原子の集まりで構成される。ボイルはこの原子を動かし、熱エネルギーを発生させているのだ。極小単位の
この超能力のおかげで、ボイルの評価は高い。金属を使わない建物はなく、サイバー機器はあらかた無効化できる。温度も規模も自由自在。小規模なショートから大規模な爆発まで自由自在だ。その存在だけでハッタリになる。
こうしてボイルは『ジョカ』の切り札として暗部に名を馳せる。効率よく複数の金属を蒸発できるように、歯を抜かれて金属製の入れ歯にされた。舌で歯に触れれば、それだけで金属を燃やせる。任務毎に違った入れ歯に交換し、多くの金属を蒸発させた。
徹甲弾に含まれるタングステン鋼の沸点は5555℃。その熱にも耐えうる断熱コートと、熱発生により目を焼かないように遮光&断熱のサングラスとマスクも作られた。皆が自分に期待し、支援してくれる。
「私は」
期待に応えないといけない。その想いがボイルの心にのしかかる。『ジョカ』のために動くことは苦痛ではない。むしろ誇らしい。だけど、期待に応えられているのか? 自分はみんなにできない
「がんばらないと」
ボイルは努力した。超能力という生まれ持ったものではなく、他の人が学ぶ技術を学んだ。座学、技術、銃の使い方などの戦闘法。サポートしてくれるスタッフからそれを学んだ。
その努力はある程度は実ったが、二流どまりに収まった。ボイルは超能力を得た代わりに、欠落した部分があった。
「……寒い」
皮膚感覚。或いは皮膚そのものだ。
ボイルは常温でも軽い凍傷を起こすほど、皮膚が変質していた。常に高温を扱うからか。或いはそれが超能力の代償なのか。銃を撃てば皮膚がはがれ、細かな作業を行うには指先が震える。サイバー機器の手術は皮膚と機械の接触面が凍傷によりがただれる可能性から、ためらわれた。
何よりもボイルの超能力は強力過ぎた。その存在だけで多くのモノが怯え、その動向を注視する。知識も戦闘力も一流に届かなくとも、超能力という一点だけでボイルは天蓋で怖れられる存在になっていた。
二流の技術など不要。努力など不要。誰もがそう思うようになった。ボイル自身さえもその意見に納得する。
生まれ持った超能力。ただの偶然。ボイル自身は何も積み上げていないモノ。その一点だけで、Joー00101066というクローンは十分だった。それは自他ともに認められることだ。
そしてそれは、ボイル自身が努力の無意味さを痛感するに十分な結果だった。
それでもボイルは努力した。何かを為し得ようと努力した。必死に走り、必死に悩み、必死に足搔いた。だけどその全てはある程度しか実を結ばなかった。
獲得した技術や知識ではなく、偶発的になった
繰り返そう。Joー00101066ことボイルを語るのに最も適した言葉は、
そして目立てば目立った分、その活躍をやっかむクローンも生まれる。
『何の努力もしていない奇形クローン』
『ただ、超能力をもって生まれただけの存在』
それは間違いではない。だからボイルは否定しない。表向きは好きに言わせておけと返して、サングラスとマスクの内側は涙と嗚咽で震えていた。
自分は何もできないクローンだ。
ただ超能力が使えるだけで、それでもどうにかこうにか足搔いてきただけのクローンだ。成功しているように見えるけど、思った通りになんかなったことがない。全部超能力で誤魔化してきただけで。
「……できない……! 私には、何もできない!」
自分は何も築けなかった。何かを為そうとしてもうまくいかなかった。自分の薄っぺらさは、自分がよく知っている。
「ごめん……! 私にしかできない事だっていうのはわかる。だけど、無理……! また失敗する……!」
しゃがみ込み、泣き叫ぶボイル。断熱コートのフードを深くかぶり、視界を閉ざす。なにも見たくない。だってみんな、失望した顔でこっちを見てるに違いないから。そんなのわかっているから。
こうして泣きながら惨めに死んでいくのがお似合いだ。期待に応えられなくてごめんなさい。何もできなくてごめんなさい。でも無理なんです。
絶望に満ちたボイルの言葉は、
「失敗してもいいじゃないの!」
トモエの言葉でかき消された。
「…………え?」
「失敗してもいいよ! その時はその時でどうにかなるって!
大体失敗で言えば私なんか酷いものだよ。まさかここまで店が忙しくなるなんて予想もつかなかったし、そもそも天蓋に来たことだって何が何だか。もう少しうまくやれたらなぁ、ってことばっかりだよ!」
これまでの事を思い出し、頭を抱えるトモエ。コジローに出会えたからよかったものの、トモエもいろいろ失敗している。守られてばっかりだし、もしかしたら企業に自分を売り込んだ方がよかったかもと思うこともある。
「全力でやって失敗するなんてよくあることじゃない。それで死んじゃうわけじゃない……今回は死ぬわけか。うーん、でもどうにかなる!」
「……なんで、そこまで言い切れるの? 何か根拠でもあるの?」
「ないわよ」
ボイルの問いかけに、自信満々で否定するトモエ。
「ないの!?」
「ないない。JKにそんな知識も力もないわ。ボイルさんはドラゴンがどうとか言ってたけど、そんなのあったら苦労してないってーの!
やるしかないってだけで頑張ってるだけよ。明日のために」
「明日?」
「明日。明日も仕事頑張らなきゃとか、ネネネちゃんといろいろお話ししたいなーとかムサシさんが恥ずかしがる姿見てこっそり笑ったりとか」
明日を生きる。トモエにあるのはそれだけだ。自分には何もないけど、それでも走り続ける。その為に今を頑張るのだ。
ボイルはその姿に、かつての自分を見ていた。何かを為し得ようとしてそれでも何も得られなかった自分。全ての評価が超能力という特徴で上書きされた自分。真っ直ぐに走り、寒さと凍傷で諦めた自分。
「……無駄よ。きっと挫折する。何かにつまずいて。誰かに邪魔されて」
「まあそういう事もあるかもね。でも頑張る。転んで挫折して、邪魔されるかもしれない……っていうか思いっきり誘拐されて邪魔されてるんだけど。それでも頑張る」
トモエは自分に言い聞かせるように頑張ると言う。天蓋が自分に厳しい事なんて嫌になるぐらいに経験している。泣いて叫んで苦しんで。それでも今こうして立っている。数分後に命を失うかもしれないこの状況でも、
「頑張れば、何かを掴めるはずだから」
「何か?」
「何か。私の場合は多くのお友達。信頼できる人。その縁を掴んだわ」
天蓋で出会った縁。多くのバイオノイド達、ムサシ、ネネネ、ニコサン、ナナコ、そしてコジロー。その縁は、まぎれもなくトモエの宝物だ。
「ボイルさんもその一人よ」
「……私、が……? やめて、私は貴方を誘拐した敵よ。冗談もほどほどにして。何が信頼できるのよ?」
「だって、ボイルさんの淹れてくれたウーロン茶は美味しかったもん」
フードを深くかぶるボイルに、トモエは迷うことなく言い放つ。
「あれだけのお茶を淹れるのは、簡単じゃないことぐらいわかる。私の温度を見て、それに適したお茶を淹れてくれた。だったら私は信頼する。
ボイルさんは私を誘拐して、そういう意味では敵だけど」
敵だから信用できない。味方だから信頼できる。そういうケースがほとんどだろう。だけど、それに当てはまらないケースもある。
(ナナコは味方だけど油断するとエロ方向に持ってくるし、ネネネちゃんは気が付くとどこかに行ってる。ムサシお姉さんは注意しないと酔ってることもあるし、コジローは……うん、複雑。信頼してるし好きだけど、ある意味敵だ。乙女の敵だ。モヤモヤさせすぎなのよ!)
味方だけど油断できない。そんなのはいくらでもある。だったら敵だけど信用できるのもアリなのだ。
「あのお茶は、ボイルさんが私の事を思って淹れてくれたお茶。だから、私はボイルさんを信用する」
偽りのない、トモエの言葉。それを聞いて、ボイルは初めてトモエという存在を見た。『
周りに『
「……何よ、それ。あんなお茶一つで私を信用するの?」
「お茶を淹れるのだって、努力した結果のはずだもん。超能力? それを使ったお茶だとしても、すぐにできるわけじゃない。あれは何度か失敗して積み上げた結果のお茶だってわかる」
トモエの言葉がその場で考えた嘘じゃないことは理解できる。この異世界転移者は、あのお茶を飲んで心の底から喜んでくれているのだ。あのお茶を飲んで、自分を信用してくれているのだ。
「ボイルさんはいつも考えて、すごく努力している人なんだって伝わってくる一杯だったよ」
【
「…………馬鹿っ……なんなのよ、それは……!」
胸が締め付けられる。感謝されること。努力を認められる事。たったそれだけなのに。
「あんなお茶でよければ、いくらでも淹れてあげるわよ」
なんでこんなに力が入るんだろう。失敗することは怖い。状況は何一つ変わっていない。不安に押しつぶされそうで、そもそもうまくいくかなんてわからない。失敗ばかりで何も築けず薄っぺらい自分という事実は何一つ変わらないけど。
それでも、立てる。涙でぐしゃぐしゃになって鼻水も止まらず、身体中怖くて震えてるけど。でも立てる。
立って、生きようと思える。まだ生存できるかはわからないけど、それでも挑戦してみようという気にはなった。
<『
まだ120秒ある。ボイルは断熱コートのフードをあげ、静かに呼吸を整えた。
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