……できない。

<アラート。このシャトルは298秒後に『崑崙山クンルンシャン』に到着します。到着速度は時速577キロになりますので、皆さま安全装置を――安全装置は破棄されました。緊急脱出経路は――強制ロックされました>

<アラート。オートバランサーに不具合発生。減速処理に入り――ブレーキロック命令受諾。加速を続けます>

<アラート。コイルの電力供給不足。乗客の安全優先のために緊急停止措置に――市民ランク1権限によりキャンセルされました。Zラインより電力供給を確認。走行を継続します>


 次々と鳴り響くシャトルのアラート。シャトルのシステム専門家はここにはいないが、危険な状況であることは理解できる。


「市民ランク1権限……? どういうことですか、Joー00628496!」


 叫ぶように『NNチップ』を通してワンメイに問いかけるボイル。市民ランク1。市民ランクの頂点に立つ存在は企業でも両手の指程度しかない。そしてこの状況に関っているのはワンメイしか考えられない。


<どういうことだと? 決まっておろう! 『ミルメコレオ』に大損害を与えた者達に処罰を下すのだ!>

「……処罰?」

<シャトルを破壊し、車両通路を爆破! なによりも企業規定を違反したドローンを用いた破壊行為! それを行った企業規定違反クローンを処罰するのだ!>


 シャトル破壊。車両通路爆破。そして企業規定に違反したドローンの製作とそれを用いた破壊行為。


 全てとは言わないが、ほとんどがワンメイの責任だ。『ドコウソン』によるミサイルでシャトルが破壊され、理由はわからないが自らのドリルに乗り上げて破壊。そもそも企業規定違反ドローンの『ドコウソン』を作れと命令したのはワンメイなのだ。


「責任をこちらに押し付けるつもりですか!?」


 ボイルはワンメイの意図を察する。


 これらの失態と違反が露見すれば、責任を取らないといけないのはワンメイだ。電磁シャトルによる逃走経路を提案したのもワンメイ。無理やりシャトルを発車させ、そして違反ドローン『ドコウソン』による破壊行為。


 その失態と違反をボイル達に押し付ける。


 言うまでもなく、ボイル達が証言すれば露見することだ。『NNチップ』による記録は証拠として十分だ。たとえ市民ランクの差があったとしても、もみ消せるものではない。AI裁判は公正で高速だ。65536種類のAI陪審員による裁判制度は、賄賂も権力も入る余地がない。


 だが、証拠がなければ裁判は成立しない。訴える者が居なければ裁判は発生しない。脳や『NNチップ』すら残らないほどの大事故であるなら記録はなくなり事件は露見せず、市民ランクの権限で事実はどうとでも捏造できる。


<死人は何も語れないからな! 完璧で完全で完熟した朕の経歴に泥を塗るわけにはいかないのだ! なに、貴様らの戦いは美談として残してやるぞ。『イザナミ』の超能力者エスパーと相打ちしたとしてな!>

「っ! 貴方は……っ!」

<何をしても無駄だ。手回しはすでに終わっている。後は貴様らが死ねばそれで終わりだ!

 朕はこれから『崑崙山クンルンシャン』で起きる爆発の修理計画を提案せねばならぬからな。これ以上朕の手を取らせるでない、クズ肉共!>


 悪意を隠そうともしないワンメイ。今から『NNチップ』で記録を転送しようが、それが虚偽だと言い逃れるだけの準備はしてある。虚偽と気づく者が真実を確かめようにも、記録元が木っ端みじんになっていれば確認のしようがない。


「どうしたッ、ボイルッ!?」 

「もう、おしまいよ……」


 途絶えた通信に膝をつくボイル。仮に繋がったとしても、まともな会話はできないだろう。向こうがこちらを生かす理由は何一つない。ここにいる証人全員が死ぬことが、ワンメイの目的なのだから。


「どうなってるか、話くれないか?」

「……死神の名刺をもらってうれしいの?」

「名乗る前に相手を斬っちゃいけないのは、古典ラノベの礼節だぜ」

「なによそれ、わけわかんない……」


 首を横に振りながら、ボイルはコジロー達に状況を説明する。これまでの事。ワンメイの事。『ドコウソン』の事。そして――


「このシャトルはもう止まらない。市民ランク1の権限でシステムがロックされているわ。

 電磁コイルに電気が供給されている限りシャトルは浮遊して加速される。仮に供給を止めたとしても、ブレーキシステムがロックされているから減速もできない」


 言いながら、ボイルは絶望する。完全な詰み。内部から操作することはできず、シャトルは時速500キロを超えて飛び降りることはできない。このままシャトルに乗っていれば死ぬ。外に出ても、死。


「このまま、死ぬしかないのよ」


 諦念がボイルの思考を止める。それも止む無きことだ。この状況をどうにかできるなんて誰が考えようか。手も足も出ないとはまさにこのこと。超高速で走る棺桶に入り、墓地に向かっている。できる事は、残り時間をどう過ごすかを考えることだけ。


 に考えて、打破する術はない――


「つまり、電気を止めてブレーキをかければいいのね」


 絶望の雰囲気の中、トモエは口を開く。


 なんだそれだけか、とばかりに気軽に。


「電気コイル? それに電気を送ってる線だかバッテリーだかってわかる?」

「……コイルに連結している変電機。専門のマークがあるわ」

「ブレーキは車輪とかがあるわけじゃないよね? 浮いてるってことだから、逆噴射的な力をかければいける?」

「……一応は」


 トモエの問いに、呆けながら答えるボイル。何を言っているの、この子?


「ニコサン。路線の地図ってわかる? 変電機の場所が分かると嬉しいんだけど!」

<あらあら! トモエちゃんが元気そうでうれしいわ! コネのハッカーを酷使させて2秒で割り出させるわ!」

「ついでのそのハッカーさんに計算させてちょうだい! 時速500キロで宙に浮くシャトルを止めるのに必要な火力がどれぐらいか!」


 板のような機械――スマートフォンという西暦の器具など知る由もない――を顔に当て、通信するトモエを見ながらボイルは戸惑いを隠せなかった。何をしてもどうしようもないのに、何を考えているの? 


<試算完了したわ。データ転送するわよ!

 ざっくりだけど、変電機は1キロごとに設置されているわ。故障しても3秒後に他の変電機がバックアップする形ね>

「逆に言えば、3秒は電気が止まってくれるってことね。ありがと、ニコサンとハッカーさん!」

<ふふふ。ハッカーにお礼は要らないと思うわ。少し罪悪感に苛まれてるみたい>

「? 罪悪感?」


 どういう事だろう、と首をひねるトモエ。私、何か悪い事でもしたのかな?


「ねえ……。何をするつもりなの?」

「決まってるでしょ。このシャトルを止めるのよ」


 ボイルの問いにあっさり答えるトモエ。その答えにボイルはさらに混乱した。


「止めるって、それが無理なのよ。さっきも言ったけど電気がコイルに供給されている限りはシャトルは浮いているし、そもそも時速500キロを超えるシャトルを止めるブレーキシステムは――」

「だったら直接止めればいいのよ」


 トモエは一泊おいて作戦を説明する。シャトル内の人間と、通信で聞いているニコサンに向けて。


「――てな感じなんだけど」

「…………それは……」


 トモエの説明を聞いて、唖然とするボイル。


「よくわからないけど、凄い事を考えたなトモエ!」

「なんともまあ、その発想はなかったよ。お姉さん、酔いが覚めたね」

<コネのハッカーに計算させたわよ。理論上、可能らしいわ!>


 ダメージで動けないネネネとムサシは呆れとそして驚きの言葉を発する。ニコサンの返事が2秒遅れたのは、ハッカーへ作戦の試算をさせたからだ。


「コジロー、できるよね?」

「はん、サムライに不可能はないぜ」


 確認というよりは発破を掛けるように問うトモエ。シークタイムゼロでコジローは答えた。


「キモはボイルさんなんだけど、いけそう?」


 振り返り、ボイルに問いかけるトモエ。ボイルはトモエのスマホにある数値を何度も確認する。脳内の『NNチップ』で試算を繰り返し、不可能ではないことを確認する。


 不可能ではない、けど――


「……できない。……できないわよ、こんなの……!」


 弱々しく首を横に振り、トモエの作戦を拒否した。


「非常識にもほどがある! 何もかもが無茶苦茶よ! 電気を止めて、その上で――私にはできない!」


 作戦内容を何度も吟味し、不可能ではないことを理解したうえでボイルは叫ぶ。


「できないできないできない! 私には、できない!」


 理論上不可能こんなのむり、ではなく実行不可能できないと。


「絶対失敗する! 私が作戦のキモだなんて、絶対失敗する! これまでだって失敗してきた! 今だって失敗してこうなった! だから、今回も失敗するに決まってる……!」


 堪えてきたモノを吐き出すようにボイルは叫ぶ。首を振り、トモエを拒絶するように一歩下がった。


 逃げ場なんてないことはわかっている。他に策がないこともわかっている。時間がないこともわかっている。このままだと死ぬこともわかっている。


 それでも、できない。


 失敗すれば、死ぬ。


 自分の失敗せいで、死ぬ。


 その責任の重さに耐えられるほどボイルは強くなかった。自分に自信がなかった。


「私には、何もできないの……! 生まれた時から、ずっと……!」


 シャトルの壁にぶつかり、そのまま崩れるボイル。その叫びと弱弱しさを、トモエは何もできずに見るしかできなかった。


<『崑崙山クンルンシャン』まであと200秒です>


 死へのカウントダウンのように、放送がシャトル内に響く。


 200秒なんて一瞬だ。それだけ屈辱に塗れれば、全部終わる。ボイルにとって、それだけが救いだった。

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